第34話 異史T部隊
=深夜の桜島=
「よく噴火するんだなぁ。桜島は」
「れっきとした活火山ですから当然かと。あれの目印にすれば帰投できるはず」
「それはうちの航空隊を侮り過ぎている。もとは水上機部隊の粒ぞろいだ」
「司令はお優しいから。艦長も知っての通り、水上機乗りは適正こそあれど、下手くそな兵士が乗る」
夜になっても鹿児島名物の桜島は噴火していた。破滅的な噴火ではなくてグツグツと煮えるよう。ここに生きてきた者達はいつも通りに生活していた。本当に危険な場合は軍隊が出動して避難誘導を行う。一応の観測を行っているがいつもの噴火であると判断した。そんな桜島を見ながら夜間の訓練を繰り返している。
世界は二分割された。正義の民主主義を標榜するアメリカとイギリス、自由フランスと悪辣なファシストであるドイツ、イタリア、日本、ソビエトと二色らしい。中立国もいるが中小国のため色を塗るまでもなかった。日本は中立を宣言して不干渉を貫いている。あいにく、独自に英米仏と関係悪化の一途をたどった。仏印進駐から不可逆的と決まる。日本の対英米仏決戦は近づいた。それ故に軍隊の訓練も頻度を増す。普段は観覧できたものも立ち入りが厳しく禁じられた。
海軍の桜島を睨む訓練も漁業関係者でさえ封じられる。月が照らす先に異形の艦艇が優雅な姿を見せつけた。主砲を前部に背負い式に集中配置している。艦後部から前部にかけて斜め方向に突き出て先端部が僅かに上向いた。これが日本海軍の誇る最先端の巡洋艦という。海軍内部でさえ嘲笑が吹き荒れた。市民も好奇の目で見ている。しかし、設計した者と操作する者は確かに誇りを抱いていた。
「俺たちが歴史を変える」
「T部隊は正規の一航戦や二航戦に負けちょりません。夜間攻撃に絞ることで最大の戦果を得る。牧野設計と合体すれば1+1が100になりました。あいつら複葉機は時代遅れだってバカにしてきますが夜に飛べないハトに言われても」
「カラスだ。夜烏となって獲物をついばむ。俺たちのくちばしは鋭いぞ」
「各機へ雷撃体勢に移行せよ。今日は雷撃のフリで構わない。かと言って、手を抜くなよ。意外とわかる。うちの司令官は戦闘機乗りだったから詳しい」
「適度に手を抜きたいけど抜けない。やるせない」
「仕方がありません。詳しい人には敵いません」
「いつものように海面に突っ込みそうなスレスレでお願いします」
母艦を標的と設定して航空雷撃の体勢に入る。一切の灯がない闇夜の中でも安定して攻撃機を飛ばすことができた。各員の技量によるところ、攻撃機本体が時代遅れの複葉機のため、驚異的な失速耐性と低空飛行の安定性を発揮する。九六式艦上攻撃機だった。九七式艦上攻撃機が単葉機として登場した後は訓練用に回っている。本機の生産も終了の方向だった。しかし、新しい航空戦隊の構想が浮上すると一転して継続と決まる。さらに、小幅な改良も要求されて性能向上よりかは既に良好な操縦性と安定性の磨き上げに努めた。約800kgの航空魚雷を腹に抱えながらブン回しても失速しない。
これをT部隊が半ばと専用機に運用した。T部隊は源田実が在学中に提案した夜間攻撃専門の航空隊である。まず爆撃機か攻撃機は問わなかった。昼間の攻撃は極めて強力な反面に戦闘機の迎撃による被害が大きい。国共内戦における都市爆撃において証明された。新型戦闘機が護衛につけば減ぜられるが何かと無駄が多い。戦闘機不要とまでは言わないがスマートに勝利することが最善と持論を展開した。そこで、並みの戦闘機が飛行できない時間帯の深夜帯に爆撃機か攻撃機を飛ばす。戦闘機が上がってこれなければ、対空砲火だけを警戒すれば良いのだ。特に高威力の航空雷撃に最適であると締め括る。
「投下! 機体を引き上げる!」
