第七話 洗脳された親友
俺は、激しい焦燥感に駆られていた。
「超古代の最高位たる雷撃を纏わせた檻に閉じ込められた気分はどうだ、ルーカスゥ! その檻の内部では、貴様が得意とする空間転移の術式も一切発動できん! 妙な隠密の秘術もなァ!」
身動きの取れない絶体絶命の檻の中で、俺が苦悶の表情を浮かべたその時、脳内に響く精神支援の機械的な音声が囁いた。
『──警告。対象の術式展開を感知。これより、ハッキングの制限上限を強制解放しますか?』
(一か八かだ。解放しろ!)
『了解。ハッキングの上限を強制解放します。展開完了まで一分お待ちください』
「どうした、ルーカスゥ! 手も足も出ないか? 当然だ、貴様を倒すためだけに編み出した戦術なのだからな! 声も出ないか! ハハハハ!」
議会会場の奥では、新貴族派の重鎮が狂ったように歓声を上げていた。
「良いぞ、パスカル! ルーカスにもその隷属の首輪を嵌めてやる! 二度と我らに逆らうことができぬようにな! そして我が国を帝国に吸収してもらうのだ! 目障りな『新参組織』を解体し、我ら貴族による民支配を復活させるのだ!」
「それが本音か……この不届き者が!」
「吠えていろ! 貴様に何ができる! パスカルの檻に閉じ込められて手も足も出まい!」
「──それはどうかな」
「何だと!?」
『──ハッキングの上限解放を完了。これより、一定空間をすべて支配下に置くエリア・ハッキングが使用可能です』
(よし、エリア・ハッキング、発動!)
その瞬間、自分を中心に議事会会場の隅々まで、あらゆる構造のデータが情報の嵐となって頭へ流れ込んできた。
(ぐぅっ……情報の密度が強すぎる! サポート、魔鋼糸の構造にのみ情報を絞り込め!)
『了解。魔鋼糸、およびその使用者たるパスカルの情報のみを抽出します』
俺は脳内で、周囲に張り巡らされたすべての魔鋼糸、そして俺を閉じ込める檻の術式を、自分自身の支配下に塗り替えていく。
「なんだと……!? 言うことを聞け、俺の魔鋼糸!」
「無駄だ、パスカル。君の魔鋼糸はすべて俺の支配下に入った。もう君の命令は届かない」
「何だと……!」
「さあ、己の檻に囚われるがいい。──形勢逆転だ」
俺は自身を閉じ込めていた雷撃の檻を、そっくりそのままパスカルの周囲へと移し替えた。
そして、瞬時に胸の前で孔雀明王印を結ぶ。
もしかしたら、この圧倒的な浄化の法力を使えば、あの忌々しい隷属の首輪の呪縛を外せるかもしれない。
「──オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」
孔雀明王の真言を唱える。
その瞬間、周囲を暴力的とも言えるほどに清らかな神聖力が支配した。
不浄な呪詛が次々と霧散していく。
結界の中で、パスカルが首をむしり取るようにして苦しみだした。
「貴様、何をした……!」
「……」
「何を黙っている! 私を無視するな、若造が!」
新貴族派の重鎮が叫んだその時だった。
パスカルが力なくその場に倒れ込んだ。
俺はすぐさま魔鋼糸の檻を解除し、パスカルへと駆け寄る。
だが、その首に嵌められた隷属の首輪からは、不気味な黒い血が溢れ出していた。
「これは……首輪が首の神経全体に侵食しているのか……!?」
「フハハハハハ! 最初に言っただろう! それはただの首輪ではないと。無理に呪縛を剥がそうとすれば、装着者は即死するのだ!」
「貴様……っ!」
「親友をその手で殺めた気分はどうだ、ルーカス宰相!」
その時、倒れていたパスカルが、微かにその瞼を開けた。
「ルーカス……俺は、また君に負けたのか……」
「パスカル! 意識が戻ったのか!」
「ああ……長い悪夢を見ていたようだ。迷惑をかけたな……」
「パスカル、いいんだ。君の意識が無事なら、それで……!」
そこへ、空気を読まない新貴族派の怒号が飛ぶ。
「馬鹿な! 隷属の首輪の術式を無効化しただと!? そんな馬鹿なことがあってまるか! 衛兵、何をしている、こいつらを今すぐ捕まえろ!」
しかし、周囲を囲む衛兵は絞り出すような声で、それを拒んだ。
「……それは出来ません」
「何故だ!」
「どう見ても、悪逆非道なのはあなた方の方です」
「くそっ、融通の利かん雑兵どもめ! 私兵を呼べ! 力尽くで奴らを拘束しろ!」
これ以上の問答は無用だった。
俺は冷徹に九字の詠唱を始めた。
「……臨・兵・闘・者」
九字を唱えながら、手の印を次々と変えていく。
「皆・陣・烈・在・前」
九字の印が完成した瞬間、俺とパスカルの周囲に、あらゆる物理攻撃を拒絶する半円球の強固な結界が張られた。
押し寄せる私兵たちが剣を叩きつけるが、結界の表面を揺らすことすらできない。
