第14話 腹が減っては何とやら
海上レストランの開店である。
「田楽とは江戸の粋である。それも自家製とな」
「そりゃぁ! 腕を振るいましたよ! 腹が減っては戦はできません。腹が減っては考えることもできません。まずは食ってから。それが料理人の仕事です」
「うん。見事な腕前である」
「この珠洲に任せてください。艦隊丸ごと受け入れます」
「そうもいかん。最前線では給糧艦は活動できん。作戦行動中の飯は各艦で炊事させる。そのために駆逐艦でも最低限の食事ができる設備を与えた」
今日は新造の艦隊型給糧艦である『珠洲』が式典に合わせて自慢の炊事能力を誇示した。給糧艦自体は商船方式により排水量1,000クラスが量産されている。給油艦が兼任することもあって不足は無いように思われた。しかし、連合艦隊から艦隊随伴型の大型艦が求められ、間宮から久しく建造されていなかったが、新たに珠洲型の構想が持ち上がる。
間宮は大型給糧艦として食糧補給任務に活躍してきた。輸送艦を凌駕する輸送能力から傑作と称える。しかし、大正期からの運用では老朽化が否めなかった。さらに、艦隊随伴型とは言い難い低速も加わる。川崎造船所が民間貨客船の商船構造を基に新造することに決まった。あくまでも、連合艦隊からの要求であり、将兵の士気に関わるため、特に揉めることなくスムーズに進められる。珠洲が一番艦に登場して二番艦の知多、三番艦の門倉、四番艦の波戸を予定した。
ディーゼル機関の採用と最速20ノットの要求から排水量は増加傾向にある。最終的に1万3000トンに落ち着くが小型化と軽量化は諦めた。牧野が川崎造船所に口添えの形で参加したが給糧艦の性質を鑑みて無理を慎む。20ノットの速力とディーゼル機関の航続距離があれば十分に遠洋でも活動できた。艦隊随伴の名目だが最前線は赴かず勢力圏内の活動に限る。
「コンニャクも自家製です。珠洲で作れない食い物はございません。これ程まで使いやすい台所も初めてでした。揚げ物が作れないことは痛恨ですが致し方ありませんね」
「さすがに揚げ物はな。日本や台湾、トラックにいる時にしなさい。油が燃えたら堪ったもんじゃない。一つの軍艦がぶっ飛ぶ」
「ご経験があるような口ぶりで…」
「フランスに留学していた時にな…ちょっとな…アレだな」
「わかりました」
その船体に驚異的な炊事能力が詰め込まれた。世界最大の間宮を凌駕することを目指した故に設備は豪勢を極める。冷蔵庫は当然のように装備するが肉類と魚類、野菜類、漬物と個別に分けられた。それに加えて発酵用の味噌庫や漬物を漬け込む部屋もある・2万5000人に対して1か月の要求が行われた故に限界まで詰め込んだ。これは傷病者を受け入れて即席の病院船と機能することも含まれる。したがって、小艦隊ぐらいは一隻で賄うことができた。
その上でキッチンは最大規模に設けられたが単純に大きいだけでない。海のコックたちが効率的に動けるように動線が意識された。収納も豊富に用意されて拘りの道具を何時でも簡単に取り出せる。戦闘用の艦艇でない故に豪華客船譲りの大キッチンだ。しかし、これは序の口に過ぎなう。珠洲は自前で食材を生産する工場を備えた。すでに間宮から備えられていたが大幅な増強が図られる。
「はいはい~爆弾握り飯ですよ~」
「おおっ!」
「どんなに豪華な飯でも握り飯には敵いやしません。握り飯を極めようと思ったわけです。ただの握り飯じゃ足りません。1トンの爆弾握り飯です」
「すごい。なんて重さだがぺろりといけてしまう」
「普段碌な飯を食っちゃいないんでしょう。たくさん食っていってください」
「ご明察の通りだ。ありがたくいただくとしよう」
「天下の造船屋も腹が減っちゃあですわ」