「こんなら敵艦の目の前でグイッと旋回なんて芸当ができそうですね!」
「無理にしゃべるな。無線機に雑音が入る」
「源田さんに聞こえたらいいな!」
「それよりも桑原司令がウンウンなんて頷いてました。おれの目に狂いはありません」
「誰も疑ってねぇよ。あとで感想を聞こう」
「何が怖いってズッと追ってきたんです。戦闘機乗りです。あれは」
T部隊構想は実現したが史実の基地航空隊ではなく航空戦隊に収まった。正規空母ですらない。簡易空母や改造空母でもなかった。皆が大好きである牧野印の航空巡洋艦の利根型に入る。利根型航空巡洋艦はアングルドデッキの試作品を装備した。超空母を見据えて実験的な試みを歓迎しよう。当初は水陸両用飛行艇や水上機、艦上戦闘機を想定した。ここにT部隊が収まることで完成を見たのである。
利根型のアングルドデッキ的な飛行甲板から発艦と着艦を両立できた。九六式が複葉機なために短い距離の発着艦を十分な範囲まで手繰り寄せる。もちろん、合成風力の力を借りることは必要だ。射出機の研究は鋭意と進めている。いつでも追加できるようのレールが刻まれた。工作艦が出張してくれれば前線拠点での追加も大歓迎する。余裕のある設計はいつになっても素晴らしいのだ。
利根型は最上型と明確に異なる。艦隊に付属する巡洋艦よりも一個の航空戦隊と運用する方が理に適った。艦隊付属は最上型の仕事であり、従来型も改装を経て健在を主張し、新5,500トン級軽巡洋艦も謙虚に立候補する。利根型を完全に切り離した。しかし、正規空母を駆る一航戦や二航戦から「航空戦隊を名乗るとは何事か」と突っ込みが差し込まれる。
「見事な腕前だ。もう見間違えるよ」
「水上機上がりの下手くそども。それが良い味になりました。このまま腐らずに努力してくれれば必ずや一航戦と二航戦に匹敵する。我々は落ちこぼれでも気狂いでも何でもありません。一個の航空機動艦隊でした」
「それでいい…いいや…それがいい」
「わかりました。この西田もついてきましょう」
「いや、艦長はいずれ大戦艦に移るだろう。我々みたいな雑草に混じっちゃいかん」
「お断りします。雑草も綺麗ではありませんか。この夜の中でも懸命に生きている。それが雑草です」
ゆっくりと消えていった。九六式艦攻の群れを見送る。今夜は模擬弾を吊り下げて本番さながらの訓練を行った。桑原司令から参謀、艦長まで全員が唸る。水上機という下駄履きから立派な夜烏に成長した。なぜ、最初から空母艦載機から抽出しなかったのか。その理由は水上機乗りの特性をあげた。
水上機は昼間はもちろん夜間も飛ばなければならない。したがって、艦載機や陸上機の航空兵よりも夜の飛行を知っていた。夜の真っ暗闇に包まれても冷静に操縦できる。月や岩礁、島の位置関係から自機の位置を割り出すことは当たり前のスキルだった。トップクラスに高い技量が求められる夜間飛行を育成する手間を省略できる。航空雷撃における魚雷の投下や遠近法の錯誤など、そこら辺は月月火水木金金の猛訓練からどうにかなり、現に一人前にまで成長してみせた。
彼らは時に心無い言葉を投げつけられる。主に「水上機乗りは下手くそ」や「時代遅れの複葉機」などの前評判を張り付けられた。これに腐らずにひたむきに向き合う。下手くそや才能なしなりに努力を重ねてきた。誰よりも航空機を知る司令官の理解も加わる。最初のおっかなびっくりからメキメキと上達していった。あとは結果を残すばかり。
「艦長!」
「はい!」
「夜食の用意だ」
「は、へ、はい?」
「何をキョトンとしている。彼らが戻ってきたら腹が減っているに違いない。頭を使って身体を使ってもう大変だ。彼らに何も食わせないと言うのか」
「失礼いたしました! 直ちに手配いたします!」
桑原虎雄少将は陰なる日本海軍航空機の父だった。
続く




