第八話 他衆との連携
「随分と面白そうな余興をやっているじゃないか。──おい、俺たちもその小競り合いに混ぜろよ」
緊迫した気配を纏うその声の主たちへ、その場にいた全員の視線が一斉に注がれた。
現れたのは、これまでの訓練に参加していなかった残りの部隊──竜衆、夜叉衆、乾闥婆衆、緊那羅衆の面々だった。
夜叉衆を統べるセグムント・フォン・クラハト侯爵が先頭に立ち、不敵に腕組みをしながらこちらを見下ろしている。
俺は一歩前に出ると、苦笑交じりに応じた。
「セグムント卿、混ぜろと言っても、たった今激しい演習が終わったばかりで、みんな疲労困憊の状態なのですが──」
「いえ、我らは未だいけます! 傷ついた体や削られた魔力、神聖力は、すでに回復の妙薬によって完全に癒やしました」
戦意を漲らせるセグムント卿に対し、俺は顎に手を当てた。
「しかし、仮想敵はどうするんだ? 何か良い案でもあるのか?」
そう問いかけた瞬間、鈴を転がすような少女の声が、演習場一帯に美しく響き渡った。
「ならば、我が直々に相手をしてやろう」
その声の主の姿を認めた瞬間、誰もが例外なくその場で完全に硬直した。
頭部に禍々しくも美しい角を生やした、絶世の美少女──エルドゥ魔王様が、静かに佇んでいた。
次の瞬間、その場にいた全員が、まるで打たれたように一斉に平伏し、膝を突いた。
「お、恐れながら魔王様……! 我ら臣下の身、主君に向けて刃を向けるわけにはまいりません」
セグムント卿が慌てて進み出るが、魔王様は冷徹な双眸を細めてふんと鼻を鳴らした。
「今の汝らの体たらくでは、到底この魔界の行く末を任せるには少々心細いのでな。王の義務として、直々に揉んでやろうと言うておるのだ」
俺は覚悟を決め、頭を上げて視線を受け止めた。
「分かりました。それでは、お言葉に甘えて胸をお借りします」
隣にいたセグムント卿が、慌てて小声で念話を送ってくる。
『おい、ルーカス! そんな大それたことを言って大丈夫なのか!? 万が一、魔王様に傷でも負わせたらどうするつもりだ!』
『心配しなくても大丈夫ですよ。全軍が束になってかかったところで、かすり傷一つ付けられるかどうか分からない……それほどまでに規格外のお方ですから』
『そ、それはそうかもしれんが……』
「──すべて筒抜けであるぞ、汝ら。敵方の陣地は、先ほどまで阿修羅衆がいた場所でよいな?」
内緒話ごとすべてを察知していた魔王様は、楽しげに口元を歪めると、迷いのない足取りで歩き出した。
「主らも、速やかに臨戦態勢を整えるがよい」
「はっ!」
「……『はっ!』じゃなくてだな、ルーカス! 一体どうするんだ!?」
「決まっているさ、セグムント卿。──全力で当たるだけだ」
本陣へと戻った俺は、息つく間もなくテキパキと全軍へ神速の指示を飛ばした。
「竜衆と迦楼羅衆は合同で空を飛び、全力で制空権の確保を! 地上の中心には、摩睺羅伽衆の魔導騎士隊を前面に据えて壁とする。その後方へ賢者部隊を配置し、さらに乾闥婆衆の歌声による加護と弱体化を重ね掛けしてください。天衆と阿修羅衆は右翼、夜叉衆は左翼の展開をお願いします。そして緊那羅衆は、その隠密性を活かして極秘裏に動き、魔王様の背後を突いてください。──何か問題は?」
即興とは思えない緻密な布陣に、セグムント卿が皆を代表して力強く頷いた。
「見事だ、それでよい! 即興の編成でありながら、全体のバランスが完璧に取れている」
「それじゃあ……全部隊、準備完了の狼煙を上げろ!」
戦場に再び鮮やかな狼煙が打ち上がった。
だが──それと同時に、俺たちの陣地に向かって、突如として十を超える凶悪な光条が撃ち込まれた。
凄まじい大爆発が連鎖し、大地が大きく爆ぜる。
「な、これは……っ!?」
インフィニティア様が、爆風にローブをなびかせながら驚愕の声を上げた。
