第十話 見切り
魔界の絶対強者、エルドゥ魔王様は俺たちを見据え、朗々と告げた。
「さて、ルーカスよ。汝がこの人間界(オーエス国)で果たすべき役目は、これですべて終わったようだな。どうだ、今すぐ我が待つ魔界の城へと共に来るか?」
「……いえ、その前に、どうしても最後に別れを告げておきたい人たちがいるので、少しだけ待っていただいても──」
「──それは、私たち一同のことでございますか?」
不意に通路の先から声がした。
振り返るとそこには、かつての侯爵邸の護衛たちや、いつも身の回りの世話をしてくれていた使用人たちが、全員揃って穏やかな笑みを浮かべて佇んでいた。
「皆、来てくれたのか?」
護衛のアルゴルが代表して、一歩前に出て声を掛ける。
「我々を置いて、ルビィ様と二人だけで魔界へ行かれるおつもりでしたか?」
「それは、そうだが……」
「なれば、我々一同もどこまでもお供いたします」
「お兄様、私も付いて行く!」
洗脳から解けたばかりのアドミナが必死に訴え、それに寄り添うマイクロンも頷いた。
「アドミナが行くなら、俺もどこまでも付いて行くぞ」
そこへ、ギャザーやセルたち、かつて苦楽を共にした職人や仲間たちも次々と合流してくる。
「我々も付いて行きますよ!」
「皆、本当に良いのか? 人間界を捨てることになるんだぞ」
「「「もちろんです!」」」
一斉に、迷いのない力強い返事が返って来た。
「分かった。──魔王様、彼らを私の配下として魔界へ連れて行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。汝とルビィには、いずれ我が軍の最高幹部である『天竜八部衆』の一角、摩睺羅伽を担ってもらいたいと思っていたのだ。その直属の配下という扱いにするのであれば、大歓迎じゃ」
「ありがとうございます」
「同時に、魔界の魔導戦士候補二百名、賢者候補二百名を汝に預ける。存分に鍛え上げてやってくれ」
俺は深く頭を垂れた。
「有難き幸せに存じます」
隣のルビィも、不敵かつ楽しげな笑みを浮かべる。
「総勢四百名の大所帯ね。鍛えがいがありそうだわ」
「ああ。皆、荷物の準備はできているか?」
アルゴルが再び胸を張って答えた。
「抜かりありません。足りないものがあれば、現地(魔界)で調達すればよいかと」
「頼もしいな。では行こうか。エルドゥ魔王様、宜しくお願いします」
「うむ」
「──待ってください」
重厚な声がその場を引き留めた。
レイヤー前摂政であった。
「ルーカス、ルビィ。本当に行ってしまうのだな」
「はい。もうこの人間界には未練はありませんから」
「そうか、分かった。汝がこの国に残してくれた、民のための学び舎(寺子屋)制度をはじめとする優れた政策は、私が責任を持って死守するつもりだ。そのためにも、大国プロト帝国の脅威に全力であらがってみせるよ」
「手助けは、必要ですか?」
「いや、我らだけで十分だ。だから安心して魔界へ行きなさい」
「分かりました。レイヤー様、パケ・ロット伯爵にはくれぐれもお気を付けください。あの男は底が知れません」
「ああ、十分気を付ける。我が子を殺し、帝国へ亡命している現状をこのまま許すわけにはいかぬからな」
「国の後継者は、どなたに?」
「第一王女セラに継がせるつもりだ」
「彼女なら安泰ですね。亡きセマフォ王とも仲が良く、影からよく彼を支えていました」
「うむ、思想もセマフォに近い。必ずや歴史に名を残す名君となるだろう」
「はい。オーエス国の繁栄を、遠くから願っています」
「ではな。旅立ちを引き留めてすまなかった」
「いえ、最後に後顧の憂いを断つことができて良かったです」
「元気でな」
「レイヤー様もお元気で」
俺は深く一礼し、魔王様に向き直った。
