第18話 A-140から第一号艦へ
時は訪れた。
「米内海軍大臣の通達が正式に出た。帝国議会の承認も得られた。存分にやりたまえ」
中村良三大将より直々に命を承る。
「第一号艦の建造を始めます。軍令部をも欺いた大戦艦をお届けします」
「期待している。私は予備役で見れるかわからんが」
A140という計画案はブラッシュアップを続けて第一号艦に変わった。欧米海軍の大戦艦を凌駕する超大戦艦の計画案は数多も存在する。数年をかけて絞り込みが行われた。時代は航空主兵と大戦艦の建造は無意味という批判が矢継ぎ早に撃ち込まれるが意に介さない。今は亡き師の案を磨き上げて史上最大にして史上最強の戦艦を完成させることに心血を注いだ。大艦巨砲主義も航空主兵主義も双方を黙らせる。誰にも異は唱えさせなかった。
最終的に第一号艦のみに限定して呉海軍工廠と瀬戸内海にて建造が決まる。艦艇が艦艇のため、横須賀海軍工廠は諜報対策が難しく、長崎の三菱重工業は空けておきたく、諸般の事情から呉海軍工廠を含む瀬戸内海に落ち着いた。瀬戸内海という微妙な表現がわからない。呉海軍工廠と言い切るはずだが牧野茂の奇才か天才が光った。
「超大型浮きドッグの『鳴門』があれば直せない艦艇はない。大和建造のために作ったが雲竜型や翔鶴型がすっぽりと収まった。これをトラック泊地かどこかに運ぶことができれば、わざわざ本土まで回航して修理する手間がなくなり、主力艦の長期不在を短縮できる」
瀬戸内海の一部は立ち入りが厳しく制限される。地元の漁師でさえ入れなかった。24時間の365日間のフルで海防艦や哨戒艇が動き回る。視界を物理的に遮断するため葦で織られたカーテンが張られた。表向きは厳しい日射対策であるが誰が見ても「やましいモノ」を隠している。その上で完成済みの貨物船を並べていった。これで外からの視線はシャットアウトする。あとは内部で諜報対策を徹底するだけだ。伝達は口頭ではなくメモで行い、そのメモは回収した後に焼却処分し、数字も意図的に引き下げるなど、お笑いのようなことが当たり前に行われる。そのような中で唯一とすべてに精通する軍人が牧野茂中将だった。
「藤本さんに見せたかった。図面だけでも添削をお願いしたかった。わが師に報いる。この大戦艦を間に合わせてみせるんだ。挙国一致の粋が呉にある」
工作艦『浦賀』から陣頭指揮を執るのではなく観覧に興じている。造船技師というが図面を引く人物と建造の指揮を執る人物はわかれた。その気になれば不可能でないが専門にしてプロフェッショナルの西島中佐がいる。これまで熟成を重ねてきた。電気溶接とブロック工法に最後のピースをはめ込む。それが牧野設計の真骨頂たる超大型浮きドッグの『鳴門』だった。
日本の狭い国土において大型艦の建造と修理は官民を合わせても限定されてしまう。陸上の乾ドッグはすぐに埋まってしまった。今は平和であるため空きがある。いざ戦争となればあっという間に埋まって順番待ちが発生した。日本人が忍耐強いと雖も長時間の待ちは御免被る。その間にアメリカの反撃が行われて敗走を重ねることは容易に想像できた。今から陸地に新しい工廠を構えても間に合わず、一応は大分県に犬神海軍工廠が設置され、呉海軍工廠から一部が移転している。
「デカい…浮きドッグだからスカスカだが…デカいものはデカい。説明不要だ」
デカくて説明不要とは鳴門を意味した。理論上は無限に設備を構えられる。浮きドッグに着目した。日本特有の海に囲まれた立地を活かすことができ、陸上で製造したパーツを運送艦が運び、ブロック工法の神髄と一気に組み立てる。必要最低限の自走能力もあるが曳航されて遠方まで移動すれば前線修理拠点の完成だ。あまりの巨大さ故に分割して移動する仕組みが採用されている。今回は本来の仕事と超大型戦艦建造のため合体状態を維持して瀬戸内海に鎮座した。
