2026年4月22日早朝。
わたし、アゲハ。
すべての、悪い時代に生きて愛を見失っているひとたちに向けて。
わたし、卵の殻を突き破って、出てきたの。小さくて醜いけど、とっても、賢いのよ。
卵でいる時に、ある成虫のカブトさんが、とってもきれいな卵だねって、見つけてくれたの。
カブトさんは、わたしが殻から出るのを、手伝ってくれたわ。出てきたのは、ちっさくて、醜い、色も黒っぽい芋ムシだったけど。
はじめて、挨拶をしてくれたの、醜い、芋ムシのわたしに。わたし、カブトさんに、恋をしてしまったわ。
カブトさんは、わたしが餌もなくて、みんなにはいじめられるし、死んでしまいそうな時に、何度も助けてくださったわ。
わたし、綺麗な蝶々ならいいのに、そう思って、何度も泣いたわ。
醜い芋虫のわたしは、人気者で、働き者のカブトさんに、身も心も捧げていたの。
ぜんぶ捧げたら、わたしだけのものになるんじゃないかと、思っていたのね。
オスのカブトさんは、わたしをメスとして愛してくれたの。
ひとつの命じゃなくて、ひとつのメスとして、愛してくれているんだと、ずっと、思っていたわ。
わたしたち、ずっとすれ違っていたのね。
カブトさんは口数が少なくて、いつもわたしの話を聞こうとしてくれたわ。
あまりにも返事がないから、何も聞いてくれてない、ってわたしはいつも怒って傷ついて、それを再生しては拡大していた。
小さい醜いからだの中で、憎悪や嫌悪は渦を巻いて、あっという間にぜんぶのわたしを支配してしまって、
わたしは恋というエゴが引き起こす感情全てに、身も心も支配されてしまって、大変になっていた。
カブトさんが見つけてくれたから、わたしは自分をカブトさんと同じ種族だと思っていたの。
今は弱々しい芋虫だけど、わたしカブトさんみたいに、強くなろうとして、一生懸命にあちこちに探検して、仕事をして、いろいろな葉っぱを食べて頑張っていたの。
雨の日には、疲れ果ててボロボロになって傷ついて、切実におうちを必要としているわたしに、カブトさんが濡れないように傘をさして迎えにきてくれたわ。
カブトさんはおいしいごはんと、えいがをみることで、わたしを落ち着かせてくれた。
約束とか、必ずとか、そういうの、絶対に言わない人だったけど、
その時はそれが、確実な関係じゃないって、苦しさの源だったけど、
わたし、利用されているの?そう思って、でもカブトさんのくれる愛情から離れられなくて、
今思えば、あれは、カブトさんなりの、優しさだったのね。
だって、自然界は、一見綺麗だけど、とても過酷な環境だから。
カブトさんはだから、何度もわたしを試すように、色々突き放そうとして、
でもわたしが困ったり本当にしんどい時には、いつだって相手してくれた、
けっしてそれが、純情じゃなくったって、
わたしはカブトさんに抱かれながら永遠に一緒にいたいと願ったわ。
どうやったらカブトさんをひとりじめできるのか、ずっと考えていたの。
はじめてわたしを下に見たりせずに、対等にメス扱いしてくれた、オスだったから。
卵のころは、メスでもオスでもないわたしは、意味の分からないまま生きていたから、
雌雄の決まっているひとたちには、蔑まれたし、いつも笑われるか、のけもの扱いだった。
わたしははじめて、カブトさんの前では、メスになれたわ。
でも、産まれたばかりのわたしと違って、カブトさんの甲羅は傷だらけで、たくましいからだはいつも大変そうにぎこちなく動かしていた。
厳しい自然界で、そんなひとりでも生きるのが大変なのに、ちっさくて弱っこくて、守られるしかないわたしと、ずっと一緒にいるなんて、約束できないって、思っていたのね。自信がなかったんだと思う。わたしを守れる自信がなくて。わたしを愛し切る、自信がなくて。
それで、カブトさんはわたしとの関係からいつも逃げていた。
わたしも、ひとりの時間がとても多くて、自分と向き合うしかなくて、もっとわたしが強くなれば良いって、カブトさんに負担をかけずに一緒にいられるようになればって、それでわたしは初めての脱皮をしたの。
