第四話 アクオ領の行方と糾弾
放課後、アクオ領の執務室を訪れた俺は、メルキオール、バルタザール、カスパールの三賢者に囲まれ、この地をどのような未来へ導くつもりなのかと問い詰められていた。
彼らの真剣な眼差しを受け、俺はかつて超古代遺跡で目にした、失われた超古代文明の姿を滔々と語り始めた。
魔力を動力源として走る鉄の車や列車、自動で昇降する階段や移動箱。
空を突くほどに高くそびえ立つ多層の建物、そして特別な技術がなくても誰もが手軽に扱える調理用の魔導コンロや温度調節の魔道具──。
普通なら荒唐無稽な夢物語と一蹴される内容だが、実際に超古代遺跡を間近で調査し、膨大な文献を読み漁ってきた俺が語る言葉には、他を圧倒する説得力があった。
現に、俺の発案で設置された公衆魔導通信機は、すでに領民たちの間で絶大な好評を博している。
「今後は、誰もが片手で持ち歩けるサイズの、個人用携帯魔導通信機の開発を手始めに進めます」
そう告げると、三賢者は驚きつつも、ここまでの実績から
「確かに閣下の知恵があれば実現可能だ」
と深く納得していた。
俺はまず、超古代文明の技術のうち現代の魔導で再現できそうな部分を積極的に取り入れ、このアクオを大陸で最も文明の進んだ、時代の先を行く近未来国家にすると宣言した。
さらに、財政の要となる特産品として、品種改良した大麦を用いた『魔導ウイスキー』の独占販売を推し進める。
「他にも、アクオならではの新たな名産品を生み出し、それらを積極的に流通させることで、この地の財政を底なしに潤わせたいと考えています」
俺の言葉に、三賢者は感嘆の息を漏らしながら一つの提案をしてきた。
「それほど豊かな食文化をお持ちなのです。いっそ閣下が監修する料理や菓子の技術を伝える学び舎を作り、広く世に広めてはいかがでしょうか」
「それはいいアイデアですね」
俺は快く了承し、王立アルテア貴族学院を卒業した後に、食の専門学校と菓子の専門学校をこの地に設立し、調理師や菓子職人たちの技術向上を支援することを約束した。
一通りの未来図を語り終えたところで、俺は表情を引き締めた。
「──さて、ここからは三人に折り入って相談したいことがあります」
俺のただならぬ気配を察した三賢者を伴い、防音の施された密談室へと入っていった。
密談室の机の上に、俺はルルが写し撮った魔導録画水晶を置いた。
そこに映し出されたのは、国王カーネル二世と門閥貴族の重鎮、ミューティックス侯爵による陰湿な密談の映像。
そして、昨夜我が牙城の侯爵邸に侵入し、返り討ちにして捕らえた暗殺者たちの事実を、包み隠さずすべて打ち明けた。
映像を見終えた三賢者の怒りは、凄まじいものだった。
特に、一国の主であるはずの国王カーネル二世に対する憤りは、筆舌に尽くしがたい。
「本来、統治者たる者は領地の発展や民の生活向上を全霊で支援するのが道理! その方が巡り巡って国全体が潤うからです!」
「それを邪魔するばかりか、個人的な私怨のために国宝級の有能な人材を暗殺して潰そうなど、断じてあってはならない不祥事だ!」
激昂する彼らから、ミューティックス侯爵に対しては
「これほどの証拠が揃っているのなら、即座に宮廷で糾弾すべきだ」
との声が上がった。
三人が証人となる捕虜たちの安全性を懸念したため、俺は昨夜のうちに、敵の持っていた魔法・神聖術阻害の魔道具に対抗する強力な防壁処置を侯爵邸に施してきたことを伝えた。
「彼らの使った特殊な魔道具も、確実な物的証拠として朝廷に提出できるかと思いますが、いかがでしょうか」
さすがは伊達に三賢者と呼ばれていない老人たちだ。
彼らが授けてくれた老獪かつ隙のない糾弾の手順は、俺にとっても非常に参考になるものだった。
俺は三人に深く感謝を述べ、作戦を実行に移すべくその場を後にした。
◆
数日後、すべての準備を整えた俺は、セマフォ殿下の手引きによって極秘に国王への謁見の日取りを取り付けた。
そして迎えた謁見の日。