「初っ端から『秘術・改』の広域魔導砲を何発も同時に!? 相手は魔王様たった一人のはずでしょう!?」
恐るべき威力の斉射が終わり、立ち込める土煙の向こうを睨みつける。
すると、かすり傷一つない魔王様の背後から、無数の骸骨竜、ミノタウロス、オーガ、そして巨竜の大群が地響きを立てて侵攻してくるのが見えた。
「魔女隊、賢者隊は、ただちに反撃の魔導砲を斉射! 負傷者の搬送と回復呪文を急いで!」
俺が声を張り上げた、その時だった。
「──そう上手くいくのかな?」
ゾクりとするほどの魔力圧とともに、いつの間にか魔王様が軍勢の先頭に立たれていた。
「飛んで火にいる夏の虫だ! 全員、一斉攻撃! 魔導騎士隊は空間ごと切り裂く『時空斬』を放て!」
放たれた二百名もの一斉突撃──空間を両断する無数の刃が魔王様へと殺到する。
だが、その刃が彼女の身体に届くよりも早く、全く同じ術式である『時空斬』によって、すべての攻撃が完全に相殺された。
「ば、馬鹿な……っ! 二百人がかりの『時空斬』を、たった一人で防ぎきったというの!?」
インフィニティア様が絶望に目を見張る。
「本当に、何でもありだな……」
俺が冷や汗を流して呟くと、魔王様は妖艶に微笑んだ。
「何を言っている、ルーカス。さあ、もっと我を楽しませてみせよ」
魔王様が優雅に手を振ると、虚空からティアマットとフェンリルが、それぞれ十数匹ずつ同時に召喚された。
先ほどバイナリが限界突破の三重召喚で出した神獣たちが、群れを成して襲いかかってきたのだ。
「ティアマットよ、制空権を奪え! フェンリルよ、すべてを食い尽くせ!」
上空では、十数体のティアマットが竜衆と迦楼羅衆の連合空軍に牙を剥く。
地上では、神速のフェンリルたちが獰猛な咆哮を上げて地上部隊を蹂躙し始めた。
あまりの理不尽な戦闘力に、セグムント卿が堪らず叫んだ。
「くそっ、バラバラに戦っていては全滅するぞ! この際、天竜八部衆の垣根をすべて取り払い、一丸となって立ち向かわねば駄目だ!」
「その通りだ、セグムント卿!」
「ルーカス卿、受けて立つぞ!」
押し寄せる召喚獣の地鳴りのような咆哮が響き渡る中、俺は長く、あまりにも厳かな詠唱を開始した。
編み上げられる膨大な魔力を感じながら、その術式を解放するための真名を口にする。
「──『地獄の黒炎よ来たれ。すべての敵を焼き尽くせ。深く、深く、その芯まで焼き尽くせ。絶えることなき永劫の黒炎をもって、目の前の不義を蹂躙せよ……地獄の審判の黒炎』!!」
天をも焦がす漆黒の劫火が、魔王様を目がけて解き放たれる。
しかし、魔王様は退屈そうに軽く右腕を振るった。
それだけで、あらゆるものを焼き尽くすはずの黒炎が、一瞬にして冷たく凍りついた。
「一度見た技は、我には効かぬと言ったであろう? ──では、次は我の番だな」
不敵に告げ、魔王様が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、結界を構築しようとしていた全術師たちの喉の機能が、強制的に潰された。
発声による詠唱を封じる──『秘術・改』の中で、俺が最も得意とする呪法そのものだった。
俺は自己再生術によって瞬時に喉を復活させると、懐から複数の人型の呪符を戦場に放った。
呪符は瞬時に煙を上げ、俺と全く同じ姿形へと変化する。
「──陰陽術の変わり身は、さすがにまだ見たことがないでしょう!」
「だが、今見た。ゆえに、もう効かん!」
魔王様の放った不可視の衝撃によって、ダミーの人型が次々と爆ぜて破られる。
だが、そのわずかな隙を利用して俺は後方へと退避し、全軍の状況を目に焼き付けた。
空中では、竜衆と迦楼羅衆がティアマットの群れを前に次々と撃墜されている。
地上では、フェンリルの大群によって、天竜八部衆の堅牢な陣形が無残に食い破られていた。
