第一話 魔導ウイスキー
俺たちが魔界に移住してきて、まず驚いたのが、配備された四百名の武装の貧弱さだった。
魔界は、人間界の王立アルテア貴族学院と同じく徹底した実力主義であり、個々の戦闘能力は非常に高い。
だがその反面、他者との連携や集団戦をそれほど重視しない傾向があった。
また、良い意味では「弘法筆を選ばず」という気風が根付いており、武装を強化する暇があるなら己の能力そのものを上げるべし、という精神論が定着していた。
もちろん、魔界へ移住してきた妖精族や勇者の末裔などはその限りではないのだが。
そんなわけで、魔界のドワーフたちが武器や防具を製造することは滅多になく、彼らはむしろ堅牢な建築物の創造にその腕を振るっていた。
それはそれで悪いことではない。それだけ、今の魔界が平和だということの証明なのだから。
だが、だからといって我がアルマギナ侯爵邸のお抱え鍛冶師であるドワーフのオルグ一人に、四百名分もの武装を作らせるのは現実的ではなかった。
そこで俺は、人間界からの移住組のドワーフを中心に、現地魔界のドワーフにも協力を仰ぐことにした。
四百名の武装はもちろん、将来的には他の部隊への兵器供給も見据え、まずはドワーフの鍛冶師たちを一堂に集めたのだが……。
結果として、移住組のドワーフには理解を得られたものの、現地魔界のドワーフたちの反応は冷ややかなものだった。
彼らは一様に、こう言い放ったのだ。
「武装の製造じゃと? そんなもの、適当に鉄の塊でも叩いて渡しておけばいい。後は使う本人の努力次第じゃ」
という、いささか脳まで筋肉でできているような回答ばかり。
おまけに、配属された四百名の配下たちまでもが、「武器に頼るなど弱者の論理」とばかりに、己の肉体を鍛え上げるか、魔導の威力を高める術についてしか興味がないようだった。
(このままでは、万が一、人間界で新たに勇者召喚が行われた場合、まともな装備も持たない彼らは戦場で簡単に命を散らすことになる……)
そんな暗い未来が頭をよぎる。
“将を射んとする者はまず馬を射よ”ではないが、まずはドワーフ鍛冶師たちの意識改革から着手するべきだと俺は考えた。
何よりもまず、彼らとの強固な信頼関係を構築しなければならない。
そう思い至った俺は、何か良い知恵はないかとオルグに相談を持ちかけた。
「オルグさん、魔界のドワーフ鍛冶師たちと深い信頼関係を結びたいのですが、何か良い策はありませんか?」
「……すべてのドワーフに共通して、一発で心の壁をぶち壊して信頼関係を作る方法なら、一つだけあるぞ」
「それは、何ですか?」
「一緒に極上の酒を飲んで、バカ騒ぎすることじゃ! 差し当たって、あの『魔導ウイスキー』を振る舞ってはどうかな? ──あ、もちろん、その時は真っ先にわしも呼んでくれよ!」
「ああ、魔導ウイスキーですか。実はもう手持ちの底が突き始めているんですよね。新しく大規模な生産体制を整えないと……」
「なら、まずはウイスキーの醸造工場を建てちまえば良かろう! 建築物を作るという大義名分なら、魔界のドワーフどもだって喜んで手を貸すじゃろ?」
「なるほど、そうですね。材料となる大麦の畑は、ルルの協力と、力が有り余っている配下の連中の労働力を借りればなんとかなりそうです」
「そうと決まれば話は早い! 製造工場の図面はわしが責任を持って書き上げ、ドワーフたちに渡そう。お前さんは材料となる大麦の確保を頼むぞ」
俺は早速、最高幹部の一角である「天衆」の元へと赴き、アノマリア──ルルに相談を持ちかけた。
「極上の甘味が毎週食べられるなら、喜んで協力するおー!」
「じゃあ、約束だ。魔導ウイスキーが完成したら、最高のものを用意するよ」