居並ぶ国家の重鎮たちの視線が集まる中、玉座に腰掛ける国王カーネル二世は、退屈そうに鼻で笑いながら声をかけてきた。
「ルーカス侯爵、もうアクオ領の立て直しとやらは終わったのかね?」
「いいえ、陛下。未だ道半ばにございます」
「では、何用があってこれほどの重臣を集めての謁見を申し込んだのだ?」
「はっ。アクオ領の健全な発展を阻害する、不埒な羽虫を片付けたく参上いたしました」
「虫……だと?」
「はい。まずは、こちらの者たちの証言をお聞きください」
俺が背後の衛兵に小さく合図を送ると、厳重に身柄を拘束された暗殺者六名が謁見の間へと引き立てられてきた。
その瞬間、列席していたミューティックス侯爵の顔色が、目に見えて土気色へと変わる。
「……証言を」
俺の促しに、暗殺者の首領が淡々と口を開いた。
「はい。我ら一党はミューティックス侯爵の密命を受け、アルマギナ侯爵の寝込みを襲ってその命を奪うよう、明確な指示を受けました」
静まり返っていた謁見の間が、にわかに激しい蜂の巣をつついたような騒がしさに包まれる。
「で、出鱈目を申すな! 何が暗殺だ、そのような不届き者の戯言、何の物的証拠があろうか!」
ミューティックス侯爵が声を荒らげるが、俺は冷徹に懐から例の魔道具を取り出した。
「証拠ならここに。彼らが所持していた魔法・神聖術の構築を強制遮断する特殊な魔道具ですが……ご丁寧にも、ミューティックス侯爵家の家紋が精巧に装飾されております」
俺はそれを、玉座の傍らに控えるセマフォ殿下へと手渡した。
現時点で、この宮廷内において確実に信頼できる味方は殿下しかいなかったからだ。
魔道具を検分したセマフォ殿下が、重々しく告げる。
「……確かに、ミューティックス侯爵家の本物の紋章が刻印されている。偽造など到底不可能な高度な細工だ」
王太子の決定的な言葉に、謁見の間は冷水を浴びせられたように静まり返った。
「さらに陛下、皆様にお見せしたい映像がございます」
「……それ、は、何、かね……」
見るからに大量の冷や汗を流し始めたカーネル二世が、引きつった声で身を乗り出す。
「こちらの記録映像にございます」
俺が魔導水晶を掲げると、国王カーネル二世とミューティックス侯爵が陰湿な笑みを浮かべて暗殺計画を謀議している生々しい映像が、大空中へと鮮明に投射された。
それだけではない。
あらかじめ配置しておいたルルの手によって、この光景は王都の全域、さらにはアクオ領の上空にも巨大な幻影としてリアルタイムで放映されていた。
「カーネル二世王。一国の主たる貴方までが、このような卑劣な凶行に加担していたとは……実に残念極まりありません」
「くっ、不敬であるぞ! このような出鱈目な偽の幻影など認めん! 私はミューティックス侯爵などと断じて繋がっておらぬ!」
「おやおや、見苦しいですね。では、こちらの別日の映像はいかがでしょうか?」
さらに流されたのは、直近のアクオ領の目覚ましい発展ぶりが気に食わない、生意気なルーカスの小僧を今度こそ確実に始末せねばと、二人が頭を突き合わせて密談している決定的な場面だった。
もちろん、これもルルにお願いして完璧に隠密録画させておいたものだ。
言い逃れのできない現実を突きつけられ、カーネル二世の顔が怒りと恐怖で歪んだ。
「は、反逆罪だ! 出しゃばりすぎた不届き者め! 即刻、この傲慢な小僧を始末せよ、ヴィルト侯爵!」
「はっ!」
王の絶叫に応じ、国家の裏を支えるヴィルト侯爵の暗部たちが一斉に影から飛び出してきた。
彼らは魔力を込めた特殊な極細の鋼糸を用い、俺の身体を絡め取って拘束するつもりのようだ。
だが、かつて戦ったパスカルほどの圧倒的な糸捌きの技術は持ち合わせていないらしい。
俺は前世の知恵を応用した術式書き換え、ハッキングを用いて、飛来する魔鋼糸の主導権を次々と乗っ取り、逆に操作を狂わせて暗部たち自身をまたたく間に縛り上げていった。
床に転がる配下を見たカーネル二世が、歯の根を鳴らす。
