↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/85

第一話 呼び出しと隣接直轄領

 オーエス国の国王カーネル二世は、夜更けの執務室で王太子セマフォと密談を交わしていた。


 二人の話し合いは朝から始まり、すでに深夜にまで及んでいる。


「ですから、ルーカス・アルマギナ侯爵の才覚は……」


「だがな、セマフォよ……」


「では、このような形ではいかがでしょう……」


「……ふむ。上手くいくのであれば、やぶさかではないがな」


「では、その方向で決決させていただきたく思います……」


 長い激論の末、話し合いはようやく一応の結論に至った。


 あとは、課された本人がどう動くか次第。


 上手くいけば、あの荒廃した地は奇跡の復活を遂げるだろう。


 逆に上手くいかなければ、それを大義名分として、あの少年の爵位を侯爵から降格させればいい。


 カーネル二世にとって、ルーカスは「侯爵に上り詰めたというのに、未だに手狭な伯爵邸に住み続ける理解不能な男」でしかなかった。


 それに、もし失敗したとしても、王家としては領地が現状維持のまま戻ってくるだけだ。


 かつて失脚したスレッド元王太子の不祥事に対する、ちょっとした嫌がらせにもなる。


 カーネル二世は、内心でそんな冷徹な計算を働かせていた。


 ◆


 しかし、息子のセマフォ王太子の胸中は、父とは決定的に異なっていた。


 セマフォは、ルーカス侯爵であれば、必ずやあの行き詰まった地に新しい風を吹き込んでくれると確信していた。


 わずか四歳の頃から、ルーカスの口を通じて聞かされていた、あの国の話。


 その未知の国は、驚くほど合理的で、目を見張るほど魅力的な世界に思えた。


 現にルーカスが再現してみせるその異国の料理の数々は、どれも味わい深く、豊かな文化の背景を感じさせるものばかりだ。


 料理一つをとっても、これほど洗練された知恵を持つ国を、セマフォは他に知らない。


 だからこそ、彼はルーカスという存在に己の未来を賭けることにしたのだ。


 だが、次期宰相の最有力候補としてルーカスの名を挙げた瞬間、父であるカーネル二世は露骨に渋い顔をした。


 いまだにスレッド元王太子のやらかした不祥事を引きずり、若き天才への警戒を強めているのは見え見えだった。


 救いだったのは、母である王妃レイヤーがセマフォの味方をしてくれたことだ。


「部下を信じることも、王たるものの器ですよ」


 そう言って、王妃は息子の背中を優しく押してくれた。


 セマフォもすでに十二歳。そろそろ単なる候補ではなく、将来の国政を共に担う本物の側近を周囲に迎えるべき時期が来ていたのだ。


 カーネル二世は、自分の息がかかったパケ・ロット伯爵を側近に推した。


 しかし、セマフォにとってルーカス侯爵は、頭脳、武力、信頼のすべてにおいて特別な存在であり、側近として申し分なかった。


 もちろんパケ・ロット伯爵に落ち度があるわけではない。


 彼には別の重要な役職──王宮を護る近衛騎士団の団長に据えるつもりでいたのだ。


 だが、カーネル二世はここでも渋い顔をした。


 あろうことか、近衛騎士団の団長にこそルーカスを据えるべきだと主張したのだ。


 カーネル二世の目には、ルーカスが「ただ腕っぷしが強いだけの武人」にしか見えていなかったのだろう。


 十三歳の少年の内にある、本質的な恐ろしさを見抜けなかったのだ。


 そもそもカーネル二世には、人の器量を見抜く目などない。


 かつてあの愚鈍なスレッド元王太子を熱心に次期国王へ据えようとしていたくらいなのだから。


 周囲からの評価は「情に厚いだけの無能」。


 それが国王の偽らざる実態だった。


 だからこそ、セマフォは賭けに出た。


 目をつけたのは、先の騒動で失脚したスレッド元王太子がかつて治めていた、王都に隣接する広大な直轄領。


 元王太子の悪政により、現在は荒廃する一方となっている呪われた土地だ。


 その地の統治と立て直しをルーカス侯爵に任せ、見事に成功すれば周囲を黙らせて側近に迎える。


 もし失敗すれば、ルーカスは伯爵へと降格となり、側近候補からも完全に除外される。


 これが、王太子セマフォが頑固な父王に対して今できる、精一杯の抵抗だった。


 ◆


 数日後、カーネル二世から直々に王宮への呼び出し文が届いた。


 俺は嫌な予感を胸に抱きながら、絢爛豪華な謁見の間へと足を運んだ。


 そして国王の前に平伏するなり、あまりにも厄介な任務を押し付けられた──もとい、名誉ある王命を拝命することとなった。


