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第五話 『秘術・改』伝授す

 集まった一同をぐるりと見渡し、俺は静かに、しかしよく通る声で言葉を発した。


「今から皆さんに伝授する術式は、俺の父であるギャザーが、かつて戦場で生き残るために世界中から収集し、あるいは必要に迫られて自ら開発した、完全なる実戦魔導です。形式美ばかりを重んじる現在の形骸化した魔法とは、一線を隔てる秘術。──それをさらに、俺が独自の解釈で書き換え、大幅に強化したのが、この『秘術・改』です」


 誰かが息を呑み、生唾を飲み込む音が静まり返った場に小さく響いた。


「技を披露する前に、まずはこの荒れ地を元に戻しましょう」


 俺は無詠唱で魔力を編み、先ほど穿たれたばかりの底なしの巨大穴(クレーター)を瞬く間に土塊で埋め戻した。


 さらに、術の対象とするための頑強な標的をその場に生成する。


「まずは、俺がかつて三歳の頃に古代竜(エンシェント・ドラゴン)を討伐した際の主軸となった魔導──『閃光熱線(ビーム・キャノン)』です」


 そう言うと、俺は軽く腕を振り、生成した標的に向けて手のひらをまっすぐに広げた。


「──『閃光熱線(ビーム・キャノン)』」


 天地を揺るがす轟音と共に、手のひらから天災規模(ディザスター級)の極大光線が放たれ、まっすぐに伸びていく。


 光線が通り過ぎた後には、またしても大地が抉られ、深い大穴が形成されていた。


 しかし、先ほどの禁忌コードの複合魔導よりは幾分か浅く、辛うじて底が見える。


「今放ったのは、記述コードによる補正を一切加えない、純粋な素の状態です。しかもこの術は、魔力を溜める充填時間(チャージ時間)が存在し、その時間が長ければ長いほど威力が乗算的に増していく特性があります。これに、先ほど説明した『ファイ記述』と『シータ記述』を組み合わせれば一体どうなるか……想像力豊かな皆さんなら、容易に理解できるはずです」


 隊員たちは完全に静まり返り、言葉を失っていた。


「さらに、こうした応用も可能です」


 そう言って、俺は手にした指揮棒の先端に高密度の光刃(ビーム・ソード)を展開してみせた。


 そして、傍らにあった巨大な岩石へと歩み寄り、熱したナイフでバターを切り裂くかのように、抵抗なく一刀両断にする。


「また、これら攻撃魔導だけでなく、敵の呪文詠唱を強制的に阻害する妨害系(ジャマー系)の術式、相手の魔力の核(魔核)に直接干渉して破壊し、一切の魔法を行使不能にする術式など、計四十八種類の特殊術式が存在します。皆さんには、これらすべてを完全に習得してもらいます」


 尋常ならざる講義内容に圧倒されながらも、摩睺羅伽(まごらか)衆の隊員の一人が、意を決したように質問を投げかけてきた。


「……ルーカス様、そのすべてを習得するまでに、一体どれほどの期間を見込んでおられますか?」


「そうですね。徹底的にやれば、三ヶ月もあれば十分に習得可能だと思います。実際、そこにいるアドミナがそれくらいの期間で完全に我が物としましたから」


 再び、場に緊張混じりの生唾を飲み込む音が響き渡る。


「では、明日からさっそく地獄の特訓に入ってもらいましょうか。──大魔女インフィニティア様、こちらの魔女たちである迦楼羅(かるら)衆の面々も、しばらく俺が預かって鍛え上げてもよろしいですか?」


 問いかけられたインフィニティアは、妖艶な笑みを浮かべて肩をすくめた。


「むしろ、私自身にもその術式を教えてほしいくらいだよ、ルーカス殿」


「では、明日から三ヶ月間、徹底的に付き合っていただきます。あらかじめ、自習の際にも使えるように『秘術・改』の術式を網羅した専用の魔導書を刷っておきました。順に配りますので、取りに来てください」


 摩睺羅伽衆と迦楼羅衆の面々が、畏れと期待に目を輝かせながら、順に魔導書を受け取りにやってくる。


 インフィニティア様もまた、少女のようにホクホクとした嬉しそうな顔で魔導書を抱えていった。


 新しい魔導が本当に大好きな人だなと思っていると、最後に一冊、大きな影が魔導書を手に取った。エルドゥ魔王様である。


「魔王様も、この術式にご興味がおありで?」


「もちろんだとも。ありとあらゆる未知の魔法を収集し、読み解くのは我が至上の趣味の一つだからな」


「魔王様のお眼鏡にかなうようなものであれば良いのですが」


「先ほどの『閃光熱線』にあった、充填時間によって威力を底上げするという発想は、これまでの魔界の魔法大系には存在しなかった歪な、しかし極めて合理的な概念だ。深く検討する価値が十二分にある」


「そう言われてみれば、この世界にはあまりない概念ですね。確かに研究のし甲斐があります」


「うむ、これからも大いに期待しておるぞ。魔王軍全体の連携強化の件と、例の戦闘用保存食(レーション)の件も含めてな」


「はい。ご期待に添えるよう、誠心誠意、尽力いたします」


「あまり無理はせぬようにな」


 そう優しく言葉を残し、エルドゥ魔王様は転移魔術の光の中に姿を消し、自身の執務室へと帰還していった。


(そういえば、戦闘用保存食の件はドワーフたちに製造ラインを投げっぱなしにしていたな。後で進捗を見に行こう。それから魔王軍全体の集団連携に関しては、アルゴルを中心に、戦況を大局的に見られる戦術指揮官(軍師)の育成が急務だな……)


 そこまでこれからの思考を巡らせていた時、不意に、隣にいたルビィから袖を引かれた。

「ルーカス。……なぜ、今の今まで私にはその秘術を教えてくれなかったの?」


 心なしか少し拗ねたようなその表情に、俺は苦笑交じりに理由を説明する。


「当時の君の魔力格付け(ランク)は、まだ『E』だったからね。この秘術を扱うには、最低でも『S』以上の魔力出力が必要不可欠なんだよ。でも、今の君は世界の理を外れた『測定不能(∞)』の魔力量を持っている。今ならいくらでも教えられるよ」


「そう、なら安心したわ。後で私にも、特等席でたっぷりと教えてね」


「ああ、約束するよ」


 ルビィと笑顔を交わしつつ、俺はふと、我に返って背筋に冷たいものが走るのを覚えた。


(……待てよ。今ここにいる摩睺羅伽衆と迦楼羅衆の面々は、現在の魔界の基準で言えば最低でも『S』、上を見れば『SSS』級の化け物たちがゴロゴロとひしめき合っている。そんな彼らに、禁忌コードとこの実戦秘術のすべてを叩き込んだら……俺は一体、どれほど恐ろしい規格外の怪物集団を作り上げようとしているんだ?)


 あまりの恐ろしさに、俺は小さく頭を振って雑念を追い出す。


(いや、世界を滅ぼしかねない『勇者』という理不尽な存在を相手にするには、これほどの戦力を揃えてもなお、まだ荷が重いかもしれない。恐らく、向こうから来る勇者も同じく魔力は『測定不能(∞)』のはずだ。万全の上に万全を期しておかなければ、必ず後悔することになる)


 俺は魔導書を熱心に読み耽る隊員たちの姿を見つめながら、まだ見ぬ未来の決戦へと、深く思いを馳せるのだった。

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