第八話 聖騎士の本性
「ふん。君の旦那、中でやられたようだよ?」
「案外、あっけなかったわね」
城内の中庭。
冷酷に言い放つ聖騎士団長シーに対し、バイナリは怒りを押し殺した低い声で問い返した。
「……それだけか? お前の夫が死んだんだぞ」
「役立たずの男に用はないわ」
「貴様……!」
「それより、自分の心配をしたらどうなの? 貴方がどれほど自慢の召喚獣を呼び出そうと、不死の身体を持つ私には一切通用しないわ!」
「……」
「恐れをなして、言葉も出ないようね。さあ、我が槍の錆になるがいいわ、バイナリ!」
「──それは、どうかな。おいシー……。昔、ルーカスに教えてもらったんだよ」
バイナリは不敵に笑い、静かに語り出した。
「人間にはな、『テロメアっていう、寿命を司る目に見えない紐』があるんだってさ。蘇生だの超回復だの、神聖術の奇跡を無闇に乱用すると、その紐がとんでもない速さで短くなっていく。あの時、俺は『俺には関係ない』って言った。……ああ、その通り、俺には何の関係もねえんだよ。今からその紐を強制的に使い果たさせてやる。老衰死するんだな、シー! ──ティアマット、殺しきんなよ! そいつが『寿命の紐』をすべて使い切るまで、何百回でもその肉体を刻み続けろ!!」
「貴様! テロメアだの紐だの、わけのわからない妄言を……! 私が老衰する前に、貴様をここで片付けてやるわ!」
シーは最上位の竜種たるティアマットの放つ激甚な息吹を正面から浴びながらも、その都度、超回復の神聖術によって肉体を即座に再生させ、狂ったようにバイナリへと肉薄する。
「さあ、その心臓を貫いてあげる! 召喚術師など、召喚獣の猛攻さえ凌ぎきってしまえば、本人は無力なのだから!」
「それはどうかな? ──来たれ、フェンリル!」
「何っ!? 伝説の神獣を二体同時に維持する(ダブル・サモン)だと!? バイナリ、貴様いつの間にそんな力を……! だが、まだまだ防ぎきってみせる!」
「こっちの隠し球は、まだ終わっちゃいねえよ! ──来たれ、ベヒモス!」
「なっ……三体同時だと……っ!?」
地響きを立てて現れた三頭の神獣が、シーの行く手を完全に遮絶する。
圧倒的な圧力を前にしてもなお、バイナリは冷徹に最後の問いを投げかけた。
「最後に一つだけ聞きたい。本当に、パスカルのことは何とも思っていなかったのか?」
「何を今更! 当たり前でしょう! 奴には利用価値があったから近くに置いた。それだけよ! それ以上でもそれ以下でもないわ!」
「……その薄汚い言葉を聞けて、ようやく安心した。これなら、心置きなく貴様を叩き潰せる。──いけ、ティアマット!」
「無駄よ! 私の絶対的な神聖術の前には、如何なる竜の息吹も無意味よ!」
「それはどうかな、シー! 君の寿命の紐が、今この瞬間も凄まじい勢いで短く刻まれていっているのが、俺の目には手に取るようにわかるぞ!」
「そんな得体の知れないものに、この私が屈するものか! その前に、貴様が限界を超えた召喚による魔力枯渇で気絶するのが先よ! 神獣を三体も同時に従えて、どれだけその魔力が持つかしら!? 意識を失った瞬間に、細切れにしてやるわ!」
「さっきから言っていることがワンパターンなんだよ、この糞女!」
「その神獣の壁さえなければ、今頃とっくに串刺しにしてやれるというのに!」
「俺の大切な友人たちを愚弄されて、黙っていられるか! いけ、ティアマット! 死なない程度に骨まで焼き尽くせ!」
多頭のティアマットが、それぞれの顎から属性の異なる極大の息吹を連続して吐き出す。
容赦なく直撃する轟雷や猛火、絶対零度の吹雪。
シーの超回復力はその全てを即座に癒やし、火傷や凍傷を瞬時に消し去っていく。
しかし──奇跡の代償は、確実に彼女の肉体を蝕んでいた。
「うっとうしい息吹ね……! 一体いつまで続けるつもり!」
「お前が老衰死するまでさ! おい、見てみろ。お前のご自慢の美しい髪に、ずいぶんと白髪が混ざってきているぞ!」
「何ですって……!? バカな! ──は、肌の張りが、消えていく……!? 神聖術の回復を繰り返しているだけで、なぜこんな……!」
「無駄だって言っているだろうが、バカ女。さっきの寿命の話、これっぽっちも理解できていなかったようだな」
「そのテロメアとやらが何だと言うのよ!」
「もうお前の命の先は長くない、っていうことだよ!」
「その前に貴様を八つ裂きにしてやるわ! そろそろ魔力も底を突いて倒れるはずでしょう!」
「残念だったな。俺のこの術式(裏技)には、魔力枯渇なんて生易しい限界は存在しないんだよ!」
「何ですって!? あなた、まさか……!」
「その、まさかさ。──俺は今、己の『魂』を代償として捧げているんだ!」
