第三話 各省庁の設置と反撃の狼煙
議会が発足して間もなく、メルキオール、バルタザール、カスパールの三賢者が再び俺の元を訪れた。
確かに民の代表による合議の場はできたが、決定された決まり事を実際に執り行うための組織が、今の新生アクオには決定的に不足していた。
そこで俺は、いくつかの専門機関を立ち上げるよう助言した。
防衛を担う『防衛省』と、その配下で街の治安を守る『警察庁』。
さらに、法を厳格に守らせるための『法務省』、都市の財政を管理する『財務省』、そして子供たちの教育を充実させるための『文部省』だ。
「あとは必要に応じて、君たちの手で新しい省庁を作っていけばいい」
そう告げると、三賢者は深く頭を下げ、すぐさま組織の編成へと取りかかった。
その後、議会での話し合いにより、この地の基盤である農業を守るための機関が必要だという結論に至り、新たに『農林省』が設立された。
アクオは海から遥かに遠いため、水産物は含めず農林省に留まった形だ。
また、商人組合からの強い要望を受け、組合の権限を格上げする形で『経済産業省』の設置も決定した。
一方で、都市にあった冒険者ギルドはそのまま存続することとなったが、生活の安定を求める多くの冒険者たちが、新設された防衛省や警察庁への就職を希望し、挙って志願兵や街の衛兵へと転身していった。
こうして、新しい国家の縮図とも言える組織の形がだいたい整ってきた頃、街の最高責任者を決める『首相選挙』が執り行われることになった。
俺自身は一歩引いて傍観を決め込んでいたのだが、蓋を開けてみれば、圧倒的な民意によって初代首相に選出されてしまった。
引き受けた以上は、きっちり基礎を固めるまでだ。
俺は実務を担う内閣を立ち上げると共に、最高責任者の任期を最大で五年までと定めた。
さらに、もしも長が民の信頼に背くような悪政を行った場合、議会によってその地位を罷免できる『弾劾制度』を即座に制定した。
「これは、将来的に絶対的な独裁者を生み出さないための抑止力だ」
そう説明すると、納得する者、ただただ感心する者など反応は様々だったが、民衆からは概ね大好評で迎えられた。
さらに改革の手は緩めない。
荒れ果てた主要道路を迅速に補修・整備するため『都市交通省』を立ち上げた。
同時に、疫病の蔓延を防ぎ労働者の健康状態を管理する『厚生労働省』を新設。
王都などから優秀な医師を街へ呼び込み、医療の体制を整えていった。
これらの方策がことごとく功を奏し、アルマギナ侯爵領アクオは、目に見えて劇的な回復の兆しを見せ始めた。
街のあちこちに大衆浴場や緑豊かな公園、衛生的な公衆便所が設置され、魔導を用いた公衆通信網や、定時で街を巡回する公衆馬車といった生活の基盤が次々と整えられていった。
アクオの受け入れ態勢が整ったのを見計らい、俺は実家である旧マギナ領の住民たちの集団移住を、父ギャザーに打診した。
移住するのは旧マギナ騎士爵領の領民たちだけだったが、それでもかなりの大所帯となるため、俺はさらなる都市の拡張を模索し始めた。
まず目をつけたのは、街の四方を囲む高い石壁だ。
これは防衛の要として機能しているため、壊すわけにはいかない。
幸い、東側に広大な荒野が広がっていたため、そこを開拓して『第二アクオ都市』として拡張し、新たな防壁で囲むことにした。
その外壁は、俺が帝級土魔法を発動して一瞬で創り上げた。
仕上げに、旧都市と第二都市を隔てていた内側の石壁を、同じく魔法で綺麗に取り払う。
それから一年が経ち、俺が十四歳を迎える頃には、あの不毛で荒れ果てていた都市は、かつての面影が嘘のように活気溢れる大都市へと発展を遂げていた。
一通りの基盤を造り終えた俺は、副首相に任命した三賢者に実務の後事を託し、本当に久しぶりに王立アルテア貴族学院へと顔を出すことにした。
もはや俺が細かく口を挟むまでもなく、アルマギナ侯爵領アクオは自律的に発展していくだろう。
