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第十話 上級魔法・神聖術の習得

 開発環境(裏庭)を爆破しないために構築した、減衰コード“Λ(ラムダ)”重ね掛けによる『リミッター版・上級魔法』の実証テストを開始した。


 なお、回復・支援系統である『神聖術』に関しては、リミッターを一切噛ませていない。


 理由は単純で、どれだけ高出力で発動したところで、実家の庭に物理的な被害を及ぼすような術式は存在しないからだ。


 それと同時に、空き時間を利用して『古代魔法』の仕様学習も並行して進めることにした。


 現在、古代魔法の熟練度は『△(習得中)』。


 後世の人間によって処置され、扱いやすく標準化(洗練)された現代魔法とは異なり、生の古代魔法は生半可な魔力循環では脳内構築すら通らない。


 上級魔法よりも遥かに構築難易度が高いのだ。


 二兎を追う者は一兎をも得ずとも言う。


 古代魔法の本格的な実証は、おいおい腰を据えて進めることにした。


 さて、親父の知識からコピーした上級魔法は、その大半が異なる属性の魔力を同時並行で処理する『複合型』の術式だった。


 ちなみに、下級から上級に至るまで、親父の持つグリモワールの中身は驚くほど攻撃特化型魔法に偏っている。


 弾丸系バレットや、実体化系ランスの放出コード、あとはせいぜい武器への属性付与エンチャントと敵へのデバフ(状態異常)くらいで、純粋な『防御結界魔法』の術式が一切存在しないのだ。


(……なるほどな。やっぱり平民魔導師に求められていた役割は、前線で身を守るための盾ではなく、使い捨ての『固定砲台(超火力スナイパー)』だったわけだ。防御のコードは大貴族や高位聖職者が特権として独占しているんだろう。ちなみに、この前ゴブリンジェネラル戦で俺が使った自動防御障壁は、魔法ではなく地球の『陰陽術』の結界だ)


 領主になったとはいえ、うちは最底辺の騎士爵家だ。


 噂によれば、中央の高位貴族の子息ともなれば、幼少期から上級のさらに上を行く『聖級』の魔法を英才教育で叩き込まれているらしい。


 将来的に彼らと対等に渡り合うための対抗馬として、やはり世界のリミッター(Λ)から脱却した『古代魔法』のマスターは必須タスクと言えた。


(できれば、最近どこかの遺跡で発掘されたと噂になっている、失われた超高次元コード──『超古代魔法ハイ・エンシェント』の魔導書なんかも手に入ると最高なんだけどな……)


 そんな妄想にふけっていた俺は、思考プロセスが完全に脱線フリーズしていることに気づき、慌てて意識を裏庭のターゲットへと戻した。


「──よし。まずは小手調べだ」


 俺は風と火の複合上級魔法──親父の十八番である『ファイア・トルネード(炎の烈風)』の術式を展開し、その場に維持を試みた。


 結果から言えば、拍子抜けするほど簡単に起動した。


 さすがに安全マージンを取りすぎてリミッターを掛けすぎたらしい。


 膝丈ほどの小さな可愛い竜巻では、二歳の魔力ストレージでも負荷が軽すぎたようだ。


「なら、一段階リミッターを解除(バースト・レベル一)」


 今度は腰の高さまで炎の渦が膨れ上がる。


 魔力の制御レートは少し跳ね上がったが、これも即座に完全な同期(維持)に成功した。


「よし、もう一段階上のバースト・レベル二。サイズを背丈まで拡張──」


 調子に乗ってコードを書き換えた、その瞬間だった。


 運悪く想定外の突風に煽られ、制御から一瞬だけはみ出した業火の先端が、裏庭の隅に生えていた立派な木に触れた。


 ──バチバチバチッッ!!!


 一瞬で木が激しく燃え上がる。


「──っ!? クソ、延焼だ!!」


 慌てた俺は、即座に相殺用のカウンター魔法として、水と風の複合魔法『ウォーター・トルネード(水の烈風)』を上書き発動した。


 シャーーー……。


 しかし、燃え盛る大火に対して、放たれたのはじょうろで水を撒いたような貧弱な霧雨だった。


(しまっ──! 慌ててウォーター側のリミッター(Λ)を解除し忘れた!!)


