第24話 黒潮部隊の充実化
太平洋から東北を望むことすらできない遠洋にて船舶がワラワラと動いた。
「交代だ! 出雲に引き上げい!」
「夜勤は辛いよってな。落ちこぼれの行先にピッタリだ」
「自分で言うな。釣りだけしていれば金がもらえる」
所定の時間になったようである。大型艦に向けて船首を向けた。その途中で交代の小型船や小型艦とすれ違う。二交代制により昼間と夜間のシフトが敷かれた。どちらも過酷な仕事であるが、いわゆる夜勤は身体がバキバキになり、生活リズムが跡形もなく崩壊する。それ故に希望する者は少なかったが、衣食住の提供に加えて手当が出るため、金に困った者や落ちこぼれが勤務した。それで成立するのか怪しいが人の目があることが重要である。
なぜなら、彼らは本土警戒線を担う黒潮部隊だった。仮に太平洋決戦が行われる場合は敵艦隊が南方の島々を無視して一直線に向かってくる。素人でも想定できるシナリオだった。したがって、水上の艦船による哨戒線の構築が持ち上がる。これに海防艦や二等駆逐艦を充当することなく専ら民間の大型漁船が用いられた。特設監視艇と名前だけは立派である。その実際は戦闘以前の問題を抱えた木造の漁船だ。あまりにも粗末である。これで黒潮部隊を名乗れることに呆れてしまった。
「ふい~」
「第五班総員いるな。それでは解散とする。釣果は調理員に渡すように」
「班長」
「なんだ」
「調理員にも出せんような雑魚は貰っていいですか。干物でも作ろうかと」
「いいだろう。皆で分け合うことが条件だ」
「ありがとうございます」
さすがに大型漁船はダメだろうと漁師たちに返還を始めた。哨戒任務を務められるだけの警備艇か哨戒艇を拵える。このような小型船舶は担当でなかった。あまりにも酷悪な環境を見るに見かねて急造ながら黒潮部隊向けの装備を設計する。民間の小規模な造船所や漁船団に製造を委託した。民間船という建前は意地でも崩さない。平時は漁船団と偽って親玉の軍艦は護衛と称した。一見すると集団で漁を行っているため建前は揺るがない。
第一号型警備艇は排水量100t程度の大型漁船を装った。乗員は15名程度と少ないが大型魚雷艇がベースのため適正な配置である。船体は全木製にして金属の節約を徹底した。船上の構造物は一部に金属を使用したが微々たる。そんな小ぶりな船体に武装が施された。主武装というものはないが20mm高角機銃1門と15mm高角機銃4門を備える。さすがに魚雷は装備しない代わりか無線機と簡易探信儀を標準装備した。異常があれば即座に通報する。早期の発見と通報が主な仕事のため積極的な交戦は御法度だ。
「ちょっと調理場を借りますよってに。オンボロちゅうが立派じゃない」
「そりゃあ、お客人を迎えるためにな。中身は綺麗さっぱりにしてる。もし火事が起きてもすぐに消化できて燃え広がらない。うちの料理長は綺麗好きだ。何を借りたい?」
「包丁とまな板、あと適当な串だな。茶はあるか?」
「あるにはあるが渋いやつだ。調理用のな」
「それでいい。いや、それがいい」
今日のように何もない日は正しく大型漁船と活動する。船内に食料と水をため込んでいるが新鮮な魚介類に勝る食材はなかった。漁村出身の兵士は釣竿を持ち込んで釣りに興じる。職務放棄とみなされないが食材調達という大義名分により認められた。釣りの最中も警戒を怠らない。しかし、手先が器用な者は網籠や蛸壺を作って沈めるなどバリエーションを増やしてきた。国際的な緊張から遠洋漁業は自粛ムードにあるためライバルはおらず悠々と漁を行える。あくまでも、仕事の片手間に行っているだけに過ぎず採算性は考えていなかった。自分たちが食べる分だけを釣る。これが持続可能な漁業だった。