「お待たせしました、魔王様。それでは出発しましょうか。我々の新しい故郷、魔界へ」
「うむ。アノマリア、空間の門を開け」
こうして俺たちは、人間界に決別を告げ、魔界へと移住した。
◆
魔王城、厳かなる謁見の間。
そこには魔界の四天王をはじめ、俺とルビィ、そして古の竜王アルシオン様、魔族の歌姫フィオナが揃っていた。
玉座に鎮座する魔王様が、厳粛な声で宣言する。
「これより、我が軍の最高幹部たる『天竜八部衆』を定める」
場の空気が張り詰め、皆が緊張した面持ちで行く末を見つめる。
「まず第一番目の天衆は、アノマリア・ヴァル・クリテリオン。汝を任命する」
「はっ、アノマリア・ヴァル・クリテリオン、謹んで拝命いたします」
「うむ。世界の特異点たる妖精よ。汝には今まで通り、すべての妖精族及び精霊術師を束ねてもらおう」
「ははっ」
「第二番目の竜衆であるが、古の竜王たるアルシオン殿を任命する」
「ははっ。このアルシオン、我ら一族に安住の地をいただいた御恩に報いるためにも、全力でその任を全ういたします」
「うむ。アルシオン殿には、エンシェント・ドラゴンのみならず、魔界に生きる全ての竜種を任せる」
「ははっ」
「第三番目の夜叉衆であるが、セグムント・フォン・クラハト侯爵。汝が務めよ」
「ははっ。このセグムント、常に戦陣の先頭を切り、我が王の矛となるよう精進いたします」
「うむ、汝には今まで通り、屈強な鬼人族を束ねてもらおう」
「ははっ」
「四番目の乾闥婆衆であるが、フィオナ・エレノーア。汝に務めてもらいたい」
「ははっ。我が歌の魔力をもって皆を鼓舞できるよう、精一杯勤めさせていただきます」
「うむ、汝にはセイレーンをはじめとする、音律の魔技に長けた魔族を束ねてもらいたい」
「ははっ」
「五番目の阿修羅衆であるが……ひとまず欠番とさせてもらう。現在、ある試みを行っており、それが成功した暁には、改めて任命するものとする」
「六番目の迦楼羅衆であるが、大魔女インフィニティア・ルペリア。汝が務めよ」
「ははっ。大魔女インフィニティア、謹んで拝命いたします」
「汝には、今まで通り魔女、有翼人の軍勢をまとめてもらう。制空権を獲得するのだ」
「ははっ」
「七番目の緊那羅衆は、ステルク・マルワール。汝が務めよ」
「ははっ。このステルク、王の影となり、必ずやご期待に応えてみせます」
「うむ。汝には、これまで通り隠密の影部隊を率いてもらいたい」
「ははっ」
「そして最後の八番目、摩睺羅伽衆は、ルーカス・アルマギナ侯爵と、その妻ルビィ・アルマギナに務めてもらおう」
「ははっ、ルーカス・アルマギナ、精一杯勤めさせていただきます」
「ははっ、ルビィ・アルマギナ、私も精一杯勤めさせていただきますわ」
「汝らには、新設の魔導騎士二百名、同じく新設の賢者二百名を任せる。我が軍の最大戦力となる。頼んだぞ」
「「ははっ」」
「さて、叙任が一段落着いたところで、皆に見せたいものがある」
アノマリアが代表して首を傾げた。
「見せたいもの、ですか?」
「ああ。以前、ルーカスから八部衆の説明を聞いた際、阿修羅とは『三面六臂の闘神』だと聞いてな。興味が湧いて最高位の人工肉体を二体作ったのだが、どうしても魂が定着しないのだ」
二体の人工肉体。
その言葉に、俺の脳裏にある可能性がひらめき、ぎょっとした。
「二体……まさか!?」
「そのまさかだ、ルーカス。先ほど救い出したパスカルと、そなたが守ったバイナリの魂が、この肉体に定着しないか試したいのだ」
「……やってみる価値は十分にありそうですね。ちなみに、これまで魂が定着しなかった原因は判明しているのでしょうか?」
「三面六臂という、あまりにも特殊で規格外な肉体の構造に、並の魂では耐えられず、自壊してしまったのだ」
