第六話 総攻撃──限界の果てへ──
ルビィを先頭に、俺たちは怒濤の勢いで魔物の群れを切り裂き進んでいた。
ルビィが撃ち漏らした魔物を、中央のアドミナがその鋭い槍撃で確実に狩り取っていく。
そして俺は殿として、後方から津波のように迫る魔物の群れを一人で完璧に仕留め、二人の背後を死守していた。
どれほどの時間が経っただろうか。
立ちはだかる敵を無数に屠り続けた果てに、ようやく前方に開けた巨大な広間が視界に入った。
魔物の隙間から、地上の防衛線を統率するセマフォ殿下の雄姿が垣間見える。
「よし、二人とももう一踏ん張りだ!」
俺は二人に檄を飛ばした。
味方の防衛陣形を巻き込まぬよう、超古代魔導の『極精密領域制御』を発動し、寸分の狂いもないピンポイントの広域殲滅魔法を放つ。
あと、あとほんの少しでこの魔物の壁を突き抜けられる──そう確信した瞬間、先頭を走っていたルビィとアドミナの身体に、予期せぬ異変が起きた。
「──しまっ、超古代魔術が発動しないわ!?」
「私もです! 術式の構築が急に拒絶されて……っ!」
「ちっ……! 叡智の座で頭に刻まれた力は、一時的な制限付きの付け焼き刃だったか! ルビィ、通常の帝級魔法に切り替えられるか!?」
「威力は大幅に落ちるけれど、今馴染ませている時空斬なら何とか!」
「アドミナは、反動度外視の最大解放コードを用いた帝級魔法で処理を頼む!」
「わかりました、お兄様!」
「俺は、元々この超古代魔術が身体に染みついているから問題なさそうだ!」
しかし、次々と押し寄せる、すべてが最強の格という異常な出現数と圧力は、超古代の力を失った二人の防衛線をジリジリと容赦なく押し込んでいく。
現代魔導の限界突破による過負荷の魔力を放ち続けていたアドミナの愛杖が、ついに耐えきれずに激しい火花を散らした。
「──きゃああっ!?」
「しまっ……! お兄様──っ!」
防御の薄れた一瞬を突き、肉薄した古代魔物の鋭い爪が二人へと襲いかかる。
少女たちの悲鳴が、戦場に痛切に響き渡った。
──その瞬間、戦場の空気が、絶対的な零度へと完全に凍りついた。
「……僕の家族に、何してくれてるの?」
ルーカスの瞳から、一切の感情が消え失せる。
完全に逆鱗に触れた彼の手のひらから解き放たれたのは、これまでの精密な範囲制御などを一切かなぐり捨てた、文字通り「世界を文字通り崩壊させる」超古代魔導──『崩壊』の極大光線だった。
ズドォォォォォン!!!
それは一直線に、遺跡の入り口までを極限の密度で埋め尽くしていた最強格の魔物の大群を、跡形もなく消滅させて穿たれた『絶対的な射線』。
あまりの破壊の天災ぶりに唖然とするルビィとアドミナの手を引き、ルーカスはその光が切り開いた道を一気に駆け抜け、ついに迷宮の地上出口へと飛び出した。
最高難度の迷宮への接続口。
そこに設置された照明魔術の眩い光の中、そこにいたのは、前線の崩壊に必死の形相で耐え忍んでいたセマフォ殿下だった。
「ルーカス! お前たち、無事だったか!?」
背後で遺跡の堅牢な入り口そのものが消し飛んでいるのを目撃し、驚愕で目を丸くしながらも、殿下は駆け寄ってくる三人へ必死に声をかけるのだった。
◆
「ルーカス伯爵、迅速に現状の報告を!」
「はっ! 地下最奥にて発生した大規模氾濫を駆逐しつつ、上階層へと魔物を追い込み、殿下の部隊との挟撃を試みました。迷宮の深部へと突撃していったドッス先輩たちと入れ替わる形で、殿下の本陣へと馳せ参じた次第です!」
「超古代魔導の状況は?」
「地下で一時的に入手した力は、ただの借り物だったようで、現在、私以外の面々は使用できなくなっていると思われます」
「その確固たる根拠は?」
「ルビィたちが術式を見失っています。私は元から使えたので何の影響もありません」
「そうか……。だが、いけそうか?」
