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第二話 最悪の救世主

 聖人、聖女が居なくなった人界では、再び魔物氾濫(スタンピード)が発生し、根本的な対処をせまられていた。


 そこで、浮かび上がったのが、勇者召喚だった。


 そして勇者召喚に成功したプロト帝国が、真っ先に隣国であるオーエス国へ向けて侵攻を開始したのは、誰の目から見ても自明の理であった。


 かつて帝国は全戦力を注ぎ込んでオーエス国へ進軍し、あまつさえ内部協力者であったコボル辺境伯と手を取り合って王都まで迫りながらも、最後は全滅という悲惨な末路を辿っている。


 文字通り一兵に至るまで全滅させられた苦い記憶が、帝国には深く刻み込まれていたのだ。


 そして今、真の威光を取り戻したと過信したプロト帝国が、その牙を再びオーエス国へ向けるのに時間はかからなかった。


 帝国は事もあろうに、オーエス国の元国王であるセマフォ王を暗殺して帝国へ亡命していたパケ・ロット伯爵を先頭に立たせ、召喚された偽勇者サムを従えてオーエス国への侵攻を開始したのだった。


 オーエス国の現女王セラは、報せを受けるや直ちに全軍へ反撃体制を命じた。


 Sクラスの実力者を多数抱えるオーエス国軍は、開戦当初こそ圧倒的な技術と練度で帝国軍を押し返していた。


 しかし──勇者サムが直接前線へと降り立った瞬間、戦況は一変した。


 武芸や魔術の技量そのものは、明らかにオーエス国のSクラスの猛者たちの方が上だった。


 だが、サムが宿す不滅の無限再生の能力の前に、彼らが放つ渾身の攻撃も、負わせた致命的な傷も、すべてその場で瞬時に何事もなかったかのように修復されてしまう。


 どれほど攻撃を叩き込んでも立ち上がってくる怪物に対し、オーエス国陣営には次第に深い疲労感と絶望的な徒労感が漂い始めていた。


 前線から凄惨な伝令が、血相を変えて上官へと報告される。


「駄目です! 勇者サムに致命傷を与えることには成功しましたが、その場で即座に傷が再生され、一切の攻撃が無効化されます! さらに敵は帝級魔法による無差別な広域攻撃を展開……一般市民にも莫大な被害が出ています!」


「くそっ! こんな時に、ルーカス様がいてくだされば……!」


「へえ、ルーカスがいてくれれば、なんだって?」


「な……貴様、勇者サム!? いつの間にここまで──」


「前線の雑魚どもはパケ・ロットの野郎に押し付けて、転移で直々に乗り込んできたのさ。……さて、お前らもあいつらの後を追うといい!」


 サムは下卑た笑みを浮かべると、己を中心にして極大熱量魔術『プロミネンス』を無造作に撒き散らした。


 城下町のあちこちから、凄絶な悲鳴と断末魔が巻き起こる。


「いいねえ、プロミネンスとかいうこの魔法。灼かれて悶え苦しむ悲鳴の響きが最高に心地いいぜ。他の魔法じゃあ悲鳴を上げる間もなく、あっさり死んじまうからな」


 逃げ惑う人々の叫びと地獄絵図に狂喜しながら、サムはさらに奥へと歩を進めていく。


「しかしどいつもこいつも、ルーカス、ルーカスと……いい加減うんざりしてきたぜ。どこに逃げ隠れやがった、そのルーカスとかいう奴は。早く面を出しに来ねえと、貴様の愛する妻をじっくり甚ぶって蹂躙してやるだけだ」


 プロト帝国をはじめとする人界の諸外国は、未だ知らなかった。


 ルーカスがすでに愚かな人族の住まう人界に見切りをつけ、魔界へと移住していたという事実を。


 ゆえに彼らは、ルーカスが今もなおオーエス国のどこかに潜伏していると信じ込んでいたのである。


 ◆


 その頃、騒乱の渦中にあるオーエス国の王城深くでは──。


「セラの名において命じます。宝物庫に眠る超古代の文献を、今すぐすべて火にくべなさい!」


「せ、セラ女王様!? なぜそのようなことを……! あれらには、我が国が誇る貴重な超古代の智恵と秘術が記されているのですよ!?」


「だからこそです! あれがプロト帝国の手に渡れば、今以上の地獄が世界に解き放たれてしまうでしょう……! 戸惑っている暇はありません、勇者サムがこの本陣に到達する前に、一冊残らず焼き捨てるのです! 心配はいりません……すべての文献の内容は、あのルーカス殿がすでに解読し、記憶と独自の記録に残してくださっています。それよりも、これ以上の悲劇を防ぐことが最優先です!」