 言い渡された内容は、あのスレッド元王太子が荒らし尽くした、王都隣接直轄領の立て直し。


 見事に復興を成し遂げれば、その地を正式にアルマギナ侯爵領として認め、同時にセマフォ王太子の側近、すなわち将来の宰相としての地位を確約するという。


 だが、もし失敗すれば、俺の爵位は伯爵へと降格。


 さらに王太子の側近候補から永遠に外され、今後はセマフォ殿下との私的な接触すら一切禁止するという、苛烈な条件だった。


 俺個人としては、平穏にお風呂を楽しみたいだけで領地経営にはこれっぽっちも興味がないし、爵位の上下にも未練はない。


 だが、セマフォ殿下との接触禁止だけは、今後の生活に大きな支障をきたす。


 学年は違えど、俺たちは同じ王立アルテア貴族学院のS級クラスで共に机を並べる学友だ。


 接触禁止などということになれば、最悪の場合、俺は学院を自主退学せねばならなくなる。


 それだけは何としても避けたかった。


 王が接触禁止を口にした際、隣にいたセマフォ殿下がギョッとして父親を鋭く睨みつけていた。


 どうやら、この厳しい罰則は殿下の関与していないところ──おそらくは、俺の急速な出世を快く思わない門閥貴族連中が、王の耳に吹き込んだ入れ知恵なのだろう。


 自分の内にある、前世譲りの負けず嫌いな根性がふつふつと湧き上がるのを感じた。


 気がつけば、俺はまっすぐに前を見据え、その王命を謹んで受けていた。


 セマフォ殿下が痛ましそうな心配の目を俺に向け、王妃様もまた、王を冷ややかに睨みつけながらこちらを気遣う素振りを見せてくれている。


 ただで引き下がる俺ではない。


 俺は不敵に微笑み、拝命する代わりとして「六つの条件」を提示した。


「王よ、不毛の地を立て直すにあたり、以下の条件を確約していただきたく存じます。

 一つ、領地経営に関する一切の手法は、私の自由とすること。

 二つ、王家および中央政府は、統治に関して一切の口出しをしないこと。

 三つ、立て直しの資金として、国庫から適性な予算を直ちに捻出すること。

 四つ、復興期間中における、当該領地のあらゆる税を完全に免除すること。

 五つ、他領からの移民の受け入れ、および他領への住民の移動を完全に許可すること。

 六つ、領内の防衛はすべて我がアルマギナ侯爵家の私兵で賄うため、現在駐留している王宮騎士団の師団を、私の着任と同時に速やかに引き揚げさせること」


 以上の六ヶ条だ。


 さすがに三つ目の国庫からの予算捻出と、四つ目の税金免除の要求には、王も露骨に眉をひそめて渋い顔をした。


 しかし、前管理者が残した負の遺産がいかに膨大であるか、復興には天文学的な資金が必要不可欠であるかを理路整然と説明し、力ずくで納得させた。


 さらに、俺は静かな声で最後の一押しを加えた。


「もし、この最低限の条件すらお認めいただけないのであれば……私は侯爵位を返上し、家族や婚約者たちを連れて、今すぐ他国へ移住いたします」


 その言葉に、謁見の間が一瞬で静まり返る。


 現在のオーエス国において、国内特級戦力であるアルマギナ侯爵家とマギナ男爵家が揃って他国へ亡命するとなれば、国家の軍事バランスが根底から崩れる致命的な事態になる。


 いくら愚鈍な王であっても、その程度のパワーバランスは理解できたようだ。


 王は青い顔をしながら、しぶしぶとすべての条件を記載した誓約書に判を押した。


 謁見が終わり、ルーカスが退出した後、満足げな表情の国王へ近づくひとつの影があった。


 失脚したカイル子爵一派の親組織に属し、裏でルーカスへ執拗に暗殺者を仕向け続けていた黒幕。


 門閥貴族の重鎮、ミューティックス侯爵である。


「理由は分かりかねますが、自ら騎士団を引き揚げさせるとは。あの小僧、よほどの自殺願望でもあると見えますな」


「ふん、それだけ自分の武力に自惚れているのだろう。十三歳にしては出来すぎたガキだ」


「駐留軍がいなくなれば、あの地は完全な無法地帯。独裁体制になるのは目に見えております」


「それで上手くいけば王家の手柄、駄目ならそれまでだ。守る兵もいない中、あやつは増長した民衆の手によって惨めに殺されるだろうよ」


「ほう、そこまで見据えておいでとは。国王陛下も人がお悪い」


「だが、防衛を自領で賄うとは、一体何を用意するつもりなのだ?」


「ご安心を。あそこにはまともな兵などおらず、残っているのはゴロツキと犯罪者ばかり。兵を募ろうにも、ろくな結果にはなりますまい」


「ふむ、それもそうだな」


「結局、あの小僧は少々出しゃばりすぎたのです。若輩者が身の程を知らぬからそうなる」