「平日の昼間は復学し、放課後と休日だけアクオの執務室に顔を出す」
三賢者とそう約束を交わし、ここに俺の学院生と首相という奇妙な二重生活が始まった。
久しぶりに登校した日の放課後、俺は侯爵邸でルビィやアドミナ、そしてルルと共にお茶会を開いた。
休学中の学院の様子や、互いの近況について楽しく情報交換を交わす。
夜には、やはり久しぶりとなる邸内の風呂に入って一日の汗を流し、湯上がりに皆で冷えた特製の珈琲牛乳を飲んだ。
現在、この広大な侯爵邸には、俺とルビィ、アドミナ、そしてルルしかいない。
これまでに何度も暗殺者に寝込みを襲われた経験から、防犯のための強固な結界を常時張り巡らせてはある。
とはいえ、敵もこちらの警戒を潜り抜ける手立てを講じてくるはずだ。
用心に越したことはないと、不審者の侵入を知らせる警報の仕掛けを庭園に設置し、俺は深い眠りについた。
◆
その頃、新生アクオの官舎では、メルキオール、バルタザール、カスパールの三賢者が灯火を囲み、ルーカスのことについて語り合っていた。
メルキオールがしみじみと呟く。
「初めは、まだ成人すら迎えていない若造に何ができるのかと、心のどこかで侮っていた。だが、今は違う……」
バルタザールも深く頷いた。
「ああ、儂もまったく同じ思想を抱いていた。街が発展していくにつれ、救われる喜びと共に、あまりの規格外ぶりに恐ろしささえ覚えた。一体、あの果てなき叡智はどこから湧き出てくるものなのか、今は興味が尽きぬな」
カスパールが白い髭をなでる。
「儂もじゃ。伊達に王立学院のS級クラスで首席を維持しているわけではなさそうじゃな。ただの知識ではない、それを寸分の狂いもなく形にする、恐るべき知恵をお持ちじゃ」
メルキオールが窓の外の夜空を見上げた。
「明日の放課後、首相がこちらに来られたら、真に何を目指し、この国をどこへ導くつもりなのか、思い切って聞いてみようではないか」
三人はそう言葉を交わし、それぞれの執務室へと戻っていった。
◆
──ジリリリリッ!
深夜、邸内に鋭い警報音が鳴り響いた。
俺はすぐさま跳び起き、周囲の気配を探る探索魔導を発動する。
広大な庭園に、息を潜めて侵入してくる六人の影を捉えた。
我が家の常時結界をどうやって無効化したのか、その手法には興味があったが、まずは彼らを無力化するのが先決だ。
俺は神刀を手に取ると、短距離の空間転移を発動。
一瞬にして、侵入者たちの背後へと回り込んだ。
「おい。人様の敷地に好き勝手に入り込んできて、ただで帰れると思っているのか?」
静かな声に、暗殺者たちが一斉に振り返る。
「標的が自ら網にかかりに来たぞ! お前たち、あれを起動しろ!」
先頭の男が、奇妙な意匠の魔道具を掲げた。
カチリ、と不快な音が響くと同時に、周囲の空気の質が変質する。
俺はその異変の正体にすぐさま気づいた。
「なるほど。魔法と神聖術の構築を強制的に遮断する、術式封じの魔道具か」
「ククク、その通りだ。貴様のような強力な術者も、これさえあれば手も足も出まい!」
「それは、君たちも同じ条件だと思うが?」
「我らは暗殺術の真髄を極めた者たち。もとより魔導や神聖術の力など必要とせん!」
「そうか。なら、これはどうかな」
俺は印を結び、静かに呪文を唱えた。
「──オン・マリシエイ・ソワカ」
暗殺者の一人が「何を足掻いても無駄だ!」と叫びながら鋭い刃を突き出したが、俺の身体を捉えたはずの鉄刃は、手応えなく空を斬った。
「な、何だと!?」
俺の姿は蜃気楼のように揺らめき、やがて完全に闇へと溶けるように消え去った。
「ば、馬鹿な! 魔法は封じられているはずだろう!?」
六人が狼狽え、互いの背中を合わせて警戒を強める中、夜風に乗って俺の新たな詠唱が庭園に響き渡る。
「──ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」