「……なるほど」
「常軌を逸した、強靭な魂でなければ扱いこなせないようだ。──では、始めるぞ。まずはパスカルからだ」
エルドゥ魔王様が手のひらをかざすと、淡く光る球体が人工肉体の一体の胸へとスゥっと吸い込まれていった。
刹那、人工肉体の目がカッと開く。
「私は……確か死んで、魂が消滅したはず。なぜここに……?」
「俺のことが分かるか? パスカル・ヴィルト」
「ルーカスか……? ──って、おい、腕が六本あるんだが、これは一体どういう状況だ!?」
「闘神阿修羅を模した特殊な肉体に、お前の魂を入れたんだ。身体に何か問題はありそうか?」
「いや……前後左右の視界が恐ろしいほどクリアだ。それに腕が六本もあるなら……これ、魔鋼糸を今までの三倍は同時に操れそうだぞ」
「そうか! それなら良かった」
「うむ、見事に定着したようだな」
「ええ。では次はバイナリですね」
俺は、時空間収納から大切に保管していた、魂の霧散を防ぐ特製のカンテラを取り出した。
「バイナリ、頼むぞ!」
俺は魔王様の所作を真似て、バイナリの魂をもう一体の人工肉体の胸へとそっと置いた。
魂は光の帯となって吸い込まれ、ゆっくりとその瞼が持ち上がる。
「あれ、ルーカスじゃないか? 俺は確か、魂を犠牲にして最上位の召喚術を使ったはずなのに、なんで生きてるんだ?」
「俺のことが分かるのか、バイナリ・モッド」
「もちろんさ。というか、なんで俺の腕が六本もあるんだ!? 視界も前後左右がめちゃくちゃよく見えるぞ!」
「それはな……」
「なんだか、前より力が漲ってくる。なんだ、この最高に強そうな身体は?」
「闘神阿修羅を模した人工の肉体だからだよ」
「ということは……俺、人間辞めちまったってことか。あちゃー」
「なんだか、本当にバイナリらしい反応ね」
「そうだな、ルビィ」
アノマリアも苦笑を浮かべる。
「ああ、むしろ想像通りの反応で安心したな」
「何はともあれ、これでめでたしめでたし、ということかしら」
「いやさ、ルーカス」
バイナリが六本の腕をせわしなく動かしながら言った。
「俺、召喚術師なのに、腕が六本あってもどうすれば良いのさ?」
「じゃあ、六本の腕にそれぞれ異なる属性の魔導杖を持って、一気に全属性の最上位召喚獣を同時呼び寄せればいいんじゃないか?」
「「「それだ!!」」」
俺とパスカル以外の全員の声が完璧にハモった。
パスカルは顎に手を当て、深く感心している。
「なるほど、そういう使い道もあるのか。ならば私は、六本の腕にそれぞれ異なる属性の魔力を込めて魔鋼糸を流せば、全属性の罠を同時に張れそうだな」
俺は二人の様子を見て、呆れたようにため息をついた。
「というか……二人とも、新天地の身体に馴染みすぎだろ」
魔王様が満足そうに頷き、玉座の肘掛けを叩いた。
「では改めて。天竜八部衆の五番目、阿修羅衆は、この二人で決定だな!」
「「「異議なし!」」」
今度は、新しく阿修羅となったパスカルとバイナリ以外の全員の声がハモった。
「八部衆って、確か前にルーカスが言っていた『八つの守護神』だっけ?」
「ああ。どうやら俺たち、魔界に再就職しちまったみたいだな」
「再就職というか、転職だろ? 俺たちは戦いを引退したわけじゃないんだから」
「そっか、転職か。なら、悪くないかもな」
「バイナリもそう思うか?」
「ああ。パスカルは?」
「フッ……私も、悪くないと思っているよ」
こうして、後の世に「魔界に二体の恐るべき阿修羅あり」と全種族から畏怖されることになるのだが──それはまだ、ずっと遠い未来のお話である。
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