表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/68

第四話 魔物氾濫(スタンピード)

 俺とアドミナは、背後から迫る魔物の群れを必死に迎撃しながら、中央指令室へと続く昇降口を目指して駆けていた。


 上空からワイバーンが襲いかかってくれば即座に雷撃魔術を放って撃ち落とし、正面に立ちはだかる巨大なエンシェント・ドラゴンには、俺の固有秘術をさらに改良した、極大の熱線光砲ビーム・キャノンを放って穿つ。


 執拗に距離を詰めてくるミノタウロスに対しては、俺が刀を振るって首を刎ね、アドミナがその愛杖を鋭い槍の形態へと変形させて一突きで屠っていった。


 さらに密集して押し寄せるキメラとホブゴブリンの大群は、広範囲を焼き尽くす紅蓮の炎の渦(ファイア・サイクロン)で文字通り一掃する。


 しかし、そんな必死の俺たちの後方からは、緊迫感のカケラもない愉快そうな笑い声が響いていた。


「おいおい、ここは最高の実戦経験の稼ぎ場じゃないか!」


「叡智の座で頭に刻まれた高等魔術が、身体に馴染む、馴染むぞ!」


 などと言いながら、同行している他の面々はあろうことかこの極限状態を心底楽しんでいた。


 完全に失念していた。


 彼らは全員、我が学院が誇るSクラスの化け物たちなのだ。


 細かい理屈をこねるより、自らの身体を動かして敵を力業で突破する方が、よほど性に合っている連中ばかりだった。


 とはいえ、中身が二十九歳の常識人である俺──ルーカスは、内心で激しく焦っていた。


 前世で没頭していたあの仮想世界のゲーム(MMORPG)ですら、これほどの絶望的なシステム障害に陥ったことはない。


 もし仮にそんな危機に見舞われたとしても、普通はプレイヤー同士が互いに協力し合い、慎重に不具合の隙を突いて切り抜けるものだ。


 だが、この世界のSクラスという規格外の戦闘狂たちを前に、そんな前世の常識など一切通用しなかった。


 そして、俺が最も恐れていた最悪の事態が、ついに発生してしまう。


 訓練場の頑強な石壁が、ひしめき合う膨大な魔物の圧力と、俺たちが度重なるように放った帝級以上の超古代魔法や神聖術の衝撃に耐えきれず、ついに限界を迎えて崩壊したのだ。


「あっ──!」


 俺が声を上げた時には、すでにすべてが遅かった。


 行き場を失った無数の魔物たちは、崩落した壁の隙間から、遺跡の外の通路へと一斉に雪崩を打って溢れ出していった。


 ◆


 その頃、地上では──。


 セマフォ殿下が、現在動員できる居残り組のSクラスの面々を引き連れ、迷宮へと繋がる超古代遺跡の結界の傍らに陣を敷いていた。


 周囲は、不気味なほどに静まり返っている。


 しかし次の瞬間、ダンジョンの奥深くから迷い込んでいたと思われる野生の魔物たちが、まるで何か恐ろしいものから血相を変えて逃げ出すかのように、我先にと遺跡の入り口へ向かって湧き出てきた。


