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第二話 孤立

 翌日の昼頃、魔導通信によって、俺に対する不信任決議案が下院(衆議院)を通過したという知らせが届いた。


 俺はすぐさま議事堂へと赴き、上院(参議院)で行われる不信任決議の採決を、どこか他人事のように見守っていた。


 結果は、上院でも過半数の賛成。


 不信任は可決された。


 これを受け、俺は壇上から議員たちへ向かって、新首相の選出と新内閣の誕生を待って速やかに内閣総辞職を行い、引き継ぎを済ませる旨を伝えた。


 議員たちは、あまりにもあっさりと身を引く俺の態度に、誰もが拍子抜けしたような表情を浮かべていた。


「これは、行政を預かる身として当然の義務ですから」


 俺はそう言い、言葉を続けた。


「議会が最高権力者である私を罷免できるほど、正常に機能している。それが今回、はっきりと証明された。これで私も安心してこの座を降りられます」


 議員たちは一同、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。


「首相……いえ、元首相は、ご自身が不信任されると初めから分かっていらしたのですか?」


「いや、いくらなんでも未来は見通せないさ。ただ、いつそうなっても良いように覚悟だけは持っていた。それに、権力にしがみつくようなみっともない真似をするつもりも無いからね」


「……そうですか」


「それで、後任の選出はいつ頃になるのかな?」


「すでに決定しております。ヌルポトリクステラ殿が、次期首相に就任いたします」


「そうか。では、内閣総辞職を宣言する。ヌルポトリクステラ新首相、新内閣と各省庁の長官の人事を──」


 すると、ヌルポトリクステラ新首相は俺の発言を遮るように、尊大な態度で手を挙げた。


「その必要はありませんな。変わるのは首相の首を、すげ替えるだけ。各大臣は留任です」


「分かった。では、首相室に引き継ぎの資料を置いていくので、後でしっかりと目を通しておいてくれ」


「ふん、大した量でもあるまい」


「ああ、書類箱で十三箱分くらいかな」


「なっ……!?」


「各貴族との裏の取引や、貴族同士の派閥の力関係に始まり、近隣諸国との交易の取り決めから、自衛軍の運用方法まで。国を揺るがす様々な機密が詰まっている。必読だよ」


「……それは」


「契約や約束は国政の基本だ。商人出身の者が多い君たちなら、契約の重要性はよく分かるだろう? ひょっとして、首相というものは各大臣に実務を丸投げして、後は好き勝手に権力を振るって良い役職だとでも思っていたのかい?」


「い、いえ、そのようなことは……」


「なら良かった。これでようやく、私もこの重責から解放される。引き受けてくれてありがとう」


「あ、ありがとう、とは……?」


「あまりの重労働に、最近は少し胃の調子が悪くてね。何しろ、私はまだ未成年なのだから。──これにて、アクオの首相を辞任する」


 議事堂を後にしようとする俺に、ヌルポトリクステラ新首相が慌てて声をかけてきた。


「お待ちくだされ! 休学中の三ヶ月間、元首相は一体何をされるおつもりか!」


「しばらくは、超古代文明の遺跡調査でもしようと思っているよ」


「魔法や神聖術の研究ではなく、ですか?」


「そっちはもう、極めてしまったからね。超古代文明の歴史を紐解く方が、ロマンがあって良いだろう?」


「そ、それは……確かにそうですな」


「それじゃあ、後はよろしく頼む。私は王宮に立ち寄って、アクオ領の復興完了報告をしてから邸へ帰るから」


「ふ、復興完了、だと……!?」


「立法、行政、司法がきちんと機能し、最高権力者の罷免という手続きまで一通り経験した。これでアクオに民主主義の基盤は定着したと判断できる。違うかね?」


「それは……確かに、その通りですが」


「だから、アクオはもう一人立ちしたということだ。ああ、そうそう。復興が完了したということは、これまでアクオ領に与えられていた国からの税制の優遇措置や特権は、本日をもってすべて失効するから、そのつもりで内政を頑張ってくれ」


「なっ、なんだと……っ!?」


「それでは皆さん、これまでお世話になりました」


 俺は深々とお辞儀をして、呆然とする議員たちを残して議場を後にした。


 背後からにわかに大混乱の喧騒が聞こえてきた気がしたが、もう俺には関係のないことだ。


 俺は軽やかな足取りで、王宮へ向かって歩み始めた。


 ◆


 王宮に到着した俺は、正門を警備する門番へと声をかけた。


「アクオ領の復興完了の報を持参いたしました。お取次ぎを願えますか?」


「し、しばらくお待ちくだされ!」


 門番の一人が、大慌てで王宮の奥へと走っていった。


 しばらくして、息を切らせた門番が戻ってきた。


「失礼、レイヤー閣下がお会いになるそうです!」


「分かりました。では、このまま宮廷へ向かっても?」


「はい、もちろんでございます!」


「ありがとう」


 俺が宮廷へと進み始めると、背後から門番たちのひそひそ話が聞こえてきた。


「おい、あのルーカス卿が、俺たちみたいな門番に『ありがとう』って頭を下げてくれたぞ……!」


「前々からだよ。お前は新入りだから知らないだろうが、あのお方はいつでも誰に対しても誠実なのだ」


 そんな会話を背中で聞きながら、俺はレイヤー閣下の待つ執務室へと急いだ。


「ルーカス侯爵、アクオ領の復興が完了したというのは、まことか?」


 対面したレイヤー閣下の問いに、俺は真っ直ぐに見つめ返して頷いた。


「はい。先ほど、適切な法の正当な手続きに則り、私はアクオの首相を罷免されました。これをもって、アクオ領における民主主義の定着、ひいては真の復興が完了したものと判断いたしました」


