表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/38

第八話 下級魔法・神聖術の特訓と禁忌の淵

 先日の魔物氾濫スタンピードの一件以来、マギナ騎士爵領では、領内における冒険者の底上げ(戦力の底上げ)が急務の案件となった。


 これまでの田舎ギルドでは、引退間際のベテランから若手への技術伝承や指導は、積極的には行われてこなかった。


 理由はシンプルで、若手もある程度の腕前スペックになれば、より稼ぎの良い大貴族の領地へと移籍してしまうからだ。


 放っておいても、優秀な奴は自力でスキルを磨き、早々に村を去っていく。


 だが、今回の魔物氾濫スタンピードにより「有事の際に、領内に残っている若手の基礎体力が足りなすぎる」という致命的な課題が浮き彫りになった。


 毎回、正体不明の『精霊様(※俺の式神)』が都合よく助けてくれるわけではない、という大人の判断だ。


 そうしてギルド主導で若手育成のブートキャンプが始まったのだが──当然、ルーカスは「まだ言葉もおぼつかない赤ん坊」ということで、完全に蚊帳の外(仕様策定の対象外)だった。


 まあ、中身は二十九歳のオッサンだが、外見はまだ二歳児だ。


 相手にされなくて当然だと割り切り、俺は屋敷の裏庭にこもり、下級魔法と下級神聖術の『無詠唱発動』の訓練をひっそりと行っていた。


 現在の俺は、呪文の詠唱をスキップする詠唱破棄は完璧だが、完全な無詠唱のマスターには至っていなかった。


 そのため、自作ステータス画面の下級魔法/下級神聖術の欄も、評価が『○(実用レベル)』止まりになっていたのだ。


 一般的には同義にされがちだが、エンジニアの視点から言えば『詠唱破棄』と『無詠唱』は、システム的なアーキテクチャが根本から異なる。


 魔法をプログラムに例えるなら──


 詠唱破棄は、システムに登録済みの「完成された固定関数オブジェクト」を呼び出し、引数パラメータとして威力だけを設定して実行する技術。


 あらかじめ定義された威力のパラメータしかいじれない。


 無詠唱は、頭の中で「関数そのものをリアルタイムに再定義(動きながらコーディング)」して呼び出す技術。


 威力だけでなく、弾道のスピード、有効範囲、軌道の曲がり具合といったあらゆる変数(引数)を、戦闘中の状況に合わせて自在にカスタマイズ(再構築)できる。


 詠唱破棄型と無詠唱型が戦った場合、無詠唱側の関数構築スピードが詠唱破棄の固定呼び出しを上回れば、無詠唱側が圧倒的に勝つ。


 だが、構築速度が遅ければ、一方的にスピード負けして初撃を喰らう。


 そして無詠唱同士のドッグファイトになれば、純粋な構築速度と、魔力循環・制御といった基礎体力の勝負になる。


 緻密な魔力制御がなければスペルが暴発し、スムーズな魔力循環がなければ関数へのエネルギー供給が追いつかずにフリーズする。


 現状の俺は、まだ詠唱破棄の固定呼び出し速度に、無詠唱の速度が追いついていなかった。


 だからこそ、実戦で使えるレベルまで特訓してモノにする必要があったのだ。


 なぜそこまで無詠唱にこだわるのか。


 それは、敵に次に何の魔法を使うかの予兆を絶対に悟らせないためだ。


 詠唱破棄は呪文こそ省略できるが、発動の瞬間に『ファイア・バレット!』といった起動キーワード(コマンド名)を口に出さなければならない。


 これでは、敏腕の魔法職が相手なら、瞬時に水属性の防御壁を展開されて相殺されてしまう。


 しかし、完全な無詠唱なら、無言のまま炎の弾丸を射出できる。


 敵はどの属性の防御結界を張るべきか迷い、致命的な処理遅延ラグが生まれるのだ。


 それに何より、今の俺はまだ幼児特有の滑舌の悪さのせいで発音が覚束ない。


 無口な無詠唱の方が、圧倒的に体との相性が良かった。


(──よし、この記述を短縮して、魔力パスを直接コアに直結させて……実行!)


