第37話 水中40ノット
ブツブツと文句の声が漏れている。それもそのはず、数か月にわたる習熟と訓練を終えたにも関わらず「足りていない」と一蹴されてしまった。最後の試験と称して無駄な航海を強いられる。これが早期に伝達されれば納得できた。修了を直前にしてゴールラインを延長されては堪ったもんじゃない。
「いったいなんです。新型の調音機や探信儀の試験と言いちょりますが十分に尽くしています。この十一号型に死角はありません」
「本当にそうかを試すんだろうが。この世ってのは何が起こるかわからん」
「本当に帰投できるんですね」
「あぁ、今日の試験が終わり次第に母港に戻る。そこから先は暫くの休みである。上に確認して言質をとった」
「信じますよ。まったく…」
十一号型駆潜艇はみんな大好きな量産型だった。800トン程度の小柄な船体に45口径8cm単装高角砲と高角機銃が幾つか。あくまでも、敵潜水艦を狩ることを専門としていた。大型駆潜艇らしく爆雷は54個と対潜迫撃砲複数を装備する。新型の調音機と探信儀も贅沢に搭載した。輸送船団護衛のため大型化している。トラック泊地に配備を予定した。その前に内地の家族に会うために母港に帰投したい。さっさと試験を終わらせたかった。
漁船すらいない沖合にて、いつも通りに調音機でイルカやクジラの声を聞いたり、探信儀が示す反応の強弱を記録したり、非常時に正常に動くかを確かめている。幾度となく行ってきた故に頭が動く前に身体が先に動いていた。これが理想的な形である。無駄なことを考えずにやるべきことをすぐにやることが求められた。1秒を争う状況では尚更のこと。しかし、慣れから緩んではならないため各班長は怒号を飛ばした。
「うん…なんだ…」
「どうした。僅かな異常も見逃すなよ」
「はぁ、なんか変な音が聞こえまして…」
「どんなだ」
「言葉にできません。自然現象と思いますが…いかんせん初めて聞きました」
調音手が異音を認めるが自然現象の類だと推定する。あまりにも聞き馴染がなかった。ちょっと沖合に出るだけでも海は一変する。足は底につかなかった。生息する海洋生物もガラリと変わる。海流の動きもしっちゃかめっちゃかの大騒ぎだ。よく鍛えられていなければ碌に動けない。そのような海域であるからこそ入念に確認すべきだ。調音手から引き継いで責任者が自ら確認を買って出る。こういう時こそ上司の出番だ。
「なんだ…騒がしい」
「ですよね」
「クジラかイルカの群れでもこう騒がしくしない。音質が違いすぎる…」
「わかりますか」
「いや、わからん。なんだ故障したか」
新しい物であるから故障の可能性は否定できない。完全に音が聞こえなければ故障や損傷を疑った。今はそれなりに聞こえているどころか、ドンドンとドンドンと騒がしく、人工的な轟音が遠方から迫ってくるよう。あまりにも騒がしいため反射的にのけぞってしまった。この現象は調音班だけでない。探信儀の方も異常事態を知らせていた。謎の反応が急速に迫ってくる。もう少しで直下を通過するようだ。今日の海はご機嫌斜めのようである。透明度は最悪に該当して何も見通せなかった。謎の反応を暴きたいが暴けそうにない。
「直下を通り過ぎます!」
「調音機能しません!」
「何かわからんが、総員衝撃に備えろ!」
「神様仏様…」
その直後に排水量800トンの大型駆潜艇がグワングワンと揺れた。軍艦としては小ぶりも小ぶりである。大人の数十名が長期間は生活できるだけの大きさを有した。それが揺さぶられるのだから自然の威力は恐ろしい。本当にそうかと疑うべきだ。自然現象ならばピンポイントが過ぎている。自然現象はピンポイントでも相応の範囲を展開するものだ。それも円形のはずだが直線状の一直線に訪れる。あまりにも怪しかった。
