第28話 周南基地
山口県周南
徳山駅から自動車でパタパタやってきた。
のどかな海に面した田舎町のはずが直近の数年間により魔改造が行われる。列車はドカドカとやってきては兵士や物資を下ろしていった。その度に厳戒態勢が敷かれる故に地元の人間は良い迷惑である。しかし、道は拡張されて舗装工事も行われて軍隊の大所帯が消費を回した。よく鍛え抜かれた海軍軍人のためか傲慢さはない。しかし、彼らを無駄に使い潰さなかった。誰もが理解している。人知れず死地へ向かって、人知れず死んでいき、人知れず葬られた。海軍において最も虚しい戦争を担う。
「良いところだ。横須賀や呉のような喧騒がない。これなら基地を構えられる」
「えぇ、とても良いところです。うちの若いもんがどんちゃん騒ぎできます」
「程よくな。善良な市民に迷惑をかけちゃいかん」
「ごもっとも。うちの若い連中はやんちゃではありますが良識を弁えています。そうでないと潜水艦なんて操れませんから」
「それならよかった。堤防の建築も順調そうである。すまないね。無理難題を押し付けてしまって」
「いえいえ、天下の造船中将様のご命令とあらば」
「勘弁してくれ…もうたくさんだよ」
なぜ周南に海軍基地が造営されることになったのかだ。市民には支所や出張所のようなものと説明される。確かに基地と呼称するには小さかった。兵士の数も多くはない。賑わいには賑わったものの呉や横須賀はもちろん舞鶴にも及ばなかった。多少の不便こそあれど軍人さんが命を賭して戦う以上は文句を言えない。新鮮な野菜や魚介類を提供するぐらいに受け入れた。街中をランニングしていれば応援の声が響き渡る。
大真面目に解説すると地形の利を確認できた。当たり前だが太平洋へのアクセスは良好である。内海のため海も穏やかだ。呉に加えて九州からの交通は鉄道と海運と抜群を極める。人と物を集めるに丁度よいが何よりも小島が密集していた。これが大きい。それぞれの島に基地の機能を分散して配置した。海に囲まれることは外から遮断される。たとえ肉眼で視認できる距離と雖も海を渡ることの手間は省略できなかった。わざわざ船を使ってまで訪れるような物好きは田舎町にいない。仮にいたとしても重装備の兵士が追い返した。警備のしやすさを建前として機密保持に特化する。
海軍において機密性が重要なところは数多も存在した。その中で図抜けている要素は潜水艦だろう。深海に潜む隠密性に加えて戦局を左右する威力から外観まで秘匿した。一部は国威発揚や示威行為から公開されたが専ら旧型が占める。最新鋭にして高性能な潜水艦は秘匿するに決まった。それが一般的な潜水艦でなく真なる海中機動艦隊ならば尚更を極める。
「遠方より遥々とご苦労様であります!」
「息災か! 板倉!」
「おかげさまで訓練に次ぐ訓練です。しかし、最高の棺桶を預けてくれました」
「棺桶にしては上等だと思うぞ。特殊攻撃機15機を搭載できた」
「はい。水上偵察機を積むぐらいは想定内でした。まさか立派な艦載機を15機も積むなんて…」
「立場話もあれなので…」
「そうだった。参ろうか」
運転手役にして潜水艦担当の後輩が気を遣った。こんがりと日焼けした姿の小柄な男は根っからの潜水艦乗り。牧野肝いりである水中機動艦隊を率いた。潜水艦以上の実家という棺桶はないと日頃から述べる。その胆力から大抜擢された。全体を率いるべき人物は他にいるが、実務の責任者と艦隊を率いており、海軍伝統の月月火水木金金を徹底しよう。潜水艦のピーキーを鑑みると猛訓練は妥当も妥当だ。しかし、彼は奇想天外な戦法を編み出したり、ダメージコントロールを考案したり、潜水艦乗りとしては極めて優秀と評価する。何よりも閉塞感極まる環境において士気を維持する人間力があった。
