17話 おやつのキャンディー
◆
「なんであんたが今日もいるの?」
「好きな女に会いたかったから♡」
その日の放課後も、バルクロウは私の隣でヘラヘラ笑いながら棒付きキャンディーを舐めていた。
中庭の空には、今日もコッペパンのような雲が浮かんでいる。
いつもはお腹が空いたなぁ、なんて思いながら放課後の勉強に勤しんでいるのだが、今日は私もバルクロウからもらったキャンディーがある。ベンチに座って、私もキャンディーを舐めながら教科書を開いているのに……バルクロウは遠慮なしに私の頬を突いてきた。
「なんだよー。俺の熱烈な愛の告白に応えてくんねーの?」
「冗談に付き合えるほど暇じゃないんだってば」
「じゃあせめて、ダンスのパートナーは俺にしない?」
それは正直、善処したい案件である。
バルクロウと踊るのは嫌だけど……それでも、殿下とファーストダンスするよりは気がラクというか……こないだ上手く踊れたとはいえ、荷が重すぎるというか。
それでも、私はどうしても殿下の笑みを思い出してしまうのだ。
あの有無を言わさない、美しくも威圧的な笑みが。
「私如きが、あの王太子の誘いを断れる気がしない」
「そこは『私……ほんとは好きな人がいるの……バルクロウっていうんだけど♡』とか適当に言っておけばいいじゃん?」
「気持ち悪いモノマネはやめてくれる?」
私が心底軽蔑した視線を送ってから、ベンチをテーブル代わりにして必死に書き取りをするアイ君を眺める。少しずつ勉強を教え始めたのだが、まずは私の名前の読み書きがしたいらしい。かわいい。撫でたい。邪魔したくないから、真面目な顔を眺めるだけに留めるけれど。
そうして癒されていると「まあ冗談はさておいて」とバルクロウが棒付きキャンディーをカラカラと口の中で弄ぶ。
「マジな話、王太子の相手だけは辞退しとけって。修羅場とか苦手だろ?」
「でも最近いじめも少し減ったよ?」
あのダンス試験から、私は嫌な思いをする機会が減りつつあった。
すれ違いにぶつかられたりとか、うっかりな連絡事項の食い違いみたいなのはあるんだけどね。それでもあからさまに食事に変なもの混ぜられたりだとか、一目で危ない感じの嫌がらせは減りつつある。
さらに昼食中にいつも同じテーブルには誰も座らないのに座ってくる生徒がいたり、中には図書館で勉強中に『精が出ますわね』と声をかけてくれたクラスメイトまでいた。
王太子とあからさまにお近づきになってしまったから、嫉妬でよりいじめが加速するかと思ったんだけど……こないだのダンスで、多少は私も認めてもらったのかも?
やっぱり頑張っていると周りの人も見ていてくれるんだ!
