第七話 魔物氾濫(スタンピード)とアミュレット(護符)
原始の森へと出発する両親に向けて、俺は小さな手で、手作りの不格好なお守り(アミュレット)を差し出した。
布袋の中身は、地球のデータベースから入手した陰陽術で作成した『身代わりの呪符』、および自動発動型の『多層防御障壁の護符』だ。
だが、そんな内部仕様を知る由もない二人は、二歳の子供が作った不揃いな縫い目のお守りを、まるで世界一の宝物であるかのように愛おしそうに受け取ってくれた。
「ありがとうな、ルーカス。これを胸に、お前たちを絶対守って帰ってくるからな」
ギャザーとエルザはそう言って、頼もしく微笑みながら原始の森へと進軍していった。
両親のメインジョブは、後衛の魔導師と神官だ。
定石通りなら、前線の盾の陰に隠れるポジションなので、そう簡単に危険な目には遭わないはずだった。
だが──俺の第六感が、執拗に嫌な予感を告げていた。
(もし後背を突かれたら? 魔物氾濫の規模が想定以上だったら?)
不安に駆られた俺は、隣に立つ使用人さんのエプロンをぎゅっと握りしめた。
「坊ちゃま、大丈夫ですよ。旦那様も奥様も歴戦の勇士なのですから。中央の安全地帯からふんぞり返って指示を出すだけの無能な上位貴族様とは違います。だから心配しなさんな」
優しい声で慰められたが、心配なものは心配だ。
自室に引っ込んだ俺は、すでに自分の魂に定着されている『陰陽術』を起動。
紙から切り出した鳥の式神を数体作成し、窓から放って両親の後方を隠密追跡させた。
◆
その頃、原始の森の入り口。
「──この辺りでゴブリンの集団が目撃されたそうだが、たしかに新しい足跡が残っているな。数は結構なものだぞ」
ギャザーが地面の痕跡を鋭く見つめる。
エルザも杖を構えながら、周囲の魔力濃度を索敵した。
「ええ、これはおそらく『中規模』の魔物氾濫ね。幸い、上位種のオークの波は混ざっていないみたいだけれど……」
同行していた数名の腕利き冒険者からも、同様の索敵報告が上がる。
「中規模とはいえ魔物氾濫だ。全員、気を引き締めろよ! 一度少し引き返して、ギルドの討伐隊本体と合流するぞ!」
ギャザーはプロとして冷静な判断を下し、撤退を試みた。
その瞬間だった。
運悪く、森の茂みから躍り出てきたゴブリンの一団と出会い頭に鉢合わせしてしまう。
「ゴブリンだ! 油断するな!」
叫ぶと同時に、ギャザーの『無詠唱』が光る。
彼は即座に広範囲弱体化魔法『スリープクラウド(眠りの雲)』と『バインド(拘束)』のコンボをノータイムで展開した。
ゴブリンたちの肉体に一瞬で致命的な遅延がかかる。
抵抗に失敗して眠りこけた個体を、前衛の戦士たちが容赦なく一撃のもとに仕留めていく。
辛うじて抵抗したゴブリンに対しても、ギャザーは鋭い『風魔法』の刃を放ち、的確に処理していった。
木々の多い森の中での火魔法は延焼(山火事)を起こすため厳禁、というのは魔導師のイロハだ。
ギャザーは本来、火と風の複合魔法である『ファイア・トルネード』を得意とする超火力型だが、こうした地味な環境適応戦もそつなくこなす。
一方のエルザも、一歩引いた位置から冷静に状況を見極め、前衛への攻撃力・素早さの強化バフと、微細な傷を癒やすヒールを隙なく回していた。
手際よく十数体のゴブリンを片付けた斥候班は、そのまま何とかギルドの討伐隊本体との合流に成功したのだった。
◆
──よし、ひとまずは合流完了か。
屋敷のベッドの上で、式神から送られてくる視覚データ(リアルタイム配信)を受信していたルーカスは、しかし表情を崩さなかった。
彼は半数の式神を本体の護衛に残し、残りの式神をゴブリンたちの通ってきた足跡の逆探知へと回した。