「くっ、この化け物め……! だから、手遅れになる前に早めに芽を潰しておけと言ったのだ!」
「ほう、とうとう馬脚を現しましたね、陛下。ちなみに先ほどから申し上げている通り、この謁見の間の一部始終は、現在リアルタイムで国内全域に放映されておりますので、あしからず」
「貴様ァ! ……おい、何とかせぬかヴィルト侯爵!」
「……やむを得ん。──パスカル」
ヴィルト侯爵の重苦しい声に応じ、列中から一人の少年が進み出た。
「はい、父上」
「あの者をヴィルトの誇りにかけて討ち取れ」
「はっ」
静かに前に出たのは、やはりパスカルだった。
(よりによって、ここでパスカルをぶつけてくるか……)
俺は小さく息を吐き、親友の目をまっすぐに見据えた。
「パスカル。ヴィルト侯爵。最早その王に政当性など微塵もない。それでもなお、その不条理に従うというのか?」
後ろからヴィルト侯爵の冷徹な声が響く。
「我らは王の影、暗部を統べる足跡。王の命は絶対である! パスカル、惑わされるな、やれ!」
「はい、父上──」
現在、この王宮内にはミューティックス侯爵家が設置した最高峰の魔道具により、通常の魔法や神聖術が一切使用できない絶対的な封魔の領域が展開されている。
だが、パスカルの瞳の奥にある闘志は本物だった。
俺は虚空から神刀を抜き放ち、静かに身構えた。
「ルーカス、悪く思うな。これもヴィルトの家に生まれた者の、絶対の掟だ」
「分かっている。全力で来い」
じりじりと、張り詰めた緊張感のなかで時が流れる。
周囲の重鎮たちも、二人が放つ凄まじい威圧感の前に一歩も動くことができない。
俺は素早く印を結び、静かに真言を唱えた。
「──オン・マリシエイ・ソワカ」
その瞬間、視認不可能な速度で無数の魔鋼糸が放たれたが、それらはすべて俺の身体を捉えることなく、虚空をすり抜けていった。
「なっ……!? 何だその妙な術は、このような技は見たことがないぞ!」
(これは退魔師の技だよ、パスカル。本来は魔を討ち果たすために編み出された、対魔物特化の隠密の歩法だ)
「魔物と我らヴィルトを一緒にするな!」
(民を虐げる愚王とミューティックス侯爵に盲従するなら、その本質は魔物と何ら変わりはないさ)
「よく言った……! だがな、以前の俺と同じだと思うなよ!」
パスカルが鋭く叫ぶと同時に、謁見の間の隅々にまで張り巡らされた魔鋼糸の結界に、超古代の術式に由来する青白い雷撃がバチバチと纏い始めた。
「ミューティックスが用意した封魔の魔道具とて、この超古代の雷撃までは無効化できまい! これで貴様は、蜘蛛の巣に囚われた羽虫も同然だ!」
(……そんな手の内を大声で明かしてしまって良いのかい? 超古代の術式に関して言えば、俺の方が少しばかり一日の長がある。もっとも、ここでそんな野蛮な力を使うつもりはないけれどね)
「どこまでも舐めた態度を……痛い目を見るぞ、ルーカス!」
(舐めてなんかいないさ、親友)
俺は即座に孔雀明王の印を結び、魂を込めて真言を紡ぐ。
「──オン・マユラ・キランデイ・ソワカ」
唱え終えた瞬間、室内に不可視の清浄な波動が吹き荒れ、パスカルが命懸けで展開した魔鋼糸の結界が、一瞬にして一本残らず激しく燃え上がり、白い塵となって消滅した。
(お終いにしよう、パスカル・ヴィルト)
「くっ……!」
攻め手を失い驚愕するパスカルの懐へ瞬時に踏み込み、俺は神刀の峰をもって、彼のうなじの付け根を正確かつ強烈に強打した。
パスカルは声を漏らす間もなく、その場に崩れ落ちて意識を失った。
俺は神刀を鞘に収め、玉座でガタガタと震えている無能な王を見据えた。
「──チェックメイト(詰み)です、国王陛下」
その冷徹な宣告に、それまで沈黙を保っていた人物が静かに立ち上がった。
「……その通りですね、貴方。──いえ、哀れな愚王、カーネル二世」
賛同の声を上げたのは、毅然とした態度で佇む王妃レイヤー様だった。
