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第七話 模擬戦

 天(てん)衆、迦楼羅(かるら)衆、そして摩睺羅伽(まごらか)衆の全隊員が整列する前で、俺は並び立つ二人の最高幹部を紹介した。


「今回、仮想敵部隊を務めてもらう、阿修羅(あしゅら)衆のパスカルとバイナリの二人だ。たったの二人だからと、絶対に侮らないように」


 すると、摩睺羅伽衆の魔導騎士が、一人が戸惑ったように挙手をする。


「あの、ルーカス様。お二人は一体どんな術や能力をお持ちなのですか?」


「始めから相手の能力が分かっていたら、実戦を想定した訓練にならない。実際の戦いでも、敵の能力が未知数の場合がほとんどだ。今回はそれも含めての模擬戦とする」


 俺の言葉に、隊員たちの間から納得と戸惑いの入り混じったざわめきが起こる。


「まあ、実際に刃を交えてみるといい。伊達に二人だけで阿修羅衆を名乗っているわけではないということが、すぐに身に染みて分かるはずだ。そういうことだから、パスカル、バイナリ、頼んだよ」


「分かった、ルーカス。本気でいかせてもらおう」


「頭(あたま)が冴え、腕が鳴るな」


 パスカルとバイナリがそれぞれ不敵な笑みを浮かべる。


「それでは両者、所定の陣地まで下がり、合図の狼煙(のろし)が上がったら模擬戦開始だ」

「ルーカス様は、今回の戦いには参加されないのですか?」


 迦楼羅衆の魔女が尋ねると、俺は首を横に振った。


「ああ。俺とルビィ、アノマリアは、二人の能力を熟知しているからね。それだと訓練の意味がないだろう? 今回は審判として見守らせてもらう」


「分かりました」


「よし、それでは、両者陣地へ!」


 俺の号令とともに、隊員たちは緊張感を漂わせながら、ぞろぞろと自陣へ向かって歩き出した。


 ◆


 三十分後、天衆・迦楼羅衆・摩睺羅伽衆の連合部隊と、阿修羅衆の双方がそれぞれの陣地で準備を終えた。


 それを見計らい、俺は合図の狼煙を虚空へと打ち上げる。


 こうして、魔王軍の未来を占う壮絶な模擬戦の幕が切って落とされた。


 今回の連合部隊側は、総司令官を任されたインフィニティア様が指揮を執る。


「まずは制空権の確保よ! 迦楼羅衆、先行して奴らの頭上を押さえなさい。それに連動して、天衆と摩睺羅伽衆は地上から突撃! 三ヶ月の地獄の訓練の成果を、ここで見せるのよ!」