セマフォ殿下の射貫くような鋭い眼光に、俺は不敵な笑みを返した。
「──無論です、殿下。これより、第二段階の『大挟撃作戦』を開始します!」
俺が右手を高く掲げると同時に、迷宮の入り口から溢れ出そうとしていた魔物たちの頭上で、鋭い閃光玉がパチパチと弾けた。
遺跡の奥深くへと突撃していった先輩たちからの、挟撃準備完了を知らせる反撃の狼煙だった。
「ルビィ、アドミナ、出し惜しみは無しだ! 殿下の前線をこれ以上、一ミリたりとも下げさせるな!」
「「了解!!」」
超古代の力を失ったルビィだったが、現代の最高峰である『時空斬』を構え、押し寄せる地上の敵を空間ごと一刀両断にする。
アドミナも安全弁をすべて外した全力の帝級魔法でその背後を追撃した。
地上からの圧倒的な総火力と、迷宮の奥から迫るブルーノたちの「ヒャッハー!」という狂気の刃。
国家崩壊レベルの魔物の大群を上下から完全に圧殺する、凄絶な蹂躙劇の幕が上がった。
◆
ルーカスは混戦状態の前線を一度整理するため、全軍に向かって一時後退を指示する合図の狼煙を上げた。
全員が完全に射線から退避したことを確認したルーカスは、深く息を吸い込む。
「──超古代魔術・『崩壊』・十六連射!!」
手加減を一切排した崩壊魔法を、なんと計十六発同時に斉射したのだ。
俺は、本来の持ち札である超古代魔導を無詠唱で一切の停滞なく連射し、殿下の部隊を圧倒していた最強格の魔物の大群を、地表側から容赦なくすり潰し始めた。
遺跡入り口を埋め尽くしていた魔物が、次々と塵に還っていく。
その桁外れの光景を迷宮の奥から見たブルーノたちは、呆気に取られて口笛を吹きながら、「やるじゃねえか……」と背中に冷や汗をかきながら、なんとか言葉を絞り出した。
さらに、まだ残っている不死者の群れを完全に殲滅するため、超古代神聖術『聖なる一閃』の最上位広域殲滅術式を起動する。
「──『極大・聖なる一閃・広域結界』!!」
先ほどシーやアドミナと共に放った時とはまるで比べ物にならないほど、濃密で巨大な聖なる光の嵐が戦場全体を覆い尽くし、不死者たちに纏わりついては一瞬で浄化していった。
「お兄様、こんな凄まじい隠し玉を持っていたなんて……。あの『叡智の座』には、このような術式は遺されていませんでしたよ!?」
「叡智の座だと?」
「セマフォ殿下、そのお話はすべて後ほど! 今はこの目の前の不具合どもを殲滅するのが最優先です!」
「わ、分かった。お前に一任する! ルーカス伯爵、思う存分、速やかに敵を殲滅せよ!」
「了解いたしました!」
次いで、ルーカスは破壊の魔導である超古代魔術『崩壊』と、癒やしと浄化の超古代神聖術『聖なる一閃』を、あろうことか同時に両手で行使した。
「な、何だと……!? 魔導と神聖術の同時行使だと!? そんなデタラメな芸当、本当に可能なのか!?」
「ブルーノ先輩! 毎日死ぬ気で練習すれば普通に可能です!」
「そんな話、初耳だ!!」
驚愕の声を掛け合っている間にも、ルーカスは底なしの魔力と神聖力を惜しみなく注ぎ込み、魔物の群れを一掃していく。
「これは、おまけだ! 俺の故郷(地球)の知識の技を喰らえ。──地獄の黒炎よ、来たれ……!」
◆
ルーカスが地上側で超古代魔術と神聖術を荒れ狂わせ、前線をすり潰している一方で、迷宮内に残されたパスカルたちは、まさに窮地に陥っていた。
ルーカスに押し出され、さらに地上からの猛攻を受けた魔物たちが、今度は逆に生き残るために遺跡内へと必死に逃げ戻るように殺到してきたのだ。
しかし、パスカルは獰猛に舌なめずりをし、周囲の面々に声をかけた。
「さあ、皆さん。素晴らしい経験値が、向こうからわざわざ歩いてやって来ましたよ!」
「分かっている! すべて我が血肉、練度の肥やしにしてやる!」
まずはバイナリがティアマットを遺跡の通路で身動きが取れる最適なサイズまで拡張し、その五つの口から大熱波の息吹を豪快に撒き散らした。