「これより、民を害そうとしたカーネル二世の王位を剥奪し、廃位とします。我が息子セマフォが成人を迎えるまでの間、この私が摂政として国家の政務の全権を預かります」
「お、お前……レイヤー、私を見捨てるというのか! 妻でありながら!」
「貴方には、もうとうの昔に愛想を尽かしていました。今回の醜態で決定です。私の実家であるプロト帝国を、本気で敵に回したいわけではありませんでしょう?」
「くっ……!」
王妃レイヤー様は冷徹な視線を家臣へと向けた。
「元国王カーネル二世と、国家転覆の逆賊ミューティックスを、即刻東の塔へ幽閉しなさい。──ヴィルト侯爵、異論はありますか?」
ヴィルト侯爵は、倒れた息子を一瞥した後、深く頭を下げて膝を突いた。
「……はっ。すべてはレイヤー王妃殿下、御心のままに」
「ヴィルト、貴様ァ! 王家を裏切るか!」
「今の私の真の主は、レイヤー王妃殿下ただお一人にございます。カーネル二世殿」
かつての絶対権力者であった二人は、ヴィルト侯爵が率いる暗部たちの手によって、無惨に引きずられながら東の塔へと連行されていった。
騒乱が収まり、王妃様が俺に向かって優しく微笑みかける。
「これでいかがですか? ルーカス・アルマギナ侯爵」
「はっ。見事なまでの御采配、恐れ入ります」
「これからも、我が息子セマフォのことを、どうかよろしく頼みますね」
「はっ、謹んで拝命いたします。必ずや殿下の最も近い場所でお仕えし、その大志を支え抜くことを、今この場で誓いましょう」
「素晴らしい言葉です。大いに期待していますよ。──これにて、本日の謁見を終了とします」
「「「ははっ!」」」
張り詰めた空気から解放された重鎮たちが、新たな統治者となった王妃殿下に一礼し、次々と謁見の間を退席していく。
やがて、広い謁見の間には、王妃殿下、セマフォ殿下、俺、そして未だ床に気絶しているパスカルだけが残された。
俺はパスカルの傍らにしゃがみ込み、超古代の治癒術を発動して彼を優しく目覚めさせた。
「……う、頭が……。ルーカス、私は、またお前に負けたのか」
「そうだな。だが今回ばかりは、君が掲げた剣に正義がなかった。それが一番の敗因さ」
苦笑するパスカルの前に、セマフォ殿下が歩み寄り、手を差し伸べた。
「パスカル・ヴィルト。私は、君という男の忠義の深さを知っている。君にもまた、私の頼もしい側近として大いに期待しているのだ」
「……殿下」
「どうか今後は、私の信頼に足る目や耳となり、その優れた能力でヴィルトの暗部を正しくまとめてはくれないだろうか?」
パスカルは目を見開き、殿下の手を握って力強く立ち上がった。
「私のような敗者に、勿体なきお言葉にございます、殿下。……分かりました、この不肖パスカル、今後は殿下の影となりて、その御身の盾となることを誓います」
「うむ。頼りにしているぞ」
綺麗に収まったところで、俺は一礼して身を翻した。
「さて、では私はこれで失礼させていただきます」
「どこへ行くのだ、ルーカス? 国家の大事を終えたばかりだぞ」
「アクオ領へ。首相として、未だやらなければならない山積みの実務が残っていますので」
セマフォ殿下は呆れたように笑い、首を振った。
「今日くらいはゆっくりと休め。これは、私が君に下す最初の命令だ」
「……分かりました。では、大人しく侯爵邸に戻って、心配している婚約者と妹に元気な顔でも見せることにしますよ」
「ああ、それが良い。ゆっくり休んでくれ」
こうして、アクオ領の輝かしい発展を妨げていた最大の要因は、完全に排除された。
だが、これで終わりではない。
油断すれば、第二、第三のミューティックス侯爵のような欲深い圧政者が現れないとも限らないからだ。
(まあ、難しいことは明日考えよう。今日くらいは、サボってお風呂を楽しませてもらうさ)
お風呂上がりのコーヒー牛乳の味に思いを馳せながら、ルーカスは軽やかな足取りで帰途につくのだった。
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