アノマリアが必死の形相で極小の暗黒空間を放つが、魔王様もまた同質の暗黒空間をぶつけることで、完全に相殺してみせた。
──そして、魔王様と俺の目がカチリと合った、その瞬間。
彼女の姿が掻き消え、俺の眼前に直接、空間転移で現れた。
俺は直感のままに再転移を発動して上空へと逃れ、飛行術で天空に留まる。
そして、先ほど不発に終わった魔導砲に、魔法と神聖術の神聖なる特質コードである『Φ(ファイ)』と『θ(シータ)』を瞬時に組み込み、出力を限界突破させた『真・広域魔導砲』の魔力充填を開始した。
だが、エネルギーが臨界に達しようとしたその時、耳元で冷ややかな声が聞こえた。 「一度見た技は効かぬと、何度も言っているだろう」
「くっ……!?」
いつの間にか背後に回られていた。
俺は咄嗟に魔導砲の発射をキャンセルし、体内で暴走しかける莫大な魔力を何とか制御しながら、光の刃を背後へ繰り出した。
魔王様もまた、同様の光の刃を形成してそれを受け止める。
ガキィン! と激しい火花が散った。
「どうした、ルーカス。──いや、これより目覚めるべき『真なる勇者』よ」
「……勇者? 俺が、ですか……?」
予想だにしない単語に息を呑む俺を見つめ、魔王様は刃を噛み合わせたまま語りかける。
「アノマリアから聞かなかったか? この世界における『勇者召喚』の真の手順を」
「それは……確かに、天界の防衛網の隙を、偶然にも突いてしまったことで起きた、突然変異の産物だと聞きましたが」
「その通りだ、ルーカス。ならば問うが、汝はどうやってこの世界に転生してきた?」
「それは……俺が前世の地球で、この世界の天界の防衛網の隙を、偶然にも突いて……あ!」
己が持つ異常な能力の根源が繋がり、脳裏に衝撃が走る。
「ようやく気付いたか、守」
前世の本名を呼ばれ、俺の目が見開かれた。
「汝が、未だ真に覚醒していないだけなのだ」
「し、しかし……俺はこの世界の人間に召喚されたわけでは──」
「どのような形であれ、天界の防衛網の隙を突いてこの世界『ローゲスト』に生を受けたのだ。汝こそが真なる勇者、ルーカス。いや、守なのだよ」
「…………」
「汝が底無しの魔力、神聖力、そして神通力を併せ持ち、人類の上位種にして聖人の器であるのも、決して偶然などではないというわけだ」
「ですが、俺の現在の職業は『賢者』であって、勇者では……」
「覚醒を遂げれば、汝の職業欄には『真・勇者』という絶対の職業が追加されるだろうな」
魔王様の言葉に、俺は動揺を隠せないまま問い返した。
「そんな……それじゃあ、俺が覚醒したら、俺は魔王様と戦う運命にあるのですか?」
「それは、汝の心の持ちよう次第だ」
「では……今、人間界で画策されているという勇者召喚で呼び出される勇者は、一体何なのですか?」
「出涸らしであろうな。だが、それでも今の八部衆の体たらくでは、十分に世界の脅威となり得るがな」
「なっ……!」
痛烈な言葉に言葉を詰まらせる俺に、魔王様はさらに強大な魔力を吹き荒れさせた。
「早く目覚めよ、ルーカス。何なら、この場で我による手荒い衝撃療法を施し、強引に目覚めさせてやろうか?」
押し潰されそうなプレッシャーの中、俺は歯を食いしばり、光の刃をさらに強く押し返した。
「くっ……! たとえそれが真実だとしても……今の俺は、天竜八部衆・摩睺羅伽の軍団長だ!」
「──よく言った! ならば、これを耐えてみせよ! 『超新星爆発』!!」
極限まで手加減されたとはいえ、星々の終焉を思わせる圧倒的な光と熱の奔流が、俺の身体を包み込む。
抗う術もなくその莫大なエネルギーを受け止めながら、俺の意識は深い闇の底へと急速に落ちていった。
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