19話 太ったバルクロウ
昨日会ったときは、普通にスマートな体格だったはず。
一夜にして、なぜそんな太ったの?
そう私が問いただそうとしたときだ。
「そんな……バルクロウ様……」
バルクロウの後ろで泣いている女の子がいた。
あの子は……たしかダンス試験のときにバルクロウが踊っていた相手じゃないかな。いつもお団子がかわいいなって思っていた子だ。
いや、こいつはパートナーを蔑ろにして私たちと組みたいと言っているのか?
さ、さすがにそんな酷いこと提案しないよね?
「え、バルクロウ……六人でグループを組みたいってこと?」
「んなわけねーじゃん。三つも宝探してたらぜってー勝てねーし。俺、勝負事はとりあえず勝ちたい主義って知らない?」
「知らないよ! じゃあ、あんたパートナーの子をひとりぼっちにさせる気ってこと!?」
私が語気を強く問い詰めると、バルクロウはキャンディーをカラカラと口の中で弄ぶ。
「ならねーよ。赤いやつの相手がいるじゃん」
私たちが視線を向けると、アネモネちゃんのパートナーが「ぼく?」と自分を指さす。
この人は……ソルディス男子院の生徒だし、知らないなぁ。でも、アネモネちゃんが殿下の代わりに組んでいたパートナーだから、きっといいところのお坊ちゃんなのだろうか。
少し気が弱そうな彼に、バルクロウはドスの利いた声で詰め寄っていた。
「なぁ? てめーもあっちの女のほうがいいだろう?」
「ぼ、ぼくはアネモネ様のパートナーとして役目を――」
「そーいやてめーのとこの父ちゃん、こないだうちに来たんだっけ? 最近大陸の外から流れてきた不法武器が気になるとかで、その設計図を独占したいとか……」
そして、無理やり彼の口に舐めかけの棒キャンディーを突っ込む。
「知ってる? 俺、最近王太子殿下となかよし♡」
「ひぃ」と短い悲鳴をあげて、彼はお団子ちゃんのもとへと駆けていった。そしてペコペコ頭を下げながら手を差し出している。泣いていた女の子も、鼻をすすりながらその手をとっていた。
「な? 俺、恋のキューピット♡」
もうこの男、ぶん殴ってもいいだろうか?
太った分、余計に腹立つようになった気がする。
私がこの男と知り合いなことを心底後悔していると、殿下もバルクロウに黒い笑みを向けてきた。
「僕と仲良しなら、今の不法武器の話を詳しく聞かせてもらえないか?」
「えー? 何の事っすかァ?」
「とぼけないでもらえるかい? 近頃、拳銃という物騒な武器が出回りつつあるという話が王家にまで届いていてね――」
拳銃……噂だけなら聞いたことあるな。
火薬が内蔵された武器で、小型ながらに殺傷能力が高いらしい。我が国は獣人がいるから戦時中も武器の開発が他国に比べて大幅に遅れているが、最近他の大陸から密入されている危ない武器らしい。法律で個人所有が禁止されているとはいえ、ボタンひとつで簡単に人を殺せてしまうのだとか。どんな形状をしているのか、私はさっぱり知らないんだけどね。
そんな武器、怖いから広がらないでほしいよね!?
私がひえ~と震えていると、アネモネちゃんがそっと私の耳を塞いでくる。
「あなたが知る必要のない話ですわ。サーカスの玩具とでも思っておきなさい」
「サーカス……あっ、覚えてる? 昔、いっしょに観たいねって話したことがあったよね?」
「……さぁ、どうだったかしら?」
ともあれ、この四人で行動することになってしまったらしい。
私は腕を下したアネモネちゃんを見上げる。
「アネモネちゃんも……このメンバーで大丈夫だった?」
「あなた、何を考えてますの?」
「どういうこと?」
小首を傾げると、返ってきた言葉はとても控えたものだった。
「あたくしに殿下をとられるとか考えませんの?」
そう言いながらも、アネモネちゃんはルシアン殿下の様子を窺っているようだ。
仲良し……今も二人は笑顔で口論しているようだけど、こうして見ると、なんやかんや気が合っているように見えなくもない。立場はかなり違う二人なのにね。とても楽しそうだ。
私もアネモネちゃんとあんな風……は少し遠慮だけど、もう少し穏やかな感じで仲良くなれたら嬉しいな。そう思いながら、アネモネちゃんに素直な気持ちをぶつける。
「私は単位がもらえれば、相手は誰でもいいよ」
「……あいかわらずですわね」
え、なんで?