脱皮をして、わたしはひとまわりもふたまわりも大きくなって、色形もまったくの別人のようになってしまったわ。
脱皮をした時に、偶然居合わせたカブトさんにも手伝ってもらったんだけど、なりふりかまわなかったものだから、なんとそこから、わたしたちの赤ちゃんが、産まれたの。
カブトさんは、産んでも守りきれないと思って、とても大変になるって、反対したけど、
わたし、赤ちゃんの命にどうしても好き勝手に扱えない純粋性と愛を感じて、どうしても蔑ろにできなかった。だから産んだ。
その頃、私たちの住んでいた世界、森の全体を嵐が吹き荒んでいたわ。
でもわたしは、ずっとカブトさんの広い背中に守られて、ずっと安全に暮らしていた。
わたし、カブトさんはオスだから、そうやって守られて、当然だっていつも思っていた。
それどころじゃなく、カブトさんがわたしと赤ちゃんの様子を、義務のようにして、気にかけるのを、
ずっと不満に思っていた。わたしは、愛しているのに、あなたにとって、わたしは義務なの?と、
怒って、悲しくて、寂しくて、辛くて、報われない思いでいっぱいで、
いつもひがいしゃになって、
いつもいじめられていると思って、
いつも愛して愛して、わたしがあげているのと、同じものを返してよって、泣き叫んでいた。
カブトさんの家族のカブト一族も、わたしたちを家族と迎え入れてはくれたけど、
みんなわたしの弱くて、地を這っていて、醜いぶよぶよの姿を見て、
カブトさんがわたしに騙されているんじゃないかって疑われて、
それでもそのうちにみんな助けてくれるようにはなったけど、
いつもわたしは、こざかしい物言いの割には、地を這っている姿を、馬鹿にされ、嘲笑され、
家族の集まりでは、のけもの扱いされるようになった。
それも、わたしが、カブトさんをいじめていると、思われていたから。
カブトさんの母は特に、わたしのせいでカブトさんがまた大変な生活になっている、と
わたしにいじめられて、カブトさんの心までもがボロボロになっている、と
胸を痛めては、あんたなんでもかんでもできるんだから、早く独り立ちしなさいよ、ということを言ってきた。
わたしは、カブトさんが虫したり、お下根のことを教えてくれなくて、いつまでも共有してくれなくて、
わたしがカブトさんを信じないから、そのことを理由にして、いつも拗ねて、
それでわたし、ひとりでたくさん頑張っていたのに…。
でも、ちゃんと、赤ちゃんのことは、できるだけ、手伝ってくださった。
ーーー
実はわたし、卵の時代からカブトさんを知っていて、密かに憧れていた。
なんで同世代じゃなくて、少しボロボロのカブトさんに、わたしが心惹かれたのかというと、
その時には、ちゃんとみんなの前ではツヤツヤに甲羅を磨いて傷が目立たないようにしていたし、
そういう部分も好感を持てたけど、なによりも、カブトさんは、
みんなの心の様子をいつも、とてもよく見ていて、
もちろん、「何にも感じて無さそう」とよく言われる卵のままのわたしの心の様子も、とてもよく見ていて、
いつも気遣ってくれていた。
だからとても好きになった。
わたし、誰にも、心の世話をしてもらったことが無かったから、
だから、ずっと長い間、卵のままで、殻をかぶったまま、生活、していたのよ。
それで、1年くらい、カブトさんは、時々会って心の世話をしてくれた。
世話をしたことに、なんの見返りも求めてこなかったし、恩着せがましくもしなかった。
そういうところが、とっても好きだった。今までそんな存在、卵の姿で、どこを探しても
見当たらなかったから。
だから、自分から、好きですって言ったの。
卵の頃のわたしは、誰のことも好きにならなかったし、言ってくれる人があっても、
たいして情熱を感じなくて、他の誰でも良いんだろうな、あるいは誰かにフラれてその代わりだな、と思ってしまって、
わたしオスでもメスでもないから、メス扱いとか、そういうの人生に必要ないって思って、
ぜんぶ危険なことになる前に、ちゃんと跳ね除けてきたの。わざわざするまでもなく、卵の姿であるわたしが、それを助けてくれたけど。