大和男児が笑いながら握り飯を食らった。甲板上で食ってよし、艦橋で食ってよし、どこで食ってもよし。せっかくの給糧艦だ。握り飯だけで満足しては失礼に該当する。自家製の豆腐と味噌を用いた田楽が振舞われた。お酒が欲しくなるところだが式典の一つである以上は厳に禁じられる。牧野少将は当然として大将クラス、川崎造船所の偉い人まで、多種多様な人々が食を楽しんだ。
艦内工場で作られた豆腐と味噌の田楽は見事に尽きる。カレーや竜田揚げ、コロッケなど伝統的な海軍料理は数多も存在した。シンプルであるが故に誤魔化しが効かない。あえて古典的な江戸時代の味に挑戦してみた。これに自家製のコンニャクまでレパートリーに加わる。こんにゃく芋と凝固剤があれば機械の力を借りて大量製造した。肉と魚ばかりも身体に障る。特に長期間の活動になると健康問題は深刻化しやすかった。ヘルシーな豆腐のコンニャクを大量製造して将兵の腹を満たしながら健康を維持する。日本男児たるもの質素倹約を心がけるべしと戒める意図も認めた。
「とは言え、こんな食事も偶にでいい。いつも食っては戦いもせんだろう。私が手掛けている駆逐艦から戦艦まで、戦闘糧食は質素倹約ながら士気を損なわぬよう、日本らしい武士の食事を意識した」
「武士らしい食事とは…」
「アメリカ人のように甘い物ばかり、アイスクリームをたらふく食らう、そんなもんじゃだめだ。味はさておき腹がダブダブする。それはいけない」
「間宮印の羊羹はダメですか? ありゃ質も良いし糖分も採れる。日持ちもする」
「ダブダブしなければな。良いんだよ。羊羹も立派な非常食だ。間宮羊羹の名前でどんどん広げていけばいい。結局のところ、食べるも戦うも加減だと考えた」
「その通りだよ。牧野少将よ。君は造船に止まらんようだね」
給糧艦の拡充は海軍全体の士気を維持する目的だが大型クレーンとデリックを装備することで輸送艦も兼ねる。最前線は難しいが遠方の離島基地に新鮮な食糧を提供した。その気になれば石炭や石油の燃料も運搬できるため補給路の補強に一役買う。とはいえ、最前線での作戦活動は参加できなかった。各艦が自力で用意しなければならず、牧野少将が手掛ける艦艇は炊事能力を高く確保し、長期に及んでも士気を保ち続ける。米海軍は駆逐艦ですらアイスクリーム製造機を装備していたとは有名な話だ。さすがに健康に支障をきたす。甘味は甘味でも間宮印の羊羹を筆頭に非常食を兼ねた。
このように各艦の戦闘力はもちろん、居住性も意識した設計は目から鱗が落ち、用兵側の評判も良好ときている。歯に衣着せぬ物言いから嫌われているがビッグな方々が守ってくれた。本人の実直な姿勢と本気で日本海軍を変える意気が評価を覆した。その証拠が向こうから態々と会いに来てくれる。どこか重くて厚みのある声に名前を呼ばれた。いざ姿勢を正してパッと振り返った先に大物が羊羹片手に笑っている。
「米内光政…海軍大臣」
「牧野少将が来ていると聞いてね。飯のついでに会いに来た。式典では度々見かけているんだが、なかなか挨拶できなくて申し訳ない。ようやくだ」
「恐れ入ります。牧野茂です」
「そう畏まらなくていい。私には到底もできないことを次々とやってのけている。山本も感謝していた。駆逐艦から巡洋艦、空母、戦艦まで水上艦はなんでもござれ」
「一応ですが潜水艦もできます。艦隊襲撃型は鋭意研究中です。お楽しみにいただければ」
「そうだったか。これは失礼した。君に出来ないことは何だね?」
「造船以外です。これ以外はさっぱりダメです」
米内光政海軍大臣のそのもの日本海軍の重鎮だった。現在も海軍大臣として混沌極める国際情勢に苦慮している。牧野がノビノビと造船に携わることができるのは米内光政海軍大臣のバックアップのおかげだ。
「とても頼もしい。一つを極めることも立派だ」
「ありがとうございます」
その笑顔に何かが見える。
続く