 それから二ヶ月ほど裏庭で特訓を繰り返した成果により、俺はついに下級魔法・神聖術の『無詠唱』を完全にマスターした。


 ステータス画面の評価も、文句なしの『◎(完璧)』へと昇格する。


 もちろん、これらの下級魔法はすべて俺自身の手で最適化済みだ。


 通常の魔法に比べて燃費も発動速度も格段に上。


 最適化のロジックには、地球のデータベースから得た陰陽術の式を参考に組み込んである。


 ルーカス以外の人間が使おうとしても簡単に実行出来ない、開発者秘伝の魔術コード(秘伝のタレ)状態であったが、当の本人はそんなこととは露知らず、実行速度が上がったぞと嬉々として喜んでいた。


 ◆


 一方その頃、母エルザは、そんな我が子の姿を陰ながら全力で応援していた。


 ……まあ、悲しいかな、ここは所遣の貧乏騎士爵の屋敷の裏庭だ。


 リビングの窓から特訓の様子が百%丸見えだという事実を、開発(特訓)に没頭していたルーカスは完全に失念していた。


 その日の夜。


 エルザは寝室で、ギャザーに昼間のルーカスの進捗を報告していた。


「ねぇあなた、ルーちゃん、もう下級魔法と神聖術を完璧に無詠唱で使いこなしているわよ」


「ほう! もう下級を完全にマスターしたのか。さすがは『賢者の卵』の称号持ちだな、末恐ろしい……」


「明日はもう『中級魔法』の解析に取り掛かるみたい。お昼間に、書架から分厚い魔導書グリモワールと聖典をうきうきで引きずり回して部屋に持っていったわ」


「ううむ……中級、そしていずれ上級魔法ともなれば、さすがに屋敷の裏庭で暴発されたら家が吹き飛ぶな。そろそろ、あいつが全力で実戦訓練を行える場所が必要か」


「でも、そんな都合の良い演習場なんて、この領地にある?」


「……あるさ。冒険者ギルドの地下深くに広がっている『廃棄ダンジョン』だ。大昔にダンジョンマスターが討伐され、広大なボスフロアがもぬけの殻になっている。あそこなら、どれだけ高火力をぶっ放しても地上には響かない」


「野生化したはぐれ魔物に、ルーちゃんが襲われる危険性は?」


「それなら大丈夫だ。幸い、ギルドが始めた若手冒険者のブートキャンプの一環として、そこの間引きを近々行う予定だからな。ルーカスが中級魔法をモノにする頃には、現地は完全な安全地帯セーフエリアになっているはずだ」


「なら安心ね。パパがついていれば大丈夫ね」


 ◆


 ──翌朝、隣の部屋から漏れ聞こえていた両親の会話を、地獄耳で全て盗み聞きしていたルーカスは焦っていた。


(おいおいおい! 若手冒険者に魔物を全部駆除されたら、俺が実戦テストで稼ぐはずの経験値リソースと取り分がなくなっちまうじゃねえか! どうにか駆除が完了する前に、中級魔法を爆速でマスターしてダンジョンに入らなきゃ!)


 朝食を秒でかきこんだ俺は、部屋に引きこもってベッドの上に魔導書を広げた。


(初級魔法は『バレット(弾丸)』や『アロー(矢)』といった単発の低負荷コードが中心だったが、中級からは『ソード(剣)』や『ランス(槍)』といった構造体の大きな魔力オブジェクトの形成が必要になる。


 出力の大きい魔力循環と制御に、この二歳の肉体が耐えられるか不安だが……やるしかない)


 そう決意し、俺は中級魔法と神聖術のコードの解析を開始した。


 しかし、ページをめくってコードを読み進めるうちに、俺のエンジニアとしての直感が奇妙な違和感を捉えた。


(……待てよ。これ、ランクが上がるにつれて、不自然で冗長なバグコード(ゴミ文字列)が多く混ざってないか?)


 特に意味不明だったのが、スペルの節々に一文字ずつ挿入されている“Λ(ラムダ)” という未知の記号だった。


 ローゲストの現代魔法や神聖術は、神話時代の『古代魔法エンシェント』をベースに、後世の人間が肉付けして作ったものだという。


 気になった俺は、書架にある数少ない、掠れた古代魔法の断片が記された文献を丁寧に読解してみた。


 すると、古ければ古い文献ほど、この“Λ”という記号が入っていないことが判明した。


 ちなみに、昨日マスターした初級魔法のコードにも、よく見ると目立たない位置に一文字だけ“Λ”が紛れ込んでいた。


(もし、この文字列自体が、後世の何者かによって仕込まれたもの、あるいは意図的なリミッターだとしたら……?)


 実験(検証)だ。


 俺は初級魔法『ファイア・バレット』の関数から、不審な“Λ”のコードを綺麗に削除し、裏庭に向かって無詠唱で術式を実行してみた。


 ──ズガァァァァァンッッ!!!


 ただの初級の火弾のはずが、大口径の対物ライフルでもぶち込んだかのような激しい爆音と爆風が巻き起こり、裏庭の頑丈な的が木端微塵に消し飛んだ。


(……うわ、威力がざっと十六倍に跳ね上がったぞ。やっぱりこれ、魔法の出力を無理やり減衰させるための『リミッターコード』だったんだな!)


