レノベーション・クライテリア
施工管理基準表
・安全基準
・耐震基準
・内装基準
・外装基準
自分自身のホームを見直してみる。生きるために自分が住むホームだ。
それは、すっかりがらんどうで、いつも窓は開いて雨風は入り放題の吹きさらし、ほこりが随所に舞っていて、なんの電灯も装飾もないそっけない風体で、でもある意味で地中海に面する家々のうちでも一番質素な、漆喰塗りの壁で居住スペースを仕切っているだけのような、それは地中海の温暖で平穏な気候ならゆるされる最低限の機能を備えたシンプルなホームで、しかし度重なる悪天候や居住者の長期不在によってホームとしての温かみもシェルター能力も失ってしまっている、その雰囲気は、ひとびとに見捨てられた町外れの神社のような侘しさを伴っていた。
しかし、もうそれを、建て直す時がやってきた。土台はイエス様によって強固に再構築され、それは信仰によって揺るぎないものとなっていたが、上の建物自体が長らくそのままで、それゆえ行き交う人々にも蔑視されてきたものである。
これは、建設当時の、新品同様に輝いていた頃の建物に戻そうとか、そういう取り組みではない。
もはや以前のクオリティを遥かに超えてあまりある、あらゆる天候や災害に耐え、あらゆる来客に耐え、あらゆる攻撃や称賛を前提としてそれらに揺らがず耐え、例え暗い日が続いたとしても灯りに事欠かず、何があってもホームとしての機能を失わない、そういう建物の設計と建設を行わなければいけない。
すべてを一から、造り直す。
そのホームの真ん中に座り、かつてそのホームに共に住んだ人々を思い返す。
限られた、そしてあまりにも深くまで相互に作用した人間関係。
洗濯。掃除。家事。裁縫。
それは家の中で完結することばかりだった。
わたしは、もともと、そのことばかりを与えられていた。
ほとんどボロくさい枠組みしか残っていないようなその空間で、
わたしは座り込んで、今のホームには、勉強と、仕事、そして趣味のようなものが一切、
反映されていない…
そのことを考えていた。
色彩と装飾に欠け、
生活感しかないのに、
むしろ生活感を失っている、白塗りの空間。
神様との和解に伴って、明るさの中に存在しているものの、決してあたたかみはなく、それは曇りの日のような、ややひんやりとした分厚い雲を通して間接的に届く陽光のようなものだった。
わたしは、わたしの文章に対する理解や、知識、勉強により得たもの、すべて、考えることに付随すること、その結実や、人生の色彩への興味、それらを
信仰と同時に、ホームから放り出して処分していた。
でも今は、かつて狂ったように悔い改めに泣きながら、すべての苦しみや痛みの元凶として、向かいの海に投げ捨てていった、その要素を、ひとつずつ思い出し、取り入れて、今のホームを取り壊し、そして再建しようとしている。
わたしの快適なホームには、それらの要素が、きっと必要だった。
どんなに親に嫌われようが、他人に嫉妬されようが、男性に煙たがれようが、女性に利用されようが、
これから築く堅牢なホームがあれば、きっとわたしは大丈夫のはずだった。
わたしはこれから、その新しいホームの建設を、行なっていく。
神様への信仰と忠義に厚い、新しいわたしを、
何より大切で愛おしい、産まれたばかりのわたしを、
わたしの心と身体を、この厳しい地上の生活において、
守ってくれる、ホーム。
新しいわたしのためには、
新しいホームが必要なのである。
その建設が済んだら、そこはきっと私だけでなく、
誰か他の人が憩える場所もゆうに備えている、
快適で誰もが羨む空間になるだろう。
なぜなら神様がわたしに与えてくださった土地はとても広い。
わたしは、他の人より、大きめのホームを建てることが、できるのである。
だからきっと、わたしだけに与えられる役割が、いつかきっと、あらわれる。
特別な、役割が。
みんなは一人のために。
一人はみんなのために。
イエス=キリスト様が地上の生涯をそのように辿られたように、
わたしもそのような生涯をきっと、この先歩むらしかった。
だから今は、地上の肉体の死を迎えるまでの間に、
その使命に耐えるホームの建設を、
何年かかっても、
丁寧に、慎重にあらゆる確認を怠らずに、
たくさんの人の協力を得ながら、
行う必要があるらしかった。
それが今、わたしが一番に見据えるべき
次なる個人的課題らしかった。
わたしは信仰者です。イエス様に出会って救われ、聖書を読んでいます。
今回書くにあたり、目についた聖書箇所を記しておきます。
マタイ筆・福音書7章ERV 訳 ー 読みやすい聖書 ー
24:「わたしのことばを聞いて実行する人は、岩を土台にして家を建てた賢い人だ。
25:大雨が降り、洪水や嵐が打ちつけようとも岩を土台にしたおかげで崩れはしない。
26:反対にわたしのことばを聞いても実行しない人は、砂の上に家を建てるような愚か者おろかものだ。
27:大雨が降り、洪水や嵐に打ちつけられると、いとも簡単に崩れ落ちて木端微塵こっぱみじんとなる」
28:イエスが教え終えると・・・人々は、イエスの教えの素晴らしさにあっけに取られていた。
29:掟おきての教師たちとは違い、まるで権威を持つ者のように話したからであった」
アーメン。