どうしても胸騒ぎが消えなかったのだ。
式神ドローンが森を俯瞰し、足跡のソースを辿っていく。
その先は、険しい山腹にポッカリと口を開けた、不気味な洞窟へと繋がっていた。
俺は式神を洞窟の入り口に常駐させ、両親たちがここに到達するまでの間、潜伏中の敵の監視を継続した。
◆
ギャザーたち討伐隊本体は、先ほど斥候班がマークした足跡を辿り、やはり山腹の洞窟へと行き着いた。
「ここが敵の巣穴か……」
松明を掲げ、冒険者たちが慎重に洞窟内へと入っていく。
◆
その頃、先行して洞窟の最深部を調査していたルーカスは、検出された敵のネームタグを見て顔をしかめていた。
(ゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ、ゴブリンヒーラー……ここまでは想定内だ。個々の脅威度はせいぜいIからH。うちの両親の適正レベルなら問題なく処理できる範囲だ。だけど……)
洞窟の最深部、一際広い空間(ボス部屋)に式神を滑り込ませた瞬間、送信されてきたデータに息を呑んだ。
(──っ! クソ、やっぱり隠しボス(レアエネミー)が、いやがったか……! 『ゴブリンジェネラル』が数体いる!)
脅威度G。
特訓でようやく『H』に引き上げた今の俺の身体パラメータよりも上のランクであり、単体でも手強い中ボスが、複数体。
現在のギルド討伐隊の戦力では、明らかにキャパシティオーバー(負荷過多)だった。
この周辺の有能な高ランク冒険者は、もっと財政の豊かな上位貴族の領地ギルドに囲い込まれており、貧乏な騎士爵領の田舎ギルドに残っているのは、経験の浅い駆け出しや、全盛期を過ぎた引退間際のロートルばかりなのだ。
まともな戦力は、両親と一緒に斥候に出た数名の腕利きしかいない。
このまま放置すれば、最悪のシナリオ──『ゴブリンキング』が生成され、領地が完全に更地化される。
俺は奥歯を噛み締め、式神の自爆コマンドの即時実行スタンバイを維持したまま、ジェネラルの挙動を凝視し続けた。
◆
洞窟内に突入したギャザーたちは、見事な連携で敵のラインを崩していった。
まずは回復職を最優先でスナイプして戦線維持能力を奪い、次にやっかいな遠距離職(メイジ、アーチャー)を潰す。
後衛を完全に無力化したところで、残った前衛のゴブリンたちを各個撃破していく。
完璧な定番の定石だ。
連戦を重ね、討伐隊はついに、ジェネラルたちが待ち構える最深部の広間へと足を踏み入れた。
「──グギャアアアアッ!!」
人間たちの侵入を察知し、重厚な鎧をまとったゴブリンジェネラルたちが、大質量を乗せた槍を構えて突撃してくる。
「なっ、ジェネラルがこんなに同時に……!? 補給線がもたん、下がれ!」
予想外の上位種の登場に、前衛の戦列が一瞬で崩壊しかけた。
激しい乱戦の最中──完全に死角となっていた左右の岩陰から、別のジェネラルの凶槍が、呪文詠唱中だったギャザーとエルザの隙を突いて鋭く突き出された。
「しまっ──!」
ギャザーが目を見開く。
物理障壁の展開は間に合わない。
誰もが最悪の展開(全滅)を覚悟した、その瞬間だった。
キィィィィィン──!!!
洞窟内に、硬質な電子音のような甲高い拒絶音が響き渡った。
ギャザーとエルザの身体の表面に、突如として眩い幾何学模様の『不可視の多層結界』が強制起動し、ジェネラルたちの必殺の槍を完全に無効化したのだ。
「な、なんだこれは……!? 魔法障壁……いや、見たこともない術式だぞ!?」
呆然とする両親。
だが、俺の遠隔支援はそれだけでは終わらない。
(我が家の大切な両親に攻撃仕掛けてんじゃねえよ、この雑魚どもが……っ!)