私、顔を背けられるようなこと言った?
だけど、私が尋ねるよりも先に先生から声がかかる。出発する時間だ。
先に歩き出したアネモネちゃんに、私はとりあえず声をかける。
「迷路がんばろうね、アネモネちゃん!」
「あなたに言われずしも。殿下にご迷惑はかけませんわ」
その声はやはり冷たいものだけど。
なにか幻滅させてしまったなら、この迷路で挽回しないと!
私は自分の頬を叩いてから、アネモネちゃんたちのあとを追う。
迷路の途中で探す宝物――それは女生徒が提出した正真正銘の『宝物』のことだ。
数日前に先生に渡した『宝物』が、それぞれ学園が用意した小箱に入れられているという。その小箱は迷路の行き止まりなどに置かれているため、自分の『宝物』を回収してからゴールにたどり着かないといけないのだ。
ちなみに『宝物』を入手できないと迷路はやり直しになってしまう。
「それじゃあフェルミエ嬢の恋人を探そうか?」
「語弊がすごい」
「じゃあ、他のものにしたの?」
ルシアン殿下からの質問に、私の脳裏によみがえったのは入学式のこと。
『僕との恋でも興味ないのかい?』
『私の恋人は暗記帳です!』
まさになかったことにしたい歴史である。
なので、殿下『フェルミエの嬢の恋人』が指すものは私の暗記帳のことなのだろう。
だからルシアン殿下の疑問に、うつむいた私は自分の顔を手で隠した。
「あの暗記帳です……」
あぁ……この『だよなー』って雰囲気がいたたまれない……。
悪いかよー。私の努力の結晶と思い出が、あの暗記帳には詰まっているんだよー。
思わず立ち止まった私の背中を、バルクロウがぐいぐいと押してくる。
「ほらほら、早く恋人♡を迎えにいこーぜ。誰かに取られちゃう前にさ」
バルクロウの丸いお腹が背中に触れる。
うわ、やわらかい。ほんと、一夜にしていきなりどうしたんだろう。
だけどとりあえず、優先すべきは宝物だ。一応、箱をあけて他の人の宝物だったら、その場に放置するのがルールではあるんだけどね。それでも……色んな人に『あら、これがあのときの』と笑われたりするのは嫌なので、急いで探すことに異論はない。
でも、だからこそ私は気が付いた。
「あ、だったらアネモネちゃんの宝物から探したほうが――」
他の人に宝物を見られなくない。触られなくない。
そう思うのはアネモネちゃんだって一緒のはず。
だからこその私の提案に、アネモネちゃんは静かに首を横に振った。
「あたくしの私物に手をだす人など、この学年におりませんもの」
「……どういうこと?」
小首をかしげる私に、教えてくれたのはルシアン殿下だった。
「他の生徒が宝物を見つけた場合、嫌がらせとして汚したり破壊したりするケースも例年少なからずあるんだ。実際、去年も一昨年も、事後に泣いている令嬢を何人も見てきたかな」
苦笑する殿下に対する私の返答はどこかズレていたかもしれない。
だって一年生の私たちに対して、殿下は三年生だからね。
「そうか……殿下は毎年このオリエンテーションに参加しているんですね」
「たいていは同学園同士の交流が基本となっている。だけど、僕は王太子だからね。入学したてだからこうして一年の行事のゲストとして呼ばれるけど、デビューパーティー以降の参加はランダムになるよ……他の学年の生徒から不満が出るし」
そう話す殿下の口調は、どんどん乾いたものになる。
まあ……めんどうなんだろうなぁ。きゃあきゃあといつも女性に囲まれるのって、どんな気持ちなんだろうね。バルクロウなんか「モテる男の贅沢な悩みっすねー」なんて笑っているけど。ほんと軽薄。
そんな私たちの空気を、引き締めてくれたのはアネモネちゃんだった。
運営を担っている御三家のアネモネちゃんも、当然この手の事情には詳しいらしい。
