第九話 兄妹
王都の城門前では、新貴族派の令嬢たち──コルセーア、ソーニ、レーノが未だに勝ち誇ったような軽口を叩き合っていた。
「ふん、頼みの綱のお兄様は、まだここへ来ないようね!」
「戦況に恐れをなして、どこかへ敵前逃亡したんじゃないかしら?」
「それとも、実の妹と正面から刃を交える勇気がないだけじゃない?」
嘲笑を浴びせられる中、ルビィは一切の揺らぎがない瞳で彼女たちを見据え、毅然と言い放った。
「──ルーカスは、必ず来るわ」
「うむ、その通りだ、ルビィ! 私も奴が来るまで、もう一踏ん張りするとしようか!」
緊迫する城門前は、にわかに激しい殺気と魔力の渦に包まれていく。
すると、コルセーアが歪んだ笑みを浮かべて叫んだ。
「さあ、アドミナ! 貴方の愛おしい兄様をたぶらかした、目の前のクソ女に引導を渡してあげなさい!」
「兄様をたぶらかした、貴方が全ての元凶……! ──【獄炎烈火】十連発!!」
「くっ、舐めないで! ──【絶対零度】十連発!!」
互いの帝級魔術が空中で激突し、凄まじい衝撃波を生み出しながら相殺されていく。
「お互いに必中の特性持ちだと、本当に苦労するわね……!」
「私には到底真似できない芸当だ、ルビィ。その調子で頼むぞ」
「そう言う貴方はどうなのよ、アノマリア! マイクロンの方は?」
「あ奴、とにかく身体の頑丈さだけが取り柄のようでな。生半可な攻撃ではびくともしないのだ」
「ええ、あの巨体だもの。エンシェント・ドラゴン並みの防御力があるはずよ!」
「エンシェント・ドラゴンだと? いや、それ以上だ! あれはもはや、気の遠くなるような年月を生き抜いたエルダー・ドラゴンの領域に近いぞ!」
防戦一方のこちらを見て、新貴族派の令嬢が声を張り上げた。
「何をこそこそ話しているのよ、余裕じゃない!アドミナ!」
「──【迅雷烈破】!!」
「くつ──【迅雷烈破】!!」
アドミナとマイクロンが放った追撃の雷撃を、ルビィたちが危なげなく回避する。
「ふぅ、間一髪だな」
「のんきに言わないで! 今の二人の立ち回り、まるで『小さなルーカス』と戦っているみたいだわ!」
「そんなにか!?」
「ええ、これは想像以上に手強いわよ!」
その時だった。聞き慣れた力強い声が、戦場に響き渡った。
「遅れてすまない! 今来た! ──戦況は!?」
「ルーカス! 来てくれたのね!」
「遅いぞ! 一体全体、何をしていたのだ!」
「えっ……ルル、いつの間にそんな口調に?」
「そんなことは後だ! それより、妹君とマイクロンが嵌められている『隷属の首輪』を何とかしろ!」
「何とかって……。しかし、あの首輪は無理に引き剥がせば装着者が──」
「当面は首輪を付けっぱなしにしたまま、呪縛の術式だけを無力化すれば良かろう! 魂が消滅するよりは遥かにマシだ!」
「なるほど、分かった。今すぐその術を──」
そこへ、コルセーア、ソーニ、レーノの三人娘が割って入る。
「そうはさせないわよ! Sクラス五人を相手に、余裕ぶっているんじゃないわよ!」
「そうそう、あんたは大人しく引っ込んでなさい!」
「ここで無様にやられてしまいなさいな!」
ルーカスは冷ややかな視線を三人娘に向け、ルビィたちに問いかけた。
「彼女たちは一体?」
「パスカルやアドミナ、マイクロンにその隷属の首輪を仕掛けたのは、どうやら彼女たちの仕業らしいわ」
「おまけに、実家が新貴族派の重鎮らしいぞ、ルーカス」
「そうか、事情は分かった。──なら、彼女たちには手加減をする必要はなさそうだな」
コルセーアが鼻で笑う。
「ふん! 私たち三人でかかれば、いかに『聖人』と謳われるルーカスと言えど……って、な、何よこれ!?」
「ルビィ! 超古代魔術は展開できるか?」
「ええ、バッチリよ!」
「ルル……いやアノマリア! この領域の帝級魔術と神聖術の行使を強制封印したが、そちらへの影響は?」
「我には何の影響もないわ」
突然、自身の魔力が不自然に霧散したことに気付き、ソーニが血相を変えて激昂した。
「……貴様、一体何をしたの!?」
「簡単なことだよ。この空間一帯において、帝級魔術と神聖術を使用不可能にした。ついでに、通常の古代魔術の術式もな」
「いつの間にそんな術を……っ!?」
「さっきだよ。俺の新しい力──『エリア・ハッキング』によって、ここ一帯の理を書き換えた。今のこの空間で使えるのは、精霊術と超古代魔術、魔族の秘術、そして俺の魂の故郷である異世界の術だけだ」
