第八話 謁見
俺たち、王立アルテア貴族学院Sクラスの五歳組と十歳組は、なぜか厳かな玉座の間に集められていた。
オーエス国の国王陛下の隣にはセマフォ殿下が凛々しく立っており、壇上からこちらを見下ろしている。
やがてセマフォ殿下が、今回の超古代遺跡における俺たちの多大な功績について、朗々と口上を上げ始めた。
「──以上の並び立つ者のない大功を鑑み、ルーカス伯爵。君を『侯爵』へと昇爵する!」
セマフォ殿下から告げられた、予想をはるかに超える重い一言に、俺は思わず内心で深く頭を抱えた。
(おいおい、ただでさえ目立つのを避けて平穏に生きたかったのに、いきなり侯爵なんて……。これから管理しなければならない領地や、付き合いの増える政治的な職務が激増してしまうじゃないか)
「殿下、私はただ身内を救いたい一心で戦っただけに過ぎません。このような身に余る昇爵など、滅相もないかと……」
「却下だ。国家崩壊規模の大氾濫を、死傷者皆無で完封した英雄を伯爵のまま据え置いてみろ。周辺国から『あの国は英雄を冷遇している』と余計な疑念を抱かれ、我が国の威信に関わる。何より──」
セマフォ殿下は悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべ、少しだけ声を潜めた。
「将来、私が王位を継いだ時、君のような規格外の天才をただの地方貴族として腐らせておくと思うか? 今のうちから、私の隣──すなわち宰相の座に座ってもらうための外堀を、完璧に埋めさせてもらうよ」
有無を言わせぬ未来の賢王としての鋭い眼光に、俺はやれやれと肩をすくめるしかなかった。
「……そういえば、ルーカス。提出された報告書を読んだのだが、君だけ訓練場で超古代魔導の訓練をしていなかったな。一体、いつからあの術式を使えるようになっていたんだ?」
「は。──三歳の頃にございます」
「……は?」
「いえ、ですから三歳です。かつて教会派の重要拠点を、山脈ごと更地に変えて殲滅したのは、私が三歳の時でございます」
「……何を使ってそこまでの破壊を行ったのだ?」
「はあ、超古代魔導の禁呪『隕石落とし(メテオ・ストライク)』にて一掃いたしました。無論、あれでもかなり手加減はしておりますが」
「当然だ! まったく、貴方という人は……。まあ、長年悩みの種だった教会派の拠点を潰してくれたのは、手段はともかく国家としては大いに評価に値する」
「……」
「ルーカス伯爵。改めて汝を侯爵に昇爵する。これ以上の拒否権は認めん」
「……まったく、殿下には敵いませんね。謹んで拝命いたします」
「よし、それと家名だが、アル(聖なる)と言う言葉を繋げアルマギナの姓を与える」
俺が綺麗に一礼して臣下の礼を取ると、セマフォ殿下は満足そうに深く椅子に背を預けた。
これで地上組・地下組の全員が見守る前で、俺の侯爵への昇爵という外堀が完全に埋まったわけだ。
後ろを振り返れば、ルビィやアドミナたちが我がことのように誇らしげに胸を張っている。
セマフォ殿下の視線が、次に俺の隣に並ぶパスカルへと移った。
「パスカル。君は現侯爵家の三男であり、将来はシーの辺境伯家へと婿入りする身だ。君個人に新たな領地や世襲の爵位を与えれば、将来の辺境伯家との婚姻において、家格の上下や序列の重大な矛盾が生じてしまう」
殿下の理路整然とした言葉に、規律を何よりも重んじる男であるパスカルは、深く納得したように頷いた。
「はっ。殿下のご指摘、至極もっともにございます」
「だが、今回の国家存亡の危機を救った君の功績を不問のままにすれば、国の法理が泣く。よって──君には領地を持たぬ『一代限りの名誉伯爵』の地位を授与する。これならば、将来の婚姻においても一切の序列問題は発生しない」
さらに、セマフォ殿下は不敵に笑みを深めた。
「そして、君が将来背負うこととなる『シーの辺境伯家』に対し、今回の二人の大功を称え、国境防衛における特権の付与と、莫大な国庫予算の追加措置を承認する。……これで、君を婿に迎える辺境伯の面目も立ち、君自身の『格』も、未来の辺境伯の夫として文句なしのものとなるはずだ。どうだ、ルーカス侯爵?」
殿下から突然意見を求められ、俺は内心で(完璧な落としどころだな……)と深く感心しながら一礼した。
「さすが殿下、これ以上ない完璧な裁定にございます」