魔物氾濫スタンピードの第一陣だ! 遺跡の異常に驚いて、超古代遺跡から逆流してきた野生の魔物たちがまず来るぞ!」


「ふん。この程度の雑魚、腹ごしらえにもならんな」


 そう吐き捨てたのは、十五歳組のブルーノ。


「ああ、準備運動にすらなりゃしねぇよ」


 と笑うのは、同じく十五歳組のバースト。


「せっかくの高等魔法を、こんな雑魚相手に浪費したくはないものだな」


 と呆れるのは、バフロだ。


  この三人は、Sクラスの中でもルーカスたち十歳組に次ぐ高い戦闘力を誇る、十五歳クラスの最年長組である。


 そして彼らの背後には、十四歳組のドッス、ログア、グリッチ、バグズが不敵な笑みを浮かべて続いていた。


 誰もが怯えるどころか、嬉しそうに舌なめずりをしている有様だった。


「さあ、狩り行こうぜ!」


 勢いよく飛び出そうとする年長組に向かって、セマフォ殿下が鋭く一喝する。


「おい、待て! 陣形を乱すな! まずは強固な防御陣形を構築するんだ!」


「殿下、そんなお上品な戦い方は俺たちの性に合いませんよ! どうせ敵がこれだけいりゃあ、すぐに混戦になるのは目に見えてるんですから!」


 ドッスが不敵に言い放つと、殿下は一つため息をつき、即座に指示を切り替えた。


「ならば、せめて年少の者たちに実戦の経験を積ませるため、本命の大きな波が来るまでは前線を抑えてやってくれ!」


「へえ、殿下! つまり本命の魔物が来たら、後は思う存分暴れ回って良いってことですね! おいお前ら聞いたか! 殿下から直々のお墨付きをいただいたぞ!」


「「「おおおおお!!」」」


「まったく、こいつらは……」


 頭を抱える殿下の横で、ロット伯爵家の令息が、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた。


「まあまあ、殿下。そんなに四角四面に怒っていては、身が持ちませんよ」


「……本当に冷静だな、お前は。パケ・ロット伯爵」


「おや、私の名前をフルネームで覚えていてくださいましたか。これは光栄ですね」


「貴公も私の重要な側近候補だ。名前くらい当然把握している。──それで、何か策はあるか?」


「では、一つ助言を。ルーカス伯爵は、必ずこの場所に生きて戻ってきます。彼らが地下から魔物を追い詰め、こちらに合流した瞬間こそが、敵を前後から挟み撃ちにする絶好の好機かと」


「それは分かっている。だが……彼は一体どれほどの時間でここまで戻ってくると思う?」


「そうですね……三時間、いえ、四時間といったところでしょうか」


「いや、僕は二時間にかけるよ。彼なら──いや、彼らなら必ずそれ以上の速度でやってのけるはずだ。そうでなければ、こちらの防衛線が崩壊しかねないからね」


「確かに。では、信じて祈るといたしましょう。彼らの無事を」


 ◆


 その頃、ルーカスたちはどうにか中央指令室へと帰還していた。


 バイナリが、息を整えながら呑気に声を上げる。


「いやあ、予想外にたくさんの強力な魔物と戦えて、素晴らしい実戦経験が得られたね」


「──誰のせいでこんな大惨事になったと思っているんだ」


「いや、ルーカス伯爵、これは経年劣化による不可抗力だよ。そもそも数千年前の古代施設が、今でもまともに稼働していること自体が奇跡みたいなものなんだからさ」


「くっ……ここで問答をしていても始まらないな。指令室の基幹から、訓練場の魔物生成システムを強制的に遮断シャットダウンする!」


「なんだか、せっかくの魔物の湧き処を止めてしまうのは、少し勿体無い気もするね」


「おいコルセーア、そんな呑気なことを言っている場合じゃ……まあいい、遮断するぞ!」


「「「あーあ……」」」


「そこで声をハモらせない! ──制御印、起動! これでどうだ!」


 俺が管理盤の主要な印を強く押し込むと、訓練場の強制停止を知らせる魔導の光が灯った。


 しかし、それと同時に隣の画面を見たアドミナが、緊迫した声を上げる。


「お兄様! 正面の光の天幕を確認してください! 書庫の階層にも、かなりの数の魔物が入り込んでしまっています!」


「何だって!? あそこの『叡智の座』は世界的な遺物なんだぞ! 魔物たちに破壊されてはたまったものじゃない!」


「じゃあ、もう一度あそこへ戻って、狩りにでも行ってくるか?」


「そんな軽いノリで……って、パスカル様、なんだかさっきから性格が変わっていませんか?」


「やだなあ、変わってなどいないよ。まったく変わっていないとも(棒読み)」


(……こいつ、超古代の叡智を独占するために、魔物を口実にして書庫へ戻ろうとしてるな?)