「不信任を突きつけられ、罷免されたというのにか?」


「だからこそです。最高権力者であっても法の下に裁かれる。三権分立が完全に機能した結果が、今回の罷免劇ですから」


 レイヤー閣下はしばらく沈黙した後、深く得心したように頷いた。


「……相分かった。これよりアクオ領への復興優遇措置を解除する。長い間、実に見事な大役であった、ルーカス侯爵」


「はっ! それでは、これにて侯爵邸へと戻らせていただきます」


「うむ。……ルーカス侯爵、一つ良いかな」


「はっ、何なりと」


「お主は、決して一人ではない。そのことを、いかなる時も肝に銘じておくのだぞ」


 その言葉の温かさに、俺の胸の奥がじんわりと熱くなった。


「はっ……閣下のお言葉、深く心に刻みます。有難き幸せにございます」


「うむ。ゆっくりと身体を休めるが良い」


「御免つかまつります」


 俺は一礼し、穏やかな気持ちで王宮を後にした。


 俺が我が家へと帰宅すると、筆頭執事のアルゴルがいつものように迎えてくれた。


「ご主人様、お帰りなさいませ。本当にお疲れ様でした」


「ああ、ありがとうアルゴル。お風呂は今、入れるかい?」


「ええ、いつでも準備万端でございます。それと、今夜の夕食は我ら使用人一同が腕によりをかけて極上の宴をご用意しておりますので。まずは湯船でごゆるりと、これまでの疲れを癒やしてくださいませ」


「いつも本当にありがとう。じゃあ、行ってくるよ」


 湯船に浸かりながら、俺は今日一日で起こった激動の出来事を静かに反芻していた。


(……まあ、考えても始まらないか。今はただ、みんなが作ってくれる夕飯を楽しみにしよう)


 風呂上がりに食堂の扉を開けた俺は、その光景に目を見張った。


 長机の上には、この世界の贅の限りを尽くした極上の料理と、最高級の銘酒がずらりと並べられていたのだ。


「アルゴル、このお酒は……俺、まだ飲んでも大丈夫なのかい?」


「もう間もなく成人を迎えられるのでしょう? 少し早いですが、これまでの激務への労いと、これからの前途を祝してのお祝いにございます」


「みんな、ありがとう」


 席を見渡すと、そこには本当に久しぶりに、俺の大切な家族と仲間たちが勢揃いしていた。


 婚約者のルビィ、妹のアドミナと、その婚約者であるマイクロン。


 護衛を兼ねるパイソン、アーラン、ハスケル、リスプ、ピエト、そしてアルゴル。


 ドワーフの鍛冶師オルグに、専属メイドのニア。


 そして俺の肩には、魔王軍四天王「特異点の妖精」としての記憶を取り戻したルルが静かに着地する。


 全員が笑顔で、俺が座るのを待ってくれていた。


 なぜか食堂の壁際に、魔導スクリーンを通じて魔王エルドゥ、さらには四天王のセグムント、インフィニティア、ステルクまでが特別に参加していたが……もう細かいことは気にしないことにした。


 何故か、魔王エルドゥが楽しげに盃を掲げて音頭を取る。


『では! ルーカス・アルマギナのアクオ首相退任を祝って! あと、ついでに今すぐこちらの魔王領に鞍替えしてくれたら我らは非常に嬉しいぞ、という想いを込めて──乾杯!』


「「「乾杯!!」」」


 ……魔王が乾杯の音頭を取る政務の労い会なんて前代未聞だが、まぁ、今夜くらいは無礼講で良いだろう。


 その晩、俺たちは夜が明けるまで賑やかに飲み明かした。


 ただ、聖人聖女の俺とルビィは、身体のあらゆる異常を無効化する体質を持っているため、どれだけ極上の発酵酒を煽っても全く酔えなかったのだけれど。


 ちなみに、四天王のインフィニティアがルルの言っていた通り、本当に手の付けられない凄まじい酒乱であったことだけは、ここに付け加えておきたい。


 何はともあれ、王宮でレイヤー閣下が言ってくれた「お主は一人ではない」という言葉の真意が、この温かい光景を見て深く理解できた気がして、俺の心はとても満たされていた。


 後日、この宴のことを聞きつけた特級の同級生パスカル、シー、バイナリの三人から、「なぜ俺たちを呼ばなかったんだ!」と激しく詰め寄られることになるのだが、


「君たちはまだ未成年だろう? 本物の成人を迎えたら、その時は盛大に朝まで飲み明かそう」


 そう約束を交わすと、彼らは嬉しそうに拳を突き出してきた。


 なぜか遠い魔界にいる魔王軍の面々とも、俺の成人祝いに再び酒杯を交わす約束をさせられてしまったが……不思議と、悪い気は全くしなかった。

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