「ふっ、君の知恵を半分借りたようなものさ。──パスカル、この処遇、受け取るか?」
「──はっ! 殿下の底知れぬ御配慮、このパスカル、規律の尽くす限り、将来にわたって国境の堅牢な盾となることをここに誓います!」
パスカルが感激に声を震わせながら完璧な一礼を捧げ、謁見の一連の厳かな儀式は幕を閉じた。
殿下が玉座の間から退出された後、それまで張り詰めていた謁見室の空気が一気に緩む。
俺がホッと大きなため息を吐いたその時、パスカルがガチガチに緊張した面持ちでこちらを振り返った。
「あ、あの……ル、ルーカス、様」
「え? パスカル様、急にどうしたんですか?」
「ち、違う! 君は今や我が侯爵家と肩を並べる高位貴族の当主、ルーカス侯爵家の家長なのだ! 規律の観点から言っても、侯爵家の三男に過ぎない私が、君を呼び捨てにしたり『様』を抜くなどという無礼は絶対に許されない! だから……これからは、ルーカス様とお呼びする!」
あまりのガチガチな生真面目ぶりに、俺は思わず苦笑いした。
「パスカル様、僕たちの仲なんですから、今まで通り普通に『ルーカス』でいいですよ。二人きりの時や、いつもの仲間の前では敬語なしにしましょう」
「う、うむ……。すまない、ルーカ……様。いや、ルーカス。助かる……」
真面目過ぎるがゆえに頭の中の身分整理が追いつかず、完全に混乱を起こしているパスカルを見て、ルビィやアドミナたちがクスクスと楽しそうに笑い声を上げるのだった。
◆
謁見が終わり、晴れて侯爵となった俺の元へ、早速手のひらを返した有象無象の貴族たちが揉み手で行列を作って群がってきた。
「ルーカス侯爵、ぜひ我が領との独占交易の契約を──」
面倒な利権の亡者たちの群れに、俺が内心で再び頭を抱えた、その時だった。
「あら、皆様。私の大切な婚約者に、その汚い手で気安く触らないでくださる?」
ルビィが美しいドレスの裾を優雅に揺らし、極上の笑顔──ただし目は全く笑っていない凍てついた笑み──で俺たちの前に毅然と立ち塞がった。
「皆様の領地が、我が実家の商会からどれだけ生活物資や資金を融通してもらっているか、まさかお忘れではございませんわね? ──もし、これ以上ルーカスに下らない用件で接触しようとするなら、皆様の家系および領地との取引をすべて即座に凍結いたしますわよ?」
大富豪の令嬢による、笑顔の経済制裁通告。
生活の生命線を完全に握られている貴族たちは、一瞬で顔面を蒼白にさせ、クモの子を散らすように一目散に退散していった。
「ふふ、お見事ですわ、ルビィ姉さま。素晴らしい采配ですわね」
「当然よ、アドミナ。ルーカスの平穏な生活を守るのこそが、正妻(予定)の役目だもの」
二人のあまりにも頼もしすぎる鉄壁の防壁を背に受けながら、俺は(やっぱりこの二人を敵に回すのだけは絶対にやめよう)と、静かに心に誓うのだった。
◆
貴族たちとのやり取りが一段落したところへ、今度はシーが穏やかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「ルーカス、いえ、これからは『ルーカス侯爵様』とお呼びするべきかしら?」
「あはは、シー様。僕たちの仲なんだから、これからは呼び捨ての親しい口調でいいよ。公式の場以外では、敬語はなしにしよう」
俺の言葉に、シーはふふっと優しく目を細めた。
「ありがとう、ルーカス。……それと、パスカルに『名誉伯爵』の地位を授けてくれて、我が辺境伯家への体面まで細やかに配慮してくれて、本当に感謝しているわ」
聡明な彼女は、この一連の処遇が貴族社会の序列問題を完璧に回避し、パスカルの面子を最高に立てて婿入りさせるための、ルーカスたちの高度な政治的調整であることをすべて見抜いていた。
「パスカルが誇り高く我が家に来てくれるのも、実家の父が狂喜しているのも、すべて貴方のおかげね。……貴方が将来、セマフォ殿下の元で素晴らしい宰相になるというのなら、私たち辺境伯家は、全力で貴方の背中を守る盾になるわ。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってね?」
優しく、しかし確かな決意を秘めたシーの言葉に、俺は(やっぱりシーがパスカルの婚約者で良かったな)と、心から頼もしく思うのだった。
