第六話 親友達との決戦
ルビィは、ルルと共に王都の堅牢な城門前に陣取っていた。
怒濤の如く押し寄せる帝国軍の大軍勢を、たった二人だけで迎え撃つつもりだった。
「部下は戦意を失って敵前逃亡、他の師団は保身に走って当てにできないと来たわ。本当に呆れたものね、ルル」
「だが、私が居れば百人力なのだ」
「……あら、いつの間にか、いつもの間延びした口調じゃなくなっているわね」
「今の私は、魔王軍四天王の頂点に君臨した『特異点』のアノマリアだ。これより、我が主を貶めんとする有象無象の敵兵を、一匹残らず片付ける」
小さな妖精の身体から、その小柄な体躯にはおよそ見合わぬ、空間を歪めるほどの凄絶な闘気が立ち上る。
「ふふ、頼もしいわね。将来の八部衆として、私も負けていられないわ」
「うむ、我ら二人だけでも戦力としては過剰なほどだ。……時に、バイナリはどうしておる?」
「彼は聖騎士団長とやり合っているわ」
「何? シーとバイナリが、か?」
「ええ。ここへ駆けつける途中で、シーの激しい妨害に遭ったの。バイナリが『ここは俺が引き受けるから、お前は先に行け』って道を切り開いてくれたわ」
「だが、相性が悪すぎるのではないか? 相手は最上位の神聖術の使い手だろう」
「そうね。でも、バイナリの目には強い覚悟があった。彼には何か秘策があるはずよ。今は親友を信じて待ちましょう」
◆
その頃、王城の最奥では──。
「先行してルルをルビィの元へ転移させたが……まさか、ここでパスカルと対峙することになるとはな!」
行く手を阻むかつての親友を前に、ルーカスは歯噛みした。
傍らで新貴族派の重鎮が、醜悪な笑みを浮かべて勝ち誇る。
「くくく! その男は今や、我らの忠実な猟犬よ。そ奴の首筋をよく見てみろ、特製の『隷属の首輪』が嵌められておる。それも改良型だ。無理に力ずくで外そうとすれば、術式が暴走して即座に宿主の命を絶つようにな! さらに、精神のリミッターも完全に解除してあるのだ!」
「どこまで性根が腐っているんだ、貴様らは……っ!」
「ふん、敗者の遠吠えなどどうとでも言え! さあ、パスカルよ! 目の前にいる裏切り者のルーカスに、正義の天誅を下せ!」
「……御命令のままに、ご主人様」
虚ろな瞳のまま、淡々と応じるパスカル。
「パスカル! 目を覚ませ! そんな邪悪な呪道具に操られるお前じゃないはずだ! パスカル!」
「ぐっ……、命令を……実行する……!」
激しい精神の葛藤に身を震わせながらも、パスカルの両手から鋭利な魔鋼糸が放たれた。
それは以前よりも遥かに禍々しい魔力を帯びて、ルーカスへと襲いかかる。
◆
一方、王城の別画では、バイナリとシーが凄まじい魔力を漲らせて睨み合っていた。
「愚かな男ね、バイナリ。たった一人で帝国の大軍をどうにかできる訳がないでしょう! そして、この私に対抗できる訳もね」
「……手はあるさ。お前を無力化する方法なんて、いくらでもな」
「ふん、たかが召喚術師ごときが、不死の盾たる聖騎士団長である私をどうにかできると? 本当に気に食わないわね。あのクソ生意気なルーカスやルビィもそうだけど……貴方たちの存在自体、虫唾が走るのよ」
「俺たちは、共に死線を潜り抜けた親友じゃなかったのか? シー、お前も何かに操られているのか?」
「操られてなどいないわ。私は最初から、これ以上ないほど正気よ。もっとも、私の愛しい旦那様──あのパスカルは、隷属の首輪で完全に心を壊されて操られているけれどね。今頃、あの目障りなルーカスを血祭りにあげているんじゃないかしら?」
「……お前、今までずっと、俺たちの前で仮面を被っていたのか?」
「そうよ! 元は貧乏騎士爵の倅だった平民上がりの男が、どんどん爵位を上げて、我が実家であるコボル辺境伯家をも追い抜いてしまった……。私たちははらわたが煮えくり返っていたのよ! だから、我が領地を挙げて帝国軍をこの王都まで手引きしてあげたの!」
「なるほどな。コボル辺境伯領は帝国の国境沿い。奴らが一切の抵抗を受けず、無傷でここまで進軍できた理由はそれか!」
「あら、召喚術師の癖に少しは頭が回るじゃない。さっさと貴方を片付けて、あの生意気な平民女のルビィを殺しに行かなくちゃね!」
「……やれるものなら、やってみろ!」
◆
その頃、城門前に押し寄せていた帝国軍は、ルビィたちの手痛すぎる反撃を喰らい、地獄絵図の様相を呈していた。
「クソッ、何なんだあの女と羽虫は!? 尋常な強さではないぞ!」
帝国軍の精鋭たちは、ルビィが放つ無慈悲な『時空断裂斬』によって、時空間ごと切り裂かれて光の塵と消え、あるいはアノマリアの放つ極小の暗黒空間に全方位から吸い込まれ、影も形もなく飲み込まれていく。
開戦から僅かな時間で、既に全軍の三分の一が文字通り消滅していた。
「聞いてないぞ……あんな化け物が、たった二人で防衛しているなど……っ!」
それが、プロト帝国前線指揮官のこの世で最後の言葉となった。
「まだまだいけるわ、アノマリア!」
「こっちも絶好調なのだ、ルビィ!」
押し寄せる大軍の波を、たった二人の圧倒的な暴力が完全に堰き止めていた。
◆
「パスカル、目を覚ますんだ!」
「黙れ、国を惑わす裏切り者が! これを喰らえ!」
ルーカスの必死の説得を撥ね退け、パスカルが鋭く指先を躍らせる。
繰り出されたのは、超高密度の魔鋼糸によって編み上げられた、ルーカスを完全に閉じ込める絶対の檻だった。
「超古代の最高位たる雷撃を纏わせた檻に閉じ込められた気分はどうだ、ルーカスゥ! その檻の内部では、貴様が得意とする空間転移の術式も一切発動できん! 妙な隠密の秘術もな!」
(くそっ、これが精神のリミッターを強制解除されたパスカルの、本来の糸使いの威力か……。どうすればいい……!)
