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第四話 禁忌コードの伝授

 摩睺羅伽(まごらか)衆と天(てん)衆、迦楼羅(かるら)衆が全員揃い、突然の招集に何事かと小声で雑談を交わす中、ルーカスが静かに部隊の前に進み出た。


「これから、時空斬の威力増大、および魔導全体の出力向上に関する特別講義を始める」


 その声が響いた瞬間、それまでざわついていた隊員たちが、ピタリと静まり返った。


「まずは、これまでの基礎のおさらいだ。術式構成言語における『ラムダ(Λ)記述』と『ファイ(Φ)記述』のことは、皆すでに知っていると思うが」


 そう言うと、ルーカスは無造作に指揮棒を振り抜いた。


 放たれた時空斬が、寸分の狂いもなく標的に命中する。


 それは、ルビィが放つものとまったく同等の凄まじい威力だった。


「今見せた時空斬は、術式の効率化を図るラムダ記述とファイ記述をあえて省いた、いわば『素の状態』の威力だ」


 その言葉が落とされた瞬間、場に大きなどよめきが沸き起こった。


 誰よりもルビィが驚いたように目を丸くしている。


「ルーカス、あなた、いつの間に時空斬を使えるようになっていたの!?」


「ああ、ずっと君の隣にいたからね。見ていたら完璧に覚えちゃったんだ」


「しかも、術式による補正なしの素の状態で、私と同等の出力だなんて……」


「それは、まあ、君の足を引っ張らないように陰で俺も血の滲むような鍛錬をしていたからね」


 その不敵な言葉に、全隊員の眼差しが畏怖を込めてルーカスへと集中した。


「さて、少し話が逸れたが、次に威力を二倍にまで跳ね上げる『ファイ記述』を術式に組み込んでみよう」


 ルーカスは、先ほどと何一つ変わらない軽やかな動作で指揮棒を振るった。


 直後、標的どころか、その標立が置かれていた周囲の空間そのものがゴッソリと抉り取られ、完全に消滅した。


「これが、ファイ記述を付与した時の威力だ。ここまでは付いてこられているかな?」


 隊員たちは息を呑み、コクコクと狂ったように首を縦に振る。


 もはや、どよめきすら起きない。


 あまりの次元の違いに圧倒されているのだ。


「では──さらに出力を爆発的に増大させる、未公開の記述コードがあるとしたら、どうなると思う?」


 講義の端に紛れ込んで真剣に耳を傾けていたアドミナが、恐る恐る挙手をした。


「はい、アドミナ」


「……地形が、変わります」


「大正解だ。では、実際にやってみよう」


 ルーカスはまたしても、散歩のついでであるかのように無造作に指揮棒を振るった。


 刹那、凄まじい衝撃波が走り──標的どころか、俺たちがいた堅牢なはずの訓練場そのものが、跡形もなく視界から消え去っていた。


 ただの広大な更地がそこには広がっている。


「今のが、魔導の出力を十六倍にする、禁忌の術式──『シータ(θ)記述』を使った時の威力だ」


「じゅう……ろく……倍……」


 隊員たちは、腰を抜かさんばかりになりながら、やっとのことでそれだけの言葉を喉から絞り出した。


「さて、これが最後の質問だ。威力を二倍にするファイ記述と、十六倍にするシータ記述。この二つを、も

し完全に融合させたらどうなると思う?」


 会場は、完全な静寂に包まれた。


 もはや誰も声を発することができない。


 それほどの精神的衝撃を、彼らは今、目の前で受け続けているのだ。


「では、実際にやってみよう。ただ、時空斬でこれをやると後ろの山脈ごと消し飛んでしまうから、魔導の基本中の基本である『光弾(バレット)』で試してみる」


 そう言ってルーカスは、辛うじて破壊を免れて残っていた、遥か遠方の標的に向かって無造作に光弾を放った。


 的に命中した光弾は、しかし勢いを全く衰えさせることなく、ドォォォォォォンという天地を震わせる轟音と共に大地を深く抉り進んでいく。


 周囲に猛烈な土砂が舞い上がり、全員の視界を真っ白に塞いだ。


 しばらくして、ようやく土煙が風に流された後には──底がまるで見えない、巨大で深い円錐状の大穴(クレーター)がぽっかりと形成されていた。


「これが、ファイとシータを組み合わせることで、術式出力を三十二倍へと跳ね上げる禁忌の複合コードだ」


