第23話 機雷は嫌い?
飲みの席は仕事の時間でもある。
「やっと手に入れた。磁気感応式機雷だ。機雷は嫌いかね?」
「随分とご機嫌だぁ…」
「牧野さんの大仕事が次々と終わったんだ。伊吹型に雲竜型の量産が始まって翔鶴型も軌道に乗った。巡洋艦と駆逐艦は俺たちに押し付けている。今は潜水艦に入ってるが好みに合ったんだよ。もう楽しくて仕方がない」
「水中高速潜水艦だけじゃない。いつの間にか機雷敷設を終える。そんな潜水艦があってもいい。イ121型は老朽化が著しかった。通常型潜水艦でも運用できる機雷を主力とするが機雷敷設艦も捨てがたいな」
「どんな奴ですか」
「それはね…」
上機嫌で日本酒を開ける上司と付き合う部下、後輩の構図は今も昔も変わらなかった。今日は軍の金で落とす故に無礼講の自由闊達な論議であるが上司による講釈ばかり。普通は辟易するところだが稀代の天才がもたらす創意工夫は侮れなかった。何よりも仕事中には聞けないことをズバッと聞くことができる。酒が回れば明確な回答を得られた。飲みの席もコミュニケーションの一つ。もちろん、良識ある場に努める。海軍軍人の癌となってはならなかった。女中を含め誰にも迷惑をかけるなと言明する。己が逸脱しそうな時は羽交い絞めにして止めろと言っておいた。
そうまでして飲みたいのかと聞きたい。大仕事が次々と収束に向かっていき安堵に満ちあふれていた。龍驤を素体にした装甲軽空母の伊吹型は量産が始まる。通常空母であるがバランスに優れた雲竜型も官民の造船所を合わせた量産を計画した。大型空母の翔鶴型も軌道に乗る。まだまだ油断できないが第一関門の突破に成功した。西島式の完成より計画通りに進んで2年以内には大艦隊が登場する見込みを抱く。若手士官時代から手掛けてきた得意分野の巡洋艦は「皆に譲る」と称して押しつけた。もっとも、基礎的な設計は組み終えているため、兵装や電探、機関など中身を揃えるだけ。一見して押し付けられた格好も常に相談は受け付けて頭越しに否定しなかった。意外と風通しの良い職場かもしれない。
「新型機雷は磁気感応式であるから大型艦から小型艦まで漏れなく破壊できる。機雷敷設型専用の大型は炸薬がタップリだからな。戦艦も空母も等しく無事ではいられない。ただし機雷の難点自体は変わっていないんだ」
「どうしても固定が前提になります。磁気感応式で多少は改善されますが近くを航行しなければ単なる置物に変わりました。ヨーロッパならば地理的に狭い海峡や水道が多く猛威を振るいます。しかし、南方を除いた太平洋はそうもいかず、米本土近海に撒くにしても範囲が広すぎる」
「兵器もなんだって使いどころだ。機雷の良い所を最大限に活かす。それはなんだ?」
「なにより安価です。構造は極めて単純なため安価な上に大量製造できます。破壊力は魚雷を上回ることもあり費用対効果は絶大を約束しました。むろん、当たればの話です」
「ご名答だ。安いことが正義になる。特に我が国ではな…」
牧野は潜水艦を作っている際に機雷戦の重要性を説いた。機雷は古典的に括られる。1854年のクリミア戦争から本格的に使用され始めて半世紀どころか一世紀に迫った。その構造は極めてシンプルである。現代の戦闘には適応できないとは言わせなかった。最初期から続く触発式から最新版たる磁気感応式に切り替わる。軍艦から民間船まで金属の塊だ。当然ながら磁気を帯びる。これを感知することができれば直接に触れずとも信管が作動した。機雷特有の破壊力から船底に大穴を開け、あわよくば竜骨を叩き割ることも望めるため、直撃が前提の運用から脱却を果たしている。
「それこそだよ? おっと…」
「ほら、こぼしかける。酒の一滴は血ですよ」
