第九話 中級魔術・神聖術の特訓
ルーカスは、一時中断していた中級魔法および中級神聖術の発動訓練を再開することにした。
魔術コードの最適化はすでに完了している。
あとは、この二歳児の貧弱な肉体で、どれだけスムーズに魔力を循環・制御できるかというリソース管理の段階だ。
(待てよ。昨日発見した減衰コードの“Λ(ラムダ)”と倍率コードの“Φ(ファイ)”の変数をうまく弄れば、出力を極小に抑えて、この狭い裏庭でも上級魔法のシミュレーションができるんじゃないか? ……いや、ダメだな。威力を落としたデチューン版の数式で制御に慣れても、本番環境の超高負荷な魔力循環に肉体が耐えられなきゃ意味がない)
目先のショートカットに逃げず、地道なストレステストで肉体を作っていくのがエンジニアの基本だ。
ルーカスはそう思い直すと、実直に基礎訓練へ取り組むことにした。
まずは、手元に魔力オブジェクトを固定する『ウォーターランス(水槍)』や『ウォーターソード(水剣)』といった近接構造体の形成からだ。
最初は、手元から撃ち出す『ウォータージャベリン』などの飛翔系魔法に挑んだのだが、体外に放出した瞬間に魔法の維持コードが切れて霧散してしまった。
そのため、まずは自らの肉体と直接リンクしたまま制御できる近接系に作業を絞ったのだ。
体内の魔力パスをスムーズに循環させ、右手に『ウォーターランス』の形状を維持する。
当然、最初からうまくはいかない。
水流の圧力バランスが崩れては、何度も手元でバシャリと弾けた。
だが──俺のエンジニア魂(やる気)に完全に火がついた。
最初から一発で通るコードなんて面白くない。
課題が出れば出るほど、それを潰した時の脳汁が美味いのだ。
ルーカスは根っからのエンジニア思考の持ち主だった。
◆
それから数週間におよぶ裏庭での反復訓練の末、ようやくランス系の形状維持が安定した。
続いて、応用編として『ウォーターソード』の形成を試みる。
──すると、こちらは驚くほどあっさりと一発で生成に成功してしまった。
(あ、よく考えたら、ソード系よりもランス系の方がパーツ(立体)のデータが大きくて魔力の消費レートも高いじゃん。修行の順番を完全に間違えたな……)
難易度の高い魔法から手をつけてしまっていたようだ。
通常なら、容量の軽いソード系から始めてランス系へとステップアップしていくのが定石だったらしい。
だが、この失敗もまた貴重なデータだ。
近接系の制御を完全にモノにした俺は、満を持して、先ほど失敗した飛翔系の『ストーンジャベリン』を再び試してみることにした。
しかし──やはり、指先から離れた瞬間に魔力の結合が解け、ただの砂粒となって崩れ落ちてしまう。
(おかしいな。初級魔法の『ストーン・バレット(石弾)』や『アロー(石矢)』は問題なく飛んでいくのに、なぜ中級の『ジャベリン』や『ボール』は肉体から離れた瞬間に魔法の伝達が切れるんだ?)
原因を究明するため、俺はあえて出力を落とした初級魔法の『ストーン・バレット』を、超スローモーションで放ってみた。
そして、その発動の瞬間をじっと注視したとき、驚くべきものが見えた。
(……あ。俺の指先から、バレットのケツに向けて、陽炎のような細い『魔力の糸』が伸びてる!?)
今まで気付かなかったのが不思議なほど、明確なラインだった。
俺はハッと息を呑んだ。
(そうか! 異世界の飛翔系魔法って、完全に自律して飛んでいく『無線(Wi-Fi)通信』じゃなかったんだ! 放出された後も、術者の指先から伸びる魔力の導線を通じて制御信号を送り続ける『有線(LANケーブル)接続』だったのか!)
無線だと思い込んでいたから、手元を離れた瞬間にパケット(魔力)の供給をストップしてしまい、結果として接続切れを起こしていたのだ。
構造を理解した俺は、今度は指先からの『有線コード』の接続を強く意識し、中級の『ストーンジャベリン』を射出してみた。
──シュルルルッ!
石の長槍は、俺が脳内で設定した通りの放物線(軌道)を描いて鋭く飛び、裏庭の標的に正確に突き刺さった。
(ビンゴ! あの紐みたいな魔力導線は、飛翔系魔法に継続的な魔力循環と軌道修正の制御信号を送るための回路だったわけだ!)
しかし、妙だな。
初級魔法を最適化した際、あんな冗長なコードは不要だと思ってすべて削除したはずなのに。
疑問に思い、脳内に関数を展開して詳細なソースコードのDIFF(差分比較)を確認してみると──驚いたことに、その「導線接続コード」は削除されずにしっかりと残っていた。
(おかしいな、テストは完璧だと思っていたのに、見落としていたのか……。いや、待てよ。もしあの時、この導線コードまで綺麗に消し去っていたら、俺は初級魔法すら完全に撃てなくなっていたはずだぞ?)