「「「おおおおおっ!」」」


 雄叫びが響き渡る中、魔女たちの小隊長が声を張り上げる。


「いくわよ、迦楼羅衆! 事前の策通り、三体一組の連携(スリーマンセル)で編隊を組んで!」


「はっ!」


「さて、お仲間たちはどんな手で迎撃してくるかしらね?」


 インフィニティア様は不敵に微笑みながら、天空を見つめた。


 ◆


 一方、迎え撃つ阿修羅衆の陣地。


「ふむ、まずは定石通り、空から制空権を取りに来るだろうな」


 パスカルが冷静に戦況を予測すると、バイナリが獰猛に笑って呪文を紡ぐ。


「それじゃあ、まずは挨拶代わりにガーゴイルとワイバーン、それにワイバーンロードをまとめて召喚するか」


「ならば私は、目に見えぬ魔鋼糸を空中と地上に張り巡らせ、結界を構築しておこう」


「頼む。では地上には、スケルトン・ウォーリアの軍勢にドラゴン・スケルトン・ウォーリア、ミノタウロス、さらに地竜に氷竜、火竜の混成部隊をたっぷりと用意しておこう」


「おいおい、最初から全力で飛ばすね」


「何、ただの肩慣らしさ。この身体になってからというもの、魔力が無尽蔵に溢れてくる感覚があってね」


「バイナリ、お前もか。私も同感だよ。本当に、腕が鳴って仕方がない」


 ◆


「敵影を感知! 前方にガーゴイルとワイバーン、およびワイバーンロードの大群を発見!」


「怯むな、各小隊、迎撃開始!」


 天空を覆い尽くすほどの魔獣の群れに対し、魔女と有翼人からなる迦楼羅衆が激しい空中戦を展開する。


 その様子を地上から見上げながら、摩睺羅伽衆の魔導騎士が叫んだ。


「迦楼羅衆が上空を押さえると同時に、こちらも敵陣へ突入する! 各大隊から小隊へ伝達!」


「待て! 前方に巨大な黒い影──っ! あれは、スケルトン・ウォーリアとミノタウロスの大群だ!」


「それだけじゃない、後方には複数の巨竜が控えているぞ!」


「敵の進軍速度が速すぎる! 制空権が確保される前に地上戦が始まるぞ。急ぎ『鶴翼の陣』を展開、包囲して迎え撃つ!」


「了解! 摩睺羅伽衆の魔導騎士団を正面に据え、天衆の精霊術師と摩睺羅伽衆の賢者団で先制の魔術攻撃を仕掛ける!」


 ◆


 その頃、本陣から少し離れた高台で戦況を見守るアノマリア、ルビィ、そして俺。 「おー、激しくやってるねー」


「ええ。ここまでは、お互いに定石通りの動きね」


「でも、ここで鶴翼の陣か……」


 俺の呟きに、ルビィが視線を向けてくる。


「ルーカス、何か不安でもあるの?」


「鶴翼の陣は、少数の敵を包囲して殲滅するのには最適だけど、陣形を横に広げて薄くする分、一極集中で一点突破されると、そこから一気に崩壊してしまう脆さがあるんだよね」


「そうなのねー、勉強になるのだおー」


「そうなんだよ、アノマリア。それに、相手の物量が尋常じゃない」


「でも、相手は所定の骸骨兵やミノタウロスでしょう? 私たちの特訓の成果なら、押し切れるはずよ」


「今のパスカルとバイナリを侮ってはいけないよ、ルビィ。彼らの魔力の回復速度は並外れているんだ」


「まさか、私たちと同じ『底無し』だと言うの?」


「いや、そこまでではないけれど、実質的なSSS級位で、十数分ごとに二割近くの魔力が自己回復している」


「それ、実戦においてはほぼ底無しと変わらないじゃない……!」


 ◆


 上空では、迦楼羅衆が予想を超える敵の物量に苦戦を強いられていた。


「くっ、次から次へと……!」


「たった一人で、これほど無数の召喚獣を同時に御するなんて!」


「いや、これはただの使い魔じゃないわ、完全に一線を画する召喚術よ。あの二人のどちらかは、一騎当千の召喚術師に違いないわ!」


「どちらにせよ、叩き落とすのみよ! 『秘術・改』による超高出力魔導砲(ビーム・キャノン)を放つわ! 詠唱と魔力充填に二十秒。それまで敵の猛攻を抑え込んで!」


 ◆


 一方、地上部隊もまた、絶え間なく湧き出る敵の軍勢に防戦一方となっていた。


「同士討ちに気をつけろ! 魔導騎士団、空間を断ち切る『時空斬』の構え!」


「準備完了!」


「放て!」


 幾重にも重なる時空の裂け目が走り、無数の召喚獣がその深淵へと呑み込まれていく。しかし──。


「報告! 前方よりさらに新たな敵影が出現! 同規模の骸骨兵およびミノタウロスの軍勢です!」


「またか!? 一体どれだけの魔力を込めれば気が済むんだ!」


「各隊、連続戦闘による疲弊が濃くなっています!」


「前衛は一旦後方へ下がれ! ここで『秘術・改』の広域魔導砲(ビーム・キャノン)を使用する! 充填完了まで一分、発射の瞬間まで魔導騎士団で敵の進軍を食い止めろ! 敵陣ごと一気に粉砕する!」


