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第五話 追撃そして挟撃

 地上に布陣するセマフォ殿下は、焦燥に駆られていた。


 薄暗い通路の奥から、凄まじい速度でルーカスの折り紙の式神が飛来する。


 それは殿下の腕に鋭く止まると、一瞬にして一枚の緊急報告書へと姿を変えた。


「ルーカス伯爵からの伝令だ! 半刻(約一時間)ほどで合流できるため、前後から挟み撃ちにする態勢を整えてほしいとの要請だが……。半刻か、正直なところ我々の戦線が持つかどうか。当初の想定よりも、兵たちの疲弊が早すぎる」


「そうですね……。まさか、これほど頑強な魔物ばかりとは思いもしませんでした。見た目はどこにでもいるただのホブゴブリンだというのに、我が学院のSクラスの面々がここまで手こずるとは、完全に予想外です」


 側近候補のパケ・ロットが、剣の血を払いながら同意する。


「ああ、奴らの肉体の頑強さが異常に高いのだ。我々が誇る帝級魔法を、何度も直撃させてようやく一体倒せるなど、誰が想像できただろうか」


「今、何より心配なのはルーカス伯爵たち地下組です。このようなおぞましい魔物の大群の真っただ中に、今も身を置いているのですから」


「ロット伯爵もそう思うか。だが、彼はこうして挟撃の準備を求めてきている。あの地下の最奥で、窮地を脱する何らかの策なり、新たな力を得たと信じるほかあるまい」


「そうで──。っ、殿下、これは……!」


「なんだ!? 急に魔物どもの前線にかかる圧力が跳ね上がったぞ!」


「セマフォ殿下、これ以上は押し込まれます、防衛線が崩壊しかねません!」


「くっ、ルーカス伯爵がいてくれれば……! だが、このままでは本当に持ちこたえられん。敵は思っていた以上に手強い!」


「……いえ、お待ちください殿下。確かに押し寄せる勢いは増していますが、これは魔物たちが自発的に進軍しているというより、背後から何かに激しく追い立てられているような──」


 パケ・ロットの言葉が途切れた、まさにその瞬間だった。


 はるか前方、ひしめき合う魔物の群れの最後尾から、すべてを灼き尽くすような一筋の圧倒的な閃光がほとばしり、瞬く間に魔物の大群を縦に真っ二つへと薙ぎ払っていった。


「……間に合ったのか!? 今の光は、ルーカスなのか!?」


「間違いありません、ルーカス伯爵です!」


 魔物の背後を容赦なく襲った、絶大な魔力の波動。


 それは、大穴の奥深く──地下から魔物の大群を文字通り、狩り立ててきた、ルーカスたちの反撃の狼煙にほかならなかった。


 ◆


 時計の針を、数分前へと巻き戻す。


 二つの部隊に分かれて魔物を追撃していたルーカスの隊とパスカルの隊は、地下一階にある中央広場へと、魔物の群れを一網打尽にするように追い込んでいた。


 合流を果たした二つの部隊は、さらなる猛追をかけるため、負傷回復のポーションと魔力回復のマナポーションを一気に煽って体力と魔力を総回復させ、超古代魔術を連発して魔物を地表へと追い詰めていく。


「ここまでは実に順調だな、ルーカス」


「ええ。ですが、地上で待ち受けるセマフォ殿下の方は、相当に苦戦されているはずです」


「どういうことだい?」


「あの壊れた操作盤、魔物の頑強さの設定が、最大値である『六万五千五百三十五』に固定されたまま暴走して魔物を生み出し続けていたんです」


「何だと!? ということは、既存の帝級魔法をまともに喰らわせても、容易には致命傷を与えられないということか?」


「ええ、パスカル様。ですからここからは、さらに速度を上げて一気に殲滅しますよ!」


「了解した!」


 俺は深く息を吸い込み、自身の中に眠る底なしの魔導力を一気に解放する。


 引き絞った右腕を正面へと突き出し、持てる最大火力の超古代魔導を放った。



「──超古代魔術・『崩壊コラプス』!!」


 ルーカスの手から放たれた規格外の極大閃光は、最強の頑強さを誇る古代の魔物たちの肉体を、温めたナイフでバターをそぎ落とすかのように消し飛ばし、そのまま上層の天井、すなわち地表の防衛線へと向かって一直線に突き抜けていった。


 ◆


「間違いありません、ルーカス伯爵です!」


 地表の大穴から天を突くように噴き上がった、圧倒的な魔力の光柱。 その神々しい輝きを目にした瞬間、セマフォ殿下だけでなく、前線でずっと獲物に飢えていたSクラスの戦闘狂たち──とりわけ十四歳組のドッスたちの目が、歓喜で完全に血走った。