そこへ工作艦と運送艦がえっちらとこっちらと接舷しては物資と作業員を降ろす。西島式により交代制が組まれて24時間体制を確立した。陸地はすぐそばのため適当な船で送迎できる。作業内容によっては交代できずに続投を強いられた。食事は民間船を徴用した特設工作艦が出来立てを提供する。寝台はハンモックであるが休憩できるだけマシだった。旧型の巡洋艦が休憩所と拵える。風呂は無理だがシャワーを浴びれるため汗を洗い流した。常にサッパリとした状態で勤務できる。
「まだ伊勢型から長門型まで大改修が済んでいない。そちらへ影響が及ばんように瀬戸内海で完結しなければならなかった。西島式の管理体制に感服が止まらない。餅は餅屋であるか」
まだ船体が1割もできていないが作業は順調を確信した。プロに任せることの重要性を改めて学んでいる。自分は造船しかできないことを痛感した。いかにして人を動かすか。これは手の届かない領域だった。したがって、西島式のサンクチュアリには手を出さない。口も出さないでいた。
「大阪の工廠で51cm三連装砲が出来上がっているといいがな。特殊運送艦の『名張』『阿倍野』『鶴橋』が副砲を含めて運んでくる。途中で事故を起こさんようにしてくれい。電探も運ぶと言うが衝撃に弱いからな。ここで調整は面倒だ」
第一号艦は現地で組み立てる方式のため外からパーツを持ってくる。主砲と副砲は大阪の工廠に依頼した。瀬戸内海とアクセスが良好で技術と経験に富む。呉で作っても良いがブロック工法の成熟を図った。完成した物品は工廠から鉄道により港へ運ばれて特殊運送艦に積み替える。瀬戸内海を慎重に航行した。陸路よりも時間はかかれど超大型の物品を運ぶに船舶以外の手段はない。この第一号艦を建造するために特殊運送艦こと給兵艦の名張、阿倍野、鶴橋が生まれた。表向きは武器と弾薬を運ぶが実際は第一号艦の主砲と副砲、高角砲をピストン輸送する。クレーンかデリックは鳴門が装備するため、省略しても良いが非常時に備えて大型デリックを備え、確実に送り届けることを重視した。
「主機関は艦本式タービンと艦本式ディーゼルのハイブリッドだ。ドイツのMAN社とBMW社から招聘して辛うじて間に合わせている。申し訳ないことをしたが究極の大戦艦だから堪忍してくれよ。確かに航空主兵の中では不要かもしれないが、戦艦らしい指揮通信能力は柔軟な作戦を手繰り寄せ、空母を守るために挺身部隊を務めた」
山本五十六海軍次官からは批判的な声を貰ったが米内海軍大臣を通じて説得に成功する。米内海軍大臣は戦艦の適材適所を理解してくれた。何のために扶桑型と伊勢型を大改装して長門型も近代化を行っている。それは戦艦の価値を維持しながら航空機の時代に寄り添うためだ。戦艦の大口径の大砲と分厚い装甲は廃れない。海軍の華として指揮通信能力の高さも捨てがたかった。太平洋という世界で最も広大な海域を制覇するに全ての艦隊を統率する。まさに海軍を象徴する大戦艦は未だ必要とされた。戦艦が時代遅れであるという指摘は正解なようで不正解である。万事に共通することが適材適所だった。
「小さき者は小さき物を…大きな者は大きな物を…適宜に適切に選ぶべし」
そういって仮設の仕事部屋で戻る。書類は底なし沼と待っていた。第一号艦と並行して艦隊型軽巡洋艦や水中高速型潜水艦などを抱える。部下や後輩に押し付けるわけにいかなかった。心から信頼する仲間でも任せると任せられないが存在する。牧野茂が手掛けるから価値を見出すことができた。
「あと何年あるかな…」
続く