 もはや、誰も何も語ろうとはしなかった。


 語るべき言葉を失っていた。


 そんな尋常ならざる静寂の中、アドミナが再び、決意を秘めた目で挙手をした。


「はい、アドミナ」


「兄さん……今まで、なぜそれほどの力を使わなかったのですか? それを使っていれば、人間界で私たちが何度も窮地に陥った場面も、すべて簡単に切り抜けられたはずです」


 その疑問には、全隊員が深く、強く頷いた。


 誰もが同じことを思ったのだ。


「理由は簡単だよ。これらの記述コードがかつて人間界で乱用された結果、世界規模の全面戦争が勃発し、人族の文明が根底からリセットされる大災厄が過去に二度、起きたからだ。一度目は超古代文明、二度目は古代文明の時代にね。そして、このコードを今の人間界で大っぴらに使えば、間違いなく三度目の文明崩壊が起きる」


「それでも……話し合いで解決できる道もあったのでは?」


「私はそこまで人族という種族を信用していないんだ。人族である私が言うのも変な話だけれどね」


「そんなことありません! 兄さんは遥かなる高位人族(ハイ=ヒューマン)であり、私たちを救ってくれた聖人です。おかしくなんかありません!」


「アドミナの言う通りよ、ルーカス」


 ルビィがそっと歩み寄り、ルーカスの手を取った。


「人族を信用できないからこそ、その強すぎる力を使わなかったという判断には、私も全面的に賛同するわ。だから、あなたが変なわけじゃない」


 それを皮切りに、隊員の一人が声を大にして叫んだ。


「私も、ルーカス様の判断は正しいと思います!」


「そうだ! 我らの主は至高の賢者だ!」


 次々と、ルーカスを肯定し支持する賛同の声が訓練場に満ちていく。


「みんな、ありがとう。──だが、くれぐれも警戒を怠らないでほしい。人間界の各地に遺された超古代や古代の遺跡、そこにある魔導書。あれらがもしプロト帝国などの手によって完全に解読されれば、三度目の文明リセットは必ず起きる。そして……その先に待つのが『勇者召喚』だ」


 ルビィが表情を険しくした。


「……つまり、向こうもその領域の力を使ってくる、ということ?」


「ああ。いつかは必ず召喚されるだろうと睨んでいる。そして、異界から呼び出される勇者という存在は、その超越した特権能力をもって、今私が見せたファイ記述やシータ記述、あるいはそれ以上の理不尽な出力で攻めてくるだろうと予想しているんだ」


「それこそ、正真正銘の化け物だな、ルーカス」


「──エルドゥ魔王様!? いつからそこに!?」


「ふふ、初めから特等席で見学させてもらっておったわ」


「全く気配に気づきませんでした……」


「気配を完全に遮断しておったからな。だが、ルーカスよ。汝がなぜそこまで頑なに『勇者召喚』を警戒し、備えようとしていたのか、その理由が今の一戦で痛いほど理解できたよ」


「魔王様……」


「もし本当に勇者召喚が行われるとするならば、どこが舞台になると踏んでいる?」


「おそらく、教会の中枢であるアッセンブリ教皇が治める『聖ループ国』、もしくは大国『プロト帝国』のいずれかでしょう。聖ループ国に関しては、アッセンブリ教皇が在位している間は理性が保たれるため大丈夫だと思われます。……今、最も危険なのは、プロト帝国です」


「なぜ、そう言い切れる?」


「アッセンブリ教皇は、人間界でも数少ない、話の通じる信頼できる人格者です。対してプロト帝国は、現在進行形で他国への侵略行為を隠そうともしていませんから」


「なるほどな」


「だからこそ、その脅威がこちらに牙を剥く前に、我が魔王軍全体の底力を根底から爆上げしておく必要があるのです」


「具体的には、これからどう動く?」


「我がアルマギナ家に引き継がれた、様々な高度な術式を詰め込んだ『秘術・改』の全員への伝授。そして、魔王軍全部隊による緊密な集団連携の構築です」


「素晴らしい。ルーカス、このまま引き続き、ここで汝の講義を見守っていても構わぬか?」


「はい、もちろんです。魔王様」


 こうして、遠からぬ未来に訪れるであろう最大の脅威を見据え、秘術の伝授と全軍連携の強化に向けた、歴史的な猛特訓の幕が上がるのだった。

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