「──『地獄の氷河よ来たれ。すべての敵を凍り尽くせ。深く、深く、その芯まで凍り尽くせ。絶えることなき永劫の氷河をもって、目の前の裏切り者を蹂躙せよ……』」
「止めろ! 奴に詠唱を完成させるな!」
「死ぬぞ! 逃げろ!」
「衛兵、貴様らも……いない!? いつの間に……」
「国王派と中立派の貴族どもも姿がないぞ!」
「扉が封鎖されていて逃げられん!」
「クソ、おい私兵ども、死にたくなければ早くそいつを止めろ!」
新貴族派の者たちが血相を変えて叫ぶが、私兵どもは九字の結界を破れず、ただ立ち尽くすのみ。
長く、あまりにも厳かな詠唱の果てに、俺はその大魔術を解き放つための真名を口にした。
「──『地獄の封印氷河(コキュートス・シールド・ホーリー・グレイシァー)』!!」
その瞬間、議事会会場の中で、猛烈な吹雪が荒れ狂った。
激しい凍気の暴風が吹き荒れ、瞬く間に俺とパスカル以外のすべてが白い氷の底へと閉ざされていく。
会議室の全域が地獄の氷河に覆われ、静寂だけが場を支配した。
「パスカル、今からその忌々しい首輪を外す。じっとしていてくれ」
「無駄だ、ルーカス……。下手に外せば俺はもちろん、外した君も呪いで死ぬ。そういう仕掛けだ」
「なら、どうすればいい! 何か方法が──」
「簡単なことさ。こうすればいいんだ」
パスカルは自らの手に力を込め、無理やりその隷属の首輪を引き剥がした。
「パスカル──!?」
「いいんだ、ルーカス……。もう疲れたよ。親友である君と戦うのは、これで終わりだ」
俺は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
いや、もう涙が止まらなかった。
「……泣くな、親友。これで俺は、ようやく安らかに逝ける」
「待て、すぐに蘇生魔術を……!」
「無駄だよ。あいつらが言っていただろう? 首輪を無理に引き剥がせば即死だと。これは、魂そのものを消滅させる呪いだ」
「パスカル……」
「こうして最後に、君とまともに会話できただけでも奇跡のようだ。神様も、粋な計らいをしてくれるじゃないか……」
「……あ……あ」
「さよならだ、親友。先に行って待っている」
そう言って、パスカルは俺の腕の中で静かに事切れた。
「パスカルーーーー!!」
静まり返った氷の会議室に、俺の引き裂かれるような慟哭だけが響き渡った。
◆
「ルビィ。今の、通信の光景を見たか?」
「ええ、アノマリア。ルーカスの力なら、アドミナたちの首輪の術式にも干渉できるはずよ。あとは、無理に剥がしさえしなければ……」
「ああ、正気に戻す方法はあるということだな」
その時、城門前に居た新貴族派の令嬢たち──コルセーア、ソーニ、レーノの三人の焦りを含んだ声が響き渡った。
「アドミナ! さっさとそこのおばさんを倒しなさい!」
「マイクロン! その羽虫を相手に何を手こずっているのよ!」
「どうでもいいから、早くその女と羽虫を片付けて! 中の父さまたちが氷漬けにされてしまったわ!」
ルビィの額に青筋が浮かぶ。
「……誰がおばさんですって? 私たちハイ・ヒューマンは、十七歳で身体の成長が止まるのよ!」
「それに羽虫、だと……? よくも言ったな貴様ら。魔王軍四天王最強たる我が身を甘く見た代償を、後できっちり支払わせてやる」
◆
「ふん。君の旦那、中でやられたようだよ?」
「案外あっけなかったわね」
城内の中庭。
冷酷に言い放つ聖騎士団長シーに対し、バイナリは低く問い返す。
「……それだけか? お前の夫が死んだんだぞ」
「役立たずの男に用はないわ」
「貴様……!」
「それより、自分の心配をしたらどうなの? 貴方がどれほど自慢の召喚獣を呼び出そうと、不死の私には一切通用しないわ!」
「……」
「恐れをなして、言葉も出ないようね。さあ、我が槍の錆になるがいいわ、バイナリ!」
◆
「パスカル。君の無念は、必ず俺が晴らす。だから……今は安らかに眠れ」
俺は彼の瞼をそっと閉じ、その遺体を静かに横たえた。
そして、凍りついて機能しなくなった頑丈な扉を、無限の魔力を込めた拳で強引に打ち破って通路へと出る。
「……宰相閣下」
そこには、難を逃れていた国王派と中立派の貴族たち、衛兵、そしてレイヤー前摂政の姿があった。
「ルーカス。泣いている暇はありません。今すぐ中庭と城門前へ行きなさい」
「レイヤー様……中庭、ですか?」
「汝の親友が、狂った聖騎士と戦っています。早く加勢に行きなさい」
「……はい」
「後の処理は、すべて私に任せなさい。さあ、行きなさい」
「はい! 後をよろしくお願いします、レイヤー様!」
俺は胸を突く不吉な予感を抑え込めぬまま、バイナリの待つ中庭へと全力で駆け出した。
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