次々と魔物が光となって消滅していく。
だが次の瞬間、多頭竜の姿が忽然と消え失せた。
「なんだって!? 超古代魔導の召喚術が使えない……! というか、術式の構築方法が思い出せないぞ!?」
「俺もだ、バイナリ! シー、そっちはどうだ!?」
「……私もです! 神聖術の感覚が消えてしまいました!」
「ちっ、美味しい特権時間はここまでってことか! これからは、自分自身の本当の地力が物を言うぞ!」
そう叫ぶと、パスカルは瞬時に周囲へ魔鋼糸を張り巡らせて強固な結界を構築し、現代魔術の極みである帝級魔法『極大雷撃』を高電圧のまま糸へと流し込んだ。
「しばらくは、この電撃結界で足止めできます! 皆さん、今のうちに回復を!」
全員が、残されたポーションとマナポーションを一気に煽って体力を補給する。
ドッス先輩が、前線に向けて檄を飛ばした。
「おいお前ら、これで回復の薬は本当に打ち止めだ! 腹を括って気張れよ!」
「……一体、いつまで気張れば良いんですか!」
押し寄せる魔物の圧力に、たまらず五歳組のマイクロンが悲鳴混じりに叫ぶ。
「そりゃあ、決まってんだろ! 前線へ行ったルーカスが、前線から折り返してこの場所に突入してくるまでだ!」
「そんな……! ルーカス先輩だって、私たちと同じように超古代魔導の制限が切れているんじゃ……」
「お前ら、何も分かってねえな」
ドッスが不敵に笑いながら、大剣を握り直す。
「風の噂で聞いた話だがな、あいつ(ルーカス)は、三歳の時には絵本代わりに超古代魔導書を読み解いていたらしい。昔、教会派の重要拠点を、超古代魔導の禁呪『隕石落とし(メテオ・ストライク)』の一撃で更地に変えて殲滅したのも、他でもないあいつだ」
「な、何ですかそれ……! じゃあ、なぜ今まで学院でその力を使わなかったんですか!?」
「大きすぎる規格外の力には、それ相応の重い代償が伴う。あいつはそれを、オムツも取れないガキの頃から完璧に自覚して自制していたらしいんだよ」
「なっ……!」
「そういうことだ! だから、ルーカスは必ずすべてを終わらせてここへ戻ってくる! あいつを信じろ!」
「──分かりました!」
ドッスの言葉に魂を震わせた残留五歳組の面々は、残った魔力を振り絞り、帝級魔法『紅蓮の火柱』を狂ったように連発し始めた。
「初耳ですよ、ドッス先輩。……じゃあ、僕が五歳の時のあの特別試合では、あいつは鼻から手加減をしていたということですか?」
「そうだ。奴は自分自身に幾重もの縛りを入れていたんだよ。『古代魔術』までは普段から使うが、世界を壊しかねない『超古代魔導』は、本当にどうしようもない極限状態の時だけだとな」
「くっ……! どこまで、あいつの背中は遠いんだ……!」
パスカルは悔しさに歯を食いしばる。
「パスカル、そんなことを言っている間に、糸の結界が魔物の爪で破られそうよ!」
「──すぐに補強して張り直します!!」
パスカルは魔鋼糸を血がにじむほど強く引き、必死に結界を再構築する。
シーは、そんな彼の背中を、痛々しくも深く心配そうな眼差しで見つめていた。
◆
そんな熱い会話が迷宮の奥で交わされているとは露知らず、俺は殲滅魔法と浄化魔法の絶え間ない同時行使によって、着実に防衛線を押し上げ、すでに約半数の魔物を完全に消滅させていた。
ルビィは華麗に『時空斬』を放ちながら、自らの最愛の婚約者の背中を。
アドミナは、帝級魔法と神聖術を器用に切り替えながら、自らの偉大な兄の背中を。
二人はその圧倒的な後ろ姿を遠くに感じながらも──いつか必ず、あの背中と横一列に並び立ってみせるという強い決意を、その瞳に静かに灯すのだった。
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