第31話 華の二水戦
「太平洋の荒波を越え米本土まで至る! それが二水戦ぞ!」
威勢のいい声が響き渡る。
「どうです。うちの部下たちは気合が入っている。私は静かにしていれば勝手に仕事を進めてくれる」
「第八駆逐隊に第十八駆逐隊も気合十分と見えます。私は相当恨まれていると思いましたが大歓待に感謝申し上げます」
「なぜ中将を恨まなければならないのか理解に苦しみました。二水戦の強者たちは腕っ節だけでは務まりません。頭が良い必要はありません。物事を正しく理解する。それができなければ艦艇ふねを降りてもらう」
「なるほど、田中少将が煙たがられる理由が分かった気がする」
「恐れ入ります」
自分よりも遥かに年上の凄みを見せつけられた。第二水雷戦隊の高練度に疑義を挟む余地はない。日本海軍水雷戦隊の中でトップクラスを誇った。台風の中でも魚雷を直撃させられると自負を抱く。牧野は素直に認めた。二水戦の実力は本物である。しかし、兵士はともかくとして艦艇がいけなかった。軽巡は旧型の骨董品であり、駆逐艦は特型駆逐艦の血脈であり、牧野が猛批判してきた物品が並ぶ。それ故に視察時は殴られるんじゃないのかと覚悟を締めた。牧野が手掛けた艦艇を押し付けられた上に視察に来るなんて虫が良すぎる。予想は良い意味で裏切られた。皆が生き生きとしている。訓練だから茶番劇を繰り広げていると見ることはあまりにも捻くれた。
「どうですか? 軽巡『瀬名』の使い勝手をお聞きしたい。忌憚のない。ご意見を頂戴したく」
「指揮通信能力が高く非常に気に入っています。主砲よりも魚雷よりも確実に指示が通る。水雷戦隊は巡洋艦がなくても構わないのです。駆逐艦だけでも名乗ることができた。しかし、指揮に通信はそうもいかない」
「私の狙いを理解してくれましたか。さすがであります」
「最初は驚きました。すぐに合理的と理解しています。牧野中将はクレバーなのだ」
「さて、どうでしょうかね。私は非合理的を好みました」
「若いうちにやっておくことだ」
「もう30代で40代目前ですが…」
二水戦の旗艦は新5,500トン級軽巡洋艦の『瀬名』に置き換えた。旧5,500トン級軽巡洋艦は一部を除いて高速輸送艦に改造される。主砲や機銃を降ろして物資と人員を文字通りの高速で運搬した。これにより軽巡洋艦がゴッソリと減ってしまう。航空巡洋艦を含めた重巡洋艦ばかり増やしてもバランスが悪かった。水雷戦隊を率いるに軽巡洋艦は必要なはず。しかし、新たに設計を引こうにも長期間を見込んだ。牧野設計は画期的にして革新的であるが時間が残されていない。いくらブロック工法と電気溶接に西島式を採用しても焼け石に水だった。
そこで旧5,500トン級の設計を引っ張り出す。阿賀野型を量産型に手直しする計画案も存在した。より簡単に数量を揃えられる方を採択する。三本煙突の旧型を主張することはなく全面的にリニューアルが行われた。しかし、大まかには変わっていない。これにより川崎造船所や横浜造船所など建造実績のある船渠はノウハウを発揮することができた。ノウハウを侮ってはならない。世の中に「一度でもやったことがある」は自信を抱かせた。さらに、組織と人員に「次はどうするべきか」を考えさせる。つまり、自然に改善と改良が図られた。
「15cmよりも12.7cmの方がいいね。よく撃てる。水雷戦だけが海戦じゃない。航空機に対する自衛手段が必要だ。それに潜水艦も怖いね。最善は直掩機を飛ばしてもらうことだが現実はそうもいくまい」
「よくわかっていらっしゃる。連合艦隊を率いてみたらいかがでしょう」
「フフフ…どかっと立っている。ここが良いんだ」
「いつでもお申し付けください。造船から推挙いたします」
「その時は頼むかな」