 ◆


「うーん、焦っているね。一気に勝負を決めるつもりのようだ」


 高台から戦況を見て、俺は小さく息を吐いた。


「そうみたいね、ルーカス。地上の連合部隊は、最大火力の魔術で敵陣を吹き飛ばす算段のようよ」


「そう上手くいくかなー?」


「……おそらく、上手くいかないだろうね」


 ◆


 天空では、迦楼羅衆の魔導砲が一気につむじ風のごとく放たれ、空中の魔獣たちを一掃した。


「今よ! 一気に敵の本陣へ肉薄するわ!」


 勝利を確信し、急降下で突撃した魔女たちだったが──次の瞬間、予期せぬ衝撃が彼女たちを襲った。


 ピシ、ピシ、と硬質な音が響くと同時に、突撃の先頭にいた魔女たちのローブが激しく裂け、その白い肌が露わになる。


「きゃあああっ!?」


「な、何に引っかかったの!?」


 予期せぬお色気ハプニングに魔女たちが悲鳴を上げるが、総司令官であるインフィニティア様は即座に鋭い指示を飛ばし、彼女たちを後方へと救出させた。


「一体何が起きたというの?」


「衣服を切り裂く、この見えない障壁は……まさか、糸!?」


「ええ、肉眼では捉えることすら不可能なほどに細く、かつ超硬度の鋼糸が、この空間一帯に結界として張り巡らされているわ……!」


「なんて厄介な罠かしら……!」


 突如として目の前に現れた魔鋼糸の結界を前に、迦楼羅衆は完全に進軍を阻まれ、攻めあぐねていた。


 ◆


 上空の魔鋼糸に敵が引っかかり、その衣服が破れる様子を遠目に見ながら、パスカルは肩をすくめた。


「やれやれ。これでも十分に手加減をしたというのに。本気で糸を張っていれば、衣服どころか肉体ごと細切れになっていたんだから、むしろ感謝してほしいものだな」


「そうか、パスカル? それでも十分に容赦がないように見えるがね」


 バイナリが苦笑する。


 一方地上では、連合部隊の魔導砲が放たれ、地を這う召喚獣を一瞬で消し去っていた。


 光条は阿修羅衆の陣地にまで届いていたが、直前でパスカルの張った、幾重にも重なる魔鋼糸の絶対結界によって完全に霧散させられていた。


「辛うじて防ぎきれたが、とんでもない威力だな。衣服を裂くどころの騒ぎではない」


「そうだね、パスカル。あれがルーカスの授けた『秘術・改』の威力というわけだ。まともに喰らえば防戦一方になるところだった。まさか、あの我が強い連中が、ここまで組織だって連携して攻めてくるとは思わなかったよ」


「ああ、私も魔界の住人は集団戦が苦手だと侮っていた。さて、次はどう動く、バイナリ?」


「これ以上の小細工は無用、いよいよ神獣たちの出番かな。──ティアマット、フェンリル、ベヘモス、出でよ!」


 バイナリの咆哮に応じるように、魔法陣から三体の巨大な影が姿を現した。


「おいおい、三体の同時召喚(トリプル)か。魔力は大丈夫なのか、バイナリ?」


「ああ、まだまだ底が見えないほどに余裕さ」


 ◆


 上空の迦楼羅衆は、突如として眼前に現れた多頭の竜王、ティアマットの巨体に驚愕していた。


「ただでさえ厄介な鋼糸があるというのに、あの伝説の神獣まで引き出すなんて……!」


 ティアマットはその巨大な体躯を感じさせない軽快な動きで天空を舞い、容赦ない極大の火焔ブレスを吐き散らしていく。


 一度でも地に落ちた者は“撃墜扱い”となるルールの中、激しい熱風に煽られ、迦楼羅衆はすでに半数以上が戦線を離脱していた。


 一方の地上でも、絶望的な光景が広がっていた。


 神狼フェンリルが目にも留まらぬ神速で前線を縦横無尽に駆け巡って戦列をかき乱し、巨獣ベヘモスが大地を揺らしながら、まるで超重戦車を思わせる圧倒的な威圧感で突撃してくる。