まさに怪我の功名、あるいはユニークスキル『賢者の叡智』による自動的なセーフティ機能が働いたのかもしれない。
それにしても、あの魔力の紐が急に見えるようになったのはなぜだ?
俺はステータス画面を開き、何らかのパッシブスキルが新規実装されていないかチェックすることにした。
◆
【ステータス(βテスト版:Ver 0.7)】
種族: ■■■■■■■■・■■
練度: G
名前: ルーカス・マギナ
性別: 男
職業: 賢者・魔導師・陰陽師・退魔師・武闘家
ステータスランク: 【知力:B】 【力:H】 【魔力:∞】 【神聖力:∞】 【神通力:∞】 【体力:H】 【器用:I】 【素早さ:I】 【運:SSS】
【スキル】
生活魔法:◎ / 下級魔法:◎ / 中級魔法:○(Up!) / 上級魔法:× / 下級神聖術:◎ / 中級神聖術:△ / 上級神聖術:×
【エクストラスキル】
ギャザーが集めし秘術:× / ストレージ / ラーニング / 無詠唱 / スキルコピー / 古代魔法:△ / 条件コンパイル:◎ / 魔力視:◎(New!)/ 地球の武術全般・陰陽術・退魔術・魔術◎
【ユニークスキル】
管理者(Root/※全言語理解及び会話マスタープラグイン内包) / ハッキング(※隠蔽中) / 賢者の叡智 / 魔導の深奥 / 陰陽道の極意 / 退魔の秘奥 / 地球の神々の寵愛
【称号】
賢者の卵 / 禁忌の淵を覗いた者 / 地球の術王・武王
◆
(なるほど、やっぱりか。『魔力視』のエクストラスキルが勝手に生えてやがる)
俺は画面上の『魔力視』のテキストを指でタップしてみた。
今回新しく実装したUI機能で、タップするとポップアップでスキルの詳細説明が出る仕様にしておいたのだ。
読み出されたテキストは以下の通り。
◆
【エクストラスキル:魔力視】
敵味方を問わず、飛翔系オブジェクトと術者を繋ぐ魔力・神聖力・神通力の導線を視覚化する。
これにより、敵の狙っている正確な射線(弾道予測)を事前に読み取ることが可能。
敵味方を問わず、スペル発動時の魔力循環を視覚化する。
これにより、敵が次にどの魔法・神聖術・神通力を発動しようとしているかを事前に確定できる(事前カウンターが可能)。
※常時有効(Enabled)に設定しておくと、精神の消費および深刻な眼精疲労(リソース枯渇)を引き起こすため、普段は無効(Disabled)にしておくことを強く推奨。
◆
(めちゃくちゃ強力なキャプチャツールじゃん。おっけー、じゃあ普段はDisabledにしておいて、戦闘時だけEnabledに切り替えよう)
そこまで考えて、俺は今回実装した“ステータス画面を空中ポップアップさせて手動でタップする”というUIの、致命的なシステム脆弱性に気づいてしまった。
(……待て。戦闘中にいちいち目の前の空中をペチペチタップしてたら、敵から見たら隙だらけだし、何より不審者すぎて戦術の意図が丸バレじゃねえか!)
小一時間ほど頭を抱えて悩んだ末、UI/UXの大幅な改修を行った。
手動タップを廃止し、見たい情報を頭に思い浮かべるだけでインライン展開される“思考トリガー型UI”へと変更。
さらに、視覚テキストだけでなく、脳内に直接インカムのように流れる「音声読み上げ機能」を実装することにした。
ちなみに、そのナビゲーション音声には、俺が前世の地球で熱狂的に推していた女性声優の一人の声を指定した。
音声の波形は、地球側のアカシックレコードから再度引っ張ってきたのだが──なぜか最近、地球のサーバーとの通信経路の応答速度が異常なほど速くなっているのが気にかかる。
この世界の管理神とは異なるアクセス権が開いているのか、それともローゲストのシステム管理自体がガバガバになってきているのかは不明だが、使えるものは使わせてもらう。
こうして、システムを『βテスト版:Ver 0.8』へとマイナーアップデート。
実戦の検証データが圧倒的に足りないため、正式リリースはまだまだ先になりそうだ。
ついでに、この『魔力視(Enabled)』の状態で、作成した鳥の式神を観察してみた。
結果を言うと、あらかじめ行動ルーチンを書き込んで放流した「自律式」の式神には、俺と繋がる神通力の導線は存在しなかった。
一方で、リアルタイムで視覚を同期している“監視・遠隔操作式”の式神には、俺の脳から太い導線が伸びていた。
(なるほどな。前世の地球でAI技術が爆発的に発展していたから、その概念が陰陽術の術式にも影響を与えてるんだ。AI化された完全自律型の式神なら、導線というセッションを切っても勝手に動いてくれるわけか)