「何だこの呪文は……!? 聞いたこともないぞ!」
直後、烈火のごとき炎を纏った俺が、彼らの死角から姿を現した。
左手に持った捕縛の羂索を奔らせ、暗殺者のうち、魔法妨害の魔道具を握っていた主犯格の男を瞬時に縛り上げる。
動きを完全に封じたところへ、右手の倶利伽羅剣を一閃。
峰打ちで激しく斬りつけた。
斬られた暗殺者は、まるで憑き物が落ちたかのように呆然とした表情になり、そのままその場に崩れ落ちた。
俺が転がった魔道具を操作して無効化し、再び周囲の魔力を解放した途端、残された五人の暗殺者たちが、まるで見えない巨人に叩きつけられたかのように、その場に激しく平伏した。
「がはっ……な、何を、した……!?」
「この屋敷の庭にはね、敵意を持つ侵入者に対して、数十倍の重力を負荷する重力魔導の罠が仕掛けてあるのさ」
「くっ……!」
地面に顔を押し付けられ、指一本動かせない男たちを見下ろし、俺は静かに尋ねる。
「さて、質問に答えてもらおうか。お前たち、門閥貴族の重鎮であるミューティックス侯爵の手の者だな?」
「…………」
男たちは揃って口を閉ざす。
「無言か。……じゃあ、君はどうだい?」
俺は、先ほど倶利伽羅剣で斬りつけ、縛り上げた男に向かって視線を向けた。
男は虚ろだった目に光を取り戻し、殊勝な態度で頭を下げた。
「はい、その通りでございます。大変なご無礼を働き、申し訳ございませんでした」
「なるほど。目的は?」
「アルマギナ侯爵領アクオの統治が、あまりにも上手くいきすぎているため、危機感を抱いた主が閣下の暗殺を命じました」
「ほう。その言葉、宮廷の謁見の間で証言できるか?」
「はい、喜んでお引き受けいたします」
俺は首を傾げ、地面に這いつくばっている残りの暗殺者たちを見やった。
「──だそうだよ、他の皆さん」
「くっ……裏切り者が! ……おい、殺せ! 貴様に話すことなど何もない!」
「無益な殺生は好まないのでね。大人しく捕まってもらうよ。それと、興味深い魔道具のサンプルをありがとう」
俺は彼らの身ぐるみを剥ぎ、侯爵邸の地下にある頑丈な牢屋へと五人を放り込んだ。
証言を約束してくれた男だけは、保護を兼ねて別の綺麗な牢へと案内する。
地下牢の鉄格子の向こうで、リーダー格の男がなおも狂ったように騒ぎ立てた。
「この化け物め……! 貴様、あいつに一体どんな精神干渉の呪いをかけた!?」
「ああ、人聞きの悪いことを言わないでくれ。倶利伽羅剣で、彼の心にある不純な煩悩や迷いを断ち切ってあげただけだよ」
「精神を書き換える武具だと……っ!?」
「いや、ちょっと違うけど、まあ似たようなものかな。……そんなに反抗的破滅を望むなら、君たち全員、その頭に巣食う邪念を根こそぎ断ち切ってあげようか?」
「ひっ……!」
俺が冷ややかに神刀の柄に手をかけると、男たちは恐怖に顔を青ざめさせ、一瞬で静まり返った。
「じゃあ、明日まで大人しくしてくれよ」
そう言い残し、俺は自室へと戻った。
部屋の扉を開けると、そこには心配そうな表情のルビィとアドミナ、そしてルルが起きて待っていた。
「ルーカス、無事なの!?」
「ああ、無事だよ。音が響いて目が覚めてしまったかい? 申し訳ないね」
「兄さま……!」「ご主人様、お怪我はありませんか?」
「アドミナもルルも、心配をかけてごめん。敵はすべて捕らえたから、明日、綺麗に片付けるよ。今夜はもうお休み」
「分かったわ。アドミナちゃん、ルル、私たちも部屋に戻りましょう」
三人が安堵の息を漏らして部屋を去っていくのを見送り、俺は窓外の闇を見つめた。
──さて、動かぬ証拠も十分に揃った。
そろそろ、裏で糸を引く老獪な圧政者と、あの無能な王には舞台から退場してもらうとしますか。
こうして、若き首相は、王都に向けて静かに反撃の狼煙を上げるのだった。
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