だから、付き合ってから色々質問して知ったけど、
前のおくさんに逃げられてしまって、会えもしないのに、ずっとオシモネのことを送り続けて、いたみたいで。
前のおくさんに、もう他の新しい相手もいるらしいのに。
赤ちゃんができてから、噂話で聞いていたことが、本当と知って、
わたし、カブトさんに、もうなんの連絡もしないで、を最後の言葉に逃げていった前の奥さんを、
なんの約束もないのに、そんなに義務感でオシモネしないでって、言ったの。
そういう損な生き方をしている、カブトさんを、かわいそうに思って、
わたし、いつも助けてあげたかったの。だから、
わたしこんなにあなたのことが好きなのに、
わたしだけを見て!って感情的になって、
少しの虚しさを背負って、わたしに向き合ってくれるカブトさんに、
いつも歯痒い気持ちになって、絶望していた。
それが、本当は、すごく究極の、恋愛を超えた、愛の形なんだって、
その時のわたしには、知る由もなかった。
わたしはただ、カブトさんにも本気でわたしのことを好きになって欲しかっただけなのに、
カブトさんはいつまでもメス扱いはするけど、でも、
向き合って話し合ったり、そういうのを、前向きにできる相手じゃなかった。
いつもわたしたちの間には別れの気配が漂っていて、
それがわたしをより不安定にさせて、いつまでも安心して生活できずに、いつも切迫していた。
カブトさんの母には、いつも、そんな怖い顔で、そんなあくせくして、
もっと安らかに朗らかにせんと、あのこも息が詰まってしゃあないよって、
言われて。わたしはメスだったけど、オスを安らげさせる、”メスらしさ”は備えていなかった。
まだもう一回、脱皮をしなければならなくて、それは、わたしの赤ちゃんが、
成長するにつれて、手伝ってくれたわ。
わたしはまたすっかり違う色形になって、でも依然として地を這う姿だったけど、
そう、誰もわたしに敬意を払わなかったし、すごいとか、えらいとか、
言われることが、もうその頃には、すっかりなくなってしまっていた。
母となって、それで、もうほとんど帰ってこなくなったカブトさんから、
離れて、本当に、カブトさんの母に言われる通りに、ふたりきりで生きようって、
そう決めた。
イエス様が、それを助けてくださった。
でも、わたしはカブトさんにまだ負い目があった。
だからわたしたちは、イエス様の助けによって、しばらくは赤ちゃんと一緒に会ったり、していた。
でもわたしはカブトさんの本当の気持ちが分からなくて、
いつまでもただの都合の良いメス扱いなんじゃないかって、
そしていつも通り、返事もろくになかったり、わたしはずっと不安だったから、
赤ちゃんに対して、気がなさそうな様子だった時に、
もう見切りをつけてしまったの。
自分の赤ちゃんにも、義務感でしか、できないのと、とても傷ついたの。
カブトさんは、消え入りそうな様子で、しごともたいへんで、
やすみのひに、赤ちゃんの相手、までさせられて、
疲れて、もう会えない、と言って、去っていったけど、
わたしは、また会いたくなったらいつでも言ってね、そう言って、
だってあなたの赤ちゃんなんだから、そう思って、
でも赤ちゃんは本当に誰にも懐く気のいい赤ちゃんではなくって、
わたしの卵時代に似て気難しいところの多い、難しい子だったから、
だから、接したことのないタイプの人間で、きっと、カブトさんには、
わたしもそうだったんだと思う。わたしも接したことのないタイプの人間で、
わたしが大好き、愛してる、を上手く伝えられなかったから、疑って、
裏切られるんじゃないかって、ぼろぼろのからだでいつも思っていた。きっと、そう。
だから、今思うと、とても気の毒なことをしていたし、
わたしの方こそ、カブトさんをずっと、いじめていたんだなって、
いま、嵐のより一層吹き荒んで、木がどんどん倒されて、どんどん丸裸にされていく山に住んでいて、
そう思う。嵐の中で、成長した赤ちゃんーー今はもう子どもーーを守りながら、
生きていこう、そう思った時に、
今までわたしを無言でまもってくれていたカブトさんの背中が、急にとても大きくて、