身動きの取れない絶体絶命の檻の中で、ルーカスが苦悶の表情を浮かべたその時、彼の脳内に響くサポートAIの機械的な音声が囁いた。
『──警告。対象の術式展開を感知。これより、内蔵された情報干渉能力の上限を強制解放しますか?』
(何……?)
◆
嵐のような激戦が一段落し、ルビィとアノマリアは、静まり返った城門前で一度腰を下ろしていた。
「はぁ……流石にあれだけの大軍を一人も漏らさず退けるとなると、思った以上に骨が折れるわね」
「そうだな、ルビィ。だが敵の陣形を見る限り、やはりコボル辺境伯の旗印が混じっていた。奴らが手引きしたというお前の読みは間違いなさそうだ」
「だから、何の前触れもなくここまで来られたのね……。本当に許せないわ」
「まあ、我らの絶対的な力の前には、赤子の手を捻るのも同然であったがな」
「ええ。とりあえずルル、今のうちにマナポーションを飲んでおいて。帝国兵は全滅……いえ、綺麗に消滅させたけれど、すぐに魔力を全快させて、バイナリとルーカスの加勢に向かわないと!」
「──それは、私たちを倒してから言いなさい」
突如として、背後の物陰から聞き馴染みのある少女の声が響いた。
「……え? 貴方は、アドミナ!? それにマイクロンも! 一体どうして……!?」
現れたのは、ルーカスの大切な妹であるアドミナと、その相棒のマイクロンだった。
「黙れ、裏切り者。貴女と兄様をここで倒して、私がオーエス国を救うわ!」
変わり果てた義妹の言葉に、ルビィは呆然と立ち尽くした。
そんな彼女の耳元で、アノマリアが鋭い声を飛ばす。
「ルビィ、動揺するな! アドミナの首筋を見ろ。あれは隷属の首輪だ!」
「操られている、というの……!?」
(くっ、どうすればいいの……。アドミナに傷を負わせるわけにはいかない。もし彼女を倒してしまったら、ルーカスがどれほど絶望するか……!)
「悩んでいるようだけど、アドミナ相手に手加減なんてできる状況か?」
「分かっている、分かっているけれど……!」
「ルビィ、私はあのマイクロンの相手を引き受ける。アドミナはそっちに任せたぞ」
「アノマリア!」
「お前なら、ルーカスがこちらへ駆けつけるまで何とか時間を稼げるはずだ。もっとも、あの男はパスカルを相手に随分と苦戦しているようだがな!」
空には、パスカルに苦戦するルーカスの議事会での様子が展開されている。
「くっ、パスカルにアドミナ、マイクロンまで……。皆を洗脳して、一体誰がこんな酷いことを!」
葛藤するルビィの前に、さらに数人の影が躍り出る。
「──それは、私たち三人よ」
誇らしげに姿を現したのは、アドミナの級友たちだった。
「貴方たちは……コルセーア、ソーニ、レーノ! なぜ、どうしてこんなことを!?」
「なぜって? 簡単なことよ。私たちの実家は、全員が『新貴族派』の急先鋒だからよ! ルビィお姉様!」
「……そう。なら、貴方たちを力ずくで叩きのめして、その隷属の術式を解いてあげる!」
「フフ、できるかしら? 私たちだって、これでも学院のSクラスよ。それも三人。アドミナたちを合わせれば五人のSクラスが相手よ? 幾ら貴方たちが化け物でも、その前に魔力切れで動けなくなるのがオチじゃないかしら?」
「……まさか、それが狙いで、あの帝国軍が全滅するのを待っていたの?」
「あら、脳筋の戦士だと思っていたけれど、意外と頭が回るじゃない。その通りよ。大軍を相手に消耗したところを、私たちが美味しく仕留めるの」
勝ち誇る少女たちを見据え、ルビィの瞳に冷徹な光が宿った。
「でも、残念だったわね。私は聖女として覚醒した時、大いなる御方から『底なしの魔力と神聖力』を授かっているの。私の辞書に、魔力切れという言葉は存在しないわ」
「な、何だと……っ!? この化け物め!」
「アノマリア、そっちの魔力は?」
「ああ、ポーションのおかげで完全回復だ。では……極上の第二回戦と行こうじゃないか」
かつての仲間と学友たちを巻き込んだ、本当の死闘が今、幕を開けようとしていた。
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