「もちろんだぞー! その代わり、甘味は大麦畑で働く妖精と精霊術師たち全員の分を、毎回用意してほしいのだぞー!」
「大丈夫、約束する。なら、ついでに甘味の原材料になる小麦の畑も隣に併設して作ってしまおう」
「それなら、小麦の栽培にかかる労力は無報酬でも構わんぞー! 極上の甘味が食べられるならお安い御用なのだなー!」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ頼むね」
こうして俺は、魔導ウイスキーという至高の酒を造るべく、広大な大麦畑と小麦畑を開墾するため、配下の四百名を集めた。
ちなみに、配下の中には酒が飲めない者もいたため、彼らには代わりに特製の果実清涼飲料を造ると約束し、快く了承を得た。
魔界の住人は総じて酒好きな者が多いのか、以前のアクオ市の自衛軍の時を遥かに上回る猛烈な勢いで畑が耕されていく。
その後、綺麗に整えられた畝に大麦と小麦の苗を植えていき、ルルたちが誇る最高峰の植物魔術を施した。
魔界の肥沃な大地と強力な魔術の恩恵により、苗は植えた翌日にはもう収穫期を迎えるほどに急成長を遂げた。
翌日、配下たちの手によって手際よく収穫された大麦が、完成したばかりのウイスキー醸造工場へと次々に運び込まれていく。
小麦は、元から魔界にあった製粉工場へと運び込まれた。
蒸留を終え、出来上がった原酒を特製の木樽へと詰め込む。
そして俺は、それらの樽をすべて自身の時空間収納へと格納し、内部の時間経過を操作した。
十五年、そして三十年もの歳月をかけてじっくりと寝かせた熟成状態へと、一瞬にして時間を進めたのだ。
こうして、ドワーフ鍛冶師一人当たり五樽分という、大量の極上魔導ウイスキーがまたたく間に完成した。
その夜、ウイスキー造りに関わった配下たちと、現地魔界のドワーフ鍛冶師たちを交えた盛大な宴が開催された。
お酒が飲めない者には、見た目も華やかな特製の果実清涼飲料を。
それ以外の呑兵衛たちには、黄金色に輝く魔導ウイスキーを惜しみなく振る舞った。
妖精と精霊術師たちは、どこから取り出したのか自家製の蜂蜜酒を嬉しそうに煽っている。
初めて魔導ウイスキーを口にした現地のドワーフたちは、皆一様に、かつてオルグが初めてこの酒を飲んだ時とまったく同じリアクションを見せた。
まずは、その色と香り。
グラスに注がれたのは、篝火の光を浴びて美しく輝く、気品ある琥珀色の液体。
独特の、泥炭で燻された深みのある芳しさと、完熟した果実のような芳醇な香りが、宴の会場全体へと一気に広がっていく。
ドワーフたちは、これまでに見たこともない見事な名酒の香りを嗅いだ瞬間、ゴクリと激しく喉を鳴らした。
そして、一気に煽る。
「──美味い、美味すぎるッ!! なんだこの酒は! 樽の芳しい木香と、このガツンと脳天にくる力強い衝動……! 俺たちドワーフがいつも煽っている、ただ強いだけの安酒とは何もかもが違いすぎるぞ!」
「五臓六腑の奥底にまで染み渡るぜ! 身体の芯から、途方もねえ魔力が湧き出てくるようだ!」
一字一句、当時のオルグとまったく同じ感想を口にするドワーフたちに苦笑しつつ、俺とルビィもそれぞれのグラスを傾けた。
俺は氷を浮かべた「オン・ザ・ロック」で。
ルビィは炭酸水で割った「ハイボール」を堪能している。
「相変わらず、格別の美味しさね、この魔導ウイスキー。ねえルーカス、これから毎日これが飲めるの?」
「ああ。工場も建てたし、畑仕事での労働は配下たちの筋力や魔力を高める良い鍛錬にもなる。定期的に交代でやらせる予定だよ」
「ふふ、あの清涼飲料も大好評みたいね」
「うん。お酒が入っていなくても、見た目や雰囲気だけでも同じように宴を楽しめるからね」