 大穴から噴き出す光の柱の中から、押し寄せる魔物の大群を内側からすり潰しながら、ルーカスたち地下組が次々と鮮烈に戦場へと躍り出る。


 ドッスが興奮のあまり絶叫した。


「おいおいおい! 地下組の奴ら、とんでもねえ『大本命』を引っ提げて飛び出してきたじゃねえか……! 殿下、もう俺たちにお預けを食らわせるのは限界だ!」


 十五歳組のブルーノが、長い杖を不敵に肩に担ぎ、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべる。


「おいお前ら、待ちに待った挟撃の好機だ。前後から一気に叩き潰すぞ。合図の狼煙を上げろ!」


 魔物の群れの中央上空で、眩い閃光玉がパチパチと音を立てて弾けた。


 その光を見たルーカスは、地上の意図を即座に察知する。


「地上からの挟み撃ちの合図だ! みんな、出し惜しみは無しだ、全力で行くぞ!」


 その瞬間から、戦場は一方的な蹂躙劇へと変貌した。


 ドッスは大剣を構えたかと思うと、次の瞬間にはその場から完全に姿を消していた。


 彼は自身の最高速度をもって、正面の巨大なエンシェント・ドラゴンへと肉薄する。


「ヒャッハー! 圧倒的な手数こそが正義だろ! 『飽和する千の絶撃』!!」


 大剣があり得ない速度で残像を幾重にも引き連れて振り回され、空間そのものを切り刻むような物量(手数)の刃が、エンシェント・ドラゴンの肉体を一瞬で肉片へと変えていく絶技だ。


 頑強極まるはずの古代竜が、瞬く間に細切れになって崩れ落ちていく。


「おいおい、後輩に先を越されたぞ! バースト、バフロ、俺たちも行くぞ!」


 そう言って年長組に発破をかけたのは、十五歳組のブルーノだ。


「ああ、今行く!」


 大斧を構えたバーストが地響きを立てて突撃し、


「それじゃあ、ここまで温存しておいた極大の帝級魔法を、惜しみなくぶっ放すとしようか!」


 と、バフロが獰猛な笑みを浮かべて呪文を紡ぎ始める。


 彼ら十四歳組と十五歳組の精鋭たちは、すでに先を争うようにして魔物の大群の中へと突撃していった。


 ◆


 その頃、合流を果たしたルーカスたちは、目の前で繰り広げられる大混戦の状況に、少々戸惑いを覚えていた。


 これほどの乱戦状態では、通常の広範囲殲滅魔法を放てば、味方まで巻き添えにしてしまう。


「シー様、先ほどの神聖術『聖なる一閃ホーリー・レイ』ですが、味方を避けて広範囲に展開することは可能ですか?不死者の群れだけでも一気に浄化したいのです!」


「ええ、できるわ。そういうルーカスとアドミナちゃんも、同じことができるでしょう?」


「はい、私も行けます!」


「俺も可能です。それじゃあ、三人同時に広域展開の三連発で行きましょう!」


「「「──『聖なる一閃・広域展開エリア・ホーリー・レイ』!!」」」


 無詠唱でも即座に発動できる術式だったが、彼らはあえてその魔法の名を大声で叫んだ。


 混戦の最中にいる味方へ、これから何が起きるかを知らせると同時に、全体の士気を鼓舞するためだ。


 そしてその目論見は、予想以上の劇的な効果をもたらした。


 桁外れの耐久力を持つ不死者たちを相手に、精神的に消耗しかけていたSクラスの面々は、戦場の一角が眩い聖光によって一瞬で消滅・浄化されていく様を見て、驚喜の声を上げる。


