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第三話 時空斬の伝授

「『苛烈なる戦姫(ヴァルキリー)』ことルビィ様!」


「何でしょう?」


 訓練場の熱気の中、摩睺羅伽(まごらか)衆の一人が意を決したようにルビィの前に進み出た。


「俺たち摩睺羅伽衆に、ルビィ様のあの圧倒的な技──『時空斬』を伝授していただくことはできないでしょうか!」


 その熱い眼差しを受け、ルビィは頼もしそうに微笑んだ。


「いいわよ。でも、それにはまず基本の属性付与(エンチャント)を完璧に身につけてもらってからね」


「属性付与、ですか?」


「ええ。時空斬という技は、武具への魔力付与を極限まで極めた末にようやく辿り着いたものなの。だから、まずは基本の付与術を徹底的に叩き込むよう、摩睺羅伽衆の全員に通達を出しましょう」


「分かりました! よろしくお願いいたします!」


 ルビィはすぐさま、摩睺羅伽衆の全隊員に向けて、 『時空斬の伝授を行う。その前段階として、基礎となる武具への魔力付与術を完全に習得すること』 という伝達を飛ばした。


 魔界の住人は、根が極めて禁欲的でストイックだ。


 元より己の肉体や技を鍛え上げることを至上の喜びとする彼らは、その日から武具への魔力付与を何千回、何万回とがむしゃらに繰り返し、その精度を体に染み込ませていった。


 隊員たちが猛特訓に励む裏で、ルビィは最高幹部の一角である天(てん)衆へ連絡を入れ、訓練開始後に発生するであろう、時空間の裂け目の修復作業をあらかじめ依頼しておいた。


 それから一ヶ月の月日が流れた。


 武具への魔力付与を完全に我が物とした摩睺羅伽衆の面々の前にルビィが立ち、いよいよ時空斬の具体的な原理についての講義を始めた。


「時空斬とは、無属性の時空間魔法の力をそのまま武器に付与し、一気に振り抜く技よ」


 ルビィがそう説明すると、隊員たちは一様に意外そうな顔を見せた。


 彼らにとって、無属性の時空間魔法とは、単に時空間収納(ストレージ)の術を習得するためだけのものという固定観念が深く凝り固まっていたからだ。


 正式に習ったものの、その固定観念に囚われたまま自身の武器に時空間の魔力を強引に付与しようとして、手元で魔力を暴走させて失敗する者が続出した。


 それから小一時間ほど泥臭い試行錯誤を続け、ようやく数名の隊員が武器への時空間魔法の付与に成功する。


 すかさずルビィが、用意された標的に向かって思い切り武器を振り抜くよう指示を出したが、空間はおろか、標的そのものをまともに切り裂くことすらできなかった。


 その後も次々と付与に成功する者が出てきたものの、やはり彼らも同じように、時空間を断裂させるには至らなかった。


 その日の訓練時間が終了すると、遠巻きに控えていた天衆の精霊術師達が、かすかに生じた時空間の歪みを修復していく。


 その様子を横目に、なぜ上手くいかなかったのかを話し合う反省会が始まった。


 深刻な顔で議論を交わす隊員たちの声を黙って聞いていたルーカスは、会の中締めに静かに口を開いた。


「あのルビィでさえ、時空間魔法の武器付与を身につけてから、実戦で使えるようになるまで数ヶ月の血の滲むような鍛錬を要したんだ」


 その言葉が、隊員たちの誇り高き闘志に完全に火をつけたのだろう。


 翌日からの彼らの熱量は凄まじかった。


 基本の素振りに立ち返り、時空間魔法の付与、そして実技という一連のプロセスを、何度も何度も狂ったように繰り返し行った。


 訓練のたびに、天衆も時空間の修復のために足を運んでくれた。


 天衆にとっても、この特殊な空間修復作業は自身の精霊術の練度を極限まで高める絶好の機会であり、双方にとってまさに互いを高め合える理想的な関係(ウィンウィン)となっていた。


 さらに数ヶ月が経過した頃。ようやく数名の隊員が、時空の歪みをまとった刃を標的に正確に命中させられるようになった。


 だが、未だに空間そのものを引き裂く域には届かない。


 それでもなお、執念に満ちた修行の日々は続いた。


 その光景を見守りながら、ルーカスはそろそろ魔導の根源たる真実を彼らに明かすべきかどうか、深く苦悩していた。


 もしも、俺が知る古代言語の術式──『ラムダ(Λ)』や『ファイ(Φ)』、そして『シータ(θ)』の記述コードを教えてしまえば、彼らは今すぐにでもルビィと同等、あるいはそれ以上の威力を持つ時空斬を完全に発動できるようになるだろう。


 だが、果たして本当にそれでいいのだろうか。


 ルビィは、最奥の禁忌である『シータ』のコードを知らない。


 ただ、『ラムダ』と『ファイ』のコードについてはすでに理解しており、摩睺羅伽衆の面々はもちろん、魔導を専門とする迦楼羅衆の者たちにもその基礎を教授していた。


(基礎となる五分五分の条件のなかで、ルビィに匹敵するだけの出力と技のキレを生み出せなければ、たとえ最高位の『シータ』のコードを教えたところで、その強大すぎる力を制御し、使いこなすことなど到底できないはずだ)


 そう結論付けたルーカスは、今はまだ語るべき時ではないと沈黙を守った。


 そんなある日のことだった。


「──はぁぁッ!」 鋭い咆哮とともに放たれた一撃が、ついに標的を周囲の空間ごと文字通り引き裂くことに成功した。


 威力、精度ともに文句なしの完全な時空斬だった。


 それを皮切りに、壁を突き破った隊員たちが次々と頭角を現し始める。


 成功者は瞬く間に続出し、ついに摩睺羅伽衆の全員が、時空斬を完全に自らの技として扱えるようになったのだ。


 全隊員が息を荒くしながらも、歓喜と自信に満ちあふれた表情を浮かべていたその日の夕暮れ。


 ルビィがルーカスの隣に歩み寄り、悪戯っぽく微笑みながら言った。


「みんな本当に見違えるほど強くなったわね。じゃあ、ここからさらなる底上げをしましょうか。ルーカス、お願いできる?」


「底上げって……?」


「ふふ、あなたがまだ奥底に隠している、あの特別な術式記述(コード)のことよ」


「……気づいていたのか?」


「もちろんよ。ずっと一緒にいるんだもの、それくらい分かるわ」


 ルビィの真っ直ぐな瞳に見つめられ、ルーカスは小さく苦笑した。


「分かった。摩睺羅伽衆と、いつも協力してくれている天衆に、迦楼羅衆を、至急全員ここに集めてくれ」


「ええ、すぐに手配するわ」


 ルビィの背中を見送りながら、ルーカスは深く息を吐き出す。


 ついに、あの禁忌の術式式系──『θ(シータ)コード』のすべてを彼らに伝授する覚悟を、俺は静かに決めたのだった。

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