「狂っているわ……! そんなことをすれば、貴様の魂は消滅し、輪廻の輪から外れて転生すら出来なくなるのよ!?」
「馬鹿げた選択だと笑いたければ笑え! 友との絆を侮辱された痛みに比べたら、魂の一つや二つ、安いもんだ!」
「パスカルやルーカスごときにそこまで義理立てするなんて、いくら何でも正気の沙汰じゃないわ!」
「正気さ! お前のように、他人を都合の良い道具としか思っていない奴には、俺たちの結んだ絆の価値なんて一生理解できやしないさ!」
「クソが……っ!!」
「上品な聖騎士様の言葉が、さっきから随分と汚くなっているぞ、シー! ──そろそろ寿命の紐も限界だな?」
「何だと……!」
「中庭の池の水面でも見てみろよ! しわしわの老婆が映っているぞ!」
「何を……! は、肌が……っ!? 私の美しい肌が、枯れ木のようにしわしわになっている……! 鎧が、重くて、身体が動かない……!?」
「これで幕引きだ! 最後のひといきだ、いけ、ティアマット!!」
ティアマットの複数の顎が大きく開き、最大出力の極大息吹が中庭を真っ白に染め上げた。
「がァァァァァァァァァッ……!?」
「──先に行ったパスカルに、地獄で這いつくばって謝罪してくるんだな!」
「嫌よ……! 私は、こんなところで……いやぁぁぁぁぁぁ!!」
猛烈なエネルギーの奔流がシーの全身を焼き、そして、その肉体は内側から完全に崩壊した。
超回復の奇跡すら途絶え、身体は光の塵となって消滅し、その場にはただ、形を保ったままの頑丈な聖騎士の鎧だけが虚しく崩れ落ちた。
「へっ……! やったぜ、パスカル、ルーカス……。あの無敵のはずの、不死の聖騎士に……勝った……ぜ……」
バイナリは糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
そこへ、息を切らせたルーカスが通路から飛び出してくる。
「バイナリ! 無事か!」
「……はは、やったぞ、ルーカス。あいつを……完全に倒した……。ゴホッ、ゴホッ!」
「無茶をしやがって! 今すぐ神聖術で回復させるから、しっかりしろ、バイナリ!」
「無駄さ……。前に言っただろう? 魂を代償にしちまったんだ。俺の命の灯火は、もうここまでさ……」
「バイナリ……っ!」
「そろそろ、本当にお別れだ……。お前と、あいつらとつるんで旅を……したの、最高に楽しかったよ……」
「バイナリ!!」
バイナリの身体が、淡い光の粒子となって朧気に透け始め、虚空へと消えかけていく。
あまりにも理不尽な親友の連続した死に、ルーカスが絶望とやるせなさで押し潰されそうになった、その時だった。
召喚を維持されていたティアマットの巨躯が、静かにルーカスを見下ろした。
『──実に面白い人間(主人)だった。これほどの男を消滅させるのは惜しい。特別に、お前に返してやろう』
「これは……?」
ティアマットの爪先から、淡い光を放つ小さな光球がルーカスの手元へと滑り込んできた。
『主人の魂の残滓だ。もしも他に肉体、あるいは適切な依り代を見つけ出すことができたなら、それを宿すといい。そうすれば、この男は再びこの世に復活するだろう。……まあ、前世の記憶が残っているかどうかまでは保証しかねるがな』
「ありがとう……! 本当にありがとう!」
『礼を言うのはこちらだ。もし復活させることができたなら、お前たちとの契約は実に楽しかったと、そう伝えてくれ』
「ああ……! 必ず伝える!」
『では、さらばだ。若き英雄よ』
ティアマットをはじめとする神獣たちが、足元に展開された巨大な召喚陣の光と共に、静かに魔界へと帰還していった。
ルーカスは即座に指先を動かし、超古代魔導の応用によって、魂の霧散を防ぐ特製のカンテラをその場で、即興で創造した。
そして、バイナリの魂を慎重にその内部へと宿らせる。
カンテラを自身の時空間収納へと大切に納めると、俺は強く拳を握りしめた。
「バイナリ、絶対に復活させる。だから、それまで少しだけ待っていてくれ……!」
◆
一方その頃、王都の城門前では、新貴族派の令嬢たち──コルセーア、ソーニ、レーノが未だに勝ち誇ったような軽口を叩き合っていた。
「ふん、頼みの綱のお兄様は、まだここへ来ないようね!」
「戦況に恐れをなして、どこかへ敵前逃亡したんじゃないかしら?」
「それとも、実の妹と正面から刃を交える勇気がないだけじゃない?」
嘲笑を浴びせられる中、ルビィは一切の揺らぎがない瞳で彼女たちを見据え、毅然と言い放った。
「──ルーカスは、必ず来るわ」
「うむ、その通りだ、ルビィ! 私も奴が来るまで、もう一踏ん張りするとしようか!」
緊迫する城門前は、にわかに激しい殺気と魔力の渦に包まれていくのだった。
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