「これならいけるぞ!」


 と前線が活気づく中、ルビィがさらに味方のいない密集地帯を正確に狙って、神速の斬撃を放った。


「──『断絶する緋色の刻』!!」


 空間そのものを切り裂いて生み出された次元の刃が、エンシェント・ドラゴンなどの巨大な魔物を次々と一刀両断にし、時空の狭間へと消滅させていく。


「ふっ、ルーカス達にばかり良い格好をさせてはおけないな。──『完全秩序の拒絶』!!」


 パスカルも負けじと、自身の編み出した術技の名を大声で響かせた。


 魔物の大群の頭上に巨大な立方体の幾何学的な魔導障壁を出現させると、それをまるで巨大な圧搾機のように叩きつけ、押し潰された魔物たちをまとめて圧殺していく。


 さらにバイナリが自身の腕から手乗りサイズのティアマットを解き放ち、正面の魔物を極大の息吹ブレスで塵へと変えていった。


「先輩たちも、アドミナも、信じられないくらい強いな……!」


「感心している場合じゃないわよ! 私たちも負けていられないわ、行くわよマイクロン!」


 コルセーアの声にマイクロンが雄叫びで応え、残る五歳組の面々も、その小さな身体に超古代の力を宿して容赦なき殲滅戦へと加わっていくのだった。


 ◆


 本陣からその光景を眺めていたセマフォ殿下は、あまりの圧倒的な光景に、もはや乾いた笑い声を漏らすしかなかった。


「……なんだ、あの戦いぶりは。味方の援護など必要ないほど、圧倒的ではないか」


「やはり、最奥の書庫で何らかの強大な力を得たのでしょうね。恐らくは失われた超古代の魔法や神聖術の類かと」


「ルーカス伯爵の伝令には、確かに書庫を見つけ、そこに遺されていたすべての書籍を自身の無限収納魔法ストレージに収めたと書いてあったな」


「はい、確かにそのように」


「……あれほどの知識、下手をすれば世界の均衡を揺るがしかねん。この戦闘が終了した暁には、あの書籍の扱いや彼らについて、一定の制限を設けねばならんな」


「御意に。ですが殿下、それは後の話にございます」


「分かっている! ──今はすべての制限を解禁する! 目の前の魔物どもを一人残らず殲滅する、それが最優先だ!!」


 ◆


 セマフォ殿下側の前線から、凄まじい勢いで道を切り開いてきた三人の影が、ルーカスたちの前に到達した。


 ログアが放つ『次元断絶の一閃』によって、触れた魔物がガラスのように砕け散り、グリッチが空間の座標を無視したトリッキーな高速移動ワープを繰り返しながら、魔物の死角からその首を冷徹に跳ね飛ばしていく。


 そして、返り血を浴びたドッスがニカッと笑った。


「よう、ルーカス! 随分と派手に暴れているじゃねえか。地下で手に入れたっていう美味い『分け前(戦果)』、もちろん俺たちの分もあるんだろうな?」


「もちろんです、たっぷり無限収納の中に保管してありますよ」


「よし! じゃあルーカス、ルビィ、アドミナ。お前ら三人はこのまま殿下の元へ向かえ。殿下側の防衛陣の消耗が激しいんだ。俺たちが今こじ開けたこの突撃路を通っていけ。──と言っても、もう魔物の群れで閉じかけているがな!」


「いや、問題ありません。ルビィ、先陣を頼めるか? その時空斬で、もう一度道を切り開いてくれ。殿しんがりは俺が務める。アドミナは真ん中で、ルビィの加勢を頼む!」


「「わかったわ!」」


「よし、行くぞ!!」


 ルーカスたち三人は、再び凄まじい速度で魔物の包囲網の中へと突っ込んでいった。


「……本当に三人だけで行きやがったぜ、あいつら」


 三人の背中を見送ると、ドッスたち年長組の三人(ドッス、ログア、グリッチ)はその場にドサリと腰を下ろした。


 限界まで魔力を使い果たし、肉体も限界を迎えていたのだ。


「大丈夫ですか、先輩方」


 すかさず駆け寄ったパスカルが声をかける。


「パスカルか……。正直、俺たちも魔力が底を突いて限界でな。あの三人には、俺たちの代わりに前線を繋いでもらうつもりだよ」


「ふふ、まあ、ルーカスたちなら何の問題もなく殿下の元へ辿り着くでしょうね」


「なんだか、妙に含みのある言い方だな、パスカル」


「当然です。私たちは、あの三人ほど化け物染みた無尽蔵の魔力や神聖力を持っていませんからね。私たちが持ってきた魔力回復のマナポーションも、もうすぐ底を突きます」


「マジかよ……。やっと一息つけると思ったんだがな」


「いいえ、先輩方。ここからさらに、私たちと一緒にこの殲滅戦を最後まで戦い抜いてもらいますよ。燃費の悪い超古代魔法をそうそう連発するわけにはいきませんからね。ここからは本当の、背水の陣です」


 パスカルの容赦ない言葉に、限界を迎えていた先輩三人は、苦笑しながらも再び闘志を瞳に宿して立ち上がった。


「良いだろう! そこまで言うなら、とことんまで付き合ってやるぜ!」


 パスカルは愛用の魔鋼糸を鋭く引き絞り、シーは聖なる騎槍ランスを高く掲げる。


 バイナリの腕の上では、小さなティアマットが再び鋭い牙を剥いた。


 残された五歳組の面々も、魔力切れ寸前の身体に鞭を打ち、無理のない範囲で武器を構える。


「行くぞ! ここからが本当の本番だ!!」


 パスカルの気迫に満ちた掛け声が、硝煙と怒号の渦巻く戦場へと高く響き渡った。

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