18話 楽しい迷路の裏事情
合同オリエンテーションは、月に一度開催される。
両校の交流を第一とし、今回は『ダンスパーティーにむけてパートナーとの仲を深める』という名目だ。なんかこんな名目が毎月あるらしい。めんどうだね。
今月のオリエンテーションの課題は巨大迷路攻略。
ルミエール女学園の裏手に広がる庭園の一部が高い生垣で作られている。そこが迷路のようになっているらしく、それを男女ペアでクリアするのが今回のお題だ。
だから、私たちは広大な庭園の入り口に集合していた。
今日のお空は曇り空。アイ君が言うには、今日は雨が降る匂いがしているらしい。でも夕方からだから、迷路をスムーズにクリアできたら濡れないだろう、だって。
『おれも協力出来たら、すぐにでもクリアさせてやるのに』
そうションボリしていたアイ君は、正直とても可愛かった。
だから、今もたくさん撫で繰り回した手の感触が残っているにも関わらず……その癒し効果は、あっという間にピリピリとした空気で吹き飛んでいた。
「このイベントのために、道は毎年作り替えられているんだ」
「……無駄遣いじゃないですか?」
私の質問に、パートナーは笑顔で応える。
「仕事をつくる――これもれっきとした上に立つものの役目だよ。仕事があるということは、雇用が生まれる。雇用があれば庶民もお金が手に入り、経済が回る。また庶民で金が回らなければ税収入も生まれないから、国や貴族の運営もままならなくなる。そうすれば治安の維持や公共事業も回らなくなる。だから彼らの労働に報いるために、僕らはこのイベントを全力で楽しむべきなんじゃないかな?」
なるほど、と感心するばかりだ。
私はまだまだ視野が狭い。これから勉強することが山ほどありそうだ。机の上以外でも……なんて、決意を改めてさせてくれるのは嬉しいのだけど。
こうして私の知見を広めてくれるお相手は、もちろん今日もキラキラとしていた。
「今日もご尊顔が美しいですね……ルシアン殿下」
「今日も褒めてくれてありがとう。フェルミエ嬢は褒め上手だね」
あぁ、周囲の視線がピリピリする。ギラギラ視点が私に突き刺さる。しかも陰口……というか、コソコソ話で「いつ行く?」「誰かに取られるくらいなら」「でもタイミングが大事ですわ」と何かを狙っている様子だ。
あれ、今日のイベントは迷路じゃなかったっけ?
狩りの間違いだった? 獲物は私?
かろうじて表情で笑みを作りつつも、冷や汗で背中が寒くなり始めている。
そんな私にルシアン殿下は今日もにこやかに訊いてきた。
「ところでフェルミエ嬢に友達はいるのかい?」
「いきなり貶してきましたね」
「違うよ。一緒に行動したい人はいるのかと聞きたかったんだ」
たしかに周囲を見やれば、グループを作っている人たちもいる。……まぁ、大半はこちらを観察しているペアが多いんだけどね。私と目が遭うと、にこやかに手を振られる始末だ。怖いんだが!?
だから急いで視線を逸らして、私は殿下に質問を返してみた。
「他のペアと一緒でもいいんですか?」
「望むならこの場の全員で回ってもいいんだけど……まあ、迷路の攻略時間を競う題目でもあるからね。一応、内心点に加味されるし、四人くらいが妥当だとは思うけど……」
迷路を短時間で攻略したグループが勝ち、というルールは私も把握していた。しかも、迷路を攻略しながら『宝探し』もしなければならないのだ。一ペア一個の宝物が指定されているから……たしかにグループを組んでも二人組四人が関の山だろう。というか、なんなら二人だけのほうが効率的じゃないかな?
なんて首をかしげていると、殿下がこっそりと耳打ちしてくる。
「先日のダンスパートナーに納得いかない場合は、ここでパートナーを交換する生徒も多いんだよ。ダブルデートとして狙いの異性のいるペアと組んで、お互いパートナーを交換したり……とかね」
そんな裏事情に、私は乾いた笑みしかでない。
「じゃあ……今、非常に私が注目されているのは……」
「僕らとグループを組みたいんだろうね。ほら、がんばってね」
そう合図されたときだ。ある令嬢が「ナズナさん」と発したのを皮切りに、一斉に私たちを取り囲んでくる。
みんな、いつになくにこやかだった。
「ねぇ、ナズナさん。最近わたくしたち仲良しですよね。よければ一緒に――」
「いいえ、ナズナさんはわたしと仲がいいんですのよ。こないだランチもご一緒しましたし?」
「なんの! 私なんて先日一緒に図書室で勉強した大親友ですわ!」
……ごめんね、クラスが違うから見覚えはあるけど名前は知らない。
……うん。同じテーブルには座ったけど、私が話しかけても無視したよね?
……一緒に勉強したって、一言声をかけてすぐ図書室を出て行ったと思うけど?
似たようなのがわらわらと、みんな私をダシにグループになろうと誘ってくる。
もしかして、最近いじめが減ったいたのって、そういうこと?
ここで私から『いっしょに迷路まわろう』と言わせて、自然とルシアン殿下のお近づきになり、あわよくばパートナーを……ってこと?
こっわ! 女の子って、こっわ!!
殿下のパートナーなんか喜んであげたいくらいだけど……あぁ、殿下が黒いオーラを発しながら私を見てニコニコとしている。そんなことしたらダメってことですか? そして、この状況も私にどーにかしろってことですか!?
だったら――と、私は覚悟を決める。
どうせグループを組むなら、私は私が仲良くなりたい相手と組みたい!
みんながこのオリエンテーションを利用するなら、私だって利用する。
だから、私は輪の中から無理やり抜けて、憧れのその子の背中を掴むんだ。
「アネモネちゃん、一緒にグループ組みませんか!?」
「あ、あたくしですの!?」
赤い髪を翻しながら、アネモネちゃんが私を見下ろす。
アネモネちゃんはひどく驚いた様子だった。
そんな彼女に、私は大きな声で伝えるんだ。
「私ね……もう一度、アネモネちゃんと仲良くなりたいの!」
そのときだった。私とアネモネちゃんの肩に男性の腕が載せられる。
二人して見上げれば、そこには見覚えのある陽気な眼帯男。
「じゃあ、俺とナズナと赤いやつと殿下の四人グループな!」
当たり前のように仕切りだしたバルクロウに、私たちは一斉に目を丸くする。
『えっ?』
だけど、驚いた理由は彼の発言だけではない。
彼のお腹がでっぷり太っていたからである。
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