「ところで……なぜ、あちらで大魔女インフィニティア・ルペリア様まで一緒になって宴に混ざっているのかしら?」
ルビィの視線の先では、迦楼羅衆を率いる大魔女が、豪快にウイスキーのグラスを空けていた。
「まあ、あの人は無類の酒好きだからね。この手の催しには目が無いんだろう。今日は無礼講ということで」
「そうね。それにしてもドワーフたちは本当に酒に強いわね。皆、水で薄めもせず生のまま(ストレート)でグイグイ飲んでいるわ」
「お口直しの水を用意した意味がほとんどないくらいだよ」
そう言いながら、俺は用意した唐揚げを口に運び、最高の組み合わせを楽しんだ。
我が家の使用人たちや両親たちも、笑顔で楽しそうにグラスを合わせており、その様子を見て深い満足感が込み上げてくる。
ちなみに、アドミナとマイクロンはまだお酒を飲めない年齢なので、仲良く並んで特製の清涼飲料を美味しそうに飲んでいた。
「これで、本当にドワーフたちと絆が結べたのかな?」
「ふふ、案ずるより産むが易しって言うでしょう?」
「そうだね。よし、今日はトコトン飲もう」
そこへ、上機嫌のルルがトコトコと歩み寄ってきた。
「ルーカス、約束の甘味のことなのだがー」
「ああ、何か具体的なリクエストでもある?」
「以前、人間界で食べさせてもらった、苺の果実が乗った白い洋菓子がとても美味しかったから、あれを所望するぞー!」
「よし、分かった。じゃあ、明後日は腕によりをかけて、大皿でバンバン作らせてもらうよ。苺をこれでもかってくらい贅沢に使ったやつをね」
「おお! それは最高に楽しみなのだぞー!」
「なんだか、その間伸びした喋り方を聞いていると、最高幹部のアノマリアじゃなくて、つい、いつもの『ルル』って呼びたくなっちゃうね」
「ふふん、他の配下がいない時は、ルルと呼んでも良いぞー」
「そっか。じゃあルル。約束の洋菓子は、明後日届けに行くよ」
「なぜ明日ではなく、明後日なのだー?」
「この会場の惨状を見るに、明日は間違いなく全員が深刻な二日酔いで動けないだろうからね。休みも大事だよ」
「そうね。ここ最近、ずっとウイスキー造りに専念していて、私たちはほとんど休みなしだったもの」
「明日くらいは全員でゆっくり休もう。それと、これを機会に我が部隊には『週休二日制』を導入しようと思っているんだ」
ルビィが不思議そうに小首を傾げた。
「しゅうきゅうふつかせい? 日曜の安息日とは何が違うの?」
「一週間のうちに二度、本人の希望する日に休みを取れるように手配する制度さ。部隊の運用に支障が出ないよう、多少の微調整は必要だけどね」
「それは素晴らしい制度ね! 私は大賛成よ、ルーカス」
「うちの部隊でも、その制度を取り入れるぞー!」
「よかった。これでみんなのやる気の向上と維持に繋がればいいんだけどね」
「大丈夫よ、本当に心配性なんだから」
「まあね」
そうして宴は大成功のうちに幕を閉じ、現地のドワーフ鍛冶師たちも、正式に俺たちの武装製造を引き受けてくれることになった。
後日、新しく製造された最高品質の武装を支給された摩睺羅伽衆の面々は、その圧倒的な性能に口々に称賛の声をあげていた。
さらに、武装の定期的な保守点検を行うことで、ドワーフ鍛冶師、摩睺羅伽衆、そしてルル率いる天衆の間で正式な協力体制が取り決められた。
この“極上の酒が繋いだ技術革新”が、後に他の全部隊へと凄まじい勢いで広がりを見せ、魔王軍全体の戦力を底上げする一大革命へと繋がっていくのだが──それはまだ、始まったばかりのお話である。
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