第27話 平賀設計敗れたり
「牧野中将は悪魔だよ。いくら老体だからって平賀設計をコケにするなんて…」
このような声が囁かれる。
平賀譲は日本海軍の造船に多大なる功績を残した。それは誰も否定しない。牧野茂も正面から敵対したが全てを否定することはない。当時の情勢からやむを得ないと一定の理解を示した。しかし、現代的な海戦にはついてこれないと排除を徹底する。故人である藤本喜久雄氏の後継者という立場も相まって反平賀譲の最先鋒を務めた。彼は第一線を退いて大学の講師をしている。余生を過ごすためのお駄賃稼ぎにはなったが闘志は尽きなかった。平賀は事あるごとに牧野設計を痛烈に批判するため「平賀譲らない」は流行語になる。牧野は戯言と意に介していなかった。
それも終わる。
「まぁまぁといったぐらいか?」
「よくやっていますよ。これだけ砲弾を撃ち出せる。対空と対艦を両立した。まさに傑作でしょうに」
「確かに弾速は目にもとまらぬだ。しかし、砲身の寿命が気になる。負担は大きい」
「ご明察の通りです。八九式よりも頻繁に更新する必要がありました。しかし、砲身換装の作業自体は簡便に設計されています。八九式と部品の大部分を共通化したので最悪は丸ごと交換も利きました」
「工作艦の手は借りるが前線でも最低限の整備ができる。馬鹿にできないよ。兵器に必要なのは芸術品の優雅さではない。工業品らしい無骨なんだ」
ちょうど就役したばかりの防空駆逐艦だ。春雲が艦隊規模の防空戦闘を意識した訓練に興じている。舞鶴工廠より産声を上げた防空駆逐艦は日本海軍の伝統と誉を捨てた。駆逐艦と言えば高速は当たり前だが重武装と重雷装の二本柱を立てる。特型駆逐艦より5インチ砲を小柄な船体に積み込んだ。さらに、四連装魚雷と新兵器の酸素魚雷から敵艦隊を殲滅する火力を秘める。その代償がトップヘビーと脆弱性と事故から判明した。
これ以降はバランスよく纏めた汎用駆逐艦に移る。航空機の新時代に対応すべく防空駆逐艦の建造に至った。八九式高角砲の12.7cmより一回り小さな九八式高角砲の10cmを採用する。一発の威力は確かに低下したが60口径の長砲身から撃ち出される高初速は破壊力に繋がった。小口径による速射の利きと良好な相乗効果を発揮する。これに強化された電気系統が後押しだ。なんと1分間に20発という驚異的な砲弾の投射量を得る。対空では一つの空域を弾幕により支配できた。対艦においても砲弾の数量がものを言う。敵艦が一撃する内に二撃か三撃を叩き込めた。敵駆逐艦と砲雷撃戦に突入しても十分に撃ち勝てる。
「防空駆逐艦が軽巡夕張が下地なんて屈辱的でしょうなぁ。大人しくしていればよかったものを」
「何のことかわからない。私はそこにあった設計を流用した。一から作るよりも手間が省ける」
「そうでしょう、そうでしょう。米内首相が苦笑いしたと聞きます。平賀設計敗れたり」
「敗者を馬鹿にしてはいけない。敗者にこそ敬意を払う。だから、体よく利用した」
九八式高角砲の高性能は感服ばかりだが、砲身の寿命が短いという弱点は埋められず、交換作業を簡便とすることで妥協した。八九式と部品の大半を共通化することで整備性を確保している。前線拠点でも工作艦の手を借りれば高角砲を丸ごとの交換も可能だ。戦場に求められるのは芸術品ではなく工業品であること。性能ばかりを追い求めては必ずや破綻した。それ故に性能は劣るが使い勝手の良い八九式高角砲が駆逐艦の主砲から戦艦の副砲まで手広く構えた。設計の古さを補うべく電動の強化が加えられる。
「牧野設計勝機あり。こんなすごい駆逐艦を貰えた。人生の誉れと認めます。本当にすごい」
「まだまだ足りません。魚雷を省いてしまった。これで再び敵が増える」
