第二話 スイーツ乱舞
盛大な宴の翌日。
俺の予想通り、酒に異常に強いドワーフたちを除いた全員が、深刻な二日酔いで使い物にならなくなっていた。
そんな中、俺は天衆の最高幹部であるルル──アノマリアからの要望に応えるべく、厨房に立っていた。
天衆に所属する妖精と精霊術師たち全員に行き渡るよう、一人あたり丸々一皿(一ホール)という贅沢な割合で、苺のショートケーキを大量に作り上げていく。
また、ここ最近の激動の日々でしばらくご無沙汰してしまっていたため、この世界の最高管理神である主神様へのお供え物も用意した。
時間を操作して極限まで熟成させた魔導ウイスキーの瓶詰めと、出来立ての苺のショートケーキを一皿、神壇へと捧げる。
すると、すぐに主神様から満足げな神託が返ってきた。
『うむ、良い心がけじゃ』
どうやらいたく気に入っていただけたようで、まずは一安心だ。
◆
完成したばかりの瑞々しい苺のショートケーキを時空間収納へと納め、俺はルルのもとを訪ねた。
天衆の領地に到着すると、ルルを中心に無数の妖精と精霊術師たちが今か今かと色めき立ち、勢ぞろいして俺を待っていた。
俺は早速、純白の生クリームと真っ赤な苺で彩られたショートケーキを、妖精と精霊術師たちへ一皿ずつ手渡していく。
「それから、林檎の果実を使った特製の茶葉の試作品も淹れてみたんだ。良かったら一緒にどうかな?」
妖精たちに声をかけると、全員が嬉しそうに勢いよく首を縦に振った。
さっそく丁寧に淹れた温かいお茶を振る舞うと、その評価は絶賛の嵐だった。
爽やかな林檎の甘い香りと高貴な茶葉の風味が、妖精たちの心を瞬く間に鷲掴みにしたようだ。
「ルーカス、次は生地がもちもちとした、筒状の巻き菓子を作ってほしいのだぞー!」
早くもルルから次の熱烈な要望が飛び出した。
俺は前世の地球の利便店で大人気だった、あの独特の食感を持つロールケーキを魔界で再現しようと心に決めた。
◆
さて、妖精と精霊術師たちとの微笑ましい交流はここで幕を閉じるかと思われたのだが、事態はそう簡単には終わらなかった。
「天衆だけずるい!」
最高峰の甘味が配られたという噂は、瞬く間に天竜八部衆の全部隊、そしてエルドゥ魔王様の耳にまで届いてしまったのだ。
不満を募らせる面々を宥めるため、俺はショートケーキをはじめ、濃厚なチョコレートの気品ある洋菓子、香ばしく焼き上げた林檎の焼き菓子、口溶けの滑らかなチーズケーキなど、前世の記憶から思いつく限りの至高の甘味を大量に再現した。
さらに例のアップルティーもふんだんに用意し、全部隊を招いた盛大な甘味会を開催することにした。
形式は、各自が好きなものを好きなだけ皿に盛るバイキング形式だ。
魔族の猛者たちや我が家の使用人、護衛たちまでもが、思い思いのケーキを皿に盛り付け、極上の甘味とお茶の組み合わせを心ゆくまで堪能していた。
「こうして美味しいものを囲んでいると、部隊ごとの横の繋がりが自然と強くなって素晴らしいわね」
隣でアップルティーを飲むルビィが、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだね。どうやら魔界には甘味を専門に作る職人がいないようだし、いっそのこと、お菓子作りの技術を伝授する専門の育成機関(学校)でも設立しようかな」
「それは素晴らしい案じゃな! 抜群の着眼点である、即座に設立を許可しよう!」
背後から突然、重厚な声が響いた。
いつの間にか傍らに立っていたエルドゥ魔王様である。
「魔王様、いつの間にこちらへ?」
「ルビィが『横の繋がりが〜』と言ったあたりからおったぞ。ふむ、これほど絶品な料理を提供されれば、摩睺羅伽衆を率いるお主たちの評判も一気に高まる。少なくとも、お主たちの部隊と他部隊との連携は間違いなく円滑にいくはずじゃ」
「できれば、俺たちの部隊だけでなく、全部隊が隔たりなく連携を取れるようにしたいのですがね」