「は……ははっ!!」


 こうして、超古代の貴重な文献は、かつてルーカスが秘かに複製し、異空間の保管庫(ストレージ)へと納めた分を残し、人界の地から永遠に姿を消すこととなったのだった。


 ◆


「チッ、パケ・ロットの野郎、何を手間取っていやがる? 俺は勝手に先へ行かせてもらうぜ」


 悲鳴が止み、静まり返った瓦礫の街並みで、勇者サムが進路を広場へと向けた。


 その時、倒壊した建物の陰に震えながら身を潜めている母娘の姿が、彼の目に入った。


「ヒヒッ……これはいい。行きがけの駄賃に、たっぷり味見させてもらうとするか」


 サムは下劣な笑みを浮かべ、助けを求める母娘へと襲いかかった。


 ひとしきり欲望のままに尊厳を踏みにじり、虐げた後、彼は冷酷に二人の首を跳ね飛ばして命を奪った。


「ハッ! オーエス国の女どもの味は格別だなあ。待ってろよルーカス……貴様の妻だというルビィとかいう女も、まったく同じ目に遭わせてやるからよ!」


 そこへ、遅れて軍を率いてきたパケ・ロット伯爵が合流した。


「先行していたと思えば、このような場所で何をしているのだ!?」


「遅えんだよ、パケ・ロット! 貴様を待っている間にいい上玉を見つけたんでな。ちょっと遊んでいただけだ」


 パケ・ロットが視線を向けると、そこには物言わぬ首のない二体の骸が転がっていた。


「なかなか美味だったぜ。平民でこれなら、王宮にいる貴族の女どもはどれほど美味いことやら」


「いい加減にしろ、愚か者が! 最優先の目的を忘れたか! 我らが侵攻した最大の狙いは、オーエス国が独占している超古代文献の奪取と、それを読解できる学者たちの確保だ! 超古代の失われた大魔導や神聖術を手に入れれば、貴様とて今以上に暴れ回れるのだぞ!」


「ヘッ! そいつは楽しみだな! 読解だの何だの面倒な作業は全部お前に任せるから、俺にはその凶悪な術式だけを寄こせばそれでいい」


 ◆


 一方、オーエス国王女セラは、城門前までプロト帝国の魔手が迫っていることを察知すると、超古代文献の解読に携わっていた学者や技術者たちを集め、王家のみが知る密道へと集めていた。


 彼女は彼ら一人ひとりに、秘蔵の毒薬を手渡していく。


「もし……プロト帝国の手に落ちそうになった時は、迷わずこの毒を仰ぎ、自ら命を絶ちなさい」


「せ、セラ女王様……! 我らはどこへ逃げ延びればよいのですか!?」


「魔界……魔界へ行きなさい。そして、ルーカス卿の庇護を受けるのです」


「しかし、魔界は強固な境界によって遮断されています! 門を開く術がなければ到達できません!」


「超古代の文献の中に、次元の門を開く術式が記されてはいませんでしたか?」


「記載自体はございました! ですが、術式は未完成です……もし失敗すれば、我らは次元の狭間へと呑まれ──」


「どのみち、プロト帝国に捕まればあなた方に待っているのは生きてはおられない地獄です。その知識を絞り出すため、ありとあらゆる残酷な手段を投じてくるでしょう。……どちらが果たすべき道か、お分かりですね?」


「……承知いたしました。では、一足お先に向かわせていただきます。セラ女王様は、いかにされるのですか!?」


「私は、最後のひとりが逃げ延びるまで……ここで敵を食い止め、時間を稼ぎます。世界の未来のために、あなた方は生きて逃げなさい!」


「ははっ……!!」


 ◆


 その頃、勇者サムとパケ・ロット伯爵は、ついにオーエス国城門の前へと到達していた。


「ここが城門か。以前、我が軍が全滅したという場所だな」


「ああ、気を引き締めろ。噂によれば、たった二人の規格外によって我が全軍が潰されたという。眉唾物ではあるがな」


「ふん、まあいい。それよりあそこを見ろ……火の手が上がっているぞ」


 サムが指さした先を見上げ、パケ・ロットの顔色が瞬時に蒼白へと変わった。


「まずい……あそこは王国の宝物庫だ! 目当ての超古代文献がすべて納められている場所ぞ! 奴ら、勝ち目がないと悟って文献の破棄を始めたのだ!」


「なら急ぐぞ! 目当ての魔導書がすべて灰になる前に、城門を破って力ずくで落とす!」


 ◆


 城内では、緊迫した報告がセラのもとへと届いていた。


「セラ女王様! ご指示通り、超古代の魔導書から順に火にくべさせました! 六冊すべてが完全に焼け落ち、灰となったことを確認いたしました!」


「よくやってくれました。城門内の防衛配置は完了していますね?」


「はい! 隙なく兵を配置しております! 敵が城内へ雪崩れ込んだ瞬間、ありったけの一斉攻撃を叩き込みます!」


「よろしい……」


(ルーカス卿……あとの未来は、あなたに託します)