恋しくて、
いつもわたし、甘えていたんだな、とやっと気付いた。
とても、甘えていて、駄々を捏ねる子どものように、どうやっても見合わないものを注いでは、
返して、返してと泣き喚いていたんだ。
わたしのほうこそ、エゴで、醜くて、本当に、カブトさんに釣り合わない、
カブトさんの一族に、いじめられて当然の、
虫されて当然の、
ほんとうにそういう、
きのうの朝カブトさんが夢に会いにきてくださったの。
それでわたし、からだに触ってこようとするカブトさんに向かって、
はじめてのでえとの時みたいに、心の準備ができていないよって、その時はいったけど、
別れたんだから、ひとりでしてね、って伝えたの。
カブトさんは、快くわかった、と頷いて、夢の中だから、今の成長した子どもが、
パパー!って駆け寄っていって、カブトさんはやさしく、ごちそう食べにいこうって、
いって寝たきりのわたしを置いて、子どもを連れ出そうとしてくれて、
わたしは、ありがとう、なんで?と聞いたの。だって別れたんだから。
そしたら、アニバーサリーやからって、
4月21日は、私たちがはじめてでえとをした日で、
4月22日は、私たちがそのあと、はじめてただの添い寝をした日で、
今まで何年も、ずっと、そんなこと覚えてるだなんて、わたしも忘れていたようなことを、
あなたは最後に、教えにきてくださったね。そんなロマンチックなこと、一度も言ったこと無かったのに、
今はもう何年も、嵐の続く、厳しい森で、鳥も獣もお腹をすかせて目をギラギラさせているなかで、
虫のわたしたちは、ほんとうに虫の息で、みんな身を寄せ合って、生きていた。
わたしは赤ちゃんと、みんなはそれぞれの、家族と。
その中で、カブトさんは、自分の家族にも迷惑かけられないからって、
ひとりでずっと頑張って生きて、孤独と戦って、冷たい厳しい現実と戦って、
飢えて乾いているのに、わたしたち親子にずっと、あたたかい食べ物を、送ってよこしてくれていた。
わたしも、子どもと会ったりしているうちは、ありがとうって、挨拶したり、
連絡していたけど、付き合っていた頃から、ほとんどすぐ音信不通のようになっていて、
それが今もまだ続いて、その向こうのカブトさんの本当の思いやりとか、誠実さを信じてあげられずに、
返事がない、それだけで、ほら、大事にされていないよって、ほら、離れた方がいいよって、
自分で勝手に判断して、わたしを救ったイエス様は、相手が敵でも、相手が善でも悪でも、いつでもなんでも
いつもおなじようにしなさい、って言われていたのに、わたしは、返事が来ないこと、わたしの
気持ちに、悪だって決めつけて、食べ物に、いつしか、ありがとうも、言わなくなって、
それで、今年は、それから丸2年が経っていた。
その間に、わたしはあまりにひどい嵐にからだを壊して、カブトさんに連絡したけど、
相変わらず虫で、その間神様がわたしを助けて守ってくださった。
でも何ヶ月もうずくまって、わたしは治らない病にかかったようになって、
動けなくなってしまって、子どもの世話もままならなくなった。
別人のようになって、今思えばそれは蛹だった。
わたしは蛹になって動けなくなって、介護を必要とするようになった。
そのうちに、カブトさんから、ほんの一度だけ、連絡があった。
前のわたしの連絡には、なんにも触れずに。
だからわたしは事務的な連絡だけをして、様子を見た。
今思えば、家族だと思って、連絡してくれていたのに。
今思えば、あなたは、本当の家族を、ずっと求めていただけなんだって、
最後には、わたしの味方をして、家族のみんなから嫌われて、
もうほんとうにひとりぼっちになって…
わたしは食べ物のことを、心配したこともあったけど、
義務でしょ?って、当たり前でしょって、
そう思って、
ろくに感謝もしないで、ほとんど1年を、過ごしていた、昨日の朝まで。
その1年は、実はわたしは、森の王様を見つけて、
だってこの嵐の数年間のなかで、すっかり有名になって人気になっていた。
その生命力と、どんな環境でも笑顔でいられる強さに、