 天衆の精霊術も、摩睺羅伽衆の盾も、その絶対的な質量の前には通用しなかった。


 もはや陣形など何の意味もなさず、薄くなっていた鶴翼の陣の一翼は、フェンリルの鋭い爪によって瞬く間に食い破られた。


「くっ、一度後退して陣形を立て直すんだ!」


 地上部隊は必死に距離を取ろうとするが、瞬時に追いついてくるフェンリルの牙によって、殿(しんがり)の部隊から次々と各個撃破されていくのだった。


 その様子を冷徹に見極めていた審判役のルーカスは、手元の記録水晶を確認して告げた。


「連合部隊の損耗率が、全体の四割を超えたな。……ここまでのようだね、パスカルたちの勝利だ」


「ええ、私も異議はないわ。見事な防衛戦だったわね」


「我が天衆も全滅状態なのだおー、完全に負けたのをお認めするおー」


「よし、じゃあ模擬戦終了の狼煙を上げよう」


 ルーカスが終了の合図を夜空へ打ち上げると、戦場に残っていた天衆、迦楼羅衆、摩睺羅伽衆の面々から、一斉に深い溜め息が漏れ出た。


 中には、あまりの悔しさに地面を拳で叩きつけて悔しがる若者の姿もあった。


「流石は阿修羅衆と言うべきか。闘神の二つ名は伊達じゃないな」


「そうね。連合部隊もこれまでの訓練の成果を十分に発揮してよくやった方だと思うけれど、流石に今回の相手は悪すぎたわね」


「パスカルもバイナリも、本当に凄すぎるのだおー!」


 ルビィとアノマリアが、それぞれの感想を口にしながら、戻ってきた勝者二人へ称賛の言葉をかけた。


 俺は敗れて項垂れる隊員たちの前に立ち、静かに語りかけた。


「今回の敗因は、戦っていた各自が一番よく分かっているはずだから、俺からあえて細かく指摘はしない。ただ、今回の敗戦をただの負けで終わらせず、各自で新しい戦術や作戦を組み立て直してほしい。万が一、本物の勇者の一行がこの魔界に攻め込んできたら、こんな模擬戦の比ではない絶望を味わうことになるからね」


 すると、摩睺羅伽衆の一人が悔しさを滲ませながら尋ねてきた。


「……ルーカス様なら、あの地獄のような布陣を相手に、一体どう戦われたのですか?」


「そうだね。もし俺が地上の指揮を執っていたなら──魔導砲で一帯の召喚獣を一掃した直後、すかさず『時空斬』を放って、パスカルの張った魔鋼糸の結界ごと、空間ごと切り裂いて進路を確保していたよ」


「……あッ!」


 ハッとしたように表情を変える魔導騎士に、俺は頷く。


「そう。時空斬に切り裂けない物質など、この世には存在しないからね。それと迦楼羅衆に関して言えば、魔導砲でガーゴイルとワイバーンを綺麗に一掃したまでは完璧だったけれど、その後に現れたティアマットに気を取られすぎた。俺なら、まず囮の部隊を展開してティアマットの視線を完全に引き付け、その隙に本隊が光の刃(ビーム・ソード)で周囲の魔鋼糸を結界ごと叩き切り、迅速に制空権を奪取していただろうね」


 ひと呼吸置いて、俺は隊員たちを見渡した。


「とはいえ、あともう少しだったのも事実だ。バイナリにあの三体の神獣という切り札まで切らせたところまでは、本当にいい勝負をしていたと思うよ」


「「「…………」」」


 隊員たちは真剣な面持ちで、俺の言葉を一言も聞き漏らさぬよう耳を傾けている。


「それじゃあ、これからの反省会も含めて、全員で今回の戦いについて話し合ってみてくれ。指揮官の皆は、元軍師であるアルゴル殿の意見も積極的に仰ぐといい。全部が全部、悪い戦い方だったわけじゃないんだ。例えば、迦楼羅衆が披露した三体一組の連携(スリーマンセル)は非常に洗練された素晴らしい戦術だった。逆に地上部隊は、フェンリルの俊敏さに翻弄されすぎたのが課題だね」


「……分かりました。この悔しさを、次回の演習の糧にしてみせます!」


「ああ、ぜひそうしてくれ。期待しているよ」


 隊員たちがそれぞれの反省会へと動き出すのを見送り、俺は歩み寄ってきたパスカルへ声をかけた。


「それとパスカル。防空結界の魔鋼糸、手加減してくれてありがとうな」


「……何のことだ?」


「とぼけなくていいさ。本気を出していれば、突撃した迦楼羅衆を衣服どころか肉体ごと細切れにできていただろう?」


「ふん……まあ、それは、否定しないでおこう」


 二人の会話を小耳に挟んだ背後の魔女たちが、ひっ、と青くなってぶるっと身震いする。


 そんな少し緩んだ空気の場に、突如として地を這うような、不敵で傲慢な声が響き渡った。


「随分と面白そうな余興をやっているじゃないか。──おい、俺たちもその小競り合いに混ぜろよ」


 緊迫した気配を纏うその声の主たちに、その場にいた全員の視線が一斉に注がれた。

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