魚でも釣れそうな大きな堤防を歩く。建物の中で話しては息が詰まった。外で話して大丈夫なのかと心配だが田舎町のため誰もいない。上空にはウミネコやカモメが餌を求めた。釣り人が魚を分けてやるために学習しているよう。人間よりも鳥の方が利口かもしれなかった。いかに楽をしながら最大の成果を得るかは馬鹿にできない。大自然に学ぶことは多いなと冗談交じりに話し込んだ。
「この堤防の中に潜水艦が隠れている。点検口が入口でした。ご命令とあらば発破の一発です。太平洋を越えて大西洋まで何処へでも参りましょう。我々に行けぬ海はありません」
「とても頼もしい。特殊攻撃機を用いた奇襲攻撃から水中高速潜水艦の辻斬り、水中戦艦の砲撃、まさに水中機動艦隊だったぞ。我ながらよく思いついた」
「誰でも思いつくことでありません?」
「何を」
「まぁまぁ、実際に完成させる。それが牧野茂中将の真骨頂じゃありませんか」
「よくわかってる」
(こういう世渡り上手が生き残るんだろうな…)
周南基地と名付けられる。潜水艦を専門として日米決戦を見据えた。水中の航行能力を重視したロ型潜水艦や高速性と隠密性を両立したハ号潜水艦と多く配備される。表向きは周南基地で訓練を重ねてから太平洋に進出した。そのために潜水艦救助の母艦や特設艦もいる。他の基地のように豪勢な砲台や飛行場の類は見られなかった。水上機や飛行艇が出入りする連絡用の桟橋があるぐらい。潜水艦の母港として必要十分を備えた。
それは隠さない偽装のカモフラージュに過ぎない。警備にあたる兵士ですら知らなかった。まさか釣り人が使う堤防や桟橋の中に潜水艦が十数隻単位で隠れているとは想像することもなかろう。今はコンクリートの中に息を潜めていた。いざ日米決戦とあらば誰にも見送られずに旅立つ。それが潜水艦の生き方だ。彼らは「知られない」が一番の強みと自覚する。
「向こうの島は住民は管理人と徴用する代わりに出入りは禁じました。あそこには伏流の面々が済んでいます。ハ号でも侵入できない。真珠湾からロサンゼルス、ワシントンまで世界中に浸透します。そこで爆薬や爆雷を設置してドカンと吹き飛ばす」
「最も酷なことを強いている。恩給は多くせねばなるまい」
「ぜひのぜひです。何卒宜しくお願い申し上げます。訓練中の事故も起こっています…」
「私に責任は痛感している。尊き犠牲を無駄にせん。殉職者のために性能を引き上げてきた」
「それが責任の取り方です。ありがとうございます」
「何を言うか…」
「しんみりとしているところ申し訳ございません。そろそろ場所を変えましょう。雨雲が見えます」
「さすがにか。さぁ、撤収だ」
海を挟んだ先の島は丸ごとが基地と化した。島には宿泊所が設けられて若い兵士たちが切磋琢磨と訓練に励む。鉄の棺桶よりも酷悪な人間魚雷を運用した。あくまでも、本人たちが名付けた通称だが周南基地では広く通る。水中スクーターと言うべき小型潜航艇に乗り込んだ。超小型の潜航艇は防潜網を掻い潜り、極上の隠密性から悟られず、敵地に忍び込むと破壊工作を行う。最小の人員と労力から最高の戦果を得るのだ。そのコンセプトはイタリア海軍のマイアーレを参考にしている。イタリアはヘタリアでなかった。したがって、特殊潜航艇の甲標的や蛟龍・海竜と明確に異なる。
「何か欲しいものはあるか。時間は少ないが最大限に努力する」
「そうですな。やはり、閉鎖的な環境のため息抜きが必要でした。サイダーでも作れれば幸いです。もちろん、海には出しません」
「わかった。小型で作れないか打診してみる」
「ありがとうございます」
自分が設計した兵器に若い男たちが命を預けるんだ。
牧野茂は負い目を感じている。
続く