 完全なケアレスミスだ! 火の勢いはさらに増し、隣の木々へも延焼を開始する。


 これ以上の延焼は屋敷の全焼、すなわちリアルなゲームオーバーを意味する。


「リミッター完全解除──出力最大フル・バースト! 消えろおおおっ!!」


 幼児の身体がミシリと悲鳴をあげるほどの魔力を一気に循環させ、全力の、混じりっけなしの生の上級魔法『ウォーター・トルネード』を燃え盛る木々へ叩きつけた。


 激しい水流と突風が濁流となって炎を包み込む。


 いわゆる火事場の馬鹿力というやつだ。


 暴走しかける魔力制御を必死で繋ぎ止め、荒れ狂う術式を強引に制御しきった。


 プシューーー……。


 白い大量の蒸気と共に、なんとか消火に成功した。


 だが、眼前には、無残に真っ黒に焼け焦げて炭化しかけた哀れな木々が残されていた。


(うわぁ……やってしまった。これ、昼間に母さんに見つかったら絶対に怒られる。……何とかして元に戻せないか!?)


 冷や汗を流しながら脳内データベースを高速検索した俺は、神聖術の上級術式の中に、生命のシステムを復元する『蘇生リバイバル』のコードが存在していたことを思い出した。


「頼む、通ってくれ……っ! 『リバイバル(生命再構成)』!!」


 焦げた幹に小さな手を当て、膨大な神聖力を流し込む。数分に及ぶ長時間の処理プロセスの末──奇跡が起きた。


 真っ黒だった樹皮がみるみる瑞々しい緑へと再生し、葉が生い茂り、なんと事故を起こす前よりも遥かに生命力に満ち溢れた瑞々しい大樹へと復元されたのだ。


「ふぅ……。なんとか完全復旧できたか……」


 へたり込みながら、ついでに発動に成功した上級神聖術の状態を確認するため、最新のステータス画面を脳内にロードした。


 ◆

【ステータス(βテスト版:Ver 0.8 / 推し声優ボイス実装済)】

 種族: ■■■■■■■■・■■

 練度レベル: G

 名前: ルーカス・マギナ

 性別: 男

 職業: 賢者・魔導師・陰陽師・退魔師・武闘家

 ステータスランク: 【知力:B】 【力:H】 【魔力:∞】 【神聖力:∞】 【神通力:∞】 【体力:H】 【器用:I】 【素早さ:I】 【運:SSS】

【スキル】

 生活魔法:◎ / 下級魔法:◎ / 中級魔法:◎ / 上級魔法:△(Up!) / 下級神聖術:◎ / 中級神聖術:◎ / 上級神聖術:○(Up!)

【エクストラスキル】

 ギャザーが集めし秘術:× / ストレージ / ラーニング / 無詠唱 / スキルコピー / 古代魔法:△ / 条件コンパイル:◎ / 魔力視:◎ / 地球の武術全般・陰陽術・退魔術・魔術◎

【ユニークスキル】

 管理者(Root/※全言語理解及び会話マスタープラグイン内包、※思考トリガーUI拡張) / ハッキング(※隠蔽中) / 賢者の叡智 / 魔導の深奥 / 陰陽道の極意 / 退魔の秘奥 / 地球の神々の寵愛

【称号】

 賢者の卵 / 禁忌の淵を覗いた者 / 地球の術王・武王

 ◆


(なるほど。上級魔法が『△(習得中)』に、そして一発で通した上級神聖術が『○(実用)』にアップデートされてる。まさに怪我の功名だな)


 ベッドに転がりながら、俺は今日のヒヤリハットの根本原因を分析した。


(よし、今回作った『リミッター付き上級魔法』のプログラムは、すべて即座に廃棄デリートだ。いざという緊急時に“リミッターの外し忘れ”なんて仕様漏れを起こしたら、今度こそ洒落にならない。戦闘中に変な記述の癖がつく前にオミットすべきだ)


 幸い、一度全開出力を制御したおかげで、今なら正常な上級術式の補正も簡単に効く。


 そこで俺は方針を切り替え、まずは安全に庭で撃ちまくれる「上級神聖術」だけでも先に熟練度を『◎(完璧)』まで引き上げることにした。


 それからの数週間、俺は毎日裏庭の花や木々を見て回り、少しでも萎びたり傷ついたりしている植物を見つけては、中級神聖術の広範囲版にあたる上位コード『エリア・ハイ・ヒール(広域高位治癒)』をパッチのようにばら撒き続けた。


