13話 生まれたての小鹿
ルミエール女学園は、午前と午後で授業の内容が大きく異なる。
午前中は座学だ。簿記や経理、歴史や地理学など、知識を深める講義を受ける。
それは特に問題ないんだけど……。
「傷が浅いうちの退学を心から勧めますわ」
午後の授業では、アネモネちゃんに心底同情されるほど、悲惨な出来だった。
だって……お茶会のマナー? 歩き方のレッスン? 詩の書き方?
そんなの、労働と家事ばかりの人生では無縁の長物でしたが?
せめてアネモネちゃんからの忠告も嫌味であってほしかった……。
落ち込んでいると、お迎えにきてくれたアイ君が私の顔を覗き込んでくる。
「あるじ、大丈夫か?」
「うん……ちょっと午後の授業につかれただけ……」
今日のダンスのレッスンでボロボロだった。
私が踊るたびに、他のクラスメイトから「嘲る以前に大怪我しないか不安になってきますわ」「本当に普段から二足歩行しているんですの?」「生まれたての小鹿のほうが立派な足取りですわね」と真顔で言われる始末。陰口のほうがまだ心に優しいよ、とほほ。
ともあれ、私の荷物を持ってくれたアイ君が従者らしく確認してくれる。
「今日の放課後はなにをする? 気晴らしにボール遊びでもするか?」
「ごめん……ダンスホールの予約をしてあるんだ」
実は、来週にデビューパーティーなるものが開催される。
このパーティーも立派な単位の一つであり、明日のダンス試験の結果次第で、参加の可否が決まるのだ。まあ、試験といっても基礎ステップの確認だけなので、歴代赤点の生徒はいたことないらしいが……万が一でも初のダンス試験落第者となったら、パーティー不参加。自動的に単位取得が不可能になるのである。
アイ君にはお茶の淹れ方の練習をするように命じて、私はひとり個人練習用のホールへ。そもそも、このハイヒールで歩くことからキツイんだよなぁ……。
私がため息を吐きながら、靴を履き替えようとしたときだった。
「痛っ!」
足裏に走るチクッとした感触に、私は顔をしかめる。
……またか。
ため息をつきながら確認すると、ハイヒールの中に画びょうが入っている。
最近こんなことばかりなんだよね。
陰口やちょっとぶつかられるのは日常茶飯事。
学食を食べようとしても、激辛ソースがかかっていたり。
係りの生徒に宿題を渡したはずなのに、私のだけ先生に提出されていなかったり。
「アイ君がいないときでよかったよ……」
私は画びょうを他の人が怪我しなさそうな場所に置きながら、安堵の息をつく。
アイ君、すぐに威嚇するために唸ったり、匂いから犯人捜しをしようとし始めちゃうんだよね。私を心配してくれるのは嬉しいんだけどさ。
「でも、あまり大事にはしたくないんだよなぁ」
だって、私が浮いているのは事実だ。
他の子と違っておしゃれにも興味ないし、午前の授業の質問を、わざわざ放課後に先生のところに行く生徒だって他にいない。陰口からすれば、先生に媚びを売っているように見えるらしい。それこそ自分で男を捕まえられないから、先生からイイ男を紹介してもらおうとしているように見えるんだってさ。
あと、アネモネちゃんに取り入ろうとしているところも気に食わないんだとか。
「取り巻きになろうとしている人たちと、何が変わらないのだろう?」
実際、アネモネちゃんの周りにはいつも大勢の取り巻きがいる。
私も数週間同じ教室で勉強を受けていれば、なんとなく『友達』と『取り巻き』の違いくらいわかるようになった。
私がなりたいのは、絶対に『友達』だ。
アネモネちゃんと対等になりたい。
アネモネちゃんが困ったときに、頼られる存在になりたい。
「そのためにも、ダンス試験くらい乗り越えないとね!」
私は改めてハイヒールを履き、ホールへ。
「えーと、ワン、ツー、スリー……」
大きな鏡を見ながら、習ったステップを繰り返す。
……おかしい。習った通りに足を動かしているにも関わらず、どうにも不格好。
さらにカウントとステップを繰り返しているだけなのに、気が付けば足がもつれて転びそうになるし、鏡にぶつかったりしてしまう。
パーティー本番では、ダンスにお相手がいるらしいんだよね。なんとソルディス男子院と合同で行われるから、男女でダンスを踊るのだとか。
お相手がどうやって決まるのか知らないけど……これ、無事にパーティーに参加できたとて、相手の足を踏むレベルじゃ済まないのでは? 少なくとも、相手の靴をダメにする自信しかない。お貴族様の紳士用靴っていくらするんだろう?
「あっ」
そんなことを考えていると転んでしまう。
余計なことを考えているせいだね。
とりあえず、今は目先の試験を乗り越えなきゃ話にならないんだから!
そう、私が立ち上がろうとしたときだった。
「精が出るわね、ナズナ・フェルミエさん」
レッスン場の扉が開かれた途端、優しい花の香りがホールの中に流れてくる。
そこには白の御三家リリィ・セントリオンさんが優美に微笑んでいた。
「もしよろしければ、わたくしが練習相手になりましょうか?」




