第32話 最強の艦砲
=大阪=
完全非公開の現場を自由に観覧できる。
「オーライ! オーライ! ゆっくりとな! ゆっくりとな!」
「緩衝材はぶっ壊してもいいぞ! そのためにあるんだ!」
「気合が違う。呉とはまた違った」
「そりゃ広島の人間と大阪の人間を比較せんでくだしいや。大阪の魂は負けちゃおりません。呉にこの艦砲が作れますか」
「作れるには作れるはずだ。私は効率を考えて大阪を選んでいる」
「頭の良いこって」
日本全国を出張して現場の視察と指導、新鋭艦の提案など多忙な日々を送った。もう疲労困憊である。今日だけは無理を押してでも見に行きたかった。大阪の現場は最重要事項に挙げられる。ただ観光するのではないのだ。大阪に構えられた工廠にて誕生した世界最強の艦砲を見に来ている。ちょうど、呉工廠へ移動の準備中だ。
機密性の権化のような物品である以上は厳戒態勢が生ぬるい程に統制が敷かれる。陸軍の歩兵連隊が最新鋭の小銃を手に現場をグルリと囲んだ。海軍の戦闘機が上空を旋回して民間機の出入りを禁じる。内海は二等駆逐艦と海防艦、魚雷艇が船舶はもちろん遊泳者も通さなかった。主砲と機銃に実弾が込められている。報道陣はスクープを得ようと手を尽くしたが悉く弾き返された。欧米諸国の諜報員が殺到するだろうが逆に手玉に取ってやる。一網打尽と言わんばかりに裏の戦いを繰り広げていた。
そんな中で工廠の大型クレーンが唸る。幾重にも安全装置を備えられた物品をゆっくりと持ち上げた。あまりにもゆっくりなため1日かかるんじゃないか。熟練の作業員の手により確実に進められた。すぐ傍に停泊中の運送艦『柏原』へ運ばれる。艦砲の運搬は海運が向いていた。陸運では貨物列車に乗り切らない。本来は建造する工廠ないし造船所で合わせて製造されるところ、今回は規格外に次ぐ規格外のため一周回って非効率的と考えられ、大砲製造のプロフェッショナルである大阪に依頼した。
「でかい! なんて大きさだ…」
「世界最強の艦砲を作りました。ご注文の通り、51cm三連装砲です。2t近い超大重量徹甲弾を撃ち出すため上質な金属を惜しげもなく使いました。それだけ重さが出てきますので防御力の確保には苦心しましたよ。本当に勘弁してつかぁさい」
「私に言われても困ります。これを考えたのは藤本喜久雄氏なので。私はちょっと修正を入れただけ」
「ちょっとした修正が大きいのですがいいでしょう。職人を舐めないでいただきたい」
「なんとも美しい。お見事です」
吊り上げを待機している一基を見せてもらう。作業用にいくらかゴテゴテとしているが美しさを感じられた。世界最強の看板は伊達でない。新鋭戦艦の単艦決戦思想に伴う20インチの51cm三連装砲だった。16インチの41cm(40.6cm)が一般的である。欧米海軍を質で圧倒するためには大口径砲の搭載が望まれた。当初は18インチの46cm砲で進められる。ここにきて藤本喜久雄氏の私案から20インチの51cm(50.6cm)が急浮上してきた。わずか4インチにして10cmの違いだが威力は桁違いにかけ離れている。世界の存在する戦艦の全てを破壊できる威力を秘めていた。
夢物語で実現は不可能と思われる。実は過去に20インチ砲の試作に成功していた。実験的な施策のため実用は度外視だが製造自体は可能である。18インチ砲でつまらない戦艦を作ることは大和男児の恥と戒めた。世界最強を目指した20インチ砲に決まる。もっとも、前途多難であることは言うまでもないことだ。とんでもない重さになるため艦全体の重量の見直しに迫られる。主砲の軽量化が求められたが機構を隅々まで電動化すると削る部分が無かった。さらに、装甲も対18インチに妥協して尚も分厚く張るため一層も削れない。
