第12話 利根型航空巡洋艦
いかにも特徴的な飛行甲板から複葉機が飛び立った。
「利根型航空巡洋艦の一番艦『利根』は最も理想的な航空巡洋艦です。艦隊の目となり盾となり槍となり。何でもできる」
「大砲屋がうるさかったな。よくぞ押し通した」
「押し通すも何も無理解のアホウですから。何を言われても構いません」
「おいおい波風を立てることをいうな。藤本さんが根回ししてくれたとはいえ敵を作り過ぎても」
「今の私に敵はいません。強いて言うならば、アメリカ合衆国でしょう」
かつての上司は部下でこそないが階級で上回っている。藤本氏と出会う前からの恩人だ。そう無碍にすることなく今まで以上に敬う。最上型航空巡洋艦をブラッシュアップした利根型航空巡洋艦の実現に尽力してくれた。最近は大砲屋からの風当たりが妙に強くある。超大型戦艦の設計を担当しているのにもかかわらずだ。やんややんや言ってくるとは怒りを越えて呆れを抱かざるを得ない。敗北主義者という言葉をそっくりそのまま返した。
それはさておき、長崎における仕事の一つが利根の視察である。最上型から継続して設計の図面を引いた。最上型は航空巡洋艦を開拓している。その航空機運用能力は満足のいくものでなかった。主砲の前部集中配置により後部甲板を更地に変える。水上機母艦に匹敵する搭載機数と射出機を得た。これにより艦隊の索敵や対潜警戒、弾着観測と縁の下の力持ちに期待される。主砲も高角砲が素体のため艦隊防空の旗艦を担った。しかし、牧野茂は不十分と言っている。
「艦上飛行艇か複葉の艦載機でないと無理という。なに、まったく立派じゃないか」
「そう言っていただけると助かります」
「実際の評価は上々と聞いている。居住性がとても良いとな」
「高性能を追い求めて扱う者を無碍に扱う。それはいけません。最前線に出向いて死を恐れずに戦う者たちの安らぎを奪うことは…」
「鬼の造船屋らしくない。実に合理的だ」
「誰が言い始めたのでしょう。牧野茂は鬼だと」
「知らん」
利根型航空巡洋艦は水上機に限定せず、艦載機の本格的な運用を目指し、最上型の設計と龍驤の量産化、赤城大改装など持ち得る経験をふんだんに注ぎ込んだ。主砲は155mm三連装砲にグレードアップしつつ前部集中配置は変えない。155mm三連装砲3基が艦前部に集中された。重巡洋艦の基本は8インチこと20.3cmである。牧野は砲弾の投射量や高初速により補うことができると主張した。欧米海軍の真似事ばかりは勝てんと毒舌ぶりを遺憾なく発揮する。これより大砲屋から大いに嫌われたが本人はふんぞり返った。
こうして艦載機運用に必要なスペースを捻出する。それでも艦中央部から後部にかけてだった。ここに飛行甲板を与えても水上機が現実的である。艦上戦闘機や艦上爆撃機、艦上攻撃機の運用は片道切符だ。発艦は可能であるが着艦は不可能という。鷹野型補給艦と同様の事情を抱えた。最上型から何も進化しない。火力が向上したのみでは理解を得られなかった。ここで奇才ぶりが発揮される。
「艦橋からよく見えるでしょう。私は個人的に気に入っています」
「なるほど、視認性も考えられている」
「被弾時に限定せず普段の作業時から広く見渡すことができる。不慮の事故を予め防止するためには確認することが求められました。甲板上の事故すらなくしていきたい」
「本当に鬼と言われているのが不思議でならん」
「こんな設計を組むからですかね?」
「知らん」
「返答に困ったら知らんと返すのはやめてください」
艦橋の左側から若干の斜め方向に装甲飛行甲板が伸びていた。飛行甲板は角度をつけずに真っ直ぐの一直線に構えられる。海軍の国際的な常識をぶっ壊した。真っ直ぐなことに変わりないが斜めに角度をつけている。左舷から張り出す格好だが飛行甲板を長く構えることができた。いわゆる、アングルドデッキの極初期型のよう。本当の空母に採用を予定したが事前の試験というテストヘッドだ。