謁見がすべて終わり、まさかの『侯爵』への二階級特進という大金星を挙げた俺の元へ、客席で見守っていた実家の父親が、顔を涙と鼻水でごちゃごちゃに濡らしながら文字通り飛んできた。
「ル、ルーカスゥゥゥ!!! ああ、我が自慢の息子が、まさか伯爵から一気に『侯爵様』になるなんて……! お父さんは嬉しくて、もう涙の堰が限界だよ!!」
お父様はガシッと俺を力一杯抱きしめ、ハンカチが雑巾のようになる勢いで号泣している。
「お父様、落ち着いてください。僕はただ大切な身内を救うために戦っただけですから……。それに、僕が成人するまで領地を必死に経営して守ってくれた、お父様の確固たる基盤があったからこそですよ」
俺がそう言って微笑むと、お父様はさらに胸を打たれたように「うおおおん!」と男泣きを加速させた。
「なんて親孝行な息子なんだ……! よし、ルーカスが成人した瞬間に、この男爵領の全権利を侯爵領として統合して、私は君の専属の家臣として一生馬車馬のように働くからね!」
「いえ、お父様は私が成人したら隠居して、どこか景色の良い温泉にでもゆっくり浸かってください……」
親バカが限界突破して「息子の部下になりたい」と言い出したお父様に、俺はやれやれと苦笑いする。
その横で、アドミナも嬉しそうにお父様の背中をポンポンと優しく叩いていた。
◆
ようやくすべての行事を終え、俺たちは馬車に揺られて懐かしい帰路についていた。
馬車の中、俺は左右からルビィとアドミナにぴったりと挟まれ、物理的な密着度がいつもの一・五倍になっている。
「それにしても、ルーカスが『侯爵』かぁ……。なんだかまだ夢を見ているみたい。でもね、貴方がどれだけ遠い存在になっても、私は絶対に離れないから。……ううん、私を隣から離さないでね?」
ルビィが少し上目遣いに、普段の勝ち気な彼女からは想像もつかないほど甘えた声で、俺の腕にしがみついてくる。
「ずるいですわ、ルビィ姉さま! お兄様、私だってずっとお兄様の隣に居たいです! 幸い、今の邸はお風呂も広くて最高に居心地が良いですし、わざわざ新しい侯爵邸に引っ越す予定もありませんから……もちろん、私とお兄様の部屋の『内側の隠し扉による地続きの間取り』は、そのまま維持ですわよね?」
「アドミナ、それは流石に風紀上の問題があるでしょ!? ルーカスの隣の部屋は婚約者である私が確保しているわ!」
「いいえ、お兄様の『妹』である私が最優先です!」
馬車のシートの上で、俺の腕を取り合うようにウキウキで(しかし火花を散らしながら)いつもの部屋割りの権利について言い争う二人。
俺は左右から伝わる極上の柔らかさと香りに翻弄されながら、これからの生活を思った。
(侯爵になってやるべき仕事は増えそうだけど、今の邸は気に入っているし、何よりお風呂が広いからな)
──いや、だって俺、中身は日本人転生者だし。
周囲には隠しているけれど、一日の終わりに広い湯船に深く浸かって『極楽、極楽……』と身体をリフレッシュする時間だけは、例え国家最高ランクの爵位を貰おうが何だろうが絶対に譲れないのだ。
(まあ、この二人の幸せな笑顔を守るためなら、殿下の言う通り凄腕の宰相を目指す道も悪くないな)
と、やれやれと肩をすくめて、俺は幸せな日常の温もりに身を委ねるのだった。
◆
心地よい揺れに身を委ねているうちに、馬車は住み慣れた俺たちの邸へと到着した。 馬車を降り、見慣れた玄関の扉を開ける。
「ただいま、アルゴル」
「お帰りなさいませ、ご主人様。──そして、ルーカス侯爵様。昇爵の報、すでに当邸にも届いております」
出迎えてくれたアルゴルが、いつもと変わらない完璧な所作で深く一礼する。
「ああ、その件の詳細は追々ね。それよりアルゴル、お風呂の準備はできているかい?」
「はい。ご主人様が何よりもお風呂での休息を最優先される行動規則は予測済みですので、すでに最高の湯加減で沸かしてございます」
「さすがアルゴル、完璧な仕事だ。……よし、二人とも、部屋割りの会議を始める前に、まずはひと風呂浴びてくるからね!」
俺はルビィとアドミナの羨ましそうな視線を背中に浴びながら、前世の遺伝子が求める至高の癒やし──広いお風呂へと、ウキウキの足取りで直行するのだった。
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