第16話 海上護衛総隊の組織
タバコ休憩中から始まった。
「牧野さんからも言ってくれませんか」
「何をです?」
「船団輸送を専門とする部隊です。今はマシですが輸送の度に巡洋艦と駆逐艦を持っていかれては堪りませんわ。航空巡洋艦でも何でも盗られてしまう」
「なるほど、わかりました。私も同様の思想は抱いておりまして、ちょうど建造中の二等駆逐艦や海防艦がありますし、是非とも協力させていただきたい」
「感謝します。やはり、あなたは理解のある」
相手が先に退室する様子を眺めている。ふっと笑みが漏れた。
それから約半年が経過した10月に新たな艦隊が組織される。
=海上護衛総隊発足=
10月1日と中途半端であるが日本海軍の輸送護衛部隊である海上護衛総隊が発足した。アメリカを仮想敵国に設定した場合に主たる戦域は太平洋に広がる。仮に南方に絞ったとしても広大に変わりなかった。歴史的な日中和平から比較的に安定している。欧米諸国の経済制裁より南方からの資源輸送を想定すると船団護衛は面倒が積み重なった。
「急ごしらえの割に整っている。藤井め牧野を味方につけたからと…」
「そう怒ったところで変わらん。老兵は静かに去るべきなんだ」
「いわゆる艦隊派は終わったのさ。予備役で老後を過ごす。恩給も減りこそするが貰えるなら十分だ」
海上護衛総隊は連合艦隊に限らない主力組から貴重な巡洋艦と駆逐艦を引き抜かないために新設されている。したがって、これを「新設」というよりは「分離」という見方が正しかった。連合艦隊参謀の藤井が何度も何度も内部で直談判して遂に折れた格好である。その背後に造船から海軍を動かす牧野茂の姿があったが特段隠すまでもなかった。牧野設計の軍艦は数え切れない。③計画においても主力艦は彼の設計であり、補助艦や非戦闘の艦艇は弟子という部下たちが担当し、常道に沿いながら奇抜な設計を繰り出した。
海軍軍縮条約の効果は消えたが一大勢力を誇る艦隊派は萎んでいる。二・二六事件の向かい風に牧野茂暗殺未遂事件が暴風と吹き荒れた。若手士官の個人的な暴挙と処理したい。あいにく、米内光政や山本五十六などビッグが動いた。天皇陛下も事態を憂慮されたことで王手のチェックメイトが決まる。艦隊派に属する人間は厳しい選抜を経て予備役編入や左遷が相次いだ。艦隊派でも優秀と認められる者は異動こそあれど最前線の勤務を命ぜられる。まるで戦果を以て濯いでみせよと言いたげだった。
「長谷川清に堀悌吉ら条約派が戻ってきた。これで海軍は安定を得る。この世に春が訪れた」
「ご機嫌ですね。特等席から眺められることもあって」
「自分が手掛けた艦艇が威風堂々と航行している。これ以上のことはない。海上護衛総隊は華々しい戦いを繰り広げない。恐ろしくも地味な対潜掃討戦ばかりだが縁の下の力持ちと活躍してもらった。そのための香取と鹿島である。まだ対潜掃討艦が足りん」
「暫くは橘型と松型、竹型で進めざるを得ません」
「改良を担わせてしまって申し訳ない。あまりに大戦艦のアレコレが忙しい」
「大丈夫です。なんとなく、わかりますから」
海上護衛総隊の戦力は二線級と二等級である。これこそ適材適所だった。一線級の主力艦は船団護衛に向いていない。対潜兵装を搭載しているが気休め程度だ。最近は対空を重視する傾向もあり、彼方立てれば此方が立たぬ、対潜は思い切って切り離してみる。
二等駆逐艦の橘型や松型、竹型が輸送船団を護衛した。その排水量は約1,000トンと小柄であるが目一杯に対潜兵装を積んでいる。一旦は途切れた二等駆逐艦が大復活だ。将来を見据えて短期間の大量建造を優先した都合より性能に関しては旧型駆逐艦にも及ばない。主砲は127mm単装高角砲2門と25mm高角機銃多数と砲火力は乏しいが敵潜水艦が浮上した際の迎撃に足りていた。魚雷は一切装備せずに水雷戦は捨てる。そうして空いたスペースに爆雷投射機と爆雷投下軌条、爆雷本体を大量に抱えた。また、柔軟な換装を目指しており、鋭意研究中の電探や聴音機、探信儀を簡単に取り換えられる。単騎では碌に戦えないが量産性を活かした集団戦法により潜水艦を狩る。
