第30話 グレーゾーンを衝け
=南シナ海=
一隻の中型貨客船が処女航海と称して公海を走る。
ゆったりとした時間が流れていた。
「本艦の任務はアフリカ航路に従事する貨客船と見せかけて情報を収集することになる。仮に英海軍が臨検や拿捕に訪れる場合は言論により抵抗する。それでも相手方が武力を行使する場合はドイツ籍を纏って砲火を交える。この航海で沈む可能性もある。しかし、必ずや遂行しなければならない」
日本国旗ではなく中華民国の旗を上げる。国共内戦は泥沼の様相を呈した。上海事件が起こるなど日中関係は冷え込む。しかし、ドイツ側の策略が暴露されたり、ソ連スパイが逮捕されたり、ソ連からの亡命者の証言が裏付けたり、外から仕向けられていることに気づいた。そして、日中全面衝突は辛うじて回避に成功する。現在も内戦中であるが日本の支援を受ける国民党が優勢だ。蔣介石は上海事件の責任から引きずり降ろされる。親日派筆頭にして孫文の後継者を名乗る汪兆銘が台頭した。
中華民国の旗を借りることでカモフラージュを覚える。中国情勢が混沌を極め過ぎている故に諸外国は手を出せなかった。それ以前に欧州の炎に対処しなければならない。フランスは降伏して北アフリカ戦線の火蓋が切って落とされた。フランスとオランダ、ベルギーの奪還を叫ぶ前に北アフリカのスエズ運河が狙われる。スエズ運河が落ちれば日独連絡が容易となってしまった。これは絶対に避ける。フランス領マダガスカル島をイギリスが制圧するなど強硬手段を採る程に切羽詰まった。
「北部仏印にて補給を受け、マレーからシンガポールの偵察を挟み、インド洋に出る。インド洋ではイギリス海軍の動きをつぶさに観察する。奴らは我々を監視するだろうが、それは逆に我々が奴らを監視することになり、今後の戦い方に大きく関わった」
「艦長気合を入れているところ悪いですが早速のお客さんです。オランダ海軍の駆逐艦が見回りに来ています。さすがに公海ですから手出しできないと思いますが」
「奴らも早期警戒に出てきたようだ。やり過ごす。肉眼で見えそうならば帽子でも振ってやれ」
「了解しました。伝達します」
「おかまもどきは適当に踊っておけばいい」
標準設計である8,000トン級貨客船の三瓶丸はアフリカ航路の処女航海に出る。この国際情勢に未だ民間航路が生きていた。あいにく、書類上の話であって実際の運航は運休に次ぐ運休である。海外旅行に興じることは金持ちでもしなかった。軍人でなければ国境を跨ぐことはありえない。処女航海という言語は軍艦に限られた。したがって、三瓶丸は民間船を装った軍艦らしい。
いわゆる、仮装巡洋艦の特設巡洋艦だ。敵国や中立国の商船を襲い希少な物資や金品を奪う。拿捕して友軍に引き渡すか海の藻屑に変えた。その際に情報を収集することも立派な仕事と認める。商船が機密情報を持っていることはあり得ないがヒントは隠れていた。また、敵軍の通信を不法に傍受して友軍に提供する。その仕事に華々しさは欠片も見られないが情報戦略に欠かせない海軍の黒子というべきだ。
「敵駆逐艦はなおも接近!」
「狼狽えるでない。甲板の点検作業を見せながら火砲の準備だ。いつでも展開できるように」
「敵駆逐艦より発光信号! 所属を聞かれています!」
「中華民国の長江と返すんだ。照合することもあるまい。最悪は救難信号を飛ばして不法行為を訴える。国土をなくした者共が無駄なことをしてくるんだな」
「一番から四番まで転換準備完了。水雷班も配置につきました」
「相手が手を出すまで撃つな。絶対に撃ってはならない」