はじめ抱いたのはもともと王様なんて嫌いっていう、嫌悪感だった。
でも弱っていた時に、見せていたメスのような表情に、興奮してしまって、
わたしはオスとして生きてもいいのか!と思って、蛹なのに、
奇跡的に、自分で動き回っていたのだった。
そうして、森の王様に、自分の差し出せるあたたかいメシ屋を開いていた。
幸い、王様は気に入ってくださって、でも、
そのうちに、疲れ果てて、王様は王様なので代金も支払わないので、
どんどん悪態をつくようになってしまって、みんなから嫌われて、殺されかけた。
そうして、うずくまって、どんどん、嫌われるようなことを、
やめられなくなってしまって、孤立して、大変になっていたわたしを、
カブトさんが夢で会いに来てくださって、
無償の愛を、くださった。
それで、わたし、いままで、2年間、会いもせず、連絡もせず、なんの家族のあたたかい気持ちもなく、
外でがんばって傷つきながら一生懸命に集めてきた美味しいご飯を、
わたしたち親子にずっと無言でわけ与えてきてくださった、
そのカブトさんの存在と、
本当に、カブトさんは、一生懸命にわたしたち親子を、不器用でも、他と一般的なオスとか、
巷にうわさに聞いているような、うつくしい理想の家族とか、そういうのと同じでなくとも、
カブトさんなりに、一生懸命に愛して守ってくださったんだと、わたし初めて分かったの。
わたしは夢から醒めて、何が起きたか、すっかり理解して、泣きながら、
カブトさんの遺族と、最後に届けられた、
「もう食べ物を集めてくる元気がない。だから俺は死ぬから、俺を食べてくれ」
という伝言とともに、カブトさんの、とても大きくて、まだとてもあたたかい、
その大きな命を、子どもと一緒に夢中で食べた。
泣きながら今も食べていて、
それは本当にとても大きくて、全然無くならないから、
わたしはいつまでも涙を流しながら、それを食べていて、
ほとんど何も覚えていないかもしれない子どもに、
あなたのパパはとっても立派に私たちを守って、
命がけで守って、そうして最後には、
自分の命を差し出して、わたしが母としてあなたに、
自分で食べ物を集めるようになれるようになるまで、
その時がくるまで、
決して急かさず、
決してわたしの罪を責めず、
子どもの罪を責めず、
自分だけが罪を背負って、最後まで
森の中でも、責任感ある立場で、
はたらいてはたらいて、虫扱いされても、
最後まではたらいて、命を搾り切って、
最後の最後には、自信をもって、
やっと自信をもってわたしに甘えて会いにきてくれたけど、
わたしの気持ちを最後まで優先して、
何も求めずに、子どもに与えるだけ与えて、
与えるだけ与えて、去っていって
何にも責めないで、ただ愛だけを残して手渡して、
生きてくれって、
人生辛いことがたくさんあって、俺も辛い人生を、生き抜いた、
命がけで守ったおまえたちの命を、
精一杯生きてくれて、負けるなって、
嵐に、次々と命を狙ってやってくるものたちに、
虫扱いして、責め立てて、奪うだけの、この世界に、
それでも負けるなって、
わたしの、産まれてこのかた、ほんとうに必要としてた愛を、
最後に手渡して、命を手放して先に、逝ってしまった。
ありがとうございます。
あなたの本当の愛は、わたしをほんとうに自立させてくれて、
わたしは今、蛹から孵化して、
飛び立とうとしている。わたし、アゲハなのよって、
いままで辛い扱い、たくさんされて、悪者のようになって、黒く気持ち悪くなって、
そうして地を這うようにして、みじめな思いで生きてきたけど、
そういう醜い姿の頃から、わたしが死なないように、ずっと、
外の辛い世界を見せずに、その広い背中で、いつも不機嫌を
自分で解決しようとして、誰にもぶつけようとしなくて、
誰にも見せなくて、
わたしは彼が怠惰とか、愛がないとか、いつも責めることしかしてこなくて、
イエス様に救われてからも、心の底から、その態度をゆるすことが、できなくて、
イエス様のことを隣人の親切心で、伝えることしか、できなかった。