 興奮しながらさらに古代文献を解析すると、今度は現代魔法の全属性のコードに必ず一文字だけ含まれている“Φ(ファイ)” という別の共通文字列を発見した。


 試しに、今度は“Λ(リミッター)”を削除した状態のまま、さらに“Φ” 文字列も削除して、同じようにファイア・バレットを放ってみる。


 シュパッ。


 今度は、現代魔法の八倍程度の小規模な威力に落ち着いた。


(なるほどな! “Φ”は、魔法の出力を二倍に乗算する『マルチプライヤーコード』だったわけか。つまり、現代の魔法っていうのは、【本来の古代魔法からΦで出力を2倍にする代わりに、Λという超強力な減衰をして、トータルで人間が扱えるレベルまで牙を抜いた劣化版システム】ってことか!)


 恐るべき世界の本質に辿り着いてしまった。


 だが、我が家のしがない書架のラインナップでは、誰が、何のためにこのリミッターを全人類の魔導書に仕込んだのかまでは出てこなかった。


(天界の管理神たちのシステムにアクセスしてログを洗ってみるか? ……いや、ダメだ。今そんなデカいアクセスをしたら、せっかく終了した常駐監視が再始動して一発で処理されるリスクがある)


 これ以上の深追いは危険(危険な脆弱性)と判断し、この世界の魔法の根本的な謎に関する調査は、五歳になって大都市の学校にある大図書館にアクセスできるようになるまで一時封印することに決めた。


 とりあえず、今後の訓練用として「ΛとΦのパッチの有り・無し」を切り替えられるスイッチ(条件分岐)を術式に組み込み、中級魔法の検証を再開した。


 一通りの検証作業を終え、汗を拭いながら何気なくステータス画面を呼び出した俺は、その実行結果画面を見て文字通り硬直した。


 ◆

【ステータス(βテスト版:Ver 0.6)】

 種族: ■■■■■■■■・■■

 練度レベル: G(Up!)

 名前: ルーカス・マギナ

 性別: 男

 職業: 賢者・魔導師・陰陽師・退魔師・武闘家

 ステータスランク: 【知力:B(Up!)】 【力:H】 【魔力:∞】 【神聖力:∞】 【神通力:∞】 【体力:H】 【器用:I】 【素早さ:I】 【運:SSS】

【スキル】

 生活魔法:◎ / 下級魔法:◎(Up!) / 中級魔法:△ / 上級魔法:× / 下級神聖術:◎(Up!) / 中級神聖術:△ / 上級神聖術:×

【エクストラスキル】

 ギャザーが集めし秘術:× / ストレージ / ラーニング / 無詠唱 / スキルコピー / 古代魔法:△(New!) / 条件分岐:◎(New!) / 地球の武術全般・陰陽術・退魔術・魔術◎

【ユニークスキル】

 管理者(Root/※全言語理解及び会話マスタープラグイン内包) / ハッキング(※隠蔽中) / 賢者の叡智 / 魔導の深奥 / 陰陽道の極意 / 退魔の秘奥 / 地球の神々の寵愛

【称号】

 賢者の卵 / 禁忌の淵を覗いた者(New!) / 地球の術王・武王

 ◆


 エクストラスキル欄に、自力でコードを解析した結果である『古代魔法:△』と、リミッターの切り替えスイッチである『条件分岐:◎』が新規実装されていた。


 それだけではない。


 称号欄には、見るからに不穏な『禁忌の淵を覗いた者』の文字。


 さらに、内部的な『練度レベル』が、Hから一気に『G』へと強制アップデートされていたのだ。


(おいおいおい……! 練度がワープしたぞ!? 前世のMMORPGのブルスクで言えば、一瞬でレベルが百くらい爆上がりした計算だぞこれ!)


 これで、この前両親を全滅させかけたあのゴブリンジェネラル(脅威度G)と、スペックだけなら同等に並んだわけか……!


 世界のシステムが隠蔽していたリミッターの存在に気付き、それを自力で書き換て通したことに対する、莫大な実績経験値が入ったのだろう。


(……最高じゃねえか。リバースエンジニアリング、これが俺のこの世界でのライフワークになりそうだな)


 ルーカスは不敵に唇を吊り上げた。


 この日、二歳児の幼きルーカスにとって、この検証は決して忘れられない一日となり、同時に、彼がローゲストの常識から完全に逸脱した『人外の領域』への第一歩を力強く踏みしめた瞬間でもあった。


 若手たちのブートキャンプが始まる前に、俺が先に裏口から潜入して、全ての魔物リソースをゲットしてやる。


 二歳のルーカスは、中級魔法の完全コードを脳内で走らせながら、まだ見ぬ廃棄ダンジョンに向けて邪悪に笑うのだった。

【 読者の皆様へお願い 】

もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

下記の【ブックマーク登録】や、

評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、

毎日の執筆の大きな大きな励みになります!いただいた星とブクマの数が、

物語を完結まで引っ張る原動力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