第40話 あと数日の猶予
牧野茂は新聞を広げている。海軍関係者向けの新聞らしく内容はディープだった。一面には日米交渉のことが報じられている。アメリカで大使がやり合っているが時間稼ぎが精一杯と見ていた。世界に言論による解決は存在しない。力による征服が基本なのだ。
「日本は西島中佐に任せてよさそうだ。もう私が国内でやることはない」
「それでは、お引越しです。何かと危ない内地よりも外国の方が安全という」
「シンガポールが落ちればそっちに行きたい。あそこは軍港もあって修復して拡張すれば第三の拠点になる。海へ少し出れば環礁があるから工作艦を配置する。応急修理や簡易改造はそっちでやってもらおう」
「まだ牧野さんには設計してほしい艦艇ふねがたくさんありますが」
「もう間に合わない。今から設計図を引けるのは戦争を見据えた。いわば量産型ばかり」
「平和な世が訪れた時の楽しみしておきましょうよ。過労死しちゃいます」
「まったくだ」
日米交渉の決裂は誰もが確実視している。阿南首相に米内海軍大臣まで一致した。欧州大戦は北アフリカに集中している。日独伊ソ四ヶ国同盟のせいか独ソ戦は勃発しなかった。ヒトラーは不服と聞かれ、スターリンも猜疑心を抱いており、決して一枚岩でない。しかし、全員が馬鹿で愚かでもなかった。こんな時に殴り合ってはアメリカとイギリスにつけ入る隙を与えるばかり。
ソ連は大粛清の影響から国内はガタガタに崩れていた。スターリンは自信満々だがまだ良心的な軍人や官僚は懸命である。ソ連は四ヶ国同盟を組むに際してトルコやイランへの南下を要求した。これに独伊が反発して早々に四ヶ国同盟構想は崩れかける。ここで日本の松岡特使が仲介役を務めた。外交官としては二流どころか三流にも至らないがスターリンの信頼を得るなどピエロとしては十分である。人間も使いようだ。
「すでに海南島から船団が出航した。マレーとシンガポールを強襲する。単冠湾から空母艦隊も出撃して迂回の上で南下中だ。周南から潜水艦も出ていった。匙は投げられた」
「牧野さんしか作戦を知りません。ちったは教えてくれても…」
「バカ言うな。教えられるか」
「情報はタバコ部屋から漏れる。牧野さんの名言だ」
「肝に刻んでおけよ。私もタバコを愛しているが無駄なことはしゃべらない」
そう言ってタバコをガラスの灰皿に押し付ける。将校用の支給品のため贅沢に消費した。頭の中を整理するためニコチンは欠かせない。医学的に考えると「百害あって一利なし」だがストレスをため込むよりかはマシと考えた。肉体を酷使しない代わりに頭脳を酷使する。造船の枠を超えて色々と手を出した。もうパンクするかしないかの瀬戸際に立っている。
それも一旦は沈静化に向かった。時は1941年の12月に入っている。冬の寒さが身に堪えた。日本国中が開戦ムードである。市民生活もいくらか圧迫されていた。節約を奨励する標語の看板がそこら中に立てられる。一部物資の配給制も始まった。しかし、余裕が皆無までは至っておらず、いつも通りの時間が過ぎている。このまま続けば良いと何度思ったことかとソレらしいことを考えてみた。そんな牧野の希望的観測を知ってか知らずか戦争の動きは加速している。
「ちょっと出てくるよ」
「どちらへ? 治安は良いですが、鬼が出るか蛇が出るか」
「すぐそこの中華の定食屋だ。いつもの飯を食いに行く」
「食べてなかったんですか?」
「当たり前だ。今まで会議に会議に会議だったんだぞ。一人でゆっくりと食ってくる」
愛用のワルサーPPKを胸にしまった。誰から見てもひどく疲れている。いつもは奢ってくださないなんて付いていった。今日は静かに見送る。机に残された。雑多なメモ書きを拾いあげる。自分達のできる分野で軽減しようと動き始めた。結局のところ、天才だ秀才だ何だの才能よりも人間力なのかもしれない。