彼が、愛をふるまえなかったのは、彼が、いつまでも自分中心のようにしか、
ふるまえずに、明確な言語コミュニケーションもできず、
普通の人にはできるような、感謝もなく、生きざるを得なかったのは、
幼い頃から、周りの人を、守って、守って、守るばかりで、
自分が誰にも、守られたことが、ないように感じていたから…
だからいつも、辛い実情を、弁明するように、伝えてこなかった。
言われなければ、わからないと言うのに、あなたは男に産まれて、
わたしもそれが長らく出来なかったけど、でも
あなたは男に産まれて、余計に誇り高く孤高で、余計に周りに迷惑をかけまいと、
大きなからだで産まれて、たくさん、他の何倍も何倍も頑張ってきて…
(とっても力持ちだった、他のひとは10しか運べないのに、あなたは60軽々と運んだりして
そうして人知れず、静かに、森の虫たちの営みを、支えてきたんだわ)
わたしは、あなたのそばにいた頃から、誰よりも、それを、分かってあげなくては、
いけなかったのに…
そばにいても、離れて、イエス様に救われてからも、
あなたの存在を忘れて、感謝もせずに、一方的に送ってくれているのだから、
わたしも返事も何も無くても、一方的に、ずっと、ありがとうって、
言い続けなくてはいけなかった…
わたしの罪を、ゆるしてください…
会わなくなってからも、食べ物を送り続けてきたくれたあなたを、
わたしすっかり忘れて、生きる意味を見つけたみたいに、
いっときイキイキと蛹の姿でオスとして生きるんだ!とメシ屋を出していて、
そのうちに力を失って、
森の王様や、その取り巻きたちに、殺されかけたけど、
あなたのおかげで、
わたしはもう他の一般的なメスのように、
あるいは他の一般的な命のように、
ふるまうことが、できる。もう何も、奪われることのない、
そういう生き方ができる。
わたし、アゲハ。もう誰にも踏み潰されないで、飛べるのよ。
あなたが育てたの。大切に、守ってくれていた。
そうして、いつもの、醜い芋虫だからって、
色々奪われて、それで感情的になって、嫌われる、そして奪われるか、虫扱いされる、
そのサイクルから、抜け出せた。
あなたの、無償の愛によって。
これはあなたの、行いの記録。
わたしと子に明け渡された、本物の、命のバトン。
わたしが信仰に入ってから、
切望してやまなかった、
「神様からの無償の愛」
だけでなく
「関わりある人間からの無償の愛」
それをあなたは、
与えてくださった。
この愛に、どうひれ伏そうと、
まったく、何をしようと、
決して釣り合わないし、
決して報いることなど、できない。
わたしも、愛していました。
でも最後まで、その愛の姿勢を貫けずに、
あなたを絶望と孤独の淵で、
その死へと追いやってしまいました。
わたしも、イエス様に従って、同じように行きます。
わたしも、あなたに続くものになります。
あなたの一生懸命に守ってくれた命、だいじに、
わたしの子、一生懸命に行きます。
わたしを救ってくれて、ありがとうございます。
最後の最後で、あなたはわたしの主、人の子、
わたしの神様と、同じになられました。
わたしを愛してくださってありがとう。
あなたの命で、わたしは生きます。
子どもも、一生懸命に、守ります。
ほんとうの、真の森の王様は
ほんとうに、わたしを養ってくださっていたのは、
あなたでした。
愚かな2年間を、恥じて記録して、
どうか、すべての愛を見失っているひとたちへ、
どうか愛へ戻れますように
祈りを込めて
ここに書き記します。
十字架の愛の死と復活のイエス様を恐れて
どんなに相手の罪が立ちはだかっても、
どうか身近なひとを、あるいは関わりあるあらゆるひとを
悪にも善にも雨を降らせる慈悲深い神様のように
愛し続けて、あげてください。
主の救いの恵みが、日本のすみずみまで行き渡りますように。
かつての恋人、そしてかつての夫、そして子どもの父
井手雅章さんへ 1979.10.28生 享年46歳 2026.4.22
愛と感謝と懺悔 祈りを込めて
わたしたちの主 イエス様を 賛美します