そうなると、このステータス読み上げ機能も、ただの音声出力じゃなくて、俺の思考を先回りしてサポートしてくれる専用の自律型サポートAIに昇華させたくなる。
そのうち、ちゃんとした術式を組んで創り出すことにしよう。
(声は、今の推し声優ボイスのままでいいな。将来的にステータス案内システムとサポートAIを統合しよう)
そんな楽しい開発構想に胸を膨ませながら、中級魔法・神聖術の特訓をさらに重ねること一週間。
俺はついに、中級スペル全体の評価を『◎(完璧)』へと引き上げることに成功した。
(よし、残るは上級魔法か。三歳になるまでには、良くて『○(実用)』、悪くても『△(習得中)』のステータスに持っていきたいな。そうじゃないと、せっかく親父たちが用意してくれたギルド地下の廃棄ダンジョン(演習場)に連れて行ってもらう意味がないからな)
◆
そんな我が子の驚異的な成長を、母エルザはハラハラしつつも温かく見守っていた。
そしてその夜、夫ギャザーに弾んだ声で進捗を報告する。
「あなた! 聞いてちょうだい。ルーちゃんたら、もう中級魔法と神聖術の無詠唱発動を完全にマスターしたみたいよ。あの子、やっぱり本物の天才だわ!」
「なに……!? いや、最近ギルドの若手ブートキャンプにかかりきりでルーカスのことを放任してしまっていたが、まさか自力で中級を『◎』にするとは……天才という言葉すら生ぬるいな!」
「この調子なら、そのうち上級魔法だって一人で覚えちゃうんじゃないかしら?」
「だが、さすがに我が家の庭では、中級の出力が限界だ。上級以上の術式は時空や地形に影響が出るからな。やはり三歳になった頃を見計らって、例の廃棄ダンジョンへ連れて行って、実戦の負荷の中で習得させるべきだろう。まだ二歳半だ、あと半年は我慢してもらおう」
「そうね。なら、それまでにルーちゃんが座学だけでも進められるように、環境を整えてあげなきゃ。そういえば、あなたが昔、戦場で収集してきた平民魔法使いの術式なんかで、庭でも練習できそうな地味な魔法は他にないの?」
「いや、俺が持っているのは前線用の高火力な上級魔法ばかりだからな……。あの頃の戦場では、平民の魔法使いは使い捨ての火力砲台(捨て駒)扱いだったから、生き残るためにみんな必死で歪な高威力の術式ばかりを編み出していたんだよ」
「そうだったのね……。私は後方の衛生部隊だったから、あなたたち前線の過酷な事情をそこまでは知らなかったわ」
かつての戦場の生々しい過酷な環境を思い出しながら、二人は静かに昔話に花を咲かせるのだった。
◆
一方その頃、部屋の片隅に配置した式神経由で、その夫婦の会話をすべて盗み聞きしていたルーカスは、静かに思考を巡らせていた。
(やはり、現在の肉体制限(二歳の肉体)と環境制限(裏庭)じゃ、そのまま上級魔法をぶっ放すのは物理的に無理か。座学自体は親父から『スキルコピー』した時にデータとして脳内に入ってるから、あとは実戦特訓だけなんだけどな……。……よし、なら、あえて減衰コードの“Λ”を多用した『超縮小型・劣化版上級魔法』を構築して、脳内の仮想コンテナ(安全な術式内)で循環の感覚だけを慣らしていく方向で行こう。そのためには、まずは魔術コードの最適化が先だな)
そう結論づけると、心地よい知能疲労(脳のオーバーヒート)が襲い、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
翌朝から、ルーカスは部屋に引きこもり、書架の奥でホコリを被っていた年代物の『上級魔導書』を元に、ソースコードの解析と最適化を開始した。
これは、自分が以前に親父から実行した『スキルコピー』が、どれだけ正確にデータを模倣できているかを再検証する意味もあった。
今更そんな基本の確認をするなんて自分でも遅すぎたと思ったが、コピー元であるギャザーの知識に偏りや記憶違いがある可能性を考慮したからだ。
結論から言えば、データの整合性は百%完璧だった。
本物の魔導書の記述と、スキルコピーで入手した脳内データで内容のDIFF(差分比較)を取ってみたが、不一致は一文字すら存在しなかった。
(よし、親父の魔法はクリーンだな。整合性が保証されたなら、あとは叩くだけだ)
俺は上級魔法の美しくない冗長コードを片っ端から最適化しつつ、その術式のコアへ意図的に“Λ(リミッター)”の文字列を複数挿入。
威力を16分の1、さらに16分の1へと段階的にデチューンした『リミッター版・上級魔法』のプロトタイプを、粛々と構築していくのだった。
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