「うむ。自滅していく姿が、今から目に見えるようではないか」


「「くくくく……」」


 悪辣な笑みを交わし合う二人。


 だが、彼らは露ほども知らなかった。


 その会話の一部始終が、天井の梁に潜んでいた小さな妖精ルルの耳にすべて届いており、手元の魔法の記録水晶によって、一言一句違わず完璧に写し撮られている(録画されている)という事実を。


 ◆


「ルーカス侯爵!」


 王宮の長い回廊を歩いていると、背後から焦った様子でセマフォ王太子が駆け寄ってきた。


「セマフォ殿下、どうされました?」


「どうされました、ではない! スレッド元王太子……あの兄が治めていた地なのだぞ? あそこは今や、手の施しようがないほど荒れ放題で……本当に、立て直しの勝算があるのか!?」


「まあ、実際にやってみなければ分からない部分もありますが。……上手くいけば、文字通り『革命的』な領地が出来上がりますよ。というか、歴史的な大革命になるでしょうね」


「か、革命だと……? おい、まさか王家に反旗を翻すような真似を……」


「滅相もない。だからこそ、条件の一つ目と二つ目の約束を王と交わしたのです。王家の直筆のサイン入りですから、もう今更覆りませんよ?」


「あれか……『俺の自由にやって良い』と『王家は一切口出ししない事』。まさか、最初から本気でそれを狙って……!?」


「ええ。今後、私の生み出す成果にどう対応するかは、王家次第ですね。まあ、私は私のやり方で、好きにやらせてもらいますよ」


「ルーカス、君という男は……」


「殿下も、良ければ新しく生まれ変わった領地へ遊びに来ませんか? 最高の温泉ともてなしをご用意しておきますよ」


「あ、ああ……機会があれば、な……」


 呆気にとられるセマフォ殿下に対し、俺は人親しい笑みを浮かべながら付け加えた。


「あと、私はこれでもまだ学生の身ですからね。学生の本分はしっかりと全うするつもりです」


「それは、どういう意味だ?」


「平日の昼間はきっちり学院へ通います。放課後の時間と休日だけを領地経営に充て、それ以外は基本、実務の専門家に任せてノータッチでいく、ということです。ああ、もちろん最初の立ち上げの時期だけは、少し長めの休暇をいただきますけどね」


「そんなやり方で、本当にあの広大な地が上手くいくというのか……?」


「まあ、見ていてください。あの国の知恵というやつをお見せしますから」


 そう言って、ルーカス侯爵は不敵な笑みを残し、宮殿を後にした。


 残されたセマフォは、遠ざかるその小さな背中を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「ルーカス……君は一体、どこまで先の世界を見ているんだ?」


 宮殿の大門を抜け、人通りの少ない通りまでしばらく歩くと、空からパタパタとルルが飛んできて、俺の頭の上にちょこんと乗った。


「ルル、どうだった?」


「ルル、ぜんぶ、綺麗に写しとったおー(録画した)!」


「そうか、最高のお手柄だね。ご褒美はクッキーと甘いシロップ、どっちがいい?」


「……りょうほおー!」


「はは、欲張りだな。わかったよ、ルルは今日一番頑張ってくれたから、特別にクッキーとシロップ、それに温かい特製のミルクもつけてあげよう」


「うれしいー!」


「本当に頑張ってくれたからね」


「じゃあ……夜、いっしょに寝るのもー!」


「いいよ、そうしようか」


「本当にいいの? ルビィとアドミナ、おこらない?」


「大丈夫さ。ルルが大きな手柄を立ててくれたんだからって、俺からちゃんと二人に言って聞かせるよ」


「じゃあ、ずっといっしょ。ルル、とってもうれしいー!」


「そっか、それは良かった。今夜は一緒だな」


「うん!」


 頭の上の愛らしい温もりを感じながら、俺は新しく手に入る広大な領地の活用法について思考を巡らせる。


 こうして、ルーカスたちは頼もしい手土産を携え、夕暮れの侯爵邸への帰途につくのだった。

【 読者の皆様へお願い 】

もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

下記の【ブックマーク登録】や、

評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、

毎日の執筆の大きな大きな励みになります!いただいた星とブクマの数が、

物語を完結まで引っ張る原動力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。