第15話 無意味な図上演習
「なんだこれは」
はっきり言って無駄な時間を過ごしていた。今日はアメリカを仮想敵国に定めて図上演習を実施している。ハワイを攻撃することを想定すると、日本海軍は戦艦で固めて米海軍は空母で固めて、大艦巨砲と航空主兵が真正面からぶつかった。その結果としては空母の航空隊が戦艦はおろか巡洋艦から駆逐艦まで滅多打ちである。基地航空隊が追加されると打撃力は一層も増した。戦艦の主砲を圧倒する航空機の航続距離はアウトレンジ攻撃を成立させる。戦艦はなすすべなく沈むとわかり切っていたが謎の力が働いていた。
「こんなくだらない図上演習があるか。腐りきっている」
「言い過ぎだぞ。牧野少将」
「大艦巨砲主義の愚か者には適切な言葉選びと思っています。魚雷3発と250kg徹甲爆弾4発を直撃した戦艦が何故に生きているのです。それで空母を猛追して砲撃戦に入るとはお笑いでしょうか。私の手掛ける空母は最低でも30ノットを出せます。戦艦が追いつけるわけがありません。それに距離が縮まれば縮まる程に航空隊の攻撃は苛烈を増しました」
「君の結論は?」
「米海軍の圧勝です。日本の旧時代の戦艦は悉く海の藻屑と化すでしょう」
「キツイな。もう少し手心を加えられないのか」
「手心を加える。それは妥協を意味しました。大和男児は妥協しない。はて、違いますか」
「そこまでだ。この図上演習は終いとするが牧野少将の意見は拾い上げる。長門に残ってくれ」
「かしこまりました」
出来レースのような図上演習は一千ぐらいの悶着を残しながら終了する。普通に考えれば空母と基地航空隊の前に戦艦と巡洋艦は滅多打ちだ。それを謎の耐久力でイーブンに持ち込む。なんて酷悪なんだと悪態を吐きたかった。目の前に重鎮がいては慎まざるを得ない。それでも毒舌を遺憾なく発揮してみせた。またまた大艦巨砲主義者から睨まれるが先日の襲撃事件から風は我が方に傾いている。国家に仇となる逆賊に襲われたことは「それすなわち牧野茂は正しい」という証拠だった。
今日の図上演習も本来は参加しないところ本人たっての希望であり、かつビッグでVIPが集まる場の方が安全と判断し、特別にオブザーバーと参加しているが口出しを止めない。相手が大将だろうと遠慮せず噛みつき回る様子に彼と近しい者の額に脂汗が浮かんだ。しかし、あまりにも恣意的な動かし方に加えてドがつく正論が突き刺さる。まさに有無を言わせぬ迫力を以て制圧していった。最後は山本五十六海軍次官から直々にストップが入る。米内光政海軍大臣に次ぐナンバー2のため歯向かえなかった。
安全を確保するために図上演習は陸地ではなく連合艦隊旗艦の長門に定められる。港はすぐそこと雖も短艇でないと訪れることはできなかった。よほどの暗殺者でなければ侵入は不可能である。すでに解散ムードだが牧野茂は山本海軍次官から居残りを命ぜられた。
「茶でもやるかね」
「いただきます」
「確か君の発案だったね。いつでも茶を淹れられる。そんな環境を作る。いやはや、目の付け所が違う」
「人と同じことをしては真似に過ぎません。人と違うことをしてこそ」
「だから航空巡洋艦に合体空母、ポケット戦艦、戦闘補給艦だね」
「おっしゃる通りです。次官ならばご理解いただけるはず」
山本五十六が自ら茶を淹れてくれる。応接室を兼ねた会議室のためか緑茶を淹れる装置が置かれた。これも牧野の提案である。日本人たるもの茶をしばかねばと紅茶帝国を倣って何時でもすぐに緑茶を淹れられるようにした。たかが緑茶と侮ってはいけない。日本人の遺伝子まで刻まれた「わびさび」は気分を落ち着かせて頭をシャキッとリセットした。極度の緊張の中でも落ち着きを得られる。案外と馬鹿にできない装備だった。
そんな緑茶に合わせるのは水羊羹だった。山本次官が直に取り寄せる。まさに逸品だった。なるほどと納得しながら茶を啜る。お互いにホッと一息をついた。それから本題を切り出そう。米内光政海軍大臣の懐刀にして航空主兵の第一人者は天才か奇才か狂人か雲をつかむような人物を見定めた。その男は悠長に水羊羹と茶を交互に含んでいる。とてもだが切れ者と思えなかった。
「最後の戦艦を1隻にしながら日本海軍を背負う。正真正銘の怪物を送り出しながら二番艦以降の予算と資材を航空母艦に回した。何をする」
「何をするとは?」
「どんな艦艇に仕立てるつもりだ。私には想像ができん。あまりにも常識からかけ離れていてな」
「そ~れを明かしては面白くないでしょう」
「明かしてくれないか」
「壁に耳あり障子に目あり。情報の秘匿性をご理解ください」
「わかった」
(本当か?)