「わかっとる。潜水艦の隠密性と機雷の秘匿性を掛け合わせた。俺が目指すのは運河の通行止め。運河内部までは入り込めないが、ちょうどこの狭まっている。ここで機雷の線を作ることができれば半分は通行止めにできた」
「それでも封鎖しきれないと」
「半分はできる。もう半分は心理的な予防措置を強いることで完成を見た」
「なるほど、読めてきましたよ」
「そのためにイ121型を拡大と発展させる。イ121型は退役予定だが設計自体は悪くなかった。さすがはUボートを模倣しただけはある。大型機雷を積むための区画は輸送に転用できた。蓄電池か油でも積めば航続距離を延ばせる。まったく拡張性というのは悪い所が一つもないわ」
そういうと便所へ向かった。ペラっと紙が落ちる。本人が遠くへ行ったことを確認してから赤い顔が連なって覗き込んだ。自他共に認めるメモ魔と知られる。彼は公私を問わず、自分が気になったこと、自分が思いついたこと、自分の予定を紙の端切れに書き留めた。その中に大事な内容は藁の混ざった用紙に殴り書きである。周囲は頼むから清書してほしいと言うが面倒だからと清書を嫌った。後で確認するために綺麗な文字が望まれる。
それはさておき、藁紙には機雷敷設型潜水艦の試案らしい設計図が引かれた。水中の抵抗を考えて曲面を多用している。潜水艦に効率性は難しいがブロック工法から軽減程度は可能だった。高張鋼はドイツから導入済みである。これの面白い点は艦後部に耐圧仕様の筒が上下2本に連なった4本が船体内部に収納された。誰がどう見ても機雷敷設用の筒である。機雷を模した丸が5個ずつ詰まっていた。イ121型でさえ1本あたり3個が限界のところ大型に強化の上で5個に増加する。
「マジでパナマ運河を封鎖しようってのか…」
「こいつの隻数が揃えば理論上は可能だろ。現実はそうもいかない。アメリカだからな…」
「牧野さんは神経戦を仕掛ける。仮にでもパナマ運河に機雷が撒かれていた。それも磁気感応式である。アメリカ海軍はパナマの主張を無視して掃海作業を行うはずだ。どこに機雷があるかわからない以上は主力級の軍艦を通航させられない。それが1日でもどこかの海で作戦は終わってしまった」
「海軍の行動に遅滞を強いる。陸の地雷も海の機雷も見えないってのがミソってわけ」
「こんぐらいの大型潜水艦を作る。中型や小型は二隻か三隻は作れそうだが…」
「そこら辺は仕方ない。今のうちに作るだけ作っておく」
潜水艦の真骨頂は神経戦と考えていた。敵国に与える直接的な打撃は微々たる。しかし、それと同時に与える精神的な打撃は馬鹿にならなかった。どこかに機雷が置かれている。一通の報告だけで海運が止まった。地雷と変わらない。いったいどこに敷設されたのか見当もつかなかった。海軍が入念な掃海作業を行って安全を絶対と認めるまで動けない。特に海戦の主役たる戦艦と空母、巡洋艦はギャンブルを嫌った。変に触雷して着底すると忽ち致命的な詰まりが発生する。最悪の事態を避けるため完全に停止せざるを得なかった。その間に作戦を悠々と実行する。相手より有利な位置に陣取って待ち伏せることができた。1日の猶予が勝敗を分ける。1分と1秒ですら戦局を揺るがすところ1日もだった。
「酔いがさめちまうな。もう一杯やるか」
「あぁ、牧野さんが戻ってくるまでに開けちまおう」
「おいおい。いくら無礼講だってなぁ」
せっかくの酔いがさめてしまう。もう一本開けようと動き出すと再び藁紙が舞った。一枚と思っていたが後ろに小さな紙が潜む。試案を捕捉する資料と思って整理しかけた。紙面に鉛筆で濃く刻まれた単語に眉をひそめる。
「特殊工作用潜航艇の伏龍?」
「なんだこれ?」
「わからん」
「おー便所が混んでたわ。すまん」
タイミングが悪かった。
「牧野さん…伏龍って何ですか」
続く