釣果の中で余った魚や自前では捌き切れない魚は母艦に持ち帰る。彼らが母艦と便宜的に呼ぶは旧装甲巡洋艦の出雲だった。イギリス製の装甲巡洋艦は艦齢30を超えている。海軍軍縮条約には老齢を理由に保有が認められたぐらいに戦力と見做されなかった。日本海軍においても日華事変が勃発しなかったことで早期に第一線から退場する。第二線からの退くが歴史的な艦艇というバックボーンから外交の舞台に転じた。ヒトラーユーゲントの来日時は歓待の場が設けられる。
「小あじにイワシ、太刀魚も手を加えりゃ立派だ。何も雑魚じゃない。俺の田舎じゃ当たり前に食ってた」
「どこなんだい。お前さんの出身は」
「見ていればわかるよ」
「ほう。当ててみるか」
しかし、いつまでも舞踏会を開くほどに余裕はなかった。黒潮部隊の創設に合わせて小規模な行われると第一線に復帰する。それは軍艦よりかは海上宿泊所の意味が濃かった。これがホテル出雲という冗談が飛び交う。どれだけ古い艦艇でも鋼鉄の装甲は過酷な雨水や強風、海水から身を守ることができる。艦内では簡単だがシャワーを浴びて身をサッパリとして温かい食事が提供された。木造の漁船で寝泊まりすることに比べて遥かに充実している。
黒潮部隊を担う兵士の交代制を維持すべく居住性を優先した。20cm連装砲や152mm単装砲は全廃されている。これより生じた余剰は海軍や陸軍の沿岸砲台に転用された。噂によると海軍陸戦隊が強襲上陸用の装備に自前の舟艇に搭載しているとか。その真偽は不明だが小アジとイワシ、太刀魚を処理する方が気になった。大物はすでに出雲のコックに渡している。自分たちだけでなく皆で平等に分け合った。皆が同じ苦労を共にしている。ただし、正しい意味の雑魚である魚たちは本人が自由にできた。船上で食ってよし、加工してよし、何をしても構わない。
「こうして茶で漬けると臭みが消えるんだ。ばあちゃんが教えてくれた知恵を実践する。お茶ってのは便利だなぁ」
「給糧艦に修行に行ったことがある。初めてみた処理法だ。茶を贅沢に使うってのは」
「静岡の上がりだ。昔ながらの漁師の田舎町でね。漁師よりも海軍がよかった」
「よかったな。出雲が茶を大量に積んでいてよぉ。普通は怒られる」
「なにバレねぇ」
魚の特有である生臭さを消すためにお茶を使った。出雲は食事を提供する際にお茶を合わせる。調理でも茶を使うことは少なくなかった。そのお茶に魚をボチャンと漬け込む。海軍仕込みのコックですら知らない技術だった。漁師の田舎町では当たり前の一工夫である。なぜかお茶に漬け込むと生臭さが消え、身が硬くなることを防止でき、先人の知恵が生きていた。
そうして下処理を終えると串に刺して綺麗に並べる。軍人らしからぬ丁寧さだ。彼に漁師の血が流れている証拠と見る。調理員に礼を述べると甲板に出た。主砲と副砲は撤去された後に12cm砲の簡易砲台が並ぶばかり。これを使うこともないようで即応弾すらおかれなかった。そんな平坦な甲板上に干物台が並べられている。魚を長期保存するために干物を手作りだった。空いている台にせっせと並べる。
「この感じなら半日でいけそうだ。風も吹いている。この仕事が終わったら田舎に帰るか。まとまった貯金で干物屋でも…」
漁師を継ぐことが嫌であり、かつ海軍の生き方が魅力的に見え、田舎を飛び出した。そこで待っていたのは落ちこぼれの烙印である。学問はさっぱりだ。体力だけは自信があり忍耐力も自慢できる。黒潮部隊に配属されると長期の勤務を強いられた。夢破れたと言いたくないが挫折感に満ちあふれている。魚を釣って捌いて下処理して干物にする時間が楽しかった。手当が支給されて給料は良いので確実に貯金して生まれの田舎で干物屋でも開こうなど考える。
「あと2週間か」
次の休みの予定を立てた。
続く




