15話 ダンスのパートナー
長身痩躯の黒髪眼帯男は、学生の中でも異様な雰囲気を放っていた。
いや……いつも黒っぽいスーツばかりだったから、そもそも白っぽい制服に違和感があるというのもあるんだけど……バルクロウは私より年上で……。
なのに、なんで一年生カラーのネクタイを着けてるの!?
だから、私は聞いてみた。
「……実は卒業生だったり?」
「バカ言うなよ。毎月おまえのうちに通ってた俺のどこに寮生活する暇があったと?」
周囲がバルクロウの『通う』発言にザワザワしている……。
勘違いしないで!
ただの借金取りと返済者なだけだから!
そう正したくても、借金が恥ではあるので私の口はパクパクとしか動かず。
そんな私を再びツンツンしたバルクロウが片目を閉じる。
「俺、おまえと同じピッチピチの一年生♡」
「はあああああ!?」
あんぐり口を開けながら、私はいつもの調子でバルクロウに詰め寄る。
「あんた、年上だよねぇ?」
「このあいだ十八になったけど? でも入学するのに年齢制限とかねーし」
「そ、そうだったっけ……?」
たしかに記憶を掘り返してみると、ルミエール女学園の資料には『満十五歳以上の女子のみ入学を認める』と記載があっただけで、何歳以下という制限はなかったような……?
「そういうわけで、お嬢さん♡」
やたら甘い声で囁いてきたバルクロウが、私の手をとる。
そしてどこかの紳士のように、私の手の甲にキスを落としてきた。
「俺と一緒に踊ってくれませんか?」
「え、やだ」
私が真顔で即答すれば、すぐに「はあああああ!?」とバルクロウが姿勢を戻す。
「おめー俺以外に踊ってくれるやついんのかよ。どーせまともに踊れねーんだろ?」
「そ、それは……」
「安心しろよ。俺なら近所の祭りのときにおまえから何回も足踏まれてるし? たとえシューズをダメにされようが、俺の財力じゃ買い替えなんて――」
ペラペラと、私が事前に懸念していたことを覆されようとしていたときだった。
「僕が声かけるのを待ってくれたんだよね?」
後ろから顔をのぞかせてきたのは……なんとルシアン王太子殿下。
え、なんで殿下?
さっきまで他の女の子に囲まれて……あぁ、そんなことより、今日も顔がまぶしい。
「だから、その甘い顔を近くに寄せないでください、心臓に悪い!」
「そんなに好きならいくらでも見てくれて構わないよ?」
「むしろ見たくないと言っているのですが?」
「おや、それは僕に対して不敬じゃないのかな? 空耳かな?」
「そ、空耳だと思います……」
「それはよかった」
あっぶない……。
相手は王太子だ。発言には気をつけないと……。
バルクロウが見たことないくらい驚いた顔をする。
「お、王太子殿下が、ナズナのパートナーだと!?」
「僕はフェルミエ嬢と踊りたいと思っていたんだけどね。僕じゃ不服かな?」
「そ、そんなわけ……」
いや……不敬と釘を刺された直後に、これを否定できる人っている?
どうして、私が……。
あぁ、周囲からの「どうしてあんな子が」という陰口が痛い。
それ、私も同意です。
だけど陰口のみならず、直接「お待ちください!」と指摘する令嬢がいた。
アネモネちゃんだ。
「どうしてですの!? 殿下は御三家であるあたくしと踊るんじゃ――」
「毎年なんとなくそうなっていたけど、特にルールが定められていたわけじゃないと思うよ。毎年ルミエール女学園の生徒のほうが多いから、数合わせで他の学年から数人派遣されるだけで……それとも、僕にはパートナーを選ぶ権利がないのかな? この恋愛戦争時代に?」
殿下は終始笑みを浮かべていたけれど、特に最後は語気が強かった。
それに、アネモネちゃんも即座に引き下がる。
「……失言でした。お忘れください」
「大丈夫。このことは誰にも話すつもりはないからね」
「……ありがとうございます」
なんだろう、誰かに話しちゃダメな人でもいるのかな? 王様とか?
ともかく、どうやら私はこのまま殿下に、ホールの中心まで連れていかれてしまうらしい。同様に、他の人たちも急いでパートナーを見つけ、ホールに散らばり始める。
アネモネちゃんも声をかけてくれた男子生徒の手をとり……バルクロウは、少しペアで揉めながらも、無事にパートナーを決めたようだ。奪ったように見えたのは気のせいかな?
その様子を見ていると、
「僕を相手によそ見をするなんて余裕だね」
「ひゃい!?」
耳がくすぐったくて、変な声が出てしまった。
クスクス笑われるのが恥ずかしくて、私はごまかすように口を開いた。
「ど、どうして私を選んだのですか?」
「きみがとてもダンスが下手だと噂を聞いたから」
「へ?」
そんなあいだに、先生の合図の元、音楽が始まる。
殿下は平然とステップを始めながら、おしゃべりを続けた。
「きみの夢を応援すると言っただろう? もしこんなことで退学されて、王城で働けなくなったと泣かれたら、僕も後味が悪いからね。バルクロウのダンスの腕は知らないけど、僕が手を貸すのが一番安牌かと思ったんだよ」
わ、私のため……?
そもそもよその学園までダンスの下手な新入生と噂が広まっているのもどうかと思うけど……それでも、王太子直々に私が退学しないようにと手を貸してくれているなら、私も悪い気はしなくて。
私が小さく「ありがとうございます」と返すと、殿下は満足そうに片目を閉じていた。
「言っただろう、僕は自分の発言に責任を持つ男なんだ」
実際、殿下のエスコートは本当に上手だった。
それこそ、こないだのリリィさんよりも踊りやすいかもしれない。
運動自体はきらいじゃないんだ。むしろ好き。
だからこそ、殿下とのダンスが楽しいかも……そう思い始めたときだった。
音楽が止んでしまう。
「あ、終わっちゃった……」
思わず、そうつぶやいたときだった。
ホールの中に拍手が響いていた。
他のクラスメイトたちが送ってくれているらしい。殿下に対して……が大半だろうけど、その中で入学式のときにお話しした巻き髪ちゃんが「まじめに練習しましたのね」と感心の声をあげてくれている。
先生も、大きく頷きながら拍手を送ってくれていた。
よかった! きっと試験もクリアできたんだ!
私がホッと胸を撫でおろしていると、殿下が私の髪を持ち上げていた。
「あ、そうそう。ただ僕は代表として、学園のパーティーではいつもファーストダンスを踊らなくてはならないから……今度のパーティーでも一緒にがんばろうね」
そして、その髪束に口づけを落としている。
……こいつ、今、何を言いやがった?
だけど、さすがに一日のうちに失言を重ねるのはよくない。
相手は仮にも未来の上司、王太子だ。
だから、私は一呼吸おいてから応じてみた。
「知りません。聞いてないです」
「今知ったから問題ないね」
ルシアン殿下がにこりと微笑む。
だけど、私は笑い返すことができない。
視線の奥で、アネモネちゃんが悔しそうに歯を食いしばっている顔が見えたからだ。