式神の視界の向こうでキレかけたルーカスは、空中を旋回させていたすべての鳥型式神に、一斉に突撃実行を走らせた。
(式神全機、ターゲット『ゴブリンジェネラル』──自爆コード(バースト)、即時実行!!)
ババババババババッ!!!
光を放つ無数の紙の鳥たちが、ジェネラルの顔面や関節部に向けて弾丸のように特攻していく。
直後、広間に激しい爆発と衝撃波が巻き起こった。
「グギャアアアアッ!?」
突然の空中からの自爆特攻を受け、視界と体勢を完全に破壊されたジェネラルたちが、たまらずその場に片膝をつく。
形勢は完全に逆転した。
「理由は分からんが、好機だ! 畳み掛けろッ!!」
ギャザーの鋭い怒号が飛び、正気に戻った腕利きの冒険者たちが、ダウン状態のジェネラルたちの隙を突いて次々に致命傷を叩き込んでいく。
それから半刻(約一時間)ほどの猛攻の末、討伐隊は一人の死者も出すことなく、ゴブリンジェネラルたちの完全掃討に成功したのだった。
◆
静まり返った広間で、ギャザーは激しく息を荒らげながら、お守り袋の隙間から消え去った紙の灰を見つめていた。
「……これで魔物氾濫は終わりか。しかし、さっきのあの不思議な鳥たちは一体何だったんだ?」
エルザがそっとギャザーの肩に手を置き、空を見上げて優しく微笑む。
「きっと、この地を護る精霊様が、私たちに力を貸してくださったのよ。ね、あなた」
「そうだな。ハハ、そういうことにしておこう。……よし、皆の衆、作戦完了だ! 我が領地へ帰還するぞ! 帰って魔物氾濫討伐の勝利の宴だ!」
「おおおおおおおっ!!」
全滅の危機を乗り越えた駆け出しの冒険者たちが、地響きのような歓声を上げながら、晴れやかな顔で帰路についた。
◆
夕暮れ時。
マギナ家の屋敷の前に、無傷の両親が戻ってきた。
俺は屋敷の玄関が開いた瞬間、二歳児の愛嬌モードを最大出力で起動し、トテトテと短い足で駆け寄って二人の足元に思い切り抱きついた。
「おかえりゅなしゃい!!」
「おぉ、ルーカス! ただいま、無事に戻ったぞ!」
ギャザーがガハハと笑いながら俺を抱き上げる。
「まぁ、ルーちゃん、お出迎えしてくれるなんて偉いわねぇ。お守りのおかげで、パパもママも全然痛い痛いにならなかったのよ?」
エルザが愛おしそうに俺の頬にキスをした。
──その夜、マギナ騎士爵領の広場では、盛大な勝利の宴が始まった。
ルーカスは「もうねんねの時間でしょ」とエルザに抱きかかえられ、残念ながら大人の乾杯の輪には入れてもらえなかったが、ベッドの中に潜り込んだ彼の心は、深い満足感で満たされていた。
(ふぅ……ひとまずは両親の安全確保は成功だな)
今回の遠隔処理で、ローコストな使い捨て式神の圧倒的な有用性が証明された。
次はさらに隠密性と出力を高めた、自律型防衛プログラムとしての式神を構築してやろう。
明日からは、また日課である魔法と神聖術の特訓、そしてさらなる術式の魔改造が待っている。
いつもと変わらない、うきうきで平和な育成の日常が戻ってきたのだ。
二歳のルーカスは小さな寝息を立てながら、さらなる高みを目指して、静かに眠りへと落ちていくのだった。
【 読者の皆様へお願い 】
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
下記の【ブックマーク登録】や、
評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、
毎日の執筆の大きな大きな励みになります!いただいた星とブクマの数が、
物語を完結まで引っ張る原動力になります。