 セラは静かに心の中で祈りを捧げると、隠し持っていた即効性の毒薬をそっと握りしめた。


 ◆


「……嫌な予感がするな」


「どうした、パケ・ロット伯爵。今さら怯気づいたのか?」


「……フン、好きに言え」


「なら俺が先陣を切る。臆病者は後ろから指を咥えてついてくるといい!」


 サムはニヤリと笑うと、極大雷撃魔術『エクストラ・ライトニング・ボルト』を放ち、分厚い城門を一撃で粉砕した。


「一番乗りだぜぇッ!!」


 開かれた城門へ威勢よく飛び込んだサムへ、待ち構えていた防衛部隊から聖級、帝級をはじめとするあらゆる広域攻撃魔法が一斉に叩きつけられた。


 凄まじい衝撃波と土煙が舞い上がり、視界が完全に遮られたところで、攻撃の手が止まる。


 風が吹き抜け、土煙が晴れた先には──四肢が激しく吹き飛び、頭部を完膚なきまでに潰されたサムの無惨な死体が転がっていた。


「やった……! 倒したぞ!!」


 兵士たちから歓喜の叫びが沸き上がる。


 だが次の瞬間──転がっていた肉塊から、眩いばかりの光が放たれた。


 吹き飛んだ四肢が生き物のように引き寄せられ、潰れていた頭部が超高速度で肉体を再構築していく。


「やれやれ……この程度の一斉攻撃で、俺が潰せると思ったかよ? 『プロミネンス』!!」


 瞬時に完璧な姿へと戻ったサムは、高笑いを上げながら極大熱量魔術を四方へと撒き散らした。


 その灼熱の渦を掻い潜り、左右から影が肉薄する。


 右からブルーノ、バースト、バフロ。


 左からドッス、ログア、グリッチ、バグズ。


 かつて王立アルテア貴族学院のSクラスに名を連ねた若き猛者たちが、味方の射線を掻い潜り、極限の連携でサムの至近距離へと肉薄していた。


 大剣を構えたドッスが、目にも留まらぬ神速で刃を旋回させる。


「どれほど再生しようと、微塵に刻まれれば戻れまい! 『飽和する千の絶撃』!!」


 絶技が解き放たれ、サムの肉体は一瞬で数千の肉片へと細切れに切り刻まれた。


 だが──再びまばゆい閃光がその肉片を包み込む。


 飛び散った肉片の一つひとつが意思を持つかのように蠢き、急速に結合して、再び完璧な一人の男の形へと戻っていく。


「ヒャッハー! 一瞬マジで死んだかと思ったぜ!」


「な……なんだ、この化け物は……!?」


「最高の誉め言葉として受け取っておくぜ! じゃあな、あばよ!!」


 サムは凶悪な笑みを浮かべると、至近距離から極大熱量魔術『プロミネンス』を爆発させた。


 肉薄していたSクラスの七人は、抗う術もなく灼熱の奔流に呑み込まれ、一瞬にして姿を消した。


 一拍置いて、その炎は城内に展開していた兵士たちへも猛烈な勢いで飛び火していく。


 城内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化す中、サムは何の妨害を受けることもなく、悠々とセラ女王の待つ謁見の間へと進んでいった。


 一方、パケ・ロット伯爵はプロト帝国の兵を率い、一直線に宝物庫へと雪崩れ込んでいた。


 だが、そこで彼らが目にしたのは──すべての貴重な文献が完全に灰と化し、煙を上げる無惨な残滓だけであった。


 ◆


 謁見の間の重厚な扉が叩き割られ、サムが歩み込んでくる。


 玉座の前で凛と佇むセラ女王と視線を合わせると、サムは不機嫌そうに吐き捨てた。


「おい、ルーカスとかいう奴はどこへ消えた? それとも、恐怖でとっくに死んじまったか?」


「……ルーカス卿は、ここにはおられません」


「ああん? じゃあどこへ行ったんだよ!」


「あなたのような下劣な者に教える義理など、一切ありません」


「チッ……なら、その体に直接尋ねてやるとするか。少し可愛がってやれば、嫌でも素直に吐くだろうよ?」


「──そうはさせません」


 セラは静かに言い放つと、手にしていた極毒の薬を迷わず煽った。


「……あなたの思い通りには、決してさせません……」


 命の光を失い、崩れ落ちるセラ女王。


 その瞬間、遅れて謁見の間へ飛び込んできたパケ・ロット伯爵が目にしたのは──息絶えたセラ女王の遺体に対し、欲望のままに手を伸ばすサムの醜悪な姿であった。


「……死者の尊厳すら奪うというのか、貴様は」


「ハッ! 結構楽しいぜ? お前も混ざるか?」


「……断る」


 こうして、かつてルーカスたちが守り抜いたオーエス国は、たった一夜にして完全に滅亡した。


 そしてその残酷な報せは、瞬く間に人界全土へと伝播し、諸外国の足並みを致命的なまでに乱していくのだった。

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