「なっ……! 私たち、古代魔術までしか使えないのに!?」
「アドミナの術式は!?」
「さあ、どうかしらね」
ルーカスは静かに前へ踏み出す。
「おしゃべりをしている暇があるのか? ルビィ、アノマリア! 数秒だけ、彼女たちの足止めをする壁を作ってくれ!」
「任せなさい!」
そう言って、俺は胸の前で素早く孔雀明王の印を結んだ。
「──オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」
圧倒的な浄化の真言を唱えると同時に、神聖な光がアドミナとマイクロンの身体を包み込む。
二人は糸が切れたように、その場にどさりと倒れ込んだ。
「さて、形勢逆転だな。俺の可愛い妹と、大切な親友に手をかけてくれた代償……たっぷりと支払ってもらおうか」
「に、逃げるわよ! いえ、戦略的撤退よ! ──きゃあ!?」
「何よ、なんなのこれ!? 足元に不気味な茨が絡みついて外れないわ!」
「これは……精霊の枷!?」
「私は重力魔術を操るだけの妖精ではないぞ。植物を操る魔術も大の得意なのだ。大人しく拘束されてもらう」
「待って! 謝るから、今までのことは全部謝るから許して……!」
「許すわけがないだろう。──『地獄の無の深淵よ来たれ。すべての敵を無に帰せ。深く、深く、その芯まで無に帰せ。深い深い底の無い深淵をもって、目の前の敵を飲み込め……』」
俺の冷徹な詠唱を耳にして、三人娘は恐怖に顔を歪めた。
「やめて! 死にたくない!」
「いや、いやよ、いやぁぁぁ!」
「こんなところで、終わるなんて……!」
長く、あまりにも厳かな詠唱の果てに、俺はその大魔術を解き放つための真名を口にした。
「──『地獄の無深淵』!!」
巨大な闇の顎が虚空にパクリと開き、絶叫する三人娘を容赦なくその暗黒へと飲み込んでいく。
やがて完全に闇の顎が閉じ、戦場に静寂が戻ったその時、足元でアドミナとマイクロンが大きな呼吸と共に意識を取り戻した。
「あれ……? お兄ちゃん……? 私、一体ここで何を……」
「アドミナ! ……お前たちは、新貴族派の奴らに隷属の首輪を嵌められて操られていたんだ。俺の術で、首輪による支配の効果は完全に消し去ったが……」
「この首輪……やっぱり、外すことはできないの?」
「ああ。無理に外そうとすると、その瞬間に魂そのものが消滅してしまう仕掛けなんだ。そうなると、どんな神聖術をもってしても二度と復活できなくなる。しばらくの間は不快かもしれないが、付けたままでいてくれ……」
「──それならば、我が今すぐ外してやろうぞ」
ぎょっとして、背後から響いた威厳のある声の方を振り返る。
そこには、頭部に漆黒の角を生やした、息を呑むほどに絶世の美少女が悠然と立っていた。
魔界の絶対強者、エルドゥ魔王様だ。
「魔王様……! 一体いつの間にこちらへ?」
「今しがただ。ちょっと、先ほど息絶えたパスカルとやらの魂を冥府の手前から救い出し、修復を行っていたらな。思いのほか時間を取られてしまったわ」
「……! パスカルは、生き返るのですか!?」
「然り。依り代となる肉体か、魂の入っていない空っぽの器さえあれば、そなたがカンテラに収めたバイナリという男と同様に、いつでも復活させることが可能だ。──それで、そちらの二人がアドミナとマイクロンであったな?」
「「は、はい……!」」
「その忌々しい隷属の首輪、我が今ここで外してやろう」
そう言って魔王様が美しく細い指を「パチン」と軽く鳴らした。
たったそれだけの動作で、アドミナとマイクロンの首に複雑に絡みついていた隷属の首輪が、音を立てて砕け散り、地面へと転がり落ちた。
魂を傷つけることなく、呪縛だけが完全に消滅したのだ。
「さて、ルーカスよ。汝がこの人間界(オーエス国)で果たすべき役目は、これですべて終わったようだな。どうだ、今すぐ我が待つ魔界の城へと共に来るか?」
「……いえ、その前に、どうしても最後に別れを告げておきたい人たちがいるので、少しだけ待っていただいても──」
「──それは、私たち一同のことでございますか?」
不意に通路の先から声がした。
振り返るとそこには、かつての侯爵邸の護衛たちや、いつも身の回りの世話をしてくれていた使用人たちが、全員揃って穏やかな笑みを浮かべて佇んでいた。
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