しかし、重巡洋艦の大きさでは足りない。航空機の進化は目覚ましく艦載機は例外でなかった。複葉機が当たり前の時代は終わり、全金属製で単葉の大型機へ変わり、従来の空母では運用が困難になってくる。赤城が三段式から全通式に改装した大きな理由を為した。艦上戦闘機は発艦と着艦を行えるかもしれない。艦上爆撃機と艦上攻撃機が大重量の爆弾と魚雷を提げると不可能と判定した。自然の追い風と合成風力、滑走台の設置により発艦は可能になるが着艦は何とも言えない。
利根型航空巡洋艦の搭載機は水陸両用飛行艇(艦載仕様)か複葉機に限定した。最上型の水上機限定から運用の幅が広がる。しかし、新型にして単葉機の試製艦攻や試製艦爆の搭載は見送った。そもそも主力機は赤城や加賀、雲竜といった海軍の中核を担う空母に優先される。二線級はおろか三線級の艦載機を適材適所を意識した。航空巡洋艦が主力になることは基本的に起こりえない。
「おっ」
「飛行艇のお帰りだ。さすがの安定感である」
「あれは誰が飛ばしているんですか?」
「桑原虎雄少将だよ。あの人は根っからの航空屋だからね。新しい物には飛びついてくる。良い年齢なんだが現役のパイロットだからすごいよな」
「利根型航空巡洋艦と最上型航空巡洋艦の航空戦隊を率いてほしい。そう思います」
「わかった。今度言っておこう」
そこら辺の将校よりも早く見学できた。造船屋の特権を活用していると真新しい装甲飛行甲板に飛行艇が滑り込んでくる。日本海軍でも珍しい水陸両用機だった。川西飛行機の開発らしい奇妙な機体である。時代遅れの複葉機な上にエンジンを上部に配置した。その見た目はイタリアのエースが乗ってそうである。いいや、決して馬鹿にできない性能を秘めた。
本機はフロートと固定脚を備えた水陸両用らしい。海上から甲板からと場所を選ばなかった。複葉機らしい低速の安定性が光る。海難救助と艦隊間連絡、対潜警戒、弾着観測まで他の水上機と役割は被った。水上機はデリックかクレーンで引き上げる手間を要する。ちょっとした平坦な甲板があれば着艦できた。その珍妙な見た目の割に使い勝手は良好と評価する。
「いやぁ、すごい。こんな巡洋艦があるなんて未だに信じられん」
「私は一介の少将が飛行艇を飛ばしていることが信じられません」
「勘弁してくれ。これでもパイロット上がりなんだ。牧野造船少将よ」
「桑原少将。お初お目にかかります」
「意外と会えないものだ。挨拶が遅れて申し訳ない」
「滅相もございません。私こそ無礼をお許しください」
ご機嫌な軽やかな足取りで上がってくるは桑原虎雄少将だった。日本海軍における艦載機の父というべき。水上機母艦からの発艦から扶桑からの発艦など極初期を担ってきた。さすがにテストパイロットから退いたが暇があれば航空機を飛ばす。彼こそ最も現場を知る航空屋だった。それ故に利根型の設計に興奮冷めやらぬ。造船屋としては非常に嬉しい反応と頬が緩んだ。赤城と加賀の主力空母よりかは基地航空隊や水上機隊を率いるべき。したがって、最上型と利根型から為る航空戦隊の思想に合致した。最上型は4隻が揃いつつあり、利根型の4隻を含めれば、一つの航空戦隊を構成できる。
「今更だが後部にも高角砲を積んでいるのだな。防弾は大丈夫か」
「被弾しないための重武装と快速を確保しました。10cm高角砲と8cm高角砲が弾幕を張ります。大出力機関と軽量化のおかげで最速35ノットを堅持しました。つまりは当たらなければどうとでもなります」
「やはり牧野少将は面白い。もっと話を聞かせてくれ」
これが藤本氏に次ぐ出会いとなった。
続く