肝心の量産性に関しては平面を多用して電気溶接のブロック工法で組み上げた。工作難易度をグッと下げたことで建造期間は半年未満を目指す。その代償と速力は25ノットから27ノットと比較的に低速だった。しかし、意外なほどキビキビと機動性に飛んで安定性も良好ときている。潜水艦の雷撃を回避して直ちに反撃に移ることができた。速力が遅いと言うが量産型海防艦や輸送船団と足並みを揃える観点から高速性は歓迎されない。
「やはり前部集中配置だ。前部集中配置こそ美しい」
「もはや取りつかれていませんか」
「何を言うか。適材適所だぞ。適材適所」
「はいはい。茶でも啜っていてください」
「西島中佐のおかげだ。色々と手間をかけてしまって申し訳ない」
「とんでもございません。電気溶接を支持していただき助かりました。恩人です」
一緒にいるのは腐れ縁の部下と西島亮二造船中佐だ。西島中佐は製造工程を管理して効率化を推進する。西島式と呼ばれる管理手法は海防艦の建造から戦艦の大改装まで浸透していった。当初は彼が主張した電気溶接の多用が猛批判に晒される。牧野茂が電気溶接を全面的に支持する声明を発して最大限のバックアップを約束した。リベット打ちが悪いと言わない。一方で伝統だ何だといつまで経っても革新を受け入れない頑迷さに辟易した。
彼が本格的に大型艦を造り上げる第一歩が対潜掃討艦兼練習艦の香取型に定められる。5,500トン級軽巡洋艦を一回り大きくした6,500トンの船体は即行で組み立てた。主機関は艦本式タービンと艦本式ディーゼルの併用からテストヘッドの色が濃い。最速は25ノットと18ノットの予定から大幅に引き上げられた。非常時は即席の水雷戦隊として二等駆逐艦と参上するらしい。潜水艦の追尾を振り切る分には高速と主張した。
香取型の真なる強みは圧倒的な対潜兵装である。艦前部には主砲の間を縫ってスピガット式対潜迫撃砲を備えた。両舷に127mm連装高角砲1基ずつと高角機銃を装備して敵潜水艦が浮上して砲撃を仕掛けてきた場合もバッチリである。主砲は巡洋艦らしく14cm連装砲を前部集中配置だ。14cm砲は対空も兼ねるアップデートが施される。それはお飾りに過ぎなかった。艦後部が主たる兵装かもしれない。艦内に爆雷庫を与えて最大600個もの爆雷を積載した。そのままレールにのせて4本の投下軌条から投下や小型エレベーターで甲板にあげて8基の爆雷投射機から投射など日本らしからぬ物量で押しつぶす。
「今度の伊勢型はもっと短縮できそうかな」
「いやぁ、装甲を引きはがして主機関まで入れ替えるので短縮できても効果が薄く…」
「すまない。本当に面倒な設計を組んでしまった」
「何をおっしゃいます。中将の設計には敵いません」
「噴進弾を積むために現場に負担をかけて…中将といったか?」
「はい。中将です」
香取が通過して橘型が追従した。特等席はいつしかサロンと変わる。普段はなかなか会えない者同士が一堂に会した。したがって、急に打ち合わせが始まる。国際情勢の過熱から造船業界も大忙しだった。海上護衛総隊の発足を記念した式典でも空き時間があればすり合わせを欠かさない。たった一項目だけでも認識を合わせておかねば大きなズレが生じかねなかった。扶桑型と伊勢型の大規模改装が話題の中心であるが微細なズレを見逃さない。それが階級とはおかしい話だった。
「冗談はよしてくれ」
「いえ、とっくに決定事項ですよ。平賀設計から完全に脱却すべく米内大臣の意向から中将昇進が決まりました」
「はやくいわんか!」
続く