「いや、まあ、動機はともかく書庫を守るのが先決か。よし、それじゃあ一旦、昇降機で書庫に降りて、そこから魔物を駆逐しながら、殿下の待つ地上の結界まで押し上げていく! 上手くいけば、敵を前後から挟み撃ちにできるはずだ。殿下も必ず、同じ作戦を考えているはずだからね」


「ずいぶんと自信満々だね、ルーカス。確固たる根拠でもあるのかい?」


「ありません! ですが、そんな気がするんです!」


「ふっ、いいだろう。ならば行こうじゃないか!」


 そう言って、パスカルは先陣を切って書庫行きの昇降口へと向かった。


「ルーカス伯爵、君の提案した戦略に乗ろう。一刻も早く、殿下の元へ馳せ参じるぞ!」


「ええ、パスカル様! ──みんな、行くぞ! 負傷回復のポーションと魔力回復のマナポーションは全員しっかり服用したね?」


「はい、準備万端です!」


 アドミナが五歳組を代表して元気に答え、


「こちらもバッチリよ!」


 とルビィが十歳組を代表して剣を掲げる。


「よし、急ごう! まずは『深奥の書庫』の奪還だ!」


 ◆


 その頃、地上では、セマフォ殿下率いる防衛陣が、遺跡から逃げ出してきた魔物の第一陣と激しい交戦を繰り広げていた。


「遠距離攻撃の部隊、一斉射撃はじめ!!」


 殿下の号令とともに、六歳クラスから九歳クラスの年少組の面々が、一斉に弓や魔法を放って魔物を屠っていく。


 弓や魔法と言っても、そこは腐ってもSクラス。た


 だの攻撃ではない。


 放たれる矢には精霊の力が宿る『精霊弓』であり、行使される魔法はどれも一撃で地形を変える『帝級魔法』が当たり前のように連発されていた。


 瞬く間に第一陣の魔物たちは圧倒され、綺麗に掃討されていく。


 前線を守りきった年少組の生徒たちは、興奮をにじませながら肩で息をしていた。


 それからしばらく静寂が続いた後──。


 地響きのような「ゴゴゴゴゴゴ……」という不気味な重低音が、超古代遺跡の遥か奥底から鳴り響いてきた。


 ここからが、本当の本番だ。 後方に控えていた十一歳から十五歳までの年長組の面々が、獰猛に舌なめずりをしながら、今か今かとその瞬間を待ち構えていた。


 ◆


「ふう……。書庫の魔物の掃討は終わったけれど、肝心の『叡智の座』が……」


「ああ。術式の核が過負荷で焼き切れて、もう二度と使えないようだな」


「パスカル様……今、お声が少し嬉しそうに聞こえたのは、俺の気のせいでしょうか?」


「ん? まさか。超古代の叡智を自分たちだけで独占できたなどという不届きなこと、これっぽっちも思ってはいないぞ」


「誰もそこまで言ってませんが、パスカル様」


「そうか? まあ、君の気のせいだろう」


 綺麗に白々しい態度で受け流したパスカルは、すぐに真剣な表情に戻って剣を構えた。


「さて、ここからは魔物の大群を上へと追い立てて、セマフォ殿下たちとの挟撃に持ち込むのだろう? 早速出発しようじゃないか。我々には時間がない」


 上手く誤魔化された気もするが、今は一刻を争う。俺は頷いて指示を出した。


「……まあいいでしょう。半刻(約一時間)でセマフォ殿下の戦線と合流します!」


「半刻だと!? そんなに早く合流できるものなのかい?」


「今の俺たちは、叡智の座の恩恵によって、超古代の高等魔法や神聖術を『無詠唱』で行使できるまで術式を熟練させています。遺跡に入る前の俺たちとは、もう格が違うんです!」


「なるほど、頼もしいな。それじゃあ、通路を塞ぐ魔物どもを徹底的に駆逐するぞ!」


「ああ! ──ここからは二つの部隊パーティに分かれるぞ。俺、ルビィ、アドミナ、マイクロン、ソーニの五人。もう一つは、パスカル様を責任者リーダーに、シー様、バイナリ、コルセーア、レーノの五人だ。二手に分かれて、通路の魔物を地上へ向かって一気に追い立てる。──異存はないね? よし、突撃だ!」


 こうして俺たちは遺跡の最下層から、訓練場から溢れ出た無数の魔物の大群を、上層へと猛烈な勢いで押し上げ始めた。


 俺は走りながら、殿下の元へと届くよう、緊急の作戦を記した連絡の式神を上空へと放った。

【 読者の皆様へお願い 】

もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

下記の【ブックマーク登録】や、

評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、

毎日の執筆の大きな大きな励みになります!いただいた星とブクマの数が、

物語を完結まで引っ張る原動力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