 その結果、我が家の裏庭は、そこらの大貴族の庭園も裸足で逃げ出すレベルの、光り輝く超・瑞々しい聖域へと変貌を遂げていくのだった。


 ◆


 そんなある日。


 伯爵様の元へ出張していた親父ギャザーが、何やら酷く複雑で、疲れ切った顔をして久しぶりに帰宅した。


 その小脇には、見るからに古臭く重厚な、鉄の錠前がついた分厚い本が抱えられていた。


「お帰りなさい、あなた。ずいぶんと大変そうな顔をして……」


 エルザが出迎える。


「ただいま、エルザ。いや……、滞在中に伯爵様から、とんでもない厄介物(特級呪物)を押し付けられてな」


「とんでもない物?」


「ああ。これだ──『超古代魔導書ハイ・エンシェント・グリモワール』だ」


「えっ!? それって少し前に中央の学会で話題になっていた、最近の遺跡から発掘されたっていう伝説の……?」


「うむ。当代一流の宮廷魔導師たちが誰一人として一文字も解読できず、回り回って伯爵家に持ち込まれたらしいのだが、伯爵様も処遇に困り果ててな。『お前は古代文字の収集が趣味だっただろう』と、半ば強引に俺に押し付けられたんだ」


「まあ……。でも、宮廷の偉い学者様たち読めない暗号なら、うちの書架に置いたってどうしようもないわね」


「ああ、まさにただの高級なインテリアだな。……ん? どうしたんだ、ルーカス?」


 親父がふと足元を見た。


 俺は、その古めかしい魔導書を、目を輝かせながら凝視していた。


 当然だ。


 ユニークスキル『管理者』のパッシブ翻訳エンジンが脳内で超高速駆動し、解読不能なはずの表紙の複雑な古代暗号(幾何学文字列)を、完璧な日本語テキストへと一瞬で翻訳してくれたからだ。


「ぱーぱ、これ、よむ」


「よむ? 読めるのか、ルーカス? ──ははは! さすがにそれは冗談がすぎるぞ、賢者の卵」


 ギャザーは豪快に笑った。


「……ほしい。じゅじゅ(図)、みる」


「お、欲しいのか? まあ、中には不可解な魔法陣の図や、当時の魔物の挿絵なんかもたくさん載っているからな。よし、解読できない学術書より、ルーカスの新しい絵本代わりにする方がよっぽど有意義だな! お前にやろう」


「ありがとう、ぱぱ!」


 こうして、ローゲストの歴史上、「もっとも渡してはいけない超危険人物」の手に、世界のパワーバランスを崩壊させかねないリーシャル・ウェポン(戦略兵器のソースコード)が、笑顔で譲渡されたのだった。


 ◆


 久しぶりの夫婦水入らずの時間を邪魔しないよう、俺はさっさと自室に引きこもり、厳重な錠前(物理セキュリティ)をあっさりと陰陽術の針でピッキングして、超古代魔導書を貪るように読み進めていた。


 そんな折、屋敷内に配置していた監視式神の聴覚同期から、リビングの両親の会話が聞こえてきた。


「そういえば、あなた。……信じられないかもしれないけれど、ルーちゃん、もう『上級神聖術』を完璧にマスターしているみたいなの」


「──は? 待てエルザ、いくらなんでもそれは聞き捨てならんぞ。なぜそう思った?」


「実はこないだ、ルーちゃんが裏庭で上級魔法の『ファイア・トルネード』の制御に失敗して、庭の木に火が燃え移っちゃったのよ」


「な、なんだと!? 大丈夫だったのか!?」


「ええ。あの子、即座に全力の『ウォーター・トルネード』を無詠唱でぶつけて消火した上に、黒焦げになった木を、上級神聖術の『リバイバル(蘇生)』で、一瞬で元通りに復活させたの」


「……何ということだ。しかし、それは何かのまぐれか、あるいは精霊の悪戯では……?」


「いいえ、まぐれじゃないわ。あの子、その失敗が相当悔しかったみたいで、その日を境に上級神聖術『だけ』を徹底的に反復練習し始めて……毎日、庭中の花壇や木々に『エリア・ハイ・ヒール』を乱射しているのよ。おかげで今のうちの裏庭、驚くほど瑞々しい高級庭園(聖域)みたいになってるわ」