仮装巡洋艦はドイツ海軍の十八番である。前大戦のUボートと並んで恐れられた。現代海戦において威力は大きく厳ぜられる。正々堂々とグレーゾーンを衝くために海軍は簡単に沈められなかった。中立国の船舶を自称されると攻撃は手順を踏むことに迫られる。艦名や航路、積荷など質問した。その間に照合が終わって紛れもなく敵艦とわかってから。ようやく砲撃が許された。もし万が一に本当に中立国の民間船ならば国際問題に発展しよう。ただでさえ、民間船の臨検事件や触雷事件から欧米諸国は外交上は不利に置かれた。
水兵は民間人を装うため変装の上で甲板の点検作業や清掃作業を実施する。精が出るなと感嘆した。幌に包まれた積荷の正体は艦砲と機銃、魚雷発射管とわかる。敵商船に投降を強いる場合は脅しの手段と用いた。抵抗や逃亡を見せれば即座に蜂の巣にしてやる。敵海軍が来てしまって到底も逃げれそうになければ必死に抵抗した。素体が民間船のため重武装は施せないが駆逐艦以上軽巡未満を目安にする。
「敵艦は安全な航海を祈ると残してどこかへ行きます…」
「根性の無い奴だ。まぁ、こちらとしてはありがたい。それで、電探の調子はダメか」
「さっきから電線を見ていますがワケがわかりません。一日かかります」
「まったく、これだから電気はなぁ」
三瓶丸の武装は積荷に偽装した50口径三年式14cm単装砲が4門と45口径8cm単装砲3門、20mmと15mmの高角機銃を複数だった。14cm砲は戦艦の大改装や軽巡の高速輸送艦改造に伴い余剰が生じる。もったいない精神から仮装巡洋艦の主砲に据えた。そもそも、14cm砲は旧型の割に使い勝手が良いことで知られる。主力艦の対空重視から高角砲に換装された。第一線を退いたに過ぎない。仮装巡洋艦だけでなく武装輸送船や哨戒艦など、二線級から三線級まで広範に搭載された。
8cm単装砲は既存の60口径8cm高角砲の廉価版としてダウングレードされている。60口径は砲身の寿命が短い上に10cm高角砲よりも低威力と酷評された。しかし、10cm高角砲や12.7cm高角砲も置けないスペースに積むことができる。二等駆逐艦以下の小型艦が搭載する丁度良いを目指した。あえて、45口径へダウングレードして使い勝手を良くする。10cm砲よりも操作性に優れて人力装填でも速射が利いて一応の成功を収めた。
「水雷班は持ち場に戻れ。主砲と副砲は点検作業を継続せよ。仲間を連れてくるかもしれない」
「了解しました」
「安価な空気式魚雷というが必殺技は温存したいからな…」
「そんな酸素魚雷を貰えると思っちゃいけませんね。61cmの大型を使いたくありません。水雷長も嫌がってました」
「お上は水雷戦で主力艦隊を撃滅すると言い張る。現場を知らん妄言だ」
水雷兵装は水雷艇のお下がりである53cm三連装魚雷発射管を備える。魚雷も空気式魚雷を二斉射分を積んだ。仮装巡洋艦が魚雷を使用する場面は敵商船を拿捕できない時ぐらい。そのまま解放しては再度利用された。確実に沈めることが求められる。ササっと撃沈処分する時は魚雷の出番だった。したがって、アウトレンジにして高威力の酸素魚雷の出番はない。安価で扱いも簡単な空気式魚雷の在庫処分を進めた。
海軍上層部は酸素魚雷に魅せられている。日本海軍が欧米海軍の主力艦隊を破るためには水雷戦しかないと妄言を撒き散らした。二水戦のような華を否定するつもりはないが非現実的の集合体と言わざるを得ない。仮装巡洋艦も装備する先端的な電子兵装が有利と不利を覆した。今は最初期のため荒削りでも磨き抜かれた先に電子戦が待っている。旧態依然とした戦法に未来はなかった。何よりも残念なことは現実を正しく理解している。それは現場の現場たる仮装巡洋艦乗りだった。
「さぁ、我々は我々の仕事をしようか」
続く




