14話 種芋のダンス
御三家のリリィさんが、私のダンスの練習相手!?
思わず、部屋の外を覗く。
誰にも……見られてない?
こんなに有難いことはないけど、また悪評が立つのはめんどくさい。
でも……喉から手が出るほどありがたい申し出だ!
だけど、懸念点は他にもある。
「私……ほんっっとーーに下手くそですよ! 足に怪我させたら大変――」
「ふふっ、ナズナさんは優しいのね。でも舐めないで」
その途端、リリィさんが私の手をとり、いきなりステップを踏み始める。
「おっと!?」
「あなたに足を踏まれることなんて種芋が落ちてきたことと一緒よ。わたくしがその程度で腹を立てる女だと思う?」
「種芋?」
種芋とは、芋を栽培するための種とする専用の芋のことである。もちろん種なので、食べられない。通常の芋よりも小さく……そもそも、芋自体が最近庶民に食べられるようになった野菜で、高貴な方はあまり好んで食べないようだ。昔は家畜の餌として使用されていた野菜だから、いまだにその認識が強いらしい。ホクホク美味しいんだけどね。
ともあれ、そんな芋なんて単語が令嬢の中の令嬢であるリリィさんから出てくるとは思わず、私が目を丸くしていると……リリィさんがニコリと微笑んだ。
「でもあなた、まだ一度もわたくしの足を踏んでいないわよ?」
「えっ?」
たしかに、壁にぶつかることもなければ、足に妙な感触を覚えることもない。
ふと鏡を見ると、私はしっかりとリリィさんと踊っている。
「わぁ」
自分が自分でないかのよう。
スカートがきれいに広がって、まるで本当の花になったみたい。
なんて見惚れていると、思わず足がもつれそうになる。
だけど、即座にリリィさんが腰をぐいっと引き寄せてくれて、事無く次のステップを踏んでいた。
「一人で踊っていたときに上手くいかなかったのは、腰が引けていたから。でも、実際のダンスではこうしてパートナーがあなたの腰を支えてくれるわ。あなたはパートナーのエスコートに着いていくだけでいいの。足くらい、いくらでも踏んでおやりなさい。その程度でうろたえるような男は、こちらから願い下げればいいんだわ」
「あの……ええ、と……」
思わず見上げたリリィさんの表情は勇ましくもあった。
だけど、綺麗だ。王太子も顔は綺麗だけど、うわべだけではない。
優しい声音や表情とは裏腹に、しっかりとした自信が溢れていた。
「大丈夫。明日の試験ではパートナーと一緒に踊るから。素敵なお相手が見つかるといいわね」
そして、ステップを終えたリリィさんが去っていく。
しなやかに伸びた背中。ぼうっとしたまま見送りそうになっていた自分に気が付いて、私は慌てて頭を下げる。
「ありがとうございましたっ!」
リリィさんは振り返らなかった。
入れ違いに「あるじ!」と聞き覚えのある少年の声が飛びこんでくる。
アイ君だ。
「あるじ、大丈夫だったか!?」
「……だめかもしれない」
もう、だめだ。顔が火照ってしまう。
リリィさん、素敵すぎる。
あんなに綺麗で、優しくて、だけどときに豪胆で。
まだ胸がドキドキしている。
あぁ、踊っているとき、すごくいい匂いがしたな。
「アイ君……私、頑張ったらあんな風になれるのかな……?」
「あるじが、か?」
あんな女性になれたら、きっと王城でもしっかりと働ける。
それに、アネモネちゃんの隣に立つにふさわしいのは、きっとあんな姿なのだろう。
いつかの未来を想像していると、アイ君はちらりと扉のほうを見てから困ったように告げた。
「おれは……あるじにはあるじのままでいてほしいな」
……まあ、今の私じゃ、無理だと思われても仕方ないよね。
それをこんな優しい言い方してくれるなんて、やはりアイ君は優しい子だ。
「そうだね。ありがと、アイ君」
私がアイ君を撫でると、アイ君の尻尾をフリフリ揺れる。
そして、いざダンス試験。
私はいつもより大きなホールで列になって座りながら、心臓がバクバクしている。
今日もちゃんと踊れるかな。パートナーになってくれる人がリリィさんみたいに上手だといいけど……というか、昨日のリリィさんは当たり前のように男性パートを踊っていた。それって凄いことなんだよね。まだまだ遠いな。
膝に顔を埋めそうになったとき、周囲から黄色い悲鳴がこれでもかと湧いた。
「お待たせいたしました」
きゃあああああ、という歓声の中に躊躇ず飛び込んできたのは、キラキラした青年。まごうことなきルシアン王太子殿下だ。
あれ……どうして殿下が授業にも?
だけど、ホールに入ってくるのは殿下だけでなかった。
同じ制服に身を包んだ男子がわらわらと。
彼らがホールの中央に並んだとき、先生からの指示が飛ぶ。
「それでは、ソルディス男子院の生徒らが到着されたので、今よりパートナー決めの時間とします」
その途端、今まで女全員の目がギラッと光った気がした。
私が唖然としている間に、みんなワッと動き出す。あっというまに、ルシアン殿下のまわりには人だかりができていた。みんな一斉に話し出したから……さすがの私でも何を言っているのか聞き取れない……。
思わずきょとんとしていると、ふと人の隙間から殿下と目があった。
口元を押さえて、顔を背けて……もしかして、驚いている私を見て笑った!?
もう恥ずかしいなぁ……。
私が顔を背けたときだった。
「おぉ、白いおべべが意外と似合っているじゃねーか!」
親しげに私の肩を叩いてくる知り合いなんてソルディス男子院にいるはずがない。
だけど、妙に聞き覚えのある声に振り返れば――
「バルクロウ!?」
私の幼馴染のような腐れ縁、借金取りのバルクロウが片手をあげていた。