「そうか……。恐らくルーカスは、炎の暴発事故で自分の身体制限に慎重になったのだろうな。だから、暴発しても被害のない無害な神聖術の循環パスから優先して構築し直したのか。やはりあいつは、ただの天才ではなく、思考のプロセスが極めて論理的クレバーだ……」


「あの子、あと数ヶ月で三歳ね。予定通り、ギルド地下の廃棄ダンジョンへ連れて行くの?」


「ああ、その予定だ。それと、今回のダンジョンエントリーには、うちの御用商人であるセルの娘──『ルビィ』も臨時のパーティメンバーとして同行させることになった」


「まあ、あの子。確か先月の『適職判定ジョブ・チェック』で、騎士か魔導師の適性が出て、魔力測定も『中』判定だったわね」


「ああ。本人は前衛の『騎士』を熱望しているらしいんだが、商人の両親としては、可愛い一人娘を最前線に出したくないらしくてな。できれば俺の後衛支援職──『魔導師』になって安全な位置にいてほしいと、両親から相談されたんだ」


「本人は納得しているの?」


「それが、『ギャザー様に師事して魔法を教えてもらえるなら、魔導師への転向クラスチェンジを考えてもいい』と言っているらしい。どうやら、どこからかルーカスの英才教育の噂を聞きつけたらしくてな」


「どんな噂?」


「『ギャザー様の教え方が、神がかっていて、どんな幼児でも一瞬で魔法をマスターできる』というデマだ。……実際には、俺は手ほどきをほんの数分しただけで、あとはルーカスが勝手に習得していっただけなんだがなぁ」


 親父が切なそうにため息をつく。


(親父の教育は実質数分、あとは俺が勝手に自習してただけなのに、どんな過大評価だよ!)


 監視通話を拾っていた俺は、そんな親父の苦労に心の中で突っ込みを入れつつ、目の前の『超古代魔導書』の記述に完全に釘付けになっていた。


(あと数ヶ月で三歳か。ようやく地下ダンジョンで、上級魔法を思いっきりフルバーストできるな。うきうきが止まらないぞ。はぐれ魔物の間引きもまだ終わっていないみたいだし、絶好の実戦になりそうだ。……よし、その時のために、今のうちに肉体のスペックも底上げしておこう)


 そう決意した俺は、キリの良いところまで魔導書を読み終えると、自室の床で地球の武術の基礎特訓と、夜間の隠密走り込みを開始した。


(ステータスの『素早さ』と『器用』が、身体の初期値である『I』のままだからな。せめて実戦までに『H』ランクまで持っていきたい。魔法の開発ばかりにかかりきりで、体の鍛錬を怠っていたのが原因だな)


 この日を境に、俺は地球の格闘技術の反復と肉体ビルド、そして──『超古代魔法』の熟練度を△に引き上げるための超・難解なソースコード解読に没頭した。


 実際、この『超古代魔導書』を読み進めていくと、文字通り桁違いにヤバい内容(極大の脆弱性)が記述されていた。


 かつて超高度な古代魔法文明が、一晩で文字通り世界ごと滅び去った原因となった呪文──いわゆる『禁忌の殲滅コード(禁呪)』がそのまま記載されていたのだ。


 現代魔法にあるような、可愛い隕石を降らせる『プチ・メテオ』なんかではない。


 地球の天文学的質量をそのまま座標上に召喚して叩き落とす、本物の、世界滅亡級戦術魔法『メテオ・ストライク(星崩し)』の完全な魔術コードである。


(──うわぁ。これ、一発撃ち込んだだけで複数の都市はおろか、大陸の形が変わるレベルのヤバい広域魔法じゃん……。……だけど、めちゃくちゃ使ってみたい)


 三歳の本番環境ダンジョンまでに体を『H』にビルドし、この禁忌の殲滅コードをいつでもインライン展開できるように最適化しておこう。


 田舎の平和な騎士爵邸の自室で、二歳半のルーカスは、そんな極めて物そうで最凶の禁呪を抱きしめながら、暗闇の中で邪悪にニヤリと微笑むのだった。

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