私がにんまりしていると、隣のバルクロウが「それは明日の」とかなんとか言いかけて、深いため息を吐く。
「やっぱ男子院に入るんじゃなくて、無理やりでもおまえの従者になるべきだったか?」
「私があんたのメイドじゃなくて?」
嫌なことは違いないが、多額の借金がある以上、王城書記官になれなければ、直接バルクロウのクローヴ家に雇ってもらう手も考えたことがないわけではない。
なのであまり考えないまま自然な方向に促してみれば、バルクロウが前のめりで手を打ってきた。
「それいい! 今からでも俺のメイドになろーぜ!」
「ソルディス男子院に従者制度ないじゃん」
「じゃあ、男装して生徒になるってどーよ。あ、我ながら名案すぎる。それならおまえも王城書記官の試験資格ももらえるし……よし、今から転入しよう。安心しろ、戸籍の偽造なら俺がすぐに手配を――」
バルクロウがすぐさま私の腕を引いて立ち上がろうとするも、私は動かない。
ただ座ったままジト目で見上げていると、彼は苦笑した。
「やっぱり賛同してくれないわけね?」
「当たり前でしょ。書記官を目指しているやつが違法してどうすんのよ」
王城書記官は数々の書物、書類、目録の管理や製作をするのが主な仕事。それには絶対的な信用が不可欠だ。違法を犯すような人物がなれる職業ではないし、そもそもあのルシアン王太子殿下がそんな人物を城に入れるとは思えない。笑顔のまま情状酌量もなく処刑を命じる姿が目に浮かぶ。
そんなことを考えていたときだった。突如、バルクロウが大手を振り始める。
相手は今日も黄色い声援とピンクの視線に囲まれて、優雅に女学園内を闊歩していた。
「ルシアン殿下、お仕事は終わったんですか~?」
「おまえは……今日も僕のパートナーを誘惑しているのか?」
「そうそう、殿下はナズナの男装とかどう思います? そういうの好き?」
「おまえは何を言っているんだ?」
心底あきれる殿下には激しく同意だけど……どうしても疑問が頭をよぎる。
だから思わず見上げていると、ルシアン殿下が私に微笑んできた。
「質問があるならどうぞ? それともダンスの練習する?」
「それは遠慮しますが……どうしてバルクロウなんかと仲が良いので?」
すると、バルクロウが鼻高々に殿下の肩を組んだ。
「馬車も同乗させてもらう仲だぜ♡」
「いつも勝手に乗りこんでくるだけだよ。現状、特に害がないからいいけど……媚びを売られるのは日常茶飯事だけど、こんなに図々しいやつは初めてだ」
「やだな~殿下。褒めても裏金つくるコツしか出ないぜ♡」
本当に、私は心底こいつと縁を切りたい。
そのためにも、さっさと借金を返済しなければ!
そう意気込んでいると、アイ君が「あるじ」と呼んでくる。
どうやら私が渡していたプリントが終わったようだ。うーん……文字は少しずつ覚えてきてくれているけど、計算が少し苦手みたいだな。
「お部屋に戻って復習しようか」
「すまない、あるじ……」
私が立ち上がったときだ。バルクロウがガリッとキャンディーをかみ砕く。
その隻眼はひどく真剣だった。
「おいワンコ。お勉強より、ナズナの周囲に気をつけろよ。一番そばにいれるのはおまえなんだから。ナズナに何かあったら、タダじゃおかねーからな」
「わ、わかってる!」
アイ君も固唾を呑んで頷く。
何をいきなり真面目になっているんだか……アイ君は十分がんばってくれているのに。
それに加え、恐れ多くもバルクロウは殿下にも顔を向けるじゃないか。
「殿下もっすよ。そいつを何に利用しようとしているか知りませんが……王太子相手とて、俺は容赦しませんからね」
それに同調して、アイ君がぐるぐると唸り声をあげる。
ダメだよ、アイ君、と私が静止させようとしたときだった。
だけど殿下は少し目を見開いてから……クスクスと笑いだす。
「まるで二匹の犬に吠えられているみたいだ。フェルミエ嬢はなかなかの猛獣使いだね?」
二匹の犬……? 一匹はアイ君だろうけど、もう一匹はバルクロウのことかな?
猛獣使いとは、これまた可愛くないあだ名である。
私は大きく肩を竦めた。
「あんな黒くてデカい犬はいらないです。殿下もらっていただけませんか?」
「遠慮しておくよ。僕、動物には昔から好かれなくてね」
そんな軽口を残して、私たちが立ち去ろうとすれば。「じゃあまた明日な~」とバルクロウが手を振ってくる。
思わず、私はげんなりと振り返ってしまった。
「明日も来るの!?」
すると、今度は珍しくバルクロウのほうが目を丸くする。
それに、ルシアン殿下までクスクスと笑っていた。
「明日は合同オリエンテーションの日だよ」
「えっ?」
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
「おもしろい!」「続きが楽しみ!」「作者ぜったいにバルクロウ好きでしょう!?」
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