第八話 魔王城と禁忌と
俺たちは、魔王城の壮麗な客間へと通された。
「二人だから、2LDKの間取りにしておいた。不都合があるなら、個室一部屋の客間を二つ用意するが?」
「いえ、この間取りで大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます、魔王陛下」
「ねえルーカス、その部屋の造りは何かしら?」
「個室が二つとリビング、ダイニング、キッチンが一揃いになった構造のことだよ」
「へー……って、なんで初めて来た魔界の部屋の構造がそんなに詳しく分かるのよ? というか、どうしてもうこんなに順応しているの?」
「それは、俺が異世界からの転生者で、恐らくこの部屋を設計したのも同じ転生者だからだろう。……ですよね、魔王陛下?」
「その通りだ。かつて『日本』とかいう国からこちらへ転生してきた者がおってな。その設計図をそのまま使ったのだ」
「日本なら、俺の前の世界での故郷です。いやあ、懐かしいな」
「ほう、ならば今日の夕飯を楽しみにしておくと良いぞ」
「ありがとうございます!」
「日本ですって? ということは、カツ丼とかカレーライスとかラーメンに、お寿司とか、そういうものが食べられるの?」
「ほう、ルビィとやら、ずいぶんと詳しいな。ルーカスが作ったのか?」
「ええ、俺は超一流の料理人に関連する技能も持っているので、それで故郷の和食を再現して彼女に振る舞っていました」
「ほう、料理人の技能か……。どの程度の手料理が作れるのだ?」
「ほぼ全てですね。材料さえ揃っていれば、どんな料理でも完璧に再現できますよ」
「では、明日の晩御飯を汝に任せても良いか?」
「ええ、喜んで。何かリクエストはありますか?」
「冷やしたざる蕎麦に天ぷらの盛り合わせ、それと茶碗蒸しを所望したい。酒はこちらで極上のものを用意しよう」
「蕎麦は小麦粉二割、蕎麦粉八割の『二八蕎麦』でよろしいですか? あと、何名分用意すればいいでしょう」
「ふむ、二八で良いぞ。せっかくじゃ、学園の学友も呼んで賑やかにしたいからの。──二百人分じゃ」
「分かりました、お任せください」
俺は懐から手帳を取り出してメモを取りながら、何の食材を天ぷらにしようかと思いを馳せた。
「ねえ、その『そば』ってどんな料理なの?」
「まあ、明日のお楽しみにとっておいてくれ」
ルビィにそう微笑みかけ、ふと気になったことを魔王に尋ねてみた。
「陛下、用意していただけるお酒というのは、清酒ですか?」
「うむ。『十四代』『陽乃鳥』『信州亀齢』といった至高の名酒から、少し珍しい『満寿泉』や『勝駒』なども取り揃えてあるぞ」
「それは素晴らしい。今から楽しみですね」
「うむ。他にも果実酒や魔導蒸留酒もあるぞ」
「結構手広くそろえているんですね」
「ああ、我が四天王の中に、大の酒好きで困った酒乱が一人おるのでな」
「ああ、魔女のインフィニティア・ルペリアさんでしたね」
「うむ。明日は学園で汝らの歓迎会を行う。その流れで夕食会を開くからそのつもりでな」
「分かりました。何から何まで至れり尽くせりで、本当にありがとうございます」
「……ふむ。心なしか、人間界にいた頃と比べて人が変わったように見えるが、気のせいかの?」
「いえ、人間界では色々と取り繕っていましたからね。こっちの方が俺の『素』なんです。人間界での、あの格式張った貴族風の振る舞いは、肩が凝ってしょうがなかったんですよ」
「そうか、合点がいった。少しは我らに心を開いてくれたようで安心したぞ」
「いえ、本音を言えば、最初から人間界よりこちらの魔界の方に興味があったんですよね」
「ちょっと、ルーカスったら」
「あ、ルビィ、君もせっかく魔界に来たんだから肩の力を抜いた方が良いよ。……ああ、そうだ。ここに居る間は、一般的な『魔法』の使用は原則禁止ね。神聖術と精霊術なら使っても問題ないですよね、魔王陛下?」
「ああ、問題ない。あと、汝が使う地球の術式も大丈夫じゃ。ただし、この世界の魔法だけは絶対に駄目だから気を付けるように」
「はい、肝に銘じます」
「えっ、どういうこと? なんで魔法が駄目なの?」
ルビィが不思議そうに小首を傾げる。
「ルビィはまだ知らなかったね。この世界で使われている一般的な魔法は、発動する度に空間を傷付けてしまうんだ。それを放っておくと空間に修復不可能な裂け目ができて、一度落ちたら二度と帰って来られない亜空間に閉じ込められてしまう。これまではエルフなどの妖精族が、精霊魔術を使ってその傷を裏で修復してくれていたんだけど、ここ魔界でそんな無茶な真似をしたら大変なことになるからね」