一抹の不安を覚えながらも秘蔵の案は秘蔵に努める。仮に海軍次官でも情報がどこから漏れるかわからなかった。発表のギリギリまで腹の中に収めている。その代わりと言っては何であるが山本五十六が喜びそうな計画を披露した。図上演習の場から直接残っている故に計画書の類は用意できない。やむなく、メモ書き程度を懐から出した。茶をこぼしても大丈夫なように離れた位置で見せる。メモを受け取るなり眉が狭まって広まってを繰り返した。
「なんのつもりだ」
「潜水艦に航空機の運用能力を与える。そんな噂話を聞いたことがあります。潜水艦の隠密性に航空機の打撃力を付与することで奇襲効果を最大まで高める。しかし、潜水艦に航空機運用能力を与えるという考え方がいけません」
「空母を潜水艦に変える…」
「発想の転換というやつです。まだ紙の段階ですが限界深度100を確保しながら艦載機が発着艦できる飛行甲板を与えます。艦橋は設けられないため指揮通信能力は課題ですが単独で行動しない。いわば護衛となり得る潜水艦と行動を共にすることで解決を見込みました」
「パナマ運河を破壊できるか」
「パナマ運河の攻撃に用いるべきではありません。あそこは要衝が過ぎて難攻不落です。閘門に絞れど分厚いコンクリートを破壊できるかどうか。どうせならばアメリカの自尊心を粉砕するべきかと意見具申いたします」
「米本土空襲か。すごいことを言うな」
究極的な奇襲兵器として潜水空母を提案する。潜水空母と聞いて潜水艦に航空機運用能力を付与することが一般的だった。牧野茂は真逆の発送を打ち出す。それは小型空母に潜水能力を与えることだ。潜水艦の航空機は極々限られたものになってしまう。まず艦載機は運用できずに水上機が基本になった。水上機の性能は劣らざるを得ない。また、回収も面倒ときた。これではせっかくの奇襲効果は減ぜられてしまう。
それでは、小型でも航空母艦が潜水できれば艦載機を大々的に運用できた。飛行甲板を設ければ浮上からすぐに発艦させられる。着艦もスムーズに行われた。母艦の性能に各員の高練度が相まって最小の戦力から最大の戦果を見込む。山本五十六は呆気に取られていた。自分も潜水空母の構想自体は抱いていたが、よもや遥かに凌駕する計画を提案されるとは思わず、しばらくの間は唸ることしかできない。実現不可能と突っぱね返すことすら封じられた。牧野茂という造船技師に不可能はないように思えてくる。それだけの凄みを宿していた。
「その前にです。潜水艦は大型を止めて中型と小型の量産型に切り替えています。艦隊襲撃型の聞こえは良いです。潜水艦の仕事は通商破壊と偵察、哨戒、諜報にあり、敵艦隊の攻撃は無駄と認めます。どうしても艦隊襲撃型を作りたいと言うならば」
「ならば、なんだね」
「私に組ませてください。水中高速型の潜水艦を考えています」
「まったく、本当に末恐ろしいよ」
お互いの熱き視線がぶつかり合う。
続く