何かが通り過ぎた後は平穏に戻る。何事もなかったかのように凪が訪れた。誰もが夢なのかと両目をパクチリと瞬かせる。艇長もよろめきながら立ち上がった。駆潜艇の最大責任者として両足を踏ん張っている。遠い海を見据えた。何かが通り過ぎていった先かもしれない。その何かを確かめる術はなかった。そして、一つの結論を導き出す。
「今日の試験は良好とだけ残す。これより帰投する」
「いや、それは…筋が通らないと言いますか」
「筋は通す時もあれば隠す時もある。今日はとにかく試験結果は良好とだけ残す」
「かしこまりました」
新型の調音機と探信儀の性能は良好と記した。
それ以上は何もない。
=海中=
艦内を歓声が包み込む。
「海中43ノット! やりました!」
「世界記録だ!」
「ゆっくりと安全速度まで落としていけ。この情報は必ず持ち帰る」
「ハ200は実験型のため世に出ることはありません。しかし、ここに刻み込みました。我々は海中43ノットの記録を叩き出したのです。世界は我々のこと知りません。いや、知れないと言うことが適切でした」
「唯一惜しむばかりは魚雷がないことだ。酸素魚雷と競争したかった」
書類にすら記載されなかった。まさしく謎の艦影がクジラやイルカを押しのけている。黒潮だろうと親潮だろうと何だろうと我に勝てるはずがないとエゴイストだった。ハ200型潜水艦である。水中高速型潜水艦の試験用に1隻のみが建造された。海軍においてハ号と呼ばれる潜水艦は専ら小型である。ハ200も例に漏れず小型であるが抵抗を極限まで減らすことを意識していた。その上でヘルムート・ヴァルター謹製のヴァルター機関試作型を搭載している。一時的であるが爆発的な加速を発揮して水上艦をも凌駕する最高速を叩き出した。速度計が示した数値は43ノットである。これを海中で記録した。
日本海軍の汎用駆逐艦でさえ40ノットの壁を越えていない。40ノットを発揮することは可能であるが必要性を感じなかった。常識の中で活動しなければならない。潜水艦も同様というところ、日本がドイツを上回りアメリカとイギリスを打倒するため、常識の範疇で戦ってはならぬと非合理的を突き詰めた。潜水艦が非効率的の集合体である以上は突き抜けるがよろしい。大博打であるが少しは堅実にとハ200を建造した。魚雷発射管や機雷敷設筒など本格的であるが重量を揃えるためのダミーに過ぎない。水中40ノットの航行時に外殻から内部の兵士まで影響がどう及ぶかを確かめた。
「なんて潜水艦なんだ。これがあれば艦隊を壊滅させられる」
「その代償も高くついたがな。ヴァルター機関の手入れは恐ろしく面倒だ。開発者が自ら出向いてくるという。その者に存分に教えてやるといい」
「配管はゴチャゴチャしている上にガスが発生しました。漏れも日常茶飯事です。このじゃじゃ馬を真っ当に使うためには不断の努力は欠かせません。ヴァルター機関を使う時は離脱時のみに限るべきかと」
「うん。俺もそう思った。敵艦隊の対潜陣を強引に突破できないかと思ったが雷撃できない。まぁ、逃げる時の手段か」
「はい。そう思います」
実際に試してみることで判明することが多すぎる。まずは整備性が劣悪だった。ヴァルター機関は化学薬品を用いるため取り扱い注意の警告が目立つ。機関始動と共に訪れる猛烈な振動から漏れは日常茶飯事ときた。さらに、毒性のガスを噴出することもあって問題児とわかる。したがって、本当に危険でなければ使わない切り札と温存が推奨された。それでは通常の潜水艦と変わらない。逃げだけでなく攻めにも使えなければ戦争に勝てなかった。ヴァルター博士が直々に出張して改善と改良、新型の開発を約束してくれる。
「まずは第一歩だ。この潜水艦は捕まらん」
続く