意味ありげな会話を繰り広げている。その舞台たる瀬名は艦隊型から脱却した。良くも悪くも無難に纏められる。水雷戦はもちろん、対空戦、砲撃戦、対潜戦と汎用性に富んだ。従来の大砲と魚雷の火力を存分に活かす方針は終わる。ありとあらゆる場面に対応した。大艦巨砲主義に準ずる水雷決戦思想からは受け入れられない。水雷戦こそ日本海軍の誉なんだ。それに傷をつけるとは何事かと非難を浴びよう。牧野一家に異を唱えることは結構だ。整合性の取れていない愚者の叫び声は無視が適当である。
瀬名を筆頭に新5,500トン級軽巡は武装を横一列に揃えた。主砲に八九式12.7cm連装高角砲3基6門を採用する。副砲扱いの45口径8cm単装高角砲4門を追加した。これで汎用駆逐艦を辛うじて上回る程度の火力に収まる。砲火力に関しては駆逐艦とそう変わらなかった。水雷戦隊を組むに際して駆逐艦と揃える方が都合が良い。実際に第八駆逐隊と第十八駆逐艦の朝潮型と陽炎型は汎用駆逐艦の初期型に該当した。瀬名と同程度の火力に揃えられる。
「魚雷発射管はバッチリですか?」
「それは水雷長に聞いておくれ」
「改めて、どうですか?」
「素晴らしい。この一言に尽きます。次発装填装置のおかげで負担がグッと減りました。不運な事故も起こらない。故障した時が怖いですが手動装填もできるので指摘するまでもなかった。これで欧米海軍の主力艦隊を壊滅させられる」
「とても頼もしく思います」
「本当かね。呆れていないかや」
「いえいえ、とてもとても」
瀬名は最新の魚雷発射管を備えた。四連装魚雷に変わらないが最新型は次発装填装置が付随する。機械の力により61cm酸素魚雷を45秒で再装填した。表向きは酸素魚雷の威力を最大限の引き上げるアプローチの一つ。本音は間接的なダメージコントロールが込められた。酸素魚雷は空前絶後の高威力を秘める代償に誘爆のリスクが極めて高い。そんなこと魚雷だって砲弾だって爆雷だって変わらなかった。いいや、常に最悪を想定して設計すべし。
次発装填装置は誘爆のリスクを最小限に抑えてくれた。45秒の再装填により魚雷の密度を高めつつ危険物を一気に吐き出せる。人力の装填中に機銃の弾丸でも飛んで来たら笑えなかった。水雷戦とはゼロ距離の殴り合い。あり得ないことが起こ得た。水雷戦を悦びとする者を納得させながら安全を確保できる。牧野設計に綻びは生じなかった。
「高角機銃もたくさんあるね。おかげで兵士が退屈しない。こんなにあってどうするんだと言いたいけど、アレを見せられちゃ、ウンと言わざるを得なかった。水雷戦は終わったかな」
「第一人者が認めてしまっては二進も三進もいかなくなりますよ」
「いやぁ、陸上攻撃機が雷撃してくるんだ。駆逐艦よりも素早く動いて魚雷を投じてくる。超低空飛行に度肝を抜かれちゃった。高角砲は足りない。高角機銃で阻止できるか」
「対空班を組織したんです。司令の鶴の一声でした」
「対空班?」
「寄せ集めだよ。暇な兵士をかき集めて対空戦闘に集中させる」
「すばしっこい航空機の動きに目を慣れさせる。射撃指揮装置が無くても一定程度は追いつける。司令の現実主義が光りました」
二水戦は水雷戦の華というところ司令官の本人が現実路線を歩んでいる。水雷戦に挑むと言う前に対空戦を重視した。そのきっかけが新型陸上攻撃機による航空雷撃のデモンストレーションらしい。大型爆撃機が超低空を高速で這ってきた。航空魚雷を超高速で配達されては堪ったもんじゃない。単発機と異なり図体の大きさに相応しい堅牢度を誇った。これは勝てないと認識を改める。牧野設計のおかげで高角機銃に20mmと15mmを積んでいた。対空を専門とする寄せ集めでも班を拵える。無理とわかっているが最善を尽くした。
「牧野中将」
「なんですか」
「そのまま突き進んでください」
続く