「12月8日か」
=太平洋北部=
単冠湾を出撃した。
「もし日米交渉が開戦回避でなくとも一旦は継続と決まれば反転して帰投する。よいな」
「はい。源田実は理解しています」
「自分を源田実というか。お前はわからん」
「小沢中将にそう仰っていただく。光栄であります」
日本海軍における最大にして最強の水上戦力は何か。連合艦隊と答えることが模範解答だった。最近になって解釈の変更が加えられる。学問において模範解答が単一とは限らないように軍事にも複数個の正解が存在した。今回の問いに対しては連合艦隊と並列して第一航空機動艦隊を提示する。
第一航空機動艦隊は一航戦と二航戦、護衛艦隊を含んだ。その規模から世界最強を誇る。日本海軍は世界で最も航空母艦を保有した。大型空母を一個艦隊に集中すれば必然的に世界最強となる。一航戦の赤城と加賀は老齢だが大改装を経て一線級を維持した。二航戦は雲竜型のプロトタイプである蒼龍と飛龍が新進気鋭を主張する。最新型の翔鶴型や雲竜型は習熟度の兼ね合いから見送られた。艦隊随伴型の伊吹型は引っ張りだこで数が足りない。簡易空母か改造空母を与えるわけにもいかなかった。造船屋は妥協を嫌って渋い顔であるが正規空母4隻の時点で不足は生じない。
これを率いるは小沢治三郎中将だった。まだ空母が補助と見られていた頃から艦隊規模の集中的な運用を訴える。水雷屋の出身だが若い航空屋に教えてもらいながら航空屋に転身を果たした。海軍の式典では戦闘機と爆撃機、攻撃機の大編隊を率いる。空母艦隊を率いるに適任であると思われた。しかし、史上初の試みに不安は拭いきれない。源田実参謀が入閣して航空隊も熟練が揃い踏みだ。今回の作戦を最後の仕上げとして実戦経験を積む。それから各方面に人財を振り分けることにした。
「本作戦を再度確認する。源田参謀」
「はい。本作戦はA作戦とB作戦にわかれました。A作戦は米海軍太平洋艦隊の動きを見てになりますがマーシャル諸島かギルバート諸島にて待ち伏せます。基地航空隊と潜水艦が漸減邀撃を加え弱体化したところを一気に叩く。戦艦でも空母でも何でも容赦なく叩く。そのために訓練を続けてきました」
「A作戦はよろしい。B作戦はどうだ」
「B作戦は敵艦隊に動きがなく消極的な場合です。ハワイのオアフ島を中心に機動空襲を敢行します。港に停泊している戦艦は目標から外しました。石油貯蔵施設や飛行場など基地機能を狙います。諜報員の情報からして完全な無力化は不可能ですが一時的に麻痺させるには足りていました」
「これに異論ある者は遠慮なく申し出てほしい。諸君らも知っているはず。私は水雷屋の上がりだった。空母の運用は理論上のみである。現場で働いてきた。君たちの生きた意見を欲する」
1日がかりの戦略会議を繰り返して遂に開戦を告げる大作戦が出来上がる。陸軍主体の南方作戦と海軍主体の太平洋作戦の二本立てだった。南方作戦は陸軍管轄のためギリギリまで陸海軍の調整を続けることで同意を得ている。問題は太平洋作戦の内容だった。連合艦隊のハワイ作戦と軍令部のマーシャル諸島漸減邀撃作戦が対立して双方ともに譲らない。牧野茂がオブザーバー参加して茶を何杯もおかわりした話は有名だった。
「港に空母がいた場合はいかがいたしましょうか。戦艦を外すことは同意しますが空母を外すのは…」
「急降下爆撃で足りる。九七式に80番でやらせてみることも面白い」
「それで沈むのか?」
「少なくとも、港の中で沈むことない。あのアメリカだ。すぐに復旧させる。しかし、一時的に行動不能に陥らせることが重要と考えた。敵空母を固定することができれば何でも進められる」
「いや、港にいるとも限らないことに注意すべき。ミッドウェーにいることも捨てきれない」
小沢治三郎は薄ら笑みを浮かべる。
まるで、いい具合だと言いたげだ。
続く