「砲塔正面と天蓋に傾斜をかけることで見かけの装甲厚を増している。これで数値以上の防御力を確保できた。焼け石に水であるが軽量化している。砲身も45口径に縮めているが20インチが大きすぎた」
「夢を追い求めたんでしょう? ほら。その胸を張りましょう。軽くし過ぎても脆くなっちまいます」
「これは失礼いたしました。まさか、ここで説かれるとはね」
「若いんだから幾らでも悩むだろう。俺みたいなロートルは割り切った。1分あたり1発をやむなしとしたことも割り切りじゃないか」
「おっしゃる通りです」
51cm三連装砲は少しでも軽量化するために砲塔の正面と天蓋は傾斜装甲を採用した。いわゆる被弾経始である。傾斜することで見かけの厚さを稼ぐことができた。これにより装甲厚を幾らか減らして結果的に軽量化を手繰り寄せる。しかし、戦艦の主砲のため減らして尚も恐ろしく分厚いものだ。数百キロ単位の軽量化は「やらないよりかはマシぐらい」に収まる。なお、側面や背面など被弾し辛い面は削っていた。
特に新鋭戦艦は主砲の前部集中配置を採用している。牧野設計では頻出の単語と心得た。艦前部に集中させると理想的な防御姿勢の全力砲撃を可能にする。艦を縦方向に真っ直ぐに立てた状態で全砲門を斉射できた。被弾面積を最小限に抑えながら攻撃する。戦艦の熾烈な砲撃戦において防御のアドバンテージを得られた。弱点としては敵艦が後方から追ってくる場合は反撃できない。艦後部の副砲が頼りだった。主砲を向けようとすれば大きく旋回して横っ腹を晒さなければならない。大きな隙を生じさせてしまった。
「固定急げ!」
「明日には出る! 夜に入ってもやるぞ!」
「手があいてるやつは手伝えぇ!」
「二個目いくぞ! クレーン上げろぉ!」
「このためだけに建造される。運送艦の柏原も特別と言えばいいが、一度でお役御免は勿体ない。もちろん、文字通りの運送艦と活動してもらう。主砲を運ぶ役割は終わった。新型工作艦も運搬できてしまう」
「良いじゃありませんか。一度きりの超大役をやってのける。一度限り。なんて良い響きだ」
すでに作業は2個目に取り掛かっている。51cm三連装砲を運ぶためだけに設計と建造した運送艦が柏原だった。表向きは汎用的な輸送艦であるが戦艦の主砲を安全に迅速に確実に送り届ける。是非とも、末永く活躍していただきたいところ、主砲を運ぶ仕事はこれ限りと聞かれた。なぜなら、単艦決戦思想から姉妹艦の建造は見送られる。とっくに確保された予算と資材は航空母艦に転用された。大阪から呉への運搬が終われば「お役御免」と言われる。とはいえの貴重な大型輸送艦のため雑務を担ってもらった。戦艦の主砲を運べる能力を活かして何でも運んでいただきたい。
それでは修理や保守の部品はどうするのだが新型の工作艦が分担した。南方における修理は工作艦の仕事たる。本格的な工作艦の要求から明石を拵えると同型の三原と松江が登場予定だ。戦時標準の民間船を改造した特設工作艦も待機している。戦艦から駆逐艦まで本土に戻らなくても現地で修理を行った。小口径の高角砲ぐらいは運搬しよう。牧野の設計でないが思想は色濃く反映されていた。どれか一つに集約し過ぎることも考えものである。それでは単艦決戦思想はどうなんだ指摘した。これは日本海軍の総意であって日本神話を身に宿すと便利な言い逃れを用いる。
「あぁ、そうだ。高角砲は後で持っていかせる。15cmと10cmに揃えてくれたのはあり難いけどよ。数が多すぎやしないかね。作れんことはないけどよ。限度ってのがね。あるんだわ」
「これも時代に対応するため、どうかご理解いただきたい」
「ふん。完成したら一番に見せてくれよ」
「わかりました。手配します」
続く