「まあ、今後は全学年でのイベントも増えますから……良くも悪くも交流の輪は広がりますわ。ともあれ、あたくしの宝は後回しで結構です。ましてや、あたくしは殿下から授かった花を提出しましたから。あの花を傷つけるということは、カリオン家と同時に、殿下にケンカを売るも同義ですわ」
殿下から授かった花……入学式にもらっていた赤い花飾りのことかな。
宝に記名はないものの、たしかにあの花飾りならひとめで『アネモネちゃんの』ってわかるもんね。殿下だって自分があげたプレゼントを汚されて、気持ちがいいものでもないだろう。たとえ今、まったく興味とばかりに微笑を浮かべていたとしても。
それに対して……私の暗記帳はどうだろう。
さすがに社交界に疎い私も、なんとなく察してくることはある。
「もしかして、私の宝物……真っ先に狙われる?」
「今日も一緒にグループ組んで殿下と懇意になろうとしていたのにって腹いせをうける可能性は無きにしも非ず、ですわね」
あっさりと、まるで他人事のように告げてくるアネモネちゃん。
返す……言葉がなにもない。
私がうなだれていると、バンバンとバルクロウが背中を叩いてくる。
「まあ、バカ正直に本当に大切なものを提出するやつが稀有だと思うけどな」
「あう……」
だって……そんな嫌がらせが起きるなんて思わないよ!
クラス交流の一環として、みんなで巨大迷路に挑戦。あわせて宝探しだ!
その話を聞いたときは普通にわくわくした。面白そう。みんなの宝物を見せ合って、少しでも仲良くなれる友達ができたらいいな。私は呑気にそんなことばかり想像していて。
だから、宝物に暗記帳を提出したの。
あの暗記帳には幼い頃のアネモネちゃんとの思い出も挟んであるから……アネモネちゃんと話すきっかけになったら……そんな打算もあった。
そのころを思い出して、私は顔をあげる。
暗記帳の安否も気にならないといえばウソではない。
だけど今、私の目の前には――ずっと会いたくても会えなかった、あの頃と変わらない優しい本人がいる。
「今日もいろいろ教えてくれてありがとう、アネモネちゃん」
私がにこりとお礼を告げると、アネモネちゃんはプイッと顔を背ける。
「あなたが無知すぎるのですわ! 仮にも同じクラスメイトですから、ひとりでも足並みを外す生徒がおりますと、クラスの秩序が乱れますの!」
これは……照れているのかな?
昔も、私がお礼を告げるとこんな風にいつも怒ってたっけ。
今の怒り方はまるで怖くない。ただかわいいなって思っちゃうだけ。
「えへへ、これからもよろしくね」
「どうして、あなたはそう……」
アネモネちゃんが頭が痛いとばかりに、こめかみを押さえたときだ。
「ほら、大人しくしろっ!」
バルクロウが急にひとりで騒ぎ出す。
蠢く大きなお腹を押さえて……て、なんでお腹の中がぐにぐにしているの!? 気持ち悪いよ!? なにか生まれそうだったりする!?
そして、バルクロウの腹の中から、何かが飛び出してくる。
正確にいえば、服の下から。
飛び出したのは桃色の大きな毛玉だ。まっすぐに私の腕の中に飛び込んできた。
はわぁ、かわいい♡
そして、きもちいい♡
とっさに緩みそうになった表情を、私はなんとか引き締める。
間違いない。この気持ちよすぎるモフモフな撫で心地は――
「アイ君!?」
「キャウンッ!」
私のかわいい従者ワンコのアイ君が、今日も元気にお返事した。
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
「おもしろい!」「続きが楽しみ!」「キャウンッ!」
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