主は本当に わたしたちの過ちを全てゆるし
愛して十字架の死を遂げ、
わたしたちを どうやっても自分にこびりついて離れない罪から
完全に救ってくださいました
わたしは信仰者です。イエス様に出会って救われ、聖書を読んでいます。
今回書くにあたり、目についた聖書箇所を記しておきます。
イザヤ書32章 ERV訳
正義の訪れ
1:ついに、1人の王が正義で治め、
指導者たちが正当な決断をする日がやって来る。
2:彼らは嵐から守ってくれ、
シェルターのようになり、
砂漠を流れる川のようになると、
渇いた地の大きな岩の影のようになる。
3:その時、人々は見ているものを実際に見て、
聞いているものを実際に聞くようになる。
4:混乱している人は、理解が出来るようになり、
はっきりと話せなかった人も、明確に、そして素早く語れるようになる。
5:ねじ曲がったバカ者が、偉人と呼ばれることはなくなり、卑怯
(ひきょう)な者を尊敬する人は消えていく。
6:ここで言うバカ者とはバカなことを言い、
その心に悪が渦巻く者のこと。
誰かを困らせることが好きで、
神をけなし、
お腹が空いた人に食べさせることも、
のどが渇いた人に飲ませることも決してしないような人のことだ。
7:彼らは悪を道具のように使いこなし、
貧しい人に対する陰謀
を計画する。
ウソで陥れ、
弱者から平等を奪う。
8:しかし、良い指導者
は良い計画を立て、
その行動を通して指導者
たちの指導者
となっていく。
気遣の足りない女性たちへの警告
9:ボケーッとしている女性たちよ!目を覚ますんだ!
現状に満足していないで、耳を傾けておくれ。
10:今は不安など無いかもしれないが、
1年もすればわからない。
その時、ぶどうの木を見たら分かるだろう・・・
収穫するぶどうがもう実らない!
11:女性たちよ、ずいぶんと落ち着いているが、
そんな場合じゃない!
どうやら安心しきっているが、
本当は心配するべきなんだ!
その素敵なドレスを脱いで、ボロ切れを出してきなさい。
それを腰に巻き付け、
12:胸を叩いて嘆くんだ。
あんなに立派だった畑が、貧しくなったことに涙しなさい。
あなたのぶどう畑はかつてぶどうを実らせていたが、
今は何もない。
13:イバラや雑草しか育たなくなってしまった畑に泣きなさい。
我が同胞の土地のために、
トゲと雑草しか生えない土地のために泣きなさい。
かつて喜びに溢れていた町と、
家のために泣きなさい。
14:首都は捨てられてしまい、人口は減る一方だ。
宮殿や塔も廃墟となり、
人々はほら穴に暮らす。
野生のロバや羊が我が物顔で、
町で牧草をむさぼるようになるだろう。
15:しかし、それは神の霊
が天から注がれる時までのこと。
その時には、荒野はたくさんの実を結ぶ土地となり、
森のように命あふれる場所となる。
16:荒野から良い土地にいたるまで、
全地が正義と平等で満ちるだろう。
17:その公正さが完全なハーモニーをもたらし、
永遠の安心を実らせる。
18:私の神の人々は、安全な家で休み、
穏やかで平和な地に暮らすようになる。
19:森ははげ、都は滅ぶであろう。
20:しかし、神の祝福はあなたのもの。
だから、川のほとりのそばに種をまいてみなさい。それらはぐんぐんと伸び、
あなたは牛やロバを自由に放牧できるだろう。
イザヤ書33章10節から13節
10:神は答える。
「今立ち上がろう。
偉大さと力強さを見せる時がやって来た。
11:お前たちはずいぶん無駄なことをしてくれたもんだ。
干し草やワラのように、
何の価値もないかのように振る舞いやがって!
自分自身の息に燃えつくされてしまうぞ!
12:火に投げ込まれたイバラのように、
骨が石灰のように粉々になるまで焼かれるぞ!
13:遠くにいる者よ。
わたしのしたことを聞け。
近くにいる者よ。
わたしの力を目の当たりにしろ」
ーーー
すべてのひとが、それでも愛に踏みとどまり、慈しみと思いやりのイエス様によって、父なる神様と和解させられ、その大いなる恵みに抱かれて歩めますように。アーメン