「へー……って、なんでそんなことまで知っているのよ?」
「昨日、水の精霊さんに直接聞いたんだ」
「ほう、人族の身でありながら、精霊の姿を見るだけでなく会話まで交わせるのか」
「ええ、最高管理神である主神様から、天界の特権である開発者権限を頂いているので、ちょこちょこと自分に能力を付与しました」
「くう、ますます我が四天王に引き抜きたくなったわい」
「もし他国に勇者召喚がされたら、俺が全力で対抗しますから、今はそれで勘弁してください」
「勇者召喚に対抗するって……ルーカス、あなた本物の勇者様と戦う気なの?」
ルビィが驚愕の声を上げる。
俺は静かに頷いた。
「ああ。それが、本当の意味での世界平和に繋がるからね」
「そうなの……?」
「ああ、実はそうなんだよ。勇者召喚って聞こえは良いけれど、実際は地球から一般人を拉致監禁した上での『強制労働』だからね。絵に描いたような過酷な不当労働だよ、ルビィ」
「なんだか、話の規模が大きすぎて変な感じよ、ルーカス」
「いや、変なのは召喚する人間界の方だよ。自分が勇者として召喚された立場だと想像してみて。ある日突然見知らぬ世界に強制的に飛ばされて、大好きな家族とも離れ離れにされて、その上『世界が危ないから命をかけて魔王と戦え』って強要されるんだよ? 割に合わないにもほどがある過酷な職業だよ、勇者は」
「それは……確かに、そう言われると勇者様ってすごく可哀想かも……」
「それ所か、魔王討伐が終わったら『元の世界に帰してやる』という嘘までつかれて、最後は都合よく処理されるんだから、たまったものじゃないよね」
「えっ!? 勇者様って、元の世界に帰れないの!?」
「ああ。呼び出すだけ呼び出して、用が済んだらポイ捨てさ」
「じゃ、じゃあ、その捨てられた勇者様たちは一体どこへ行くの……?」
「──まさに、この『魔界』だよ」
「それって……!」
「そう。これこそが世界の仕組みにおける最大の禁忌だからね。できれば勇者召喚が実行される前に、術式そのものを妨害したいところだけど」
「……」
「そんなわけだから、今はアッセンブリ聖下が教皇の座にいるから無茶な召喚は起きないけれど、次の代の教皇がどう動くかは分からないからね」
「……」
「ルビィ、どうしたの?」
「ごめんなさい、ちょっと一度に色々な真実を知らされすぎて、頭の処理が追いつかないわ……」
「ああ、それなら少し部屋で横になって休むと良いよ。ルル、いやアノマリア、ルビィについていてくれるかい?」
「任せるおー! ぬくぬく温めてあげるおー!」
「ルーカスはどうするの?」
「この城のどこかに、各精霊王を統べる『精霊の王』が隠れている気配がするから、ちょっと挨拶に行ってくるよ」
「そう、気をつけてね」
「それじゃあ、行ってくる」
俺が部屋を出ていくのを見送りながら、エルドゥ魔王がポツリと呟いた。
「ふむ……姿を隠しておられる精霊の王の存在を、一瞬で見抜くとは。どこまでも底の知れない男よな」
「まあ、ルーカスですから」
「まさに規格外じゃな」
「ええ、全くその通りですわ」
──と、部屋の残された一同がそんな会話を交わしているとはつゆ知らず、俺は魔王城の奥深くで精霊の王を見つけ出し、無事に挨拶を交わしていた。
どうやら、いたずら心でかくれんぼをしていたらしい。
彼は『オベロン』と名乗った。
契約に関しては、もちろんその場であっさりと完了した。
その後は、すっかり意気投合したオベロン様に直々に魔王城の隠し通路などを案内してもらった。
その日の晩、客間に運ばれてきた夕食には、なんと見事な霜降りの『神戸牛ステーキ』が並んでいて腰を抜かすほどビックリした。
まさか魔界の地で神戸牛まで流通しているなんて、一体どういう流通経路になっているのだろうか、魔界と日本。
まあ、涙が出るほど美味しかったから、細かいことはどうでも良いけれど。
極上の肉を堪能し、俺は明日から通うことになる魔界の学園が、ますます楽しみになってきた。
一方のルビィは、立て続けに起きた文化の衝撃を受けっぱなしで、心身ともにすっかり疲れ果ててしまったようだ。
彼女を先にふかふかのベッドで眠らせた後、俺は魔導仕掛けの広々としたお風呂に浸かり、心地よい湯気に包まれながら一日の疲れをゆっくりと癒やすのだった。
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