12話 歓迎のしるし
アネモネちゃんの紅茶は、やっぱり私が昔自作した雑草茶と同じ味がした。
苦くて、えぐい。
そしてやはり、すぐさまお腹がぐりゅぐりゅと音を立て始める。
これは……すぐに来るぞ……!?
私は慌ててカップを置いた。
「す、すみません……ちょっとお腹が……いや、用事を思い出したので……失礼しますっ!」
下手に体調不良を訴えて、大事になったらいけないよね。
だけど、私に猶予はない。椅子がひっくり返る勢いで立ち上がって、トイレに向かって猛ダッシュ。走り方が内股で不格好だけど、やむなしだ!
そんな私とアイ君が並走していた。
「あるじ、ごめん。あの変なお茶、あるじのカップにも淹れられそうだったから従者に言ってなんとかやめてもらったのに、けっきょく……」
なるほど。アイ君がリリィさんの従者と揉めてたのは、そんな経緯があったのか。
アイ君はちゃんと私を守ろうとしてくれたんだね。
はあ、やっぱり私のアイ君かわいい~!
「だい、じょーぶ。私、このお茶飲んだことあるから」
そう……昔、地獄を見た後のこと。トイレとベッドの往復を二時間くらい繰り返したら、ケロッとよくなったんだよね。だから、私もちゃんと勝算があったんだよ。
……と、アイ君に話す余裕はないんだけどさ。
「と、とりあえず、トイレ~!」
私はおしりに力を入れすぎないようにしながら、懸命に足を動かす。
◆
「す、すみません……ちょっとお腹が……いや、用事を思い出したので……失礼しますっ!」
ナズナ・フェルミエがあたくしの紅茶を代わりに飲んだ。
瞬きの間で。あまりに予想外で。あたくしは止めることが敵わなかった。
……あぁ、悔しい。
だから、あの子をこんなお茶会に参加させたくなかったのに!
無様なあの子の背中を見つめていると、真っ先に笑いだしたのはリリィさんだった。
「ふふ……あぁ、本当に可愛らしい子ね。ローズさん、面白い余興をどうもありがとう」
「そんなつもりで連れてきたわけじゃないけどね」
二人は何もなかったかのように、紅茶を飲み進める。
あたくしは思わず奥歯を噛み締めていると、リリィさんが目を細めてきた。
「そんな心配しなくても、毒を入れたわけじゃなくってよ。ただの痩せるお薬ですわ。わたくしから、あなたへの歓迎の印でしてよ」
そう――あたくしは知っていた。
この花のお茶会には、歓迎の印として、ちょっとした悪戯が仕込まれるのだ。
あるときは、音の鳴るクッションだったり。
あるときは、ケーキに針が仕込まれていたり。
あるときは、痩せる薬と称された強烈な下剤が混入されたり。
ちょっと新参者に恥をかかせるような、隙を見せたら悪評が広まるような――そんな悪戯だ。主催者の匙加減次第で死者が出たこともあるようだけど。
そんな情報を、あたくしはきちんと入手していたのに。
紅茶がおかしいことなんて、あたくしはすぐに気が付いていたのに。
あたくしが躊躇わずに飲んでいたら、あの子が苦しい思いをせずに済んだのに!
それが新入生を歓迎する、花のお茶会の恒例行事。年度初めのお茶会は、必ず最高学年の御三家が主催することになっている。
今年の主催、リリィ・セントリオンが優雅に苦笑する。
「そんな怖い顔をなさらないで、アネモネさん。さぁ、改めて、素敵なお友達を持つあなたを、我々は歓迎しましょう」
リリィさんが手を叩くと、彼女の従者が新しい紅茶をもってくる。
今度は、他の人と同じまともなお茶のようだ。
あたくしが動かずにいると、後ろに控えていたゼインが「アネモネ様」と声をかけてくる。呆けてないで、ちゃんとしろと言いたいらしい。
わかっているわよ、いつも、あなたがあたくしを監視していることくらい。
苛立ちを表に出さないように、あたくしはカップを片手に、質の悪い先輩たち方へ優雅に微笑んでみせた。
あたくしは負けてなんかいられない。
王太子を巡る恋愛戦争に、学年は関係ない。
この腹黒い白百合ではなく、何を考えているかわからない青薔薇ではなく。
最後に選ばれるのは、あたくしでなければならないのだから。
「あんな子、友達でも何でもないですわ」
◆
腹痛はやっぱり二時間くらいの格闘で終わった。
だけど、食堂の時間が終わってしまい、晩ごはんを食べ損ねてしまったときだ。
「アネモネお嬢様からの贈り物です」
ゼインさんが、私の部屋まで大きな包みを持ってきた。
え、また何かくれちゃうの!?
ただでさえ、アイ君の洋服のお返しもできてないのに!?
私が受け取るか迷っていると、ゼインさんが急に甲高い声で話し始める。
「お礼など結構ですわ! 今日のこともこれでお忘れなさいっ!」
「……それ、アネモネちゃんの真似ですか?」
「似てますでしょう?」
眼鏡をクイッとさせながら、ゼインさんがドヤ顔をする。
思わず、私は「ぷっ」と噴き出した。
ちょっと怖くて苦手だったんだけど……思いのほか楽しい御人らしい。
そんなあいだに、ゼインさんが無理やり包みを私に押し付けてくる。
「では、用は以上ですので」
そして、カツカツと去っていくゼインさん。
扉を閉めてから、私は後ろで威嚇を続けていたアイ君に苦笑を返す。
「そんなに怖がらなくても……もう大丈夫だと思うよ?」
「あいつ、いやな匂い、かわらない。あるじも油断したらダメだ」
「気にしすぎだと思うけどなぁ」
とりあえず……包みの中からいい匂いがするぞ?
私が丁寧に開けてみると、中にはお茶菓子付き紅茶セットが入っていた。
小さな白い花が描かれたティーセットに、お湯を入れるポットも付いている。いい匂いの正体は焼き立てのお菓子だった。思わず、私たちのお腹がぐぅ~と鳴る。
「……温かいうちに食べちゃおうか」
「おれもあるじに茶を淹れられるようになりたい」
え、私の従者、可愛すぎるんだが!?
向上心のあるアイ君に、私もニコニコだ。
「じゃあ、まずはいっしょにお茶を淹れてみよう!」