「そこは、異界の知恵を持つお主に大いに期待しておる。今後も前世の至高の美味をどんどん再現してくれ」
魔王様の言葉に頷きつつ、俺はかねてからの疑問を口にしてみた。
「一つお聞きしたいのですが、魔界の市場では、時折地球で見かけるような食材が流通していますよね。それなのに、なぜこういった完成されたお菓子や飲料そのものは手に入らないのですか?」
「食材そのものを引き込む流通経路はあるのだがな……調理され、完成された物品をそのままこちらの世界へ持ち込む経路を構築することは、どうしても叶わなかったのだ」
「不思議なこともあるものですね」
「我もそう思う。だが、元の食材さえ手に入るのであれば、お主の手でいくらでも再現が可能というわけだ。期待しておるぞ」
そう言ってエルドゥ魔王様は、大きなケーキを口いっぱいに頬張り、両頬をリスのように膨らませていた。
見渡せば、会場のあちこちで魔王軍の幹部や屈強な戦士たちが同じように頬を膨らませて感動に震えている。
(魔王軍全体の連携能力を底上げするなら、まずは彼らの胃袋を完璧に掴むのが一番の近道かもしれないな……)
そこまで考えて、ふと重要な問題に思い至り、俺は魔王様に尋ねた。
「魔王様、我が軍の戦闘時の保存食の配給体制は、現在どうなっていますか?」
「保存食の配給? そのような文化は魔界にはないな。戦地での食糧は、現地調達が基本じゃ」
「それは、重大な欠陥ですね。いついかなる過酷な状況であっても、兵士たちに安定して食事を供給できる体制を整えなければ、軍の士気に直結します」
「食事がそれほど重要なのか?」
「極めて重要です。例え砂漠のような不毛の大地であっても、温かく、まともな食事が約束されていれば、兵士たちの闘志は衰えることなく持続します」
「なるほど、一理あるな。では、その戦用保存食の開発もルーカス、お主に一任してよいか?」
「はい。兵士たちが食べ飽きないよう、いくつかの種類を開発してみます。完成した暁には、また全部隊を招集して味見会を開催したいのですが、よろしいですか?」
「良いぞ! 全面的に許可し、全力で協力しよう。何か必要な物資はあるか?」
「長期保存のための、金属製の密閉容器(缶詰の缶)の製造ラインは確保できますか?」
「地球の構造を模した、空の密閉容器を作る専門の鍛冶場をドワーフたちに建造させることなら可能じゃ」
「では、それをお願いできますか? 中身の保存食については、こちらで責任を持って開発します」
「うむ、承知した。早速ドワーフの長に手配しよう」
「ありがとうございます」
「何、魔王軍の戦力を根底から底上げするための提案なのだ。礼を言うのはこちらの方じゃ。ありがとう、ルーカス」
「いえ。人間界の暴走が始まらないうちに、備えだけは十全にしておきたいですから」
俺の言葉に、魔王様は少し表情を引き締めた。
「何か、向こうの動きで気になることでもあるのか?」
「プロト帝国の動きが極めて不穏です。いずれオーエス国と大規模な戦争を起こす可能性が高い。戦争という凄惨な営みは、皮肉にも技術や魔術の歪な進化を爆発的に促します。場合によっては、彼らが強硬手段として『勇者召喚』の儀式を執り行い、その異界の力をもって他国、あるいはこの魔界へ攻め入ってくることも十分に考えられます」
「ふむ……少し気にしすぎではないか?」
「最悪の展開を考慮しておくに越したことはありません」
「分かった。プロト帝国のみならず、人間界に潜伏させている我が軍の隠密部隊(諜報員)からの報告にも、より一層目を光らせておこう」
「はい。よろしくお願いいたします」
こうして、突発的に始まった甘味会は、いくつかの重要な次への課題を残しつつも、終始大盛況のうちに幕を閉じるのだった。
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