「私は魚雷は要らないと思いますよ。筋金入りの駆逐艦乗りですが魚雷ほどに面倒な兵器はありゃしません」
「そうなんです?」
「信管の調整が面倒でしてね。ちょっと間違えればドカンと大爆発です。酸素魚雷はねぇ。いやだねぇ」
「そんな喋って大丈夫なんですか? 私が言うことでないかも…」
「ふん。防空駆逐艦の艦長をやる人間は物好きか駄目なもんばかり。閑職ちゃ思っていません。よく考え抜かれていた。何よりも過ごしやすい」
艦長が拍手しながら語り掛けてきた。春雲を含んだ防空駆逐艦は汎用駆逐艦を凌駕する大型駆逐艦と設計されている。その排水量は約3,000トンと汎用駆逐艦の約2,000の1.5倍ときた。この数値にピンと来れば賢いと判定できる。なぜなら、防空駆逐艦の原点は軽巡の夕張だった。大型駆逐艦の船体に5,500トン軽巡洋艦の火力を与える。平賀譲の代名詞たる重武装設計は諸外国に衝撃を与えるに足りた。日本に平賀譲ありと言わしめる。もっとも、実験的な色合いが濃く単独で終わり、ノウハウの蓄積に努めた。
そんな夕張を手直しは「平賀設計の修正」と言わざるを得ない。夕張の反省をふんだんに盛り込み、かつ牧野の得意技である電気溶接とブロック工法を入れ込み、航空機への対抗の三拍子は一つの結論を確かなものとした。日本海軍に平賀譲の設計は要らない。藤本喜久雄から続く牧野茂の設計が勝利を目指した。ここに平賀設計は敗れたのである。今更のことだが終止符を明確に打った。大艦巨砲主義者を筆頭に平賀設計を推す声は風呂場の黒カビが如く根強い。それをピシャッと封じ込める意図を垣間見た。
「軽巡夕張はもちろん、特型駆逐艦や金剛代替艦など、学ぶことはあまりに多かった。私は今を切り開くために自らを教材とした。偉大な造船技師を笑うことができない」
「良い塩梅にしてはる。勝者の美学っちゅうもん?」
「美学じゃない。造船屋なりの礼節だ」
「お二方とも次の演目ですよ。防空軽巡洋艦の一斉射が行われます。これは見物ですから見逃してはいけません。電探から得た情報を演算盤で処理して指揮装置に反映した。一つの艦艇が一つの空を睨んだ時の威力を測りませんと」
「春雲にゃ不可能な芸当を見せてもらいましょう。旧型軽巡も最新鋭に変えてしまう。牧野茂中将閣下は魔術師か何かですかね」
「稀代の天才と言ってもらおうか」
彼の周囲は色々と盛り上げてくれる。渦中の本人は至って冷静だった。勝者の美学と言うべき礼節を弁える。平賀設計を手直しする暴挙に出ながらも平賀譲に対して敬意を払った。今の自分は先駆者の試行錯誤があるから。正真正銘のゼロから造船を始めた。偉大なる造船技師をコケにすることができようか。いいや、できるはずがなかった。
あえて夕張を採用した理由に「ノウハウ」が大きい。一度でも組み上げていれば経験が存在した。まったくの「0」とわずかな「1」の差は微々たるか。そんなはずがなく、あまりにも大きなアドバンテージを得られた。したがって、平賀設計は敗れていない。平賀設計と牧野設計は同時にして合同の優勝を勝ち取った。
そんな誤魔化しを考えていると大きな砲撃音が連続する。今度は防空艦隊の旗艦を為す防空軽巡洋艦の一斉射試験だった。旧時代の5,500トン軽巡に10cm高角砲と8cm高角砲を一杯に敷き詰める。古き良き軽巡洋艦の船体でも受け止められるかを確かめた。それも電探を通じて得た情報を電算機にぶっこんで指揮装置が最適を弾き出す。一連の流れを実戦さながらに試した。高角砲が個々に狙うことを止めて一隻が一つの空域を担当する。敵機が離脱した瞬間に狙うことをやめた。次の敵機に対空砲弾を撃ち込む。ドイツが暴れているが中立を宣言して対岸の火事というモラトリアムを活かした。
「80